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1、初夜に離婚宣言されました

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「僕には他に愛する人がいるんだ。だから、君を愛することはできない」


 結婚式を挙げた夜、新婚夫婦の寝室の、天蓋付きのベッドの上で。
 侯爵が妻となったアリアに言い放った言葉だ。


 アトラーシュ侯爵家の当主フィリクスとディゼル伯爵家の令嬢アリアは本日夫婦となった。
 そして、初夜を迎えたこの日、夫のフィリクスから堂々と浮気宣言されたのである。


「本当に申しわけないと思っている。決して他言するなと周囲には言われていたが、やはり君を欺くようなことは僕にはできない」


 まるで自分が被害者であるかのように、憂いを帯びた表情で俯くフィリクス。
 アリアは真顔で彼を見つめている。
 フィリクスは歯を食いしばり、アリアに言い放つ。


「1年後に離縁してほしい。それまで仮の夫婦でいよう」


 ついに離婚宣言までされてしまった。


 貴族のあいだでは結婚は家同士が決めること。
 自由な恋愛で結ばれる夫婦はほとんどいない。
 それはアリアもよくわかっている。

 そして、政略結婚ゆえに性格の不一致で離婚する夫婦も多い。
 そのため、1年間はお試し婚と呼ばれることが多かった。

 しかし、初夜から離婚宣言されるとは、まさかのアリアも想像していなかった。


「この1年、君はこの家で好きなことをしてくれて構わない。君が望むならドレスや宝石も贈ろう。君が望む限りの贅沢を与えたいと思う。それが僕の君への罪滅ぼしだから。その代わり、1年間は夫婦として僕とパーティに参加してもらいたい。一応、1年はそれなりに夫婦をやってみてやはり無理だったという既成事実を作りたいんだ。身勝手なことを言っているのはわかっている。だが……」

 長々と言いわけを述べる侯爵の言葉を途中で遮るように、アリアは言う。


「いいですよ」
「え!?」

 アリアがあっさりと承諾したせいか、フィリクスは呆気にとられたように目を丸くした。


「つまり白い結婚をお望みなのですね。今、流行はやっていますものね」
「え? あ、ああ……」
「私も、侯爵さまのこと好きでも何でもないので、その条件受け入れてもいいですよ」
「え……好きじゃない?」
「はい。だって昨日初めてお会いしたのに、どうやって好きになれと言うのです? これから夫婦としての時間を過ごして侯爵さまのことを知っていくつもりでしたが、それも拒否されてしまったので致し方ありませんね」
「ああ……そ、そうだな」

 特に動じることもなく、淡々とそう話すアリアと対照的に、フィリクスは少々動揺している。


「でも、よかったですわ。最初にそう言っていただけて。そのおかげで私は絶対に侯爵さまのことを好きにならずに済みますから」

 にっこりと満面の笑みでアリアが言うと、フィリクスは驚いた顔で言葉に詰まった。


「そうか、うん……まあ、少々複雑でもあるが、君が了承してくれてありがたいよ」
「そうでしょう。ですから、侯爵さまは心置きなく愛する女性のことだけを考えていてくださいね。あ、もちろん社交の場ではきちんと妻の演技はいたしますから、ご心配には及びませんわ」
「そうか、それはありがたいな」

 呆気にとられる侯爵を横目に、アリアはベッドから降りてショールを羽織った。


「さて、では私はこれで失礼したいと思います」
「え!?」
「だって、白い結婚なのに寝室をともにすることなどできないでしょう?」
「あ、いや……今夜は結婚式の日だから、別々に寝るのは使用人たちが不審がるだろう」
「そうですか。では私は隣室のソファで寝ましょうか」
「それなら僕がそうしよう。君はベッドを使ってくれ」

 真顔でフィリクスを見ていたアリアはぱあぁっと表情を輝かせた。


「いいんですかあ? それじゃ、遠慮なく! あ、侯爵さまはどうぞソファで寝てください」
「ええっ!?」
「だって、あなたがそう言ったんでしょ?」
「う、ん。まあ、そうだな」

 たじたじのフィリクスに対し、アリアはにっこりと笑顔で返す。


「今日はお疲れでございましょう。それではおやすみなさいませ、旦那さま!」
「お、おやすみ」


 フィリクスを隣室に追いやると、アリアはパタンと寝室の扉を閉めた。
 そして、タタタッと小走りに駆けてそのままベッドにダイブした。


「やったあああっ!」

 思わず声を上げてしまい、すぐさま黙る。
 だが、にやけるのが止まらなアリアはシーツに顔を押しつけて「くくくっ!」と笑った。


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