87 / 110
皇帝陛下と謁見②
しおりを挟む
となりに目を向けると、グレンは穏やかな笑顔を返した。
リエルはふたたび皇帝に視線を戻し、質問の答えを口にした。
「正直申し上げますと、最初は失礼な方だと思いました。けれど、それは彼の表の顔に過ぎなかったのです」
皇帝は眉をひそめるが、リエルは堂々と話を続けた。
「彼は真実を見抜く力があります。普段は軽口だけど、本心ではとても真面目に物事を捉えています。おごり高ぶることなく、誰にでも分け隔てなく優しく接するその姿に、私は感銘を受けたのです」
皇帝は気難しい顔をしているが、黙って聞いている。
リエルは真剣な表情で続ける。
「皇太子殿下は私の才能を見出してくれました。それに、つらいときにはそばにいてくれました」
王宮でアランとの婚約披露パーティ3日前のことを思い出す。
「私は彼の誠実な優しさに惹かれ、ともに歩みたいと思ったのです」
リエルは話しているうちに、なんだか心が温かくなった。
グレンは少し驚いているようだった。
そして、リエルはにっこり笑顔を向けて付け加える。
「あと、彼と話していると気を使わなくていいので楽なんです」
家同士の政略結婚であったなら、皇太子相手にため口などあり得ないだろう。あのような出会いだったからこそ、今のような関係が築けたのだ。
リエルは話し終えたあとハッとした。
(いやだわ、これじゃ本当に私がグレンに惚れているみたいじゃないの)
あくまで婚約者のふりなのに、気合いを入れて答えてしまった。
(でも、うそじゃないわ。たとえそれが恋ではなくても、グレンに感謝しているし、尊敬しているわ)
しばらくの沈黙のあと、突如皇帝が声を上げて笑い出した。
「はははははっ! 面白い! なんと肝の座った令嬢だ」
「だよね。俺も初対面でそう思った」
「自力で相手を見つけてくるとはな。今まで縁談を断って正解だったな」
「そう。これで縁談話はなしでいいよね?」
「ふむ。これほどお前を理解してくれる相手なら文句はない」
皇帝はふたたび豪快に笑った。
リエルはその様子を見て呆気にとられる。
(皇帝陛下は明るいお方だったのね)
(これで私の役目は果たせたわ)
リエルは予定していた目的を果たせてほっと安堵した。
あとはパーティ会場で貴族たちに挨拶をしてまわればいいだけ。
そこは公的儀礼で何とかなるだろう。
このまま退出するのだろうと思っていたら、皇帝から意外な申し出があった。
「リエル、こちらへ来て座りなさい」
「え……は、はい」
リエルは驚き、わけもわからないまま、皇帝の促す椅子へ座る。
あっという間に使用人たちがお茶の準備をしてテーブルに菓子が並んだ。
グレンが呆れ顔で言う。
「こりゃ遅刻するね」
「え?」
皇帝はにこやかに堂々と言い放つ。
「主役は遅れていくものだ」
リエルは呆気にとられてしまった。
皇帝はリエルに笑顔を向ける。
「私は早くに妻を亡くしてしまってね。娘も嫁に行って寂しい思いをしていた。ぜひ新しい娘と話がしたい」
「い、いいえ……あの」
(結婚するって決まっていないのに! というより偽物なのに!!)
リエルはグレンに助けを求めるように視線を投げかけたが、彼も気にすることなく座り込んでしまった。
グレンは皇帝に向かってざっくばらんに話しかける。
「何から話す? 俺とリエルが出会ったところから?」
「そうだな。お前のことだからどうせ正体を隠していたんだろう。驚かせただろうね?」
皇帝はリエルに向かってにやりと笑った。
「ええっと、そんなことは……」
リエルは複雑な表情で固まる。
「正直に言っていいんだ。こいつは突拍子もないことをするのが好きなんだよ。私に似てな」
「まさか。俺のほうが品がある」
「我が息子よ。首に縄でもつけてやろうか?」
「そんなものすり抜けて逃げてやるけどね」
お互いに軽口を交わすふたりを見て、リエルは吹き出してしまった。
「おかしな親子だと思うだろう? だが、これが我が家だ」
「素敵な家族ですわ」
(うちの家とはまったく違うわ。こんなふうに気軽に親と話せるなんて、あなたがうらやましいわ)
リエルはグレンを見て、少し切ない気持ちになった。
しばらくおしゃべりをしていると、侍従がやって来て皇帝にパーティの開始を告げた。
「もうそんな時間か。リエル、今度食事に招待してもよいか?」
「はい。喜んでお受けいたします」
グレンは立ち上がり、リエルに手を差し出す。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
リエルは笑顔でグレンの手を取り、ともにパーティ会場へ向かった。
リエルはふたたび皇帝に視線を戻し、質問の答えを口にした。
「正直申し上げますと、最初は失礼な方だと思いました。けれど、それは彼の表の顔に過ぎなかったのです」
皇帝は眉をひそめるが、リエルは堂々と話を続けた。
「彼は真実を見抜く力があります。普段は軽口だけど、本心ではとても真面目に物事を捉えています。おごり高ぶることなく、誰にでも分け隔てなく優しく接するその姿に、私は感銘を受けたのです」
皇帝は気難しい顔をしているが、黙って聞いている。
リエルは真剣な表情で続ける。
「皇太子殿下は私の才能を見出してくれました。それに、つらいときにはそばにいてくれました」
王宮でアランとの婚約披露パーティ3日前のことを思い出す。
「私は彼の誠実な優しさに惹かれ、ともに歩みたいと思ったのです」
リエルは話しているうちに、なんだか心が温かくなった。
グレンは少し驚いているようだった。
そして、リエルはにっこり笑顔を向けて付け加える。
「あと、彼と話していると気を使わなくていいので楽なんです」
家同士の政略結婚であったなら、皇太子相手にため口などあり得ないだろう。あのような出会いだったからこそ、今のような関係が築けたのだ。
リエルは話し終えたあとハッとした。
(いやだわ、これじゃ本当に私がグレンに惚れているみたいじゃないの)
あくまで婚約者のふりなのに、気合いを入れて答えてしまった。
(でも、うそじゃないわ。たとえそれが恋ではなくても、グレンに感謝しているし、尊敬しているわ)
しばらくの沈黙のあと、突如皇帝が声を上げて笑い出した。
「はははははっ! 面白い! なんと肝の座った令嬢だ」
「だよね。俺も初対面でそう思った」
「自力で相手を見つけてくるとはな。今まで縁談を断って正解だったな」
「そう。これで縁談話はなしでいいよね?」
「ふむ。これほどお前を理解してくれる相手なら文句はない」
皇帝はふたたび豪快に笑った。
リエルはその様子を見て呆気にとられる。
(皇帝陛下は明るいお方だったのね)
(これで私の役目は果たせたわ)
リエルは予定していた目的を果たせてほっと安堵した。
あとはパーティ会場で貴族たちに挨拶をしてまわればいいだけ。
そこは公的儀礼で何とかなるだろう。
このまま退出するのだろうと思っていたら、皇帝から意外な申し出があった。
「リエル、こちらへ来て座りなさい」
「え……は、はい」
リエルは驚き、わけもわからないまま、皇帝の促す椅子へ座る。
あっという間に使用人たちがお茶の準備をしてテーブルに菓子が並んだ。
グレンが呆れ顔で言う。
「こりゃ遅刻するね」
「え?」
皇帝はにこやかに堂々と言い放つ。
「主役は遅れていくものだ」
リエルは呆気にとられてしまった。
皇帝はリエルに笑顔を向ける。
「私は早くに妻を亡くしてしまってね。娘も嫁に行って寂しい思いをしていた。ぜひ新しい娘と話がしたい」
「い、いいえ……あの」
(結婚するって決まっていないのに! というより偽物なのに!!)
リエルはグレンに助けを求めるように視線を投げかけたが、彼も気にすることなく座り込んでしまった。
グレンは皇帝に向かってざっくばらんに話しかける。
「何から話す? 俺とリエルが出会ったところから?」
「そうだな。お前のことだからどうせ正体を隠していたんだろう。驚かせただろうね?」
皇帝はリエルに向かってにやりと笑った。
「ええっと、そんなことは……」
リエルは複雑な表情で固まる。
「正直に言っていいんだ。こいつは突拍子もないことをするのが好きなんだよ。私に似てな」
「まさか。俺のほうが品がある」
「我が息子よ。首に縄でもつけてやろうか?」
「そんなものすり抜けて逃げてやるけどね」
お互いに軽口を交わすふたりを見て、リエルは吹き出してしまった。
「おかしな親子だと思うだろう? だが、これが我が家だ」
「素敵な家族ですわ」
(うちの家とはまったく違うわ。こんなふうに気軽に親と話せるなんて、あなたがうらやましいわ)
リエルはグレンを見て、少し切ない気持ちになった。
しばらくおしゃべりをしていると、侍従がやって来て皇帝にパーティの開始を告げた。
「もうそんな時間か。リエル、今度食事に招待してもよいか?」
「はい。喜んでお受けいたします」
グレンは立ち上がり、リエルに手を差し出す。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
リエルは笑顔でグレンの手を取り、ともにパーティ会場へ向かった。
2,077
お気に入りに追加
5,350
あなたにおすすめの小説
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに
hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。
二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。
王子様、あなたの不貞を私は知っております
岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。
「私は知っております。王子様の不貞を……」
場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で?
本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。
あなたの姿をもう追う事はありません
彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。
王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。
なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?
わたしはカイルの姿を見て追っていく。
ずっと、ずっと・・・。
でも、もういいのかもしれない。
【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた
ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。
夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。
令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。
三話完結予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる