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第1章 番(つがい)になるまで

12、懇願の口づけ

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 シルヴィス様の瞳が、一瞬いっしゅんれた。

「軍医として負傷者の手当てをするのは、少しでも罪悪感ざいあくかんらしたいからだ……自己満足な贖罪しゅくざいだな」

 ふっとかすかに自嘲じちょう的なみを浮かべ、ここまで語り終えたシルヴィス様の唇は、軽く吸った僕の鼻からさら南下なんかし……サラっと唇を飛びえて……あごを軽くかじった。

 もちろん、痛みは感じない。

「もう、これ以上薬にも頼れない。
 他の方法も散々さんざん探したが、見つからなかった。

 すがったのは神託しんたくで示された、『運命のつがいと番えば、我を忘れるほどの暴走ぼうそうおさえられる』ことだった。
 その相手が……レン、そなただった」

 つながれた左手を静かにかれた。

 僕の左手はほほの横に置かれたままだったが、シルヴィス様の自由になった手は、僕の左ほほえられた。

 両手で顔をやわらかく固定こていされた僕は、ふたたび両目をのぞき込まれる。

「オレが王族ゆえ、選ぶ立場がオレで、レンが選ばれる立場だと思っているだろうが、それは違う……むしろ、逆だ」

 ゆっくりシルヴィス様のあおせまり、もうすぐ唇同士がれ合う……その直前ちょくぜんで止まる。

「選ぶのは、レン、そなたほうだ。
 オレの全てをかけて、必ず幸せにするとちかう。
 だから、レン……オレをお前のつがいとして選んでくれ」

 こんな最強で美しく、だが孤高ここうの悲しみを持つ男の懇願こんがんを、無下むげこばむことができるだろうか?

 激しく僕の心がれる。

 しばらく言葉もなく見つめ合った。

 僕のまよいを感じとってくれたのか、シルヴィス様の唇は僕のをとらえることなく、左ほおにそれ、そのまま首筋に顔をめられた。

 全身を使って、包み込まれるように抱きしめられる。

 あたたかい

 僕はうっとりと目を閉じ、シルヴィス様のまるでせい象徴しょうちょうするかのようなあつさになぜか安心感を覚えた。

 この、ある意味緊迫きんぱくした状況に、なんで僕は安心感を覚えるんだろうと、おかしくなって、クスクスとまた笑ってしまう。

 僕のかすかな笑い声に気づいたシルヴィス様は、少し身を起こした。

 そして、反射はんしゃ的に閉じた僕の左まぶたにキス、
 そのまま唇を横にスライドして右まぶたキス、
 さらに唇を直下ちょっかさせて右ほほに軽くキス、
 ちょっと顔を上げて、鼻の頭同士をチョンとり合わせながらじっとして、
 最後に左頬に少し勢いをつけて、ブチュと口づけて、満面の笑みを浮かべた。

 マズい……このままキスのシャワーにおぼれそうだ。

 首の後ろがチリチリ焼かれるような焦燥感しょうそうかんを感じた僕は、もう一度目を閉じた。

 まぶたの裏が赤く染まっているように見えて……唐突とうとつに、僕をあんじながら血にそまって倒れていく、テオの姿がフラッシュバックした。

 そうだ!テオは無事なのか?
 このままシルヴィス様につかまっていけない!
 テオのもとへ行かなくては!!

 どうにかしてこの状況を打破だはしようとした僕は、唯一ゆいつ自由になる目をあたりにめぐらせた。

 視野しや片隅かたすみに横切ったものに視線を固定こていし、シルヴィス様にうったえた。

「みっ、水をください……水を……」

 僕の目がとらえていたものは、少し離れていたテーブルに置かれていた、可憐かれんな花の模様もようが書かれた水差しピッチャーとグラスだ。

「水? あぁ……確かに暑いな」

 いきなり僕に言われた要求に、一瞬いっしゅん戸惑とまどいの表情をみせたシルヴィス様だったが、僕の視線の先を辿たどると、納得したように、僕の身体の上から身を起こし、テーブルへ向かってくれた。

 僕は頭をもとの位置へ戻し、天井を見つめながら、思わず深いため息をらした。

 ふぅ~、助かった

 確かに、あまりの緊張感きんちょうかんのどがすごくかわいていた。

 このままクールダウン出来ればいいけど……

 そう思っていると、何やら、バサっバサっと衣擦きぬずれの音がした。

 何だろうと疑問に思って、音が聞こえた方へ視線を向けると、えり袖口そでぐち黄金ゴールド刺繍ししゅうほどこされた、真っ白な儀式ぎしき用軍服の上着やシャツなどを次々つぎつぎぎ捨て……上半身裸になったシルヴィス様がいた。

 広い肩幅かたはば胸板むないたあつく、割れた腹筋ふっきんを持つ筋肉質でしなやかな身体が、日に焼けた褐色かっしょくの肌色で、さらに引き締まってみえる。

 うすいレースのカーテンしの柔らかな日光を浴び、浮かび上がった逆光ぎゃっこうのシルエットは、それはそれは強烈きょうれつ色気フェロモンただよわせていた。

 このオスが欲しい

 咄嗟とっさにそう思ってしまった。
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