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彼らの陰謀【ノエラ】

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 あれからノエラのおやつはなくなった。
 いつものお茶の時間にはテーブルにただ紅茶が置かれてあるだけ。
 ノエラは静かに紅茶を飲むが、使用人たちは彼女の機嫌をうかがいながらそばに控えていた。
 ノエラは突如、カップをがちゃんと乱暴に置いた。

「もう10日も殿下はあたしの部屋に来ていないわ。一体どうしたと言うの?」

 使用人たちは黙ったまま冷や汗をかいた。
 ノエラはぎりっと歯を噛みしめながら険しい顔つきになる。

(リエルに再会した日から殿下の様子がおかしいわ。まさか、まだリエルに未練があるんじゃないでしょうね?)

 ノエラは苛立ちのあまりカップを持つ手が震える。
 そんな中、侍女が入室してノエラに声をかけた。

「妃さま、お客さまでございます」
「今それどころじゃないわよ!」

 ノエラは侍女に向かってカップを投げつけた。
 カップは侍女のすぐ横の壁にぶち当たり、割れて床に飛散した。
 侍女だけでなく、そばにいる使用人たちも震え上がった。

「あ、あの……お父上のメイゼル伯爵がいらして……」
「それを早く言いなさいよ!」

 侍女が深く頭を下げると、その背後からノエラの父である伯爵が顔を覗かせた。

「ノエラ、元気にしていたか?」
「お父さま!」

 ノエラが飛びつくと、伯爵は彼女の頭を撫でた。
 
「どうした? 顔色が悪いぞ。何かあったのか?」
「お父さま、殿下が酷いの。あたしとまったく会ってくれないのよ」
「殿下もご多忙だからな。それに、最近は不穏な動きもあるようだから気が気ではないのだろう」

 くすんっと涙目で見上げるノエラに、伯爵が優しい笑顔を向ける。
 しかしすぐに使用人たちを睨むように見て命じた。

「お前たちは出ていきなさい。家族水入らずだ」

 そう言われ、彼女たちはそそくさと退出した。
 伯爵はノエラとともにソファに腰を下ろし、優しく話しかける。

「よいか、ノエラ。殿下の支えになれるのはお前だけだ。しっかり妃の役割を果たすのだぞ」
「わかっておりますわ。なるべく早く殿下のお子を身籠るのね」
「そうだとも。最近ユリウス殿下の支持者が騒々しいのだ。困ったものだ」
「大変そうですね、お父さま」
「ああ、まったくだよ。せっかくカーレン令嬢を追い出せたというのにな」
「ええ、本当に」

 伯爵がにやりと笑みを浮かべると、ノエラも口角を上げた。

「令嬢が城へ来ていたそうだな?」
「ええ。商売人になっていたわ。もう令嬢なんて呼ばなくていいわよ。どうせ皇太子にも捨てられたんだわ。いい気味よ」

 ノエラはふふっと鼻で笑った。
 伯爵はごそごそと鞄から薬品の瓶を2つ取り出し、それをノエラに見せた。
 2つの瓶にはそれぞれ赤い液体と黄色の液体が入っている。

「お父さま、それは何?」
「赤は毒、黄色は解毒だ。わかっているな? お前を王宮へ入れてやった目的を」
「もう、お父さまったら。言わなくてもわかってるわ」

 ノエラは2つの薬の瓶を受けとりにんまり笑った。

(最近ユリウス王子のことで殿下はお悩みだもの。これがあれば殿下も安心するはずよ)

 ノエラとアランだけ解毒薬を毎日飲んでおけば、問題ない。

「王族はあたしと殿下だけ生きていればいいの。他の人たちはいらないわ」
「その通りだ」
「うふふっ」
「はははっ」

 部屋の外からは仲睦まじい親子の笑い声のように聞こえたが、使用人たちは不穏な空気を悟って震えていた。


 しばらくして、ノエラの部屋を出た伯爵は、周囲から挨拶をされるも無視して通りすぎていった。
 彼にとってこの城はもう手に入ったも同然だった。

(国王陛下とユリウス殿下が死ねば、あの無能なアランを消すくらい簡単なことだ)

 伯爵はにやりと口角を上げる。

(これでノエラが子を産めば私は王の祖父。我がメイゼル家が王権をと ることも夢ではない!)

 伯爵はくくくっと笑いを洩らす。


 その様子をこっそりと見ていたのはユリウスだった。
 彼は伯爵に見つからないように柱の陰に身をひそめている。

(メイゼル伯爵が何かを企んでいることはわかっている。でも兄上は聞く耳を持たないだろうな。どうしようかな……)

 伯爵の不審な動きに気づいても、今は打つ手がない。
 ユリウスは困惑の表情で腕組みをする。

(しかしリエルさまが城へいらしていたなんて、お会いしたかったなあ)

 ユリウスは残念そうに肩を落とした。

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