上 下
9 / 110

再びの王宮入り

しおりを挟む
 そしてリエルが王宮へ行く数日前のことだ。
 リエルとともに王宮入りする侍女は父が決めた。
 しかしその侍女はリエルに嫌がらせばかりをしている者だった。

「まだまだ未熟なお前を躾けてもらうように命じた。心しておけ」

 父がリエルにそう言うと、そばにいた侍女はにんまり笑った。
 回帰前、この侍女は王宮の使用人や侍女長たちと結託して、リエルを虐めてばかりだった。
 だから、今回は数日前から対策を講じておいた。

「あ、あなた!」

 突如、継母が部屋へ飛び込んできて父に訴え出た。

「どうしたのだ?」
「わたくしの一番大切な宝石がございませんの。結婚するときにあなたにいただいた物よ」

 リエルはひそやかに笑みを浮かべる。
 そして、彼らに言い放つ。

「私はその者が高価な宝石を隠し持っているのを目撃しましたわ」
「なんですって!?」

 継母が驚愕の目をやると、侍女は狼狽えた。

「ち、違います。私はそのような……」
「すぐに調べろ」

 父の命令で侍女の部屋を捜索させると、使用人のひとりがベッドの下から宝石を見つけた。

「そんな……私ではありません!」
「ではなぜお前の部屋から私の妻の物が出てきたのだ?」
「ち、違います。旦那さま! 信じてくださいませ!」
「うるさい! お前は解雇だ!」
「そんな……!」

 リエルは彼らの様子を遠くで見つめながら笑みを浮かべた。

 その後、リエルはともに王宮入りする侍女としてエマを選んだ。
 エマが新人なので父は渋ったが、リエルはそれを押し通した。

 そして出発の日、たいした見送りもなくリエルはエマとともに王宮から迎えに来た馬車に乗った。
 道中、リエルは静かに窓の外の景色を眺めていたが、エマはガチガチに緊張していた。

「あのう……本当に私でよかったのでしょうか?」

 訊かれたリエルはエマに目を向けて、冷静に答えた。

「私があの家で唯一信用できるのはあなただけなのよ」
「そうなのですか?」
「ええ。だから、これから私のことを支えてくれる?」

 リエルはやんわりと穏やかな笑顔で訊ねた。
 エマはぱあっと明るい表情になり、嬉しそうに返事をした。

「もちろんです。全力でリエルさまのお世話をさせていただきます!」
「ありがとう。よろしくね」

 リエルはにっこり笑った。

 それ以外の者たちはあまりよい印象を抱いていない。
 それどころか、リエルを疎ましく思っている者たちばかりだった。
 エマは今までのリエルとあまり接点がないし、性格も素直で、何より父から監視の命令を受けていない。

 とりあえず、回帰前の侍女を排除できたことはよかった。


 そして、再び訪れた王宮。
 回帰前はきらびやかな宮殿を見ると気絶しそうなほど緊張した。何度か訪れたことはあったが、暮らすとなれば別物だ。
 必死に王宮のことを覚えたあの頃がなつかしい。

 けれども今は、死ぬ前の悲惨な思い出ばかりが強烈に残っている。

 王宮の家臣と使用人たちに案内されながら回廊を歩いていた。
 エマは初めてということもありそわそわしているが、リエルはいたって冷静だ。見慣れた宮殿内のどこに何があるのかほとんど記憶している。

 ふと、前方から衛兵たちに囲まれたアランが厳かな様子で歩いてきた。
 リエルはどきりとして身構える。
 アランはリエルの前で足を止め、話しかけた。

「君が俺の妻となるリエルか?」

 リエルは落ち着いた表情で挨拶カーテシーをおこなう。

「王太子殿下にご挨拶申し上げます。カーレン侯爵家のリエルでございます」

 ゆっくりと顔を上げるとそこには見慣れた夫の姿。
 穏やかで善人の顔をしている。

(その顔に騙されたわ)

 憤怒に満ちた表情で罵倒し、何度もリエルの腹を蹴りつけたアラン。
 最後にはリエルの胸を貫いて殺した。

 よく考えてみたらアランに大切にされたことなど一度もない。
 政略結婚だからそれが当たり前で、夫のご機嫌を取ることが妻の役割だと信じて疑わなかった。
 そのあげくがあの結末だ。

(二度と繰り返さないわ)

 アランはリエルの態度に問題ないと思ったのか、比較的穏やかに話す。

「俺は忙しい。婚約期間とはいえ、君には王太子妃としての仕事をしっかりしてもらいたい」

(そうでしょうね。愛人とのおたわむれでお忙しいですものね)

 アランは誰にでもいい顔をする。
 見た目だけはいいので女が寄ってくる。
 だが中身は自分の思いどおりにならなければ気に入らない自己中な面がある。
 その上執務をおろそかにし、侍従を困らせている。

 リエルは淑女を演じ、丁寧に返事をする。

「殿下の仰せのままに」

 アランは満足げに笑った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

処理中です...