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29話

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 「羽田空港に到着、と」

 飛行機に揺られること二時間。
 俺と白海は東京に到着した。

 「本当にここにお母さんいるの?」

 白海が不安気に聞いてくる。
 海外に行ったと聞いていたのだ。
 急に東京にいる、と言われても半信半疑だろう。
 
 「大丈夫。調べは完璧だから」

 「まあ、東京まで来ちゃったら狭山くんを信じるしかないわね」

 東京は数える程しか来たことはない。
 地図アプリを起動し、白海の母のいる場所を調べる。

 白海母は、夜に働くため、昼は家にいる。
 そこを狙って行くのだ。

 俺と白海は東京の住宅街を歩く。
 
 「…………」

 もうすぐ会えるだろう母親との邂逅に緊張している様子の白海。
 口を真横に結び、顔は不安気だ。
 
 無理もない。
 たとえ離れた時間が4ヶ月だとしても、離れた理由が逃げ。
 こういう時に何も言えない俺が恨めしかった。


 とある住宅地のアパートの一室の前。

 俺は白海の、まずは二人で話したいという希望に添い、通話を繋いだままの携帯を使うことで様子を伺う。

 緊張を孕んだ白海は震える手でチャイムを鳴らす。

 ピンポーン、と呼び出し音が鳴る。 
 一秒……二秒と時間が経ち、ガチャッと、扉の開く音がし、一人の女性が出る。

 その女性は白海の顔を見ると、驚愕な表情をする。
 
 「お、お母さん。」

 躊躇いがちに声をかける白海。
 その声は少し震えている。

 女性は驚愕から、冷静へと変わる。

 「どうしてここに?」

 「とある人に連れてきてもらって……」

 とある人、という言葉に疑問符を浮かべるも、気にしない様子で白海にキツイ言葉を投げ掛ける。

 「とある人? ……まあいいわ。じゃあどうしてここに来たの? 私は花を捨てたのよ」

 捨てた、という直接的表現力に白海の顔が歪む。
 それでも気丈に振る舞い、問い続ける。

 「その事情を聞きに来たの! なにか理由があるんでしょ!?」

 「理由? そんなの賭けに負けて逃げただけ」

 「じゃあお母さんは私に借金を押し付けて逃げ出したって言うの!?」

 白海はあふれでた怒りと悲しみの感情を叫ぶ。
 白海の母は彼女の言葉に冷静だったその顔が少し崩れた。
 まるで、白海の言った言葉が予想外のことだったかのように。
 しかし、すぐに表情を戻し、実の娘である白海は拒絶する。

 「そうよ。私は全て花に押し付けた。もう花のことは娘だと思ってないわ。とっとと、帰りなさい!」

 「っっ!!」

 わかりあえなかった悲しみ。 
 知った上で押し付けた借金に対する怒り。
 実質的な縁を切る発現に放心。

 様々な感情が入り交じったその顔を涙で歪ませて、踵を返し、走り出す。
 俺は横を通りすぎる白海に、一言口にして。

 「────て」

 俺は自分の家の前で立ちすくんでいる、白海母に近寄っていく。
 その顔にはどんな表情が映っているのだろうか。
 下を向く彼女からは窺い知れない。

 彼女の注意を引く言葉はただ一つでいい。

 「どうして嘘を付いたんですか?」

 弾かれたように顔を上げた白海母は俺の顔をまじまじと見る。

 「嘘ってどういうことかしら」

 もはやお前は誰だ的発言はしない様子。
 さっきのやり取りを聞いている前提。
 その上で話す俺。

 とある人、というのがきっと俺だと気が付いたのだろう。

 ……親子揃ってエスパーかな。

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