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第1章 番(つがい)になるまで

1、悪夢だと思いたい

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 それは、悪夢のはずだった。

「なんで、レンがシルヴィス様に抱きしめられているんだ!!
 そこは、僕のはずだろっっっ!!」

 心の奥底から発せられた双子の弟、ライの悲痛ひつうさけび。

 僕は、何か言わなきゃと思うけど、あまりの予想外よそうがいの出来事のため、頭の中は真っ白。

 かろうじてふるえる唇をただただ強くみ締めるだけ。

 それより、僕を背後はいごから強く抱きしめている、シルヴィス王子からただよう、甘くて刺激的なにおいに、腰がくだけそうで、足元がグラグラ揺れていた。

「なんでだよ~~っ!
 僕こそがシルヴィス様のつがいなんだ!
 レンは早くシルヴィス様から離れてよ!!」

 そう言いはなつと、ライは、両目からボロボロと涙を流しながら、こちらに向かって手をのばしてきた。

美貌びぼうのオメガ」として有名な我が弟は、どんなに泣き崩れていても、ハッとするほどその輝きはそこなわれない……ううん、むしろ、滅多めったに見せない姿だからこそ、その感情の爆発はあでやかで美しかった。

 だけど、爪の先まで手入れが行き届いたライの手が僕にれる前に、パシッと音を立てて、大きな力強い手にはばまれてしまう。

「ライ、ライヨーダよ、悪かった、本当に申し訳ないことをした。
 だが我がつがいは、同じ双子でも、こっちのオメガだ。」

 そう言って、ライの手をつかんでいない、もう片方の腕で更に僕を抱き込んでくる。

 シルヴィス様は、軍に所属しているだけあって、その腕はたくましい。

 よって、僕にはものすごい圧力がかかり、息苦しくなって、酸素を求めて、口をハクハク開け閉めした。

 でも不思議なことに、シルヴィス様に背後はいごからギュッと抱きしめられていると、何とも言えない安心感があり、無意識のうちにそのたくましい腕に身を寄せてしまう。

「レン、なんだ!
 そのとろけ切った顔は!
 シルヴィス様は僕の婚約者だぞ!!」

 ライの普段はおだやかで、んだエメラルドグリーンの瞳は、今はけわしくゆがんでいる。

「確かに長年、我が婚約者として名前が上がっていたのは、ライヨーダ、そなただ。
 しかし、あくまでも候補こうほとしてだ。
 それは、そなたの家にも伝えているはず」

 そう言うと、シルヴィス様は、やっと荒い息継ぎを繰り替えしている僕に気付いてくれて、少しだけ腕の力をゆるめてくれた。

「ほぼ婚約者と同じ扱いをしていて、今更何を言うんです?
 ご神託しんたくに従って、僕があなたの言うところの婚約者候補となって5年ですよ!」

 涙をあふれさせながらも、シルヴィス様を真っ直ぐ見つめるライ。

「5年か……確かに長いな。
 でも、疑問に思わなかったのか?
 ライヨーダ?
 なぜ、5年の長き間、候補のままだったのか?」

 シルヴィス様が静かに放った言葉に、ライは口ごもり、けわしい表情が一転して、悲壮ひそうなものとなった。

 確かに、我が国では、通常は、1年、長くても2年で婚約者として決まる。

「それは……やはり疑問に思い……一度、親族代表として、姉がそちらへ問い合わせていただきました。
 ですが前例が無かっただけで、特に問題はない……と。

 それにシルヴィス様は、軍属されていて、戦地に出向かれることが多く……なかなか、こういった決め事にく時間がないものだと思っておりました」

 失礼がないようにだろうか、時々ときどき考え込みながら、ゆっくりとライは答えた。

神託しんたくの内容は覚えているか?」

「はい、北の方角、オメガ、Rから始まる名前です」

「では我が腕にいる、この者の名は?」

「レンヤードです」

「この者もRがつくな?
 そしてオメガだ。
 お前の身内なら、どうして候補会こうほかいに出さなかった?」

 シルヴィス様は、そう質問すると、ライが落ちついてきたのが分かったのか、つかんでいたライの手をそっと離した。

「その者は確かにオメガですが……生まれつき生殖せいしょく能力がありません」

 シルヴィス様と会話するにつれて、確かにライの声色こわいろがいつものおだやかなものに変わりつつあった。

 対して僕は、二人の会話に一切加わることが出来ないどころか、一層いっそう、呼吸音が大きくなり、身体がさらにガタガタとふるえてくる。

 お願い、これ以上この問題について話さないで!!

 心の中でつぶやくそんな僕の願いもむなしく、シルヴィス様は、いぶかしげにライの言葉を繰り返した。

「生まれつき生殖せいしょく能力がない?
 どういうことだ?」

「はい、そちらのレンヤードは、オメガにあるはずの子宮がないため、子どもが産めません。

 王族のつがいになるなら、お世継よつぎが産めるオメガがいいだろう、と親族会議で結論を出し、その結果、私が推挙すいきょされました」

 冷静でいて、ほんの少しだけほこらしげな声で、ライが僕のオメガとしての機能不全ふぜん暴露ばくろする。

 オメガと聞いて皆が思い浮かべるのは、優秀なアルファを産み出す確率が高いこと。

 僕がオメガとしての欠陥けっかんを抱えていたとしても、こんなおおやけの場で言わなくても……。

 ガタガタと身体からだふるえる中、色んな感情が胸いっぱいにあふれて、僕の目から、ツゥーと涙が一粒こぼれ落ちた。
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