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もう、いい加減にして!

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 目覚めると、そこは客室ゲストルームで、リエルはベッドに横たわっていた。
 ぼんやりした頭で目線だけ動かすと、視線の先にアランの姿を捉えた。
 アランはじっとリエルを見つめて突っ立っている。
 驚いて起き上がろうとしたが、両手が前できつく縛られていることに気づく。
 リエルは険しい顔でアランを見据えた。

「アラン殿下、これは何のお戯れですか?」
「気分が悪くなった君を介抱してやったんだ」
「ふざけないでいただきたいですわ。あなたが私に妙な薬を嗅がせたのでしょう?」

 アランはまったく悪びれる様子もなく、むしろ口もとに笑みを浮かべながら話す。

「君が悪いんだ。俺から離れていくから」

 その言葉にリエルはうっかり笑いを洩らした。
 なんと馬鹿馬鹿しい。

「何度も申しましたが、殿下が私を捨てたのです。おかしな妄想をしないでいただけますか」

 しかしアランはリエルのその言葉を無視して続けた。

「君にチャンスを与えよう」
「はっ……?」

 アランは怪訝な表情をするリエルを見下ろし、にたりと笑った。

「このまま俺と故郷へ帰るんだ」

 相変わらず意味不明なことばかり言うアランにリエルは呆れ顔で返す。

「ですから、私は追放された身。今さら故郷へ帰ることなどできませんわ」
「君をディアナ王国の王妃として迎えてやる。家出なんて幼稚なことはさっさとやめて、おとなしく帰るんだ」
「本当に頭がおかしくなりましたか? 私は追放されたのです。大勢の前であなたに婚約破棄をされて」

 少し強い口調で毅然と話すリエルに対し、アランは困惑の表情で嘆息した。

「困ったな。話し合いはできないようだ」

 アランはベッドに這い上がると、リエルの肩を掴んでベッドに押しつけた。
 そして、その上から覆いかぶさる。

「お戯れはおやめください。私はあなたの愛人ではありませんわ」
「強がるのもそこまでだ。君がおとなしく帰らないなら、帰る理由を作ってやる」
「何を言って……」

 リエルはハッとして周囲をよく見渡す。
 そして気づいたのだ。

(この部屋は、あのときと同じ)

 回帰前にアランに目撃され不貞を疑われたあの部屋だ。
 回避できたと思っていた例の事件は、形を変えて同じ状況を作り出している。

 リエルは冷静さを失わないよう、毅然とした態度をアランに示した。

「こんなことをして、ただで済むと思わないでくださいね。皇太子殿下に知られたらあなたは首を飛ばされますよ」

 脅してみたつもりだが、アランにはまったく効果がない。
 それどころか彼は脅し返した。

「こんなところを見られたら疑われるのではないか? 俺との縁がまだ切れていないことを」

 リエルは苦い記憶がよみがえり、唇をぎゅっと噛んだ。

(本当に回帰前と同じことが起こっているわ。少し違うけど、結局こんな目に遭うのね)

 アランはリエルの頬に指先で触れる。
 リエルはぞわっと鳥肌が立った。

(気持ち悪い……!)

 アランはリエルを見下ろしながら優越感に浸っている。

「まあ、あの皇太子のことだ。君に愛人がいても不思議には思わないだろう。あいつもどうせ何人も愛人がいるんだ」

 その言葉にリエルはむっとして思わず反発した。

「あなたと一緒にしないでください。彼は誠実な人よ」

 その瞬間、バシッと激しい音が部屋中に響いた。
 アランがリエルの頬を引っ叩いたのだ。
 リエルの頬は赤く腫れ上がった。

 アランは怒りの形相でリエルを睨みつける。

「気に入らないな。今後はあいつを褒めたりするな。俺の前であいつの名を呼ぶことも許さない」

 リエルは口の中を切って、痛みでうまく声が出せない。
 それを見たアランは悦に浸るようにほくそ笑んだ。

「そうだ。俺の子を孕めばいい。そうすればあいつも諦めるしかない」

 アランはリエルの腹をなぞる。
 リエルは激しい嫌悪感に襲われ、声を荒らげた。

「死んでもごめんだわ!」

 リエルは唇に血を滲ませながら、ぎりっとアランを睨みつける。
 するとアランは激怒して、リエルの頭を掴んでベッドに叩きつけた。
 リエルは反動で眩暈がした。

(まださっきの薬が効いているんだわ。まずいわ……)

 意識が朦朧とする中、視界にアランの手が伸びてきた。
 そしてそのまま彼は――。
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