19 / 24
シエル視点
31、妃たちと会ってみた感想【シエル視点】
しおりを挟む
クリスタル宮の側妃たちに順番に会うという計画を立てたのはノゼアンだ。
なかなか側妃のところへ通わないシエルに、ノゼアンが呆れてしまい、それなら妃たちと話をするだけでもと提案してきた。
ただ会話をするだけでは時間の無駄になる。
そう考えたシエルは妃たちの本質を見抜くために、前もって質問を準備して向かった。
そのひとつが「何かほしいものはあるか?」だった。
オパールは何もほしがらなかった。普段から彼女を見ているのでそれは予想がついた。
ルビーは「差し支えなければ、陛下ともっと親しくなる時間がほしい」と答えた。
アンバーは「あなたの愛がほしい」と答えた。
ガーネットは「新しい宝石がほしい」と答えた。
みな、自分の欲望に忠実だなという感想をシエルは抱いた。
アクアは「平穏に暮らせることが望みです」と言った。あとは「王のおかげで平和が保たれている」とも言った。
悪くない。
次に「俺がお前の親を殺したらどうする?」と質問した。
オパールは「場合によっては陛下に従います」と答えた。
ルビーは「どんな理由があっても陛下に従います」と答えた。
アンバーは狼狽えながら何とか従うと答えた。
ガーネットは驚きのあまり泣き出した。
別にこれが理由で廃妃にしようなどとは思わない。
ただ、妃たちがどのような心構えをしているのか知りたいと思った。
アクアも最終的には「陛下に従います」と答えたが、まさか自分の騎士道まで語られるとは思わなかった。
彼女はシエルと同じ価値観を持っている。まるで見透かされているようで不思議な気分だった。
それに、育った環境まで似ている。
だが、明確に違うことがある。
アクアは父親に対して割り切った考えを持っているということだ。
「羨ましいことだ」
シエルは部屋の窓から、夜の庭園の向こうに輝くクリスタル宮を眺めながら、ふっと笑った。
自分はいまだに父親のことを吹っ切ることができないでいる。
父と同じ立場になれば少しは心境に変化があると思っていたが、そうでもなかった。
いまだに、生きているときに会えなかった父の幻想を抱いては、そんな子どもじみた自分に嫌気がさし、酒を煽って紛らわせるのだ。
アクアのように父が生きていれば、この溜まりに溜まった鬱憤を晴らす機会があったならば、もしかしたら吹っ切れてしまえたのかもしれない。
「ねえ、言ったでしょ。アクアはシエルとそっくりだって」
目の前でチェスの駒を動かしながら、ノゼアンがしれっとそんなことを言う。
シエルは椅子に深く腰かけたまま、ぶっきらぼうに言い返す。
「あの女と似ているのはお前だ」
「あはは、そうかもね。はい、シエルの負け」
シエルが考えごとをしているうちに、ノゼアンはしっかり王手に追い込んだ。
「つまらん」
シエルは葡萄酒をグラスに注いでぐいっと一気に飲み干す。
ノゼアンは面白そうに笑いながら言う。
「アクアにも一度も勝てなかったんだよね?」
「うるさい。頭脳戦は俺には合わん」
「他の妃たちとはどうだったの?」
「どうもしない。特に印象に残ったものもない」
「なんだ、そっか。じゃあ、やっぱりアクアだけか」
「どうしてそうなる?」
もうゲームをする気のないシエルの目の前で、ノゼアンはまたチェスの駒をスタートの状態に戻している。
そのうちの王妃の駒をひとつ手に取って、ノゼアンはシエルにそれを見せびらかして言った。
「アクアは僕の後継者になれる。その意味が、君にはわかるよね?」
シエルは少し黙り、それからノゼアンを見ないようにして答える。
「確かに聡い。頭の回転も速いしな」
ノゼアンはにっこりと笑って王妃をチェス盤に戻す。
「結構アクアのことを気に入っているね」
「深い意味はない。思ったことを言っただけだ」
「アクアには僕のようになってもらって、シエルを支えてもらいたいんだ」
その言葉にシエルは眉をひそめて言う。
「何も妃でなくてもいいだろう。爵位を与えて臣下に置けばいいものを」
「伯爵令嬢がどうやって最高位の爵位を得られるの? 王国議会の反対勢力に邪魔されて終わりだよ」
「だったら議会を潰せ」
「ほんとに、めちゃくちゃなことを言うなあ。シエルは」
シエル本人にもそんなことは不可能だとわかっている。
王族一強の政治はいずれ綻びが出て破綻する。先々代のような暴君は国を簡単に破壊することができたが、ほとんど機能しなかった王国議会でも、その存在があったからこそ先代国王は謀反を成功させることができた。
特に貴族は領地運営に不可欠な存在でありながらたびたび王族に歯向かってくる。そうした貴族派を抑えるためにも王国議会の存在はなくてはならないものだ。
実質、今はシエルとノゼアンという若き国王と王兄で、王宮内の不穏分子と停戦状態なのである。
いつ内戦の火が点くかわからない状況で、病弱のノゼアンは王の支えとなる者をひとりでも多く手に入れたかった。
ノゼアンに言われなくとも、シエルは一晩話しただけでわかった。
アクアに正妃の素質があるということを。
「あれ? もう帰るの? もっと話していけばいいのに」
シエルが立ち上がるとノゼアンはがっかりした表情になった。
「俺は忙しい。お前と遊んでいる暇などない」
「ひどーい。じゃあ、ひとりで遊ぼう」
シエルはひとりでチェスを始めたノゼアンを怪訝な表情で見つめる。
何か言いたかったが、ふと別のことを思い出してノゼアンにそれを伝えることにした。
「そういえばお前、架空の恋人がいるらしいぞ」
「え? 何それ?」
「何でもない」
「ええっ? 教えてよ、シエル」
「知らん」
シエルは興味津々のノゼアンを無視してさっさと出ていってしまった。
アクアの(妄想)日記のことを知っているのは自分だけか。
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
ノゼアンに対して、妙に優越感を覚えたことは、気のせいではない。
なかなか側妃のところへ通わないシエルに、ノゼアンが呆れてしまい、それなら妃たちと話をするだけでもと提案してきた。
ただ会話をするだけでは時間の無駄になる。
そう考えたシエルは妃たちの本質を見抜くために、前もって質問を準備して向かった。
そのひとつが「何かほしいものはあるか?」だった。
オパールは何もほしがらなかった。普段から彼女を見ているのでそれは予想がついた。
ルビーは「差し支えなければ、陛下ともっと親しくなる時間がほしい」と答えた。
アンバーは「あなたの愛がほしい」と答えた。
ガーネットは「新しい宝石がほしい」と答えた。
みな、自分の欲望に忠実だなという感想をシエルは抱いた。
アクアは「平穏に暮らせることが望みです」と言った。あとは「王のおかげで平和が保たれている」とも言った。
悪くない。
次に「俺がお前の親を殺したらどうする?」と質問した。
オパールは「場合によっては陛下に従います」と答えた。
ルビーは「どんな理由があっても陛下に従います」と答えた。
アンバーは狼狽えながら何とか従うと答えた。
ガーネットは驚きのあまり泣き出した。
別にこれが理由で廃妃にしようなどとは思わない。
ただ、妃たちがどのような心構えをしているのか知りたいと思った。
アクアも最終的には「陛下に従います」と答えたが、まさか自分の騎士道まで語られるとは思わなかった。
彼女はシエルと同じ価値観を持っている。まるで見透かされているようで不思議な気分だった。
それに、育った環境まで似ている。
だが、明確に違うことがある。
アクアは父親に対して割り切った考えを持っているということだ。
「羨ましいことだ」
シエルは部屋の窓から、夜の庭園の向こうに輝くクリスタル宮を眺めながら、ふっと笑った。
自分はいまだに父親のことを吹っ切ることができないでいる。
父と同じ立場になれば少しは心境に変化があると思っていたが、そうでもなかった。
いまだに、生きているときに会えなかった父の幻想を抱いては、そんな子どもじみた自分に嫌気がさし、酒を煽って紛らわせるのだ。
アクアのように父が生きていれば、この溜まりに溜まった鬱憤を晴らす機会があったならば、もしかしたら吹っ切れてしまえたのかもしれない。
「ねえ、言ったでしょ。アクアはシエルとそっくりだって」
目の前でチェスの駒を動かしながら、ノゼアンがしれっとそんなことを言う。
シエルは椅子に深く腰かけたまま、ぶっきらぼうに言い返す。
「あの女と似ているのはお前だ」
「あはは、そうかもね。はい、シエルの負け」
シエルが考えごとをしているうちに、ノゼアンはしっかり王手に追い込んだ。
「つまらん」
シエルは葡萄酒をグラスに注いでぐいっと一気に飲み干す。
ノゼアンは面白そうに笑いながら言う。
「アクアにも一度も勝てなかったんだよね?」
「うるさい。頭脳戦は俺には合わん」
「他の妃たちとはどうだったの?」
「どうもしない。特に印象に残ったものもない」
「なんだ、そっか。じゃあ、やっぱりアクアだけか」
「どうしてそうなる?」
もうゲームをする気のないシエルの目の前で、ノゼアンはまたチェスの駒をスタートの状態に戻している。
そのうちの王妃の駒をひとつ手に取って、ノゼアンはシエルにそれを見せびらかして言った。
「アクアは僕の後継者になれる。その意味が、君にはわかるよね?」
シエルは少し黙り、それからノゼアンを見ないようにして答える。
「確かに聡い。頭の回転も速いしな」
ノゼアンはにっこりと笑って王妃をチェス盤に戻す。
「結構アクアのことを気に入っているね」
「深い意味はない。思ったことを言っただけだ」
「アクアには僕のようになってもらって、シエルを支えてもらいたいんだ」
その言葉にシエルは眉をひそめて言う。
「何も妃でなくてもいいだろう。爵位を与えて臣下に置けばいいものを」
「伯爵令嬢がどうやって最高位の爵位を得られるの? 王国議会の反対勢力に邪魔されて終わりだよ」
「だったら議会を潰せ」
「ほんとに、めちゃくちゃなことを言うなあ。シエルは」
シエル本人にもそんなことは不可能だとわかっている。
王族一強の政治はいずれ綻びが出て破綻する。先々代のような暴君は国を簡単に破壊することができたが、ほとんど機能しなかった王国議会でも、その存在があったからこそ先代国王は謀反を成功させることができた。
特に貴族は領地運営に不可欠な存在でありながらたびたび王族に歯向かってくる。そうした貴族派を抑えるためにも王国議会の存在はなくてはならないものだ。
実質、今はシエルとノゼアンという若き国王と王兄で、王宮内の不穏分子と停戦状態なのである。
いつ内戦の火が点くかわからない状況で、病弱のノゼアンは王の支えとなる者をひとりでも多く手に入れたかった。
ノゼアンに言われなくとも、シエルは一晩話しただけでわかった。
アクアに正妃の素質があるということを。
「あれ? もう帰るの? もっと話していけばいいのに」
シエルが立ち上がるとノゼアンはがっかりした表情になった。
「俺は忙しい。お前と遊んでいる暇などない」
「ひどーい。じゃあ、ひとりで遊ぼう」
シエルはひとりでチェスを始めたノゼアンを怪訝な表情で見つめる。
何か言いたかったが、ふと別のことを思い出してノゼアンにそれを伝えることにした。
「そういえばお前、架空の恋人がいるらしいぞ」
「え? 何それ?」
「何でもない」
「ええっ? 教えてよ、シエル」
「知らん」
シエルは興味津々のノゼアンを無視してさっさと出ていってしまった。
アクアの(妄想)日記のことを知っているのは自分だけか。
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
ノゼアンに対して、妙に優越感を覚えたことは、気のせいではない。
427
お気に入りに追加
4,905
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。