上 下
84 / 110

皇太子の素顔

しおりを挟む
「俺には皇帝の後継者として多くの教育係がついていたんだけど、姉には敵わなかった。周囲は姉と俺を比較して、姉こそが次期皇帝にふさわしいと誰もが言っていた」

 リエルは複雑な思いで耳を傾けながら「そう」と反応した。

「ところが姉はそんな周囲の声などまったく気にせず、さっさと隣国に嫁いでしまった。そうしたら周囲が急に俺に媚びを売ってきたんだ。笑えるだろ?」

 グレンは軽い口調でそう言いながら笑う。
 リエルは神妙な面持ちでぎゅっと唇を引き結ぶ。

「そのとき何かもう面倒になって、周囲の期待と真逆のことをしてやろうって思った。捻くれてるだろ?」
「そんなことないわ。だってあなたは周囲に八つ当たりしたわけでも、己の不運を嘆いて自暴自棄になったわけでもないでしょ? 自分で乗り越えるすべを見つけたんじゃない」

 リエルの言葉に、グレンは複雑な表情で苦笑する。

「だが、今になって思うんだ。姉は実母が罪を犯したことで周囲から徹底的に責められていたんだろうって。だから何でもできるようになって周囲を見返してやったんだ」

 グレンはどこか遠くを見つめた。
 そして憂いを帯びた表情で話す。

「姉からしてみれば、誰にも責められることなく育った俺が妬ましかっただろうな」
「そう、かしら……」

 リエルはうまく返事ができず、黙ってしまった。
 なぜなら自分も弟のセビーに対して少なからずうらやましいと思っていたからだ。
 母が死んだあとで家に来た愛人とその子ども。しかも男だ。
 父が娘のリエルより大切にする理由はわかっている。
 わかっているが、どうしようもなくやるせない気持ちはあった。

「でも姉は実力でそれを乗り越えたし、俺も姉の存在がいい意味で刺激になった。今では感謝している」
「そんなふうに考えられるなんて素敵ね。なかなかできることじゃないわ」
「嫉妬なんてみっともないが、この感情はどうにもできないからな。しかしそれが他人を陥れる理由にならない。結局は自分自身の問題だから」
「そうね」

 リエルは複雑な気持ちでわずかに笑みを浮かべた。
 そして、自分も胸の内にある気持ちを伝えてみることにした。

「あのね、この際だから白状するけど、私はあなたに嫉妬しているの。セビーは私には愛想がなくてあまり話しかけてもくれないけれど、あなたに対してはすごく明るくて愛想がいいんだもの」

 グレンは意外そうな顔で笑って訊ねる。

「へえ、そうなんだ。じゃあ、リエルはどうやってそれを乗り越える?」

「そうね。セビーともっと話す機会を作るわ。今までずっと継母ははからセビーに近づくなと言われていたから避けていたの。向こうもそれを感じとっていたはずよ。今ならお互いに少しずつ心を開いていける気がするわ」

 意外なことに、それがグレンのおかげでもある。
 彼が関わったことで弟の素顔を知ることができたし、そこには感謝している。

「それはいいね。前向きだ」

 グレンは穏やかに微笑んで続ける。

「人生は一度きりだから後悔のないように生きないとね」

 その言葉に、リエルはどきりとした。
 二度目を生きているなどと、彼は思いもしないだろう。

「そうね」

 食事を続けながらリエルは話題を変えることにした。

「ところでグレン。あなたはセビーに興味ないでしょ? いつも適当に流しているわね」
「あはは。俺はリエルにしか興味ないからね」
「あ、そう……えっ?」

 さりげなくそう言われて、リエルは戸惑った。

(今のはどういう意味で言ったのかしら?)

 ドキドキしながらも、訊くに訊けない。
 グレンもそれ以上言わなかった。
 しんと静まり返る中、フォークとナイフがかちゃかちゃ音を立てるだけ。
 気まずくなりそうなこの沈黙を破ったのはグレンだった。

「皇室主催のパーティは一緒に行こう。迎えに来るから」
「ええ、そうね。約束だものね」

 リエルは慌てて返事をした。

「父に会ってもらうことになるけど、それほど堅苦しくしなくていいよ」
「そういうわけにはいかないわ。皇帝陛下だもの」
「ただ笑っていればいいから」
「そんなことできるわけないでしょ」

 本当にただ笑っているだけではリエルを認めてなどくれないだろう。
 そんな当たり前のことを冗談で言ってしまうグレンに少々むっとする。

「勉強はほどほどでいいよ」
「しっかり準備しておくわ。仮の婚約者とは言え、あなたに恥をかかせたくないもの」
「君ならそう言うと思った」

 やはり、彼はわざと言ったのだ。
 リエルが何も準備をしないと思っていないから、緊張をほぐすつもりだったのかもしれない。

 そこから先は和やかに、町のことや商売の話をして食事を終えた。
 グレンが言った『リエルにしか興味がない』という意味を、リエルは深く考えないことにした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

あなたの姿をもう追う事はありません

彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。 王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。  なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?  わたしはカイルの姿を見て追っていく。  ずっと、ずっと・・・。  でも、もういいのかもしれない。

【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた

ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。 夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。 令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。 三話完結予定。

処理中です...