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3話

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 ひとしきり笑ったあと、白海は最初とは違う刺の無い柔和な笑みを浮かべ、話を促した。

 「私の話はしたわよ。次はあなたの番ね」

 優しく促された俺は、話す内容を頭で整理する。
 白海には話すと言ったが、あまり内部を話すつもりはあまりない。

 それは不誠実で、白海を裏切る行為。

 それはとても心が痛む。
 だが生々しい話になってしまうし、なにより…… せっかく少し打ち解けた白海に軽蔑されたくないからだ。
 それだけのことを『天笠』という組織はしている。

 ──いや、それも詭弁でしかないのかもしれないが。

 「うん。じゃあ……ってどこから話せばいいのかなぁ……」

 そんな感情を悟らせないように、余裕そうな表情を意識する。

 嘘を織り混ぜた本当のこと。
 言葉で言うことは簡単だが、相当難しい。
 ……それに罪悪感。
 いっそのこと全部話したい……といった気持ちもある。
 俺を信じて話してくれた白海の厚意を無下にはしたくない。

 「じゃあ質問するから、それに答えてもらってもいいかしら?」

 ウンウン悩んでいると、白海からそんな提案がされた。
 正直、自分から事情を話すよりは、そっちの方が言いやすい。
 
 「んー……分かったけど全ては答えられないよ?」

 「ええ。答えられる範囲でいいわよ」

 俺は白海から言質を取れたことに安堵してしまった。
 わかってる。
 これが自己満足な浅ましい思考であると。
 だけどもその言葉一つで罪悪感を薄れてしまった俺は、俺に激しく嫌悪した。

 「どうしたの?」

 俺が黙っていることを不思議に思ったのか声をかけてくる。

 「いや、何でもない」

 俺は努めて明るく振る舞う。

 ……あぁ、嫌だな。
 これじゃあまるで道化じゃないか……。
 偽りの仮面を被って無様に演じるだけの存在。

 そんな俺の内の葛藤に気付かない白海は話しを進める。

 「それじゃあいいかしら?」

 「あぁ」

 俺は自己嫌悪な気持ちを切り替え、白海の質問に答える。

 「まず……あなたは何者なの? さっきの人からの言葉で察することはできるけど、あなたの口から聞いておきたいからね」

 白海はきっと、俺から言質を取ることで推察を正解へと導きたいのだろう。

 「……俺は『天笠』の当主、天笠英隆の孫。母方の実家が『天笠』なんだよ」

 俺はずっと秘密にしてきたことを、俯き、テーブルを見ながら独白する。
 このことはケイヤに始まり他の……といっても少ないが、友達にも言っていない。
 これを告げることで、嫌悪、軽蔑され離れていくことが怖いからだ。
 表向きは一般社団法人でも実態は裏社会の組織。
 すでに名前が知れ渡っていることもあって、俺は秘密にしてきたのだ。
 さて、白海の反応はどうか、恐る恐る顔を上げてみると、

 「ふぅん、やっぱりね」

 ただ、自分の推察が当たっていたという顔しかしていなかった。
 その整った顔には、嫌悪や軽蔑の表情はない。

 「俺が怖くないのか?」

 白海にそう問いかける。
 広く一般的な認識で、暴力の権化のようなものだ。
 普通の人だと、確実に恐れ、俺を侮蔑するだろう。

 「怖い? なんで?」

 だが、良い意味であっても、白海は普通ではなかった。
 きょとんとした顔で、そんな返答がされた。
 俺は何を言っているの? という白海の反応にたじろいでしまう。
 初めて見る反応に脳が追い付かない。

 「い、いや、だって、これでもヤクザだし……普通そんなとこと関係がある、ならまだしも家族だし」

 「そもそも怖がってたら、私が推察をした時点で何かと理由付けて帰ってるわよ。……それにあなたは助けてくれた」

 確かに正論、なのだが……

 「助けたのはうちのものがおかしなことをしていたわけだし、それに……自己満足だよ」

 俺は吐き捨てるように言う。
 実際助けたときに感じたのは優越感、そして満足感だった。
 だが、実際行くと身内の犯行。
 取る人が取れば、自作自演と言われても仕方がないだろう。

 「いいえ違うわ。例え自己満足だとしても、それだけで助けられる人は稀有よ」

 白海は頭を横に振って答える。
 でも、俺は受け止めることができない。

 「いいや、違うんだよっ! あの時俺は、ヤスとヒデだったから助けることができた! あの時悲鳴を聞いたとき、助ける必要があるか迷ってしまったんだ……! 俺は……!俺は……そんな自分が醜く感じてしまう……」

 俺はあの時感じたことを全て話す。
 その感情を、俺のことを俺が嫌悪しながら。
 それは人間個人としての醜い頑丈が出たわけじゃない。
 俺……狭山渚としての醜くく浅ましい感情が溢れてしまった。

 でも、それでも、

 「頼むから自分を卑下しないで。確かにあなたにそんな感情があったとしても、私は確かに救われたっ! 大の大人二人に迫られて恐怖の中にいた私を救ってくれた! とても、か、かっこよかったわ!  例え打算でもいい。……だから、お願いだから自分に自信を持って?」

 身を乗り出して、激しく言葉を投げ掛ける。
 激しく、けれど、優しく。
 白海は信じてくれた。
 俺という存在を肯定してくれた。
 俺は自分の中にある、雁字搦めにされた鎖にヒビが入るのを感じた。

 「どうして俺にそこまで言ってくれるんだ……? 出会ったばかりだろう?」

 俺はさっきの焼き直しのような問いをした。
 白海の言う通り、どうして出会ったばかりの俺にそこまで感情的になってくれるかがわからない。

 その疑問は白海の一言が全てを物語っていた。

 「……私はあなたを知ってるわ……昔からね」

 「……ッッ!?」

 その言葉に、衝撃が走る。
 白海が昔から? どういうことだ?
 俺は白海の記憶など、何もない。
 当然、会ったこともないはずだが……。
 俺の脳が、疑問で覆われる。

 「今はまだ教えられない……でも信じて。私はあなたの味方よ」

 優しく、笑顔でそう言ってくれる。
 でも、俺は……

 「ごめん……正直まだわからない」 

 俺を縛り付けている鎖の業は深い。
 白海の言った言葉は響いた。
 でも……それでも……。

 「ッ! ……そう」

 白海は悲しそうに眼を伏せる。
 自分の言葉が届かなかった悲しみだろうか。

 「でも、ありがとう」
 
 けれど、俺に確かに響いていた。
 弾かれたように顔を上げる白海。
 その目には涙が溜まっていた。

 「どういたしまして」

 目に涙を浮かべながら白海はそう言った。

 まだ俺はわからない。
 白海と昔会っていたのか? とか、なぜ俺を? だとか疑問が頭を支配する。
 急に人を信じろと言われてもできるはずがない。

 ……でも、確かに俺は……このとき白海に、白海の言葉に救われたんだ。
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