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最後の危機②

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 皇宮入りを控えていたリエルはこの日、エマに髪型を整えてもらっていた。

「今日は結い上げてみました。いつもと雰囲気が違って見えますよ」
「あら、本当。大人びて見えるわね」

 鏡で確認したリエルは満足して微笑む。

「本当に素敵ですー! 皇太子殿下はすごく喜んでくださるでしょうね」
「ええ、そうね」

(せっかく着飾ってもどうせ部屋に閉じ込められるのよ)

 リエルは頬を赤らめながら、複雑な心境になった。
 エマはにこにこしながら茶化すように言う。

「リエルさま、真っ赤になっちゃって可愛い」
「うるさいわよ。早く着替えをしましょう」
「はいっ!」

 リエルに用意されたのはワインレッドのドレスだ。
 大きな花飾りとレースが施され、銀の宝石が散りばめられている。
 動くと照明の光の加減できらめて見える。
 
 準備が整ったところで使用人が声をかけてきた。

「リエルさま、皇宮からお迎えが参りましたわ」
「すぐに行くわ」

 リエルは名残惜しそうに数ヵ月暮らしたこの屋敷に別れを告げた。


 屋敷の前には豪華な馬車が停まっていた。
 リエルが御者に手を引かれて馬車に乗り込もうとしたとき、グレンと皇宮の騎士たちが駆けつけた。
 馬から降りて走ってくるグレンを目にしたリエルは驚いた表情で固まった。

「驚いたわ。あなた、待ちきれなかったの?」

 グレンのことだからサプライズのつもりなのだろうと思ったリエルは冗談めいた口調で言った。
 しかし、グレンの深刻な表情に気づいて眉をひそめた。

「グレン?」
「無事でよかった」
「どういうこと?」

 グレンはリエルの肩を抱いてすぐさま屋敷へ向かって歩いた。

「説明はあとだ。すぐに戻ろう」

 どういうことかわからないが、リエルは黙って言う通りにする。
 すると、突然ルッツの声が高らかに響いた。

「殿下、敵襲です!」

 それと同時に黒いフード姿の者たちに周囲を取り囲まれた。
 襲いかかってきた者たちは次々と騎士たちに叩き伏せられたが、その中からリエルの目に衝撃の人物が映った。
 ぼろ衣を着て変わり果てたアランの姿だ。
 アランは剣を手に持ち、リエルに向かって声を上げながら突進してくる。

「リエル、お前は俺から逃げられないんだ!」

 リエルは恐怖のあまり身体が固まってしまった。
 あのときと同じだ。
 リエルには回帰前のアランの姿と重なって見える。

「地獄まで一緒に連れて行ってやる!」

 アランの憎悪にまみれた声がリエルの頭に流れ込んでくる。
 リエルは頭が真っ白になり硬直したまま動けなかった。

 グレンがとっさにリエルの目の前で壁になる。
 そしてさらにルッツがグレンの前に出てアランを迎え撃った。

 アランはルッツに持っていた剣を振り払われ、地面に押さえつけられてしまう。

「放せ! 俺は王太子だぞ! 無礼を働くな!」

 グレンは地面に伏せたアランの目の前に立ち、怒りに満ちた表情で彼を見下ろした。

「お前は取り返しのつかないことをした。命はないと思え」
「うるさい! 俺を見下ろすな! お前のせいだ! お前は俺からすべてを奪った! 俺の女まで奪いやがって!」
「罪人が何を言っても無駄だ。さっさと連れて行け」

 グレンの命令で、アランは騎士たちに捕らえられ、縄で縛られた。
 それでもなお、リエルに向かって喚き散らす。

「リエル! リエル! お前は逃げられないぞ!」

 リエルは身体が震え、声も出せない状態だった。
 グレンが盾になってくれているおかげでアランの姿が見えないのが幸いだった。
 しかしそのとき、騎士のひとりが叫んだ。

「弓兵だ!」

 木の陰からきらりと何かが光った瞬間、リエルに向かって矢が飛んできた。
 木の上に黒フード姿の仲間が潜んでいたのだ。
 誰も間に合わなかった。

 その矢はリエルの頭を直撃した。
 その衝撃で、リエルは地面に倒れ込む。
 そして、己の運命を嘆いた。

(ああ……やっぱり、死は回避できないのね)

 グレンが背後を振り返り、驚愕の表情で手を伸ばす。
 その手を掴もうとしたができなかった。

(あと少しだったのに……私は結局、死ぬんだわ)

 衝撃で意識が混濁する中、リエルはひとつだけ後悔した。

(もう少し、グレンに素直でいればよかった)

 グレンはリエルを抱きかかえて必死にその名を呼んでいる。
 リエルは耳鳴りがしてうまく聞き取れなかった。

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