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2、あなたのことを利用します
しおりを挟む最初から、この結婚に期待など微塵もなかった。
伯爵家に生まれた以上、政略結婚は避けられないことだったが、それでもアリアがフィリクスとの結婚が嫌だったのは、すでに彼がよそに好きな女がいることを知っていたからだ。
フィリクスの想い人は平民である。
噂ではフィリクスが北部の視察に訪れた際、雪山で足を滑らせて転倒。そこで怪我の手当てをしてくれた女が今の想い人であるらしい。
女は貧しく、家族のために身を粉にして働いていた。それを知ったフィリクスが、彼女と家族に支援をしたいと申し出て、その頃から彼らは交流が始まったらしい。
そして、何度か会っているうちに、フィリクスは彼女に恋心を抱くようになる。
上級貴族と平民という身分違いの恋の話は社交界を駆けめぐり、当然アリアの耳にも入ることになった。
平民の女を娶ろうとするフィリクスに反対した侯爵家と親戚たちは、急いで彼の婚姻を決めた。
その相手がディゼル伯爵家のアリアだったのだ。
フィリクス自身も外面をかなり気にする男だったので、親族たちを黙らせるためにこの結婚に渋々承諾したのだろう、というのがアリアの見解だ。
アリアに妻の役目を負わせて、そのあいだ彼は恋人と濃密な時間を過ごすことだろう。そして、1年後にアリアと離婚したあと、ほとぼりが冷めた頃に恋人と再婚するのだろう。
一度政略結婚で失敗した場合、次の結婚で親族が口出しすることはほぼない。
というよりは、二度目三度目の結婚について周囲はほとんど興味を示さない。
家族は一度目の結婚しか口を出さない。
それを利用して本命である平民と再婚をする貴族も割といるらしい。
フィリクスもそうするつもりだろう。
「そっちが利用する気なら、こっちも利用してやるわ」
アリアは広いベッドに寝転んで思いっきり伸びをした。
アリアの生家であるディゼル伯爵家は裕福だが、家族の仲はあまりいいとは言えなかった。
父である伯爵は家庭を顧みず、よそに愛人が何人もいた。
母は跡継ぎである兄を溺愛し、病気がちな妹に過保護だった。
健康なアリアは母の眼中にはなかった。
アリアは贅沢をすることを許されなかった。
あなたは兄と違って女なのだから我慢しなさい、と言われた。
あなたは姉なのだから病気の妹のために我慢しなさい、と言われた。
跡継ぎの兄は常に新しいものを与えられ、病気の妹は可哀想だからと何でも与えられた。
アリアだけ、贅沢は禁止されていて、ドレスも古いものばかりだった。
妹がひらひらした可愛らしい高価なドレスを着ているのを見て、まったくうらやましいとは思わなかったが、読書好きなアリアに母はもう少し本を与えてくれてもよかったのにとは思った。
父も母もアリアに興味を示さなかった。
それなのに、結婚話となれば別だ。
相手は平民に溺れる侯爵である。
溺愛している妹は決して嫁がせたくないだろう。
両親はすぐにアリアへ嫁ぐように命令した。
これをアリアは快諾する。
正統な理由で実家を出ることができるし、他の女に溺れているような夫とはいずれ離縁することは目に見えている。
だから、アリアはこの結婚を利用することにしたのだが、まさか初夜から離婚宣言されるとは。
願ってもないことである。
とにかくこの1年は好きなことをたくさんしようと思った。
生きていく術を身につけて、離婚後はどこか遠い町に行って、ひとりで人生をやり直そうと。
アリアのこれからの人生は、希望に満ちていた。
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