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第2章 王宮生活<準備編>
30、攻防戦の行方<前>
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えっ?
髪をバッサリ切るって、そんなに驚くこと?
もちろん、人によって大切と思う価値観は違うけど、美的価値観に重きを置かない僕にとって、サラの反応に、却って驚いてしまった。
「ほっ……本当に……切ってしまわれるの……ですか?」
またしても、サラの「コイツ正気か?」オーラが僕に突き刺さるのを感じたが、鏡越しにサラを真っ直ぐ見つめながら、僕はコクンと頷いた。
「でっ……出来ません、私には無理です」
ブンブンと首を横に振り続けるサラを見ながら、僕は心の中でため息をついた。
やっぱりなぁ……そう言うだろうと思った。
でも僕も前回のやり取りで学んだのだ。
もう1人の侍女、リリーが前回提案してくれた折衷案を、今回は僕が用意したのだ。
「嫌がるサラには申し訳ないんだけど、さすがに僕は、髪結の技術がないから、自分で全てを出来ないんだ。
だから……考えたんだけど、こういうのはどうかな?
僕が希望する長さまでは、僕自身が切るから、あとは見苦しくない程度に、適当に揃えて欲しいんだ」
サラは僕の提案を聞き、しばらくじぃ~っと考え込んでいたが、やがて短いため息を一つ吐くと、少し潤んだ目で、鏡越しの僕の目を見つめ返してこう言った。
「そのようにご提案されても、この見事な御髪に鋏を入れるなんて……やっぱり私には出来ません。
レンヤード様こそ、どうして、この見事な長さをそのまま維持されないんですか?
とっても美しいですし、誰もがこの長さを維持することなんて出来ないですよ?
特に労働者階級には無理な長さなんです。
だからこそ長い髪は、上位階級の者にしか出来ない特権であり……私たち働く者にとっての憧れでもあります」
サラの想いを聞かされた僕が、今度はしばらく考え込んでしまった。
どうしよう?
このままでいた方がいいのかな?
でもなぁ……確かに少し恵まれていたけど、僕だって王族側から見たら、一労働者に過ぎなかった。
運命の悪戯みたいな流れで、いきなり王族って地位についてしまったけど、領地にいたあの頃の感覚を大切にしたいし、今はそれを取り戻すことこそ、たとえ姿形が変わってしまっても、自分が自分であることを、実感出来る気がする
心の中でそう考えをまとめた僕は、自分の希望を通す反面、サラの憧れである姿をしない代償として、髪型を整えてもらうのは諦めようと思った。
ただ、これだけは分かって欲しくて、僕はサラに告げる。
「皆んなの憧れの象徴としてあり続けるために、王族の身なりには『美しさ』が重要視されることが、サラの考えで分かったよ。
僕は民の中では領主という、少しだけ恵まれた地位にいたけれど、それでも今の王族という立場から見れば、一地方の民に過ぎなかったと思う。
そして、その民の立場から言わせてもらうと『美しさ』では、お腹いっぱいにならないんだ。
食べることに精一杯の状況では『美しさ』の優先順位は低い。
幸い僕がいた頃の領地は、地に恵まれ、気候も温暖だったけど、領主として領民に飢えさせることがないよう、いつもそのことで頭が一杯だった。
だから僕は『美しさ』に最大の価値を置かないんだ。
それにサラみたいに、自分たちより上位にいる者に『憧れ』を抱いてくれるのは大変有難いけれど、そうでない人たち……自分たちより持っている者に対して『嫉妬』する人も同じくらい存在すると思う。
それゆえ上位にいる者たちは、ある程度の品位を保つために着飾ることも必要だとは思うけど、必要以上に飾らないことも大切だと思うんだ」
そう言って僕は鏡台から席を立つと、サラが震えて落としてしまった鋏をしゃがんで拾い上げた。
「王族としてこうあって欲しいという暗黙の期待があることは分かったけど、あまりにも今まで僕が生きてきた価値観と違い過ぎて……僕は戸惑っているんだ。
立場が変わったから今までの価値観を捨てて、新たな価値観を受け入れるべきという考えがあるのも分かるけど……何の心の準備も、ましてや自分の望みでもなかった今の地位は、まるで夢の中にいるみたいだ。
突然放り込まれたこの状況を、現実として捉えるためにも、僕は昔の自分を捨てるのではなく、過去の自分の続きとして、今の自分を生きたい。
そのためにも、昔の価値観を大切にしたいんだ」
髪をバッサリ切るって、そんなに驚くこと?
もちろん、人によって大切と思う価値観は違うけど、美的価値観に重きを置かない僕にとって、サラの反応に、却って驚いてしまった。
「ほっ……本当に……切ってしまわれるの……ですか?」
またしても、サラの「コイツ正気か?」オーラが僕に突き刺さるのを感じたが、鏡越しにサラを真っ直ぐ見つめながら、僕はコクンと頷いた。
「でっ……出来ません、私には無理です」
ブンブンと首を横に振り続けるサラを見ながら、僕は心の中でため息をついた。
やっぱりなぁ……そう言うだろうと思った。
でも僕も前回のやり取りで学んだのだ。
もう1人の侍女、リリーが前回提案してくれた折衷案を、今回は僕が用意したのだ。
「嫌がるサラには申し訳ないんだけど、さすがに僕は、髪結の技術がないから、自分で全てを出来ないんだ。
だから……考えたんだけど、こういうのはどうかな?
僕が希望する長さまでは、僕自身が切るから、あとは見苦しくない程度に、適当に揃えて欲しいんだ」
サラは僕の提案を聞き、しばらくじぃ~っと考え込んでいたが、やがて短いため息を一つ吐くと、少し潤んだ目で、鏡越しの僕の目を見つめ返してこう言った。
「そのようにご提案されても、この見事な御髪に鋏を入れるなんて……やっぱり私には出来ません。
レンヤード様こそ、どうして、この見事な長さをそのまま維持されないんですか?
とっても美しいですし、誰もがこの長さを維持することなんて出来ないですよ?
特に労働者階級には無理な長さなんです。
だからこそ長い髪は、上位階級の者にしか出来ない特権であり……私たち働く者にとっての憧れでもあります」
サラの想いを聞かされた僕が、今度はしばらく考え込んでしまった。
どうしよう?
このままでいた方がいいのかな?
でもなぁ……確かに少し恵まれていたけど、僕だって王族側から見たら、一労働者に過ぎなかった。
運命の悪戯みたいな流れで、いきなり王族って地位についてしまったけど、領地にいたあの頃の感覚を大切にしたいし、今はそれを取り戻すことこそ、たとえ姿形が変わってしまっても、自分が自分であることを、実感出来る気がする
心の中でそう考えをまとめた僕は、自分の希望を通す反面、サラの憧れである姿をしない代償として、髪型を整えてもらうのは諦めようと思った。
ただ、これだけは分かって欲しくて、僕はサラに告げる。
「皆んなの憧れの象徴としてあり続けるために、王族の身なりには『美しさ』が重要視されることが、サラの考えで分かったよ。
僕は民の中では領主という、少しだけ恵まれた地位にいたけれど、それでも今の王族という立場から見れば、一地方の民に過ぎなかったと思う。
そして、その民の立場から言わせてもらうと『美しさ』では、お腹いっぱいにならないんだ。
食べることに精一杯の状況では『美しさ』の優先順位は低い。
幸い僕がいた頃の領地は、地に恵まれ、気候も温暖だったけど、領主として領民に飢えさせることがないよう、いつもそのことで頭が一杯だった。
だから僕は『美しさ』に最大の価値を置かないんだ。
それにサラみたいに、自分たちより上位にいる者に『憧れ』を抱いてくれるのは大変有難いけれど、そうでない人たち……自分たちより持っている者に対して『嫉妬』する人も同じくらい存在すると思う。
それゆえ上位にいる者たちは、ある程度の品位を保つために着飾ることも必要だとは思うけど、必要以上に飾らないことも大切だと思うんだ」
そう言って僕は鏡台から席を立つと、サラが震えて落としてしまった鋏をしゃがんで拾い上げた。
「王族としてこうあって欲しいという暗黙の期待があることは分かったけど、あまりにも今まで僕が生きてきた価値観と違い過ぎて……僕は戸惑っているんだ。
立場が変わったから今までの価値観を捨てて、新たな価値観を受け入れるべきという考えがあるのも分かるけど……何の心の準備も、ましてや自分の望みでもなかった今の地位は、まるで夢の中にいるみたいだ。
突然放り込まれたこの状況を、現実として捉えるためにも、僕は昔の自分を捨てるのではなく、過去の自分の続きとして、今の自分を生きたい。
そのためにも、昔の価値観を大切にしたいんだ」
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