上 下
29 / 34
第3章 ウワサの行方(ゆくえ)

29、マル対(タイ)の疑問行動

しおりを挟む
 何で、今日も姿を見かけるのよ?

 お昼休みを知らせるかねの音と共に、食堂へ向かっていたマーガレットだったが、遠くの方から、こちらへ向かってくる端正たんせいな顔立ちをみとめた瞬間、クルリと方向転換てんかんし、来た道を引き返す。

 おかしい

 この道の先は、下級官吏かんりが利用する食堂があるだけで、間違っても王太子の側近そっきん近衛このえ騎士様のような、上級官吏かんりの方々が利用する食堂はない。

 そういった方々の建物は、全てこちらとは、反対側に位置するのである。

 今まで、こんな所でエドワード様を見ることなど、ありなかったはずなのに!

 もう!なんなのよ、コレ?

 おかげで、自分の周囲でキャーッキャーッと、爆弾のように悲鳴が上がりまくっている。

 ちっ、さわがしいな!

 お腹がいているせいか、マーガレットの機嫌も、マリコさん仕込じこみの言葉づかいも、悪くなる一方だ。

 マーガレットはあせっていた。

 なるべく早くマルタイいて、別ルートで食堂に行かないと、貴重なお昼休みがなくなってしまう!

 ファンクラブ会員にとっては神のような存在でも、マーガレットにとっては、厄介やっかいゴトでしかない、エドワード様。

 もちろん、不敬ふけいであると、十分自覚じかくしている。

 だが、あの大先輩にくぎを刺され、2度と近寄らない!と、マーガレットは心にちかった。

 にも関わらず、その次の日から、毎日、回避かいひ対象者、マリコさんから教わった通称つうしょう、マルタイである、エドワード様と遭遇そうぐうするようになってしまったのである。

 もう何年も働いている場所なので、どういう道があるのか、マーガレットもよく知っている。

 その知識を駆使くしし、あらゆる裏道を使って、エドワード様に会わないよう、けにけ、さすがにこの道はエドワード様は知らないだろうとホッとしていると、敵もさるもの、肩で息をしているマーガレットの目の前をこれ見よがしに横切ったりするのだ!

 しかも、接触せっしょく寸前すんぜんの、ギリギリの真横まよこを。

 この時、勤務、表情がほとんど動くことがないとうわさされている、エドワード様の彫像ちょうぞうのような顔立ちの口角こうかくが、ニィッと上がるのを、マーガレットは目撃もくげきしている。

 そしてエドワード様が立ち去ると、なんだかマーガレットの記憶を刺激しげきする、ものすごくイイにおいが、トドメとばかりに立ち込めるのだ。

 毎回そのにおいを、すかさずスンスンといでしまう自分に、マーガレットは、めちゃくちゃ自己嫌悪けんおおちいる。

 少し前まで、自分に関係ない、くもの上の人だったのに、こんなに振り回すエドワード様にも、振り回される自分にも、心底しんそこ、腹立つわぁぁぁ~

 余分よぶんなそんな事も思い出しながら、ドスドスと足音荒く、マーガレットは歩き続けた。

 ようやく大回りした別ルートで、マルタイであるエドワード様に再び会う事もなく、無事、食堂内に入ったマーガレットは、すみ空席くうせきを見つけて座ると、定食の付け合わせのサラダからパリパリと食べ始め、いつものように周囲のうわさ話に耳をかたむける。

 やっぱり今日の話題も、エドワード様だった。

「ねぇねぇ、最近なんでエドワード様は、毎日、この食堂辺りを彷徨うろついているのかしら?」

「さあ?
 なんか任務にんむがあるんじゃないの?」

「え~っ、理由なんてなくていいじゃん!
 毎日、あのおキレイな顔、拝見はいけんできるなんて、幸せのきわみじゃない?」

 マーガレットはチラッと隣のテーブルの4人組をうかがい見た。

 4人とも、口も食事をする手も休めず、高速で動かし続けている……もはや職人わざだ。

 モギュモギュと咀嚼そしゃくを終えた1人が、ちょっと考え込んでから、この一言を仲間の3人に投げかけた。

「でっ、でも、意外にもエドワード様って、落とし物が多いのよねぇ~」

 同じようにモグモグと口を動かしながら、次に口に運ぶ予定のっぱに、マーガレットは、グサッとフォークを突き刺して、いち早く脳内のうない同意どういした。

 そう!
 エドワード様は、落とし物が多い!!

「えっ、えっ、何を落とすの?」

 聞いていた仲間が、さっそく前のめりで話題に乗る。

「それがね、いつも決まっていて、ハンカチなの……だけどね、エドワード様の持ち物にしては、ばんで、古びているらしいの」

「ハイっ!
 それについての新情報を、ワタクシィ~、入手しました!」

 長い髪を編み込んだ可愛らしい子が、自身の胸元まで、手をげる。

 しかも彼女は続けて、げた手の人差し指をあごに当て、上目うわめづかいをし、首をかしげげてとぼける技も披露ひろうした。

「そ・れ・は・ねぇ~、えぇっとぉ~」

 ウワッ!
 らしの上級者テク!!
 スゴっ!!!

 マーガレットは横で披露ひろうされている女子テクに、素直すなおに感動していたが、同席している同僚どうりょう女子には、不評ふひょうのようだった。

「そのテク、私たちにはらないから!
 勿体もったいぶらず、早く言うべし!!」

 そう言うと、情報を待ちきれない仲間が、女子テク高めの子の結んでいる髪をグワシッと つかんだようで、たちまち甲高かんだかい悲鳴が響く。

「あっ、もうヤメてよ!
 せっかくの髪型がぁ~!!
 はい、はい、もう言うよぉ~」

 髪をつかまれた子が口を開こうとすると、すかさず、真向かいに座った2人が、先に情報を暴露ばくろした。

「ハンカチの片隅かたすみ刺繍ししゅうがしてあるんですって!
 イチゴの!!」

「あら、私が入手にゅうしゅした情報だと、てんとう虫って聞いたわよ」

「ちょっ、ちょっと!
 なんでその情報知ってるのに、先に言い出さなかったの!
 ズルいよ~!!
 それに微妙びみょうに違うし……がらはイチゴだよ!」

「てんとう虫だよ!」

 一気にキャーキャーさわがしくなったテーブルに、マーガレットは耳をふさぎたくなったが、次の一言で、その動きを止めた。

「「どっちにせよ、その刺繍ししゅう、ド下手へたなの!!」」

 言いあらそいをしてた2人の声が、最後は綺麗にハモった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

あの……殿下。私って、確か女避けのための婚約者でしたよね?

待鳥園子
恋愛
幼馴染みで従兄弟の王太子から、女避けのための婚約者になって欲しいと頼まれていた令嬢。いよいよ自分の婚期を逃してしまうと焦り、そろそろ婚約解消したいと申し込む。 女避け要員だったはずなのにつれない王太子をずっと一途に好きな伯爵令嬢と、色々と我慢しすぎて良くわからなくなっている王太子のもだもだした恋愛事情。

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。

待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。 父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。 彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。 子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。 ※完結まで毎日更新です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...