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第2章 王宮生活<準備編>

26、偉大なる姉心(あねごころ)

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 どれだけの時間、姉様の肩をりて泣き続けたであろうか……

 現実の時間に追いつけない焦燥感しょうそうかんや、テオに対する恋情れんじょう封印ふういんしなければならない理不尽りふじんさ、望んでもいない高貴こうきな身分への拒否感きょひかんなど、今にも飛び出してきそうな複雑ふくざつな黒い感情の合成体ごうせいたいを、身を切るようなするどい痛みを感じながら、慟哭どうこくに乗せて、僕の身体からき出していった。

 姉様は何も言わず、僕が感情を発散はっさんさせることに付き合ってくれた。

 ようやく何もかもがけ落ち、僕の心身しんしんからっぽになったことで、姉様が声をかけてくれた。

「ねえ、レン、とても残念だけど、これから私は領地りょうちへ帰らないといけないの」

 姉様の言葉を聞いて、僕は愕然がくぜんとした。

「えっ?もう?」

 ショックのあまり固まる僕のほおを、姉様は優しくででくれる。

「そうなの、実はあなたが目覚めた時、帰郷ききょう挨拶あいさつをレイラ様にしていたところなの。
 ぎゃくに、だからこそ、あなたが目覚めた時に一番にけつけることができたのよ」

「そうだったんだ……目が覚めた時、姉様がいてくれて、どれだけ僕が安心したか……本当にありがとう。
 もし姉様がいなかったら、僕はパニックを起こしてあばれていたと思うし、現実を把握はあくするのも、かなり時間がかかっていたと思う。
 でも、ワガママを言うようだけど、もっともっと、姉様と一緒にいたかったな」

 れたはずの涙が、ふたたび僕の目にり上がってきた。

「そうね、私も、レンともっと一緒にいたかった。
 せめて、今、レンのそばにシルヴィス様がいらしたら……と思うけど、残念ながら、ご不在ふざいだしね」

 姉様は、グッと顔を僕に近づけると、幾分いくぶん、声を落として僕に助言じょげんされた。

「レン、もう、道は決められてしまったの。
 今さらグズグズ言ってないで、早めに覚悟かくごを決めることよ。

 それと、一見いっけんきらびやかにみえるこの場所だけど、見えない何かがひそんでいることが多い。
 ライと違って、田舎いなか領地りょうち経営している世界しか知らないあなたは、残念ながら、これから苦労することが多いと思う。
 いくら、シルヴィス様やレイラ様が後ろだてとして味方になってくれるとしても、お2人ともご自分の責務せきむがあるから、つねに、レンの側にいることはできないわ。

 この複雑ふくざつな王宮で、生きくためには、まずはしっかりと自分を持つことよ。
 神のいとし子である、あなたなら、きっと頑張がんばって乗り越えていけるはず。

 それでも、どうしようもなくつらい時は、姉様のもとへ帰ってきなさい。
 努力家のあなたが、もうダメだと思う時は、よっぽどの時よ。
 その時は、まわりにかまうことなく、すぐに帰ってくるのよ。
 いつでも、待っているから。
 くれぐれも思いめないでね」

 あまりにも重い言葉に、僕は何も言い出せなかったが、我慢がまんできずに、また涙だけが止まらず次々つぎつぎあふれ落ちる。

「レン、なんであなただけに、こんなことが起こるのかしら……ううっ……不憫ふびんな……でも、いとし子のあなたには、神のご加護かごがあるわ。
 きっと幸せになるはず」

 姉様の目からも、涙があふれ出す。

 姉様は、もう一度だけ僕をギュッと抱きしめてから、何かを振り切るように、部屋から出ていった。

 僕は、ただ、見送るしかなかった。

 そして、この姉様の助言じょげんは、これから僕が王宮生活をおくる中で、大きな心の支えになっていった。

 姉様を見送ってから疲労ひろうを感じた僕は、そのまま眠ってしまった。

 どうやら3年という年月ねんげつを、目覚めてすぐ受け止めるには、心身しんしんが追いつかなかったようで……その夜から僕は高熱を出して、また寝込ねこんでしまった。

 シルヴィス様が手配てはいしてくれ、僕が目覚める前からずっと僕の身体をてくれていた医師団や、おそれ多くも、僕の義母上ははうえになられたレイラ様が、僕のところへ何度も足を運んでくれた。

 そんな人々のささえもあり、ようやく自分の力で僕が歩けるようになったのは、目覚めてから3ヶ月がった頃だった。
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