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25、落ち着くのよ、冷静に伝えるだけ

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 だが、イレーナの危惧したとおり、貴族たちは次々と異論を発した。

「学問は貴族のものではないか。平民が学を得るなど……」
「身分違いも甚だしい」
「小国の姫の分際で帝国に意見をするとは身の程知らずな」


 予想はしたが、あまりにも否定的な意見ばかりだ。
 すぐには貴族たちの心を変えることはできないだろう。
 それはイレーナにもわかっている。
 自分の提案が議論の場に持ち出されただけでよかったと思うことにした。

 イレーナが諦めかけたとき、思いがけずアンジェが貴族たちを制止した。


「面白い提案ですわね。問題は山積みでしょうが、それについてはぜひ、イレーナ妃の意見をお聞きしませんこと?」

 イレーナはどきりとしてアンジェを見つめた。
 アンジェはにっこりと笑い、それからヴァルクに顔を向けた。


「いかがでございましょう? 陛下」
「ああ、そうだな。何か疑問があるなら皆申してみよ」

 ヴァルクは貴族たちに向かって言い放つ。
 すると、ひとりが「恐れながら申し上げます」と口を開いた。


「これまで学問は貴族のものとされてきました。平民が学を得ることで貴族社会ひいては王権にも影響を及ぼす可能性がございます。これについてはどのようにお考えでしょうか?」

 ヴァルクは笑みを浮かべたまま、話を終えた者をじっと見つめた。
 それからイレーナへ顔を向けて訊ねる。


「さて、イレーナ。君はこれに対してどう思う?」

 急に話を振られたイレーナはどきりとして冷や汗をかいた。
 鼓動がバクバク鳴り続ける。


(落ち着くのよ。考えていることを冷静に伝えるだけ)


 イレーナは深呼吸をして、背筋を伸ばした。
 そして答える。

「貴族と平民の学校は根本的に別であると考えています。平民には読み書きの他に商売に関する知識や動物植物などの専門的な知識を学ぶ機会があればと思います。もちろん政治に関わる部分に関しては貴族の学校でのみ学べるよう制度を整えるのです」


 イレーナの意見に貴族たちが顔を見合わせて話す。

「つまり平民に合わせた学校ということか」
「確かに、平民がもっと商売が上手くなれば国の税収も増えて豊かになることだろう」

  風向きが少し変わった、とイレーナは口もとに笑みを浮かべた。


 彼らのひとりがイレーナに質問をする。

「しかしながらイレーナさま、平民には学校に通うような金などないでしょう?」

 イレーナは少しずつ彼らがこの提案に前向きになってくれているのだと思い、明るく答える。


「はい、それについては提案がございます。成績のよい者たちにお金を貸してあげるのです」

 その意見に貴族たちは急に顔色を変えた。

「何だって? 平民に金を貸すだと?」
「馬鹿げている。そこまでして平民に学校を通わせてどうなるというのだ?」


 ヴァルクは何も言わず、ただ全員を見つめて笑みを浮かべている。
 イレーナは毅然とした態度で答える。

「成績が優秀な者には学費免除という制度を整え、学校で学びたいと強く思う者たちにはお金を貸して学ばせて、仕事に就いたら返金してもらうのです」
「そんなことをして踏み倒されたらどうするのですか?」
「そのような事態にならないよう、ルールを作るのです。借金の踏み倒しなんて平民に限らずあることでしょう?」


 イレーナがちらっと目線を向けると貴族たちはばつが悪そうに顔を背けた。
 ヴァルクもアンジェもにこにこしている。
 イレーナはほっと安堵のため息をつく。


(とりあえず乗り切ったかしらね)



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