11 / 110
悪女を演じてやりましょう
しおりを挟む
その後、侍女長はすぐにアランと接触した。
事情を聞いたアランは驚き、表情を硬くする。
「何? リエルがそのようなことを?」
「はい。気に入らないからと私たちに八つ当たりをされるのでございます。何よりも王太子妃の立場を利用して私たちを脅すのです」
侍女長はいかにも苦労している素振りを見せながら、アランに訴える。
「使用人たちはみな、恐れて仕事も手につかなくなっております」
アランは腕を組み、渋い顔つきでうなずく。
「そうか。すぐにリエルと会おう」
それを聞いた侍女長は頭を下げながらにやりと笑った。
ふたたび用意された朝食は予想以上のものだった。ふわふわのパンと具入りのスープに、新鮮な野菜や果物が豊富に並ぶ。
戻ってきたエマがさっそく不満をぶちまけた。
「本当にひどい目に遭いました。侍女長は私に使用人たちの洗濯をさせるんですよ。私はリエルさまの侍女なのに」
エマの愚痴を聞きながら食事をしていると、突然何の前触れもなくアランが部屋へ飛び込んできた。
リエルは身支度もしていない部屋着の状態で、とても王太子に会うような格好ではない。
しかしアランはそんなことも気にせず、入ってくるなり厳しい口調でリエルを責めた。
「リエル。君の話を聞いたぞ。使用人たちに横暴な振る舞いをしたそうだな?」
言い返せなかった侍女長がアランに直接訴えたのだとリエルはすぐにわかった。だが、冷静に対応する。
「殿下、私を訊ねて来られるときは前もって教えていただかなければ、こちらも準備がございます」
「婚約者の部屋に来るのに許可が必要なのか?」
「そうではありません。私は今、部屋着でございます。このような格好を殿下にさらすわけにはいかないのです」
アランは表情を引きつらせた。
「話をそらすな。君は使用人たちに冷たくしているそうじゃないか」
「先にあちらから嫌がらせを受けたのです。だから立場をわからせてあげたまでです」
あまりに冷静な態度のリエルに、ますますアランは苛立ったようだ。
眉をひそめながら言う。
「君の言うことはいまいち信用できない」
リエルはため息をついた。
回帰前にもアランは同じことを言った。
そのときリエルは彼に気に入られようと必死に何でも言うことを聞き、ご機嫌取りをしていたが。
(もうそんな必要はないわ)
「そうですか。そのように思われるなら、それで結構です」
「な、何!?」
「そろそろよろしいでしょうか? 食事中ですので」
アランは今にも怒りが爆発しそうだったが、言い返す言葉が見つからないのか黙って立ち去ってしまった。
アランの態度に驚いたエマがリエルにひっそりと言う。
「最初はお優しそうに見えましたが、少し違うみたいですね」
「演技よ」
「はい?」
リエルは静かに紅茶を飲む。
(そう、みんな演技をしているの。私もアランも、そしてノエラもね)
*
宮殿の離れにある別邸のゲストルームには、ノエラのために豪華な部屋が与えられている。
表向きは友人であるリエルを支えるためにアランが特別に許可して与えたとされている。
だが実際には、アランとノエラの密会場所だった。
ふたりはソファにとなり合って座り、ぴったりとくっついている。
「ノエラ、君の言うとおりだった。リエルは従順なふりをした問題児だ」
それを聞いたノエラはにんまりと笑った。
(うふふ、こんなに上手くいくとは思わなかったわ)
ノエラはにやける表情を抑え、あくまで友人を心配する態度でアランに接する。
「だから言ったではありませんか。あの子にはほとほと手を焼いてきましたの。だけど、リエルは昔からの親友ですもの。放っておけませんわ」
「君は心の優しい子だな」
「とんでもないですわ。あたくしはただリエルの友人として、彼女に王太子妃にふさわしい人間になってほしいだけですから」
アランはノエラの背中に手をまわし、彼女をそっと抱きしめる。
その腕の中で、ノエラはうるんだ瞳をアランに向けた。
学院時代は優秀ゆえに周囲から注目を浴びるリエルのとなりで、ノエラはお飾りのようだった。それがノエラには許せなかった。
どうにかしてリエルよりも優位に立ちたかったノエラは次第に嫉妬から怨みに変わっていった。
(ああ、リエル。あなたの苦痛に歪む顔が早く見たいわ)
事情を聞いたアランは驚き、表情を硬くする。
「何? リエルがそのようなことを?」
「はい。気に入らないからと私たちに八つ当たりをされるのでございます。何よりも王太子妃の立場を利用して私たちを脅すのです」
侍女長はいかにも苦労している素振りを見せながら、アランに訴える。
「使用人たちはみな、恐れて仕事も手につかなくなっております」
アランは腕を組み、渋い顔つきでうなずく。
「そうか。すぐにリエルと会おう」
それを聞いた侍女長は頭を下げながらにやりと笑った。
ふたたび用意された朝食は予想以上のものだった。ふわふわのパンと具入りのスープに、新鮮な野菜や果物が豊富に並ぶ。
戻ってきたエマがさっそく不満をぶちまけた。
「本当にひどい目に遭いました。侍女長は私に使用人たちの洗濯をさせるんですよ。私はリエルさまの侍女なのに」
エマの愚痴を聞きながら食事をしていると、突然何の前触れもなくアランが部屋へ飛び込んできた。
リエルは身支度もしていない部屋着の状態で、とても王太子に会うような格好ではない。
しかしアランはそんなことも気にせず、入ってくるなり厳しい口調でリエルを責めた。
「リエル。君の話を聞いたぞ。使用人たちに横暴な振る舞いをしたそうだな?」
言い返せなかった侍女長がアランに直接訴えたのだとリエルはすぐにわかった。だが、冷静に対応する。
「殿下、私を訊ねて来られるときは前もって教えていただかなければ、こちらも準備がございます」
「婚約者の部屋に来るのに許可が必要なのか?」
「そうではありません。私は今、部屋着でございます。このような格好を殿下にさらすわけにはいかないのです」
アランは表情を引きつらせた。
「話をそらすな。君は使用人たちに冷たくしているそうじゃないか」
「先にあちらから嫌がらせを受けたのです。だから立場をわからせてあげたまでです」
あまりに冷静な態度のリエルに、ますますアランは苛立ったようだ。
眉をひそめながら言う。
「君の言うことはいまいち信用できない」
リエルはため息をついた。
回帰前にもアランは同じことを言った。
そのときリエルは彼に気に入られようと必死に何でも言うことを聞き、ご機嫌取りをしていたが。
(もうそんな必要はないわ)
「そうですか。そのように思われるなら、それで結構です」
「な、何!?」
「そろそろよろしいでしょうか? 食事中ですので」
アランは今にも怒りが爆発しそうだったが、言い返す言葉が見つからないのか黙って立ち去ってしまった。
アランの態度に驚いたエマがリエルにひっそりと言う。
「最初はお優しそうに見えましたが、少し違うみたいですね」
「演技よ」
「はい?」
リエルは静かに紅茶を飲む。
(そう、みんな演技をしているの。私もアランも、そしてノエラもね)
*
宮殿の離れにある別邸のゲストルームには、ノエラのために豪華な部屋が与えられている。
表向きは友人であるリエルを支えるためにアランが特別に許可して与えたとされている。
だが実際には、アランとノエラの密会場所だった。
ふたりはソファにとなり合って座り、ぴったりとくっついている。
「ノエラ、君の言うとおりだった。リエルは従順なふりをした問題児だ」
それを聞いたノエラはにんまりと笑った。
(うふふ、こんなに上手くいくとは思わなかったわ)
ノエラはにやける表情を抑え、あくまで友人を心配する態度でアランに接する。
「だから言ったではありませんか。あの子にはほとほと手を焼いてきましたの。だけど、リエルは昔からの親友ですもの。放っておけませんわ」
「君は心の優しい子だな」
「とんでもないですわ。あたくしはただリエルの友人として、彼女に王太子妃にふさわしい人間になってほしいだけですから」
アランはノエラの背中に手をまわし、彼女をそっと抱きしめる。
その腕の中で、ノエラはうるんだ瞳をアランに向けた。
学院時代は優秀ゆえに周囲から注目を浴びるリエルのとなりで、ノエラはお飾りのようだった。それがノエラには許せなかった。
どうにかしてリエルよりも優位に立ちたかったノエラは次第に嫉妬から怨みに変わっていった。
(ああ、リエル。あなたの苦痛に歪む顔が早く見たいわ)
2,191
お気に入りに追加
5,448
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
婚約解消は君の方から
みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。
しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。
私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、
嫌がらせをやめるよう呼び出したのに……
どうしてこうなったんだろう?
2020.2.17より、カレンの話を始めました。
小説家になろうさんにも掲載しています。
有能なメイドは安らかに死にたい
鳥柄ささみ
恋愛
リーシェ16歳。
運がいいのか悪いのか、波瀾万丈な人生ではあるものの、どうにか無事に生きている。
ひょんなことから熊のような大男の領主の家に転がりこんだリーシェは、裁縫・調理・掃除と基本的なことから、薬学・天候・気功など幅広い知識と能力を兼ね備えた有能なメイドとして活躍する。
彼女の願いは安らかに死ぬこと。……つまり大往生。
リーシェは大往生するため、居場所を求めて奮闘する。
熊のようなイケメン年上領主×謎のツンデレメイドのラブコメ?ストーリー。
シリアス有り、アクション有り、イチャラブ有り、推理有りのお話です。
※基本は主人公リーシェの一人称で話が進みますが、たまに視点が変わります。
※同性愛を含む部分有り
※作者にイレギュラーなことがない限り、毎週月曜
※小説家になろうにも掲載しております。
【完結】貴方のために涙は流しません
ユユ
恋愛
私の涙には希少価値がある。
一人の女神様によって無理矢理
連れてこられたのは
小説の世界をなんとかするためだった。
私は虐げられることを
黙っているアリスではない。
“母親の言うことを聞きなさい”
あんたはアリスの父親を寝とっただけの女で
母親じゃない。
“婚約者なら言うことを聞け”
なら、お前が聞け。
後妻や婚約者や駄女神に屈しない!
好き勝手に変えてやる!
※ 作り話です
※ 15万字前後
※ 完結保証付き
ミルクティーな君へ。ひねくれ薄幸少女が幸せになるためには?
鐘ケ江 しのぶ
恋愛
アルファポリスさんではまった、恋愛モノ、すかっとしたざまあを拝読したのがきっかけです。
初めてこの分野に手を出しました。んん? と思うわれる箇所があるかと思いますが、温かくお見守りください。
とある特殊な事情を持つ者を保護している、コクーン修道院で暮らす12歳の伯爵令嬢ウィンティア。修道女や、同じ境遇の子供達に囲まれて、過去の悲惨な事件に巻き込まれた、保護されている女性達のお世話を積極的に行うウィンティアは『いい子』だった。
だが、ある日、生家に戻る指示が下される。
自分に虐待を繰り返し、肉体的に精神的にズタズタにした両親、使用人達、家庭教師達がまつそこに。コクーン修道院でやっと安心してすごしていたウィンティアの心は、その事情に耐えきれず、霧散してしまった。そして、ウィンティアの中に残ったのは………………
史実は関係ありません。ゆるっと設定です。ご理解ください。亀さんなみの更新予定です。
魔法使いに奪われたい~夫が心を入れ替えてももう遅い。侯爵夫人は奪われて幸せになります~
山夜みい
恋愛
ユフィリアは政略結婚した夫との冷え切った関係に悩んでいた。
一年の夫婦の務めを果たらず、お化粧をしても気付いてもらえない。
義母に虐められても「お前が悪いんだろう」の一点張り。
パーティーではエスコートされず、社交界で笑い物にされる日々。
「私、なんで生きてるんだろう」
実家の両親の顔を立てるため離婚も出来ない。
思いつめたユフィリアは買い物の最中に偶然、一人の男と出会う。
ルガール・ガンタール。
彼は世間で『狼閣下』と恐れられている冷酷な侯爵様だった。
ユフィリアの境遇に同情した侯爵様は言った。
「俺が奪ってやりましょうか」
「え……」
当初こそルガールを拒絶したユフィリアだが、他の男性と仲良くしたら夫が振り向いてくれるかもしれないと思い、デートをすることに。
「もっと早く出会っていたら、君に寂しい思いはさせなかったのに」
ルガールはユフィリアの健気な優しさと寂し気な瞳に惹かれ、ユフィリアまた夫にはない頼もしさと男らしさを感じて二人は惹かれ合う。ある日とうとう一夜を共に過ごしてしまいユフィリアは苦悩していたが、夫が後輩騎士と歩いているのを見たことで関係の終わりを悟る。
「あなた……私たち、離婚しましょう」
「待て。待ってくれ……俺が悪かった」
「さようなら」
ゴミ夫が心を入れ替えても、もう遅い。
あの手この手でユフィリアを取り戻そうとしても無駄だった。
「迎えに来ましたよ、ユフィリア」
傾いた心は、もう戻らない。
伯爵令嬢の受難~当馬も悪役令嬢の友人も辞めて好きに生きることにします!
ユウ
恋愛
生前気苦労が絶えず息をつく暇もなかった。
侯爵令嬢を親友に持ち、婚約者は別の女性を見ていた。
所詮は政略結婚だと割り切っていたが、とある少女の介入で更に生活が乱された。
聡明で貞節な王太子殿下が…
「君のとの婚約を破棄する」
とんでもない宣言をした。
何でも平民の少女と恋に落ちたとか。
親友は悪役令嬢と呼ばれるようになり逆に王家を糾弾し婚約者は親友と駆け落ちし国は振り回され。
その火の粉を被ったのは中位貴族達。
私は過労で倒れ18歳でこの世を去ったと思いきや。
前々前世の記憶まで思い出してしまうのだった。
気づくと運命の日の前に逆戻っていた。
「よし、逃げよう」
決意を固めた私は友人と婚約者から離れる事を決意し婚約を解消した後に国を出ようと決意。
軽い人間不信になった私はペット一緒にこっそり逃亡計画を立てていた。
…はずがとある少年に声をかけられる。
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる