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青の命路 -01
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ナギという霊名の魂を追って人界へと堕ちた、あの紺碧の魂を、それが一人のロシア人の女性の胎に宿り、現世に誕生した時から、バンはずっと見守っていた。
祝福されて生まれてきたその肉体は、葛城ユーリという名前を授けられた。前世での悲惨な境遇とは打って変わって、ユーリは家族から並々ならぬ愛情を注がれて育ち、多くの友人にも恵まれていた。
優れた容姿と、素直で愛されやすい気質。加えて、ある分野における非凡な才能。
そして何より、自分たちと異なる外見を積極的には排斥しようとしない、寛大な時代と風土で生きることができたという幸運。
バンが観察する限り、世間的に見れば上々の生涯だったと言って良い。
唯一、幼児期が終わる頃までユーリが毎日のように見ていた夢の内容が気になった。あれは、ユーリがユウリだった頃の記憶であり、紛れもなく現実に起きたことだ。
前述した通り、魂魄は天界にて、人間として生きてきた間の記憶や傷を、すべて洗浄する。
一欠片の記憶を引きずったまま、ユウリは転生し、葛城ユーリとして生まれついたのだろうか。
もともとナギを追って転生した魂だ、彼の存在に関する記憶が朧げにでも残っているのも、致し方ないことなのかもしれない。もっとも、その夢も、魂が新たな肉体に完全に定着した後には、見なくなったようだが。
その上々だった生涯も、しかし、短命であるという点においては、前世と変わらなかった。
享年二十一歳。バンは、ぐん、と人界に向けて目を見開き、極東の島国での人々の混乱を、上空で錯綜する救助ヘリを、まるで山肌からニョキッと生えたように無数に突き刺さっている航空機の残骸の数々を、未だにたなびいている数本の黒煙を、見た。
人間たちが生存者の存在に希望を見出し、救出に注力している一方で、バンの許には、乗客全員分の一〇六の魂が、先ほど全て到着したばかりだった。
左主翼が故障、傾いた機体が樹林に衝突してから、一瞬で終わった事故だった。恐らく、何が起きたか分からないままいつの間にかここにいる、という魂も、少なくないだろう。バンは一〇六の魂を、労わるように眺めた。
遥か下の人界では、次々と見つけられていく遺体が、ブルーシートに包まれて、斜面上に順に並べられている。シートから金属片の突き刺さった白い足首が覗いているものもあった。
彼らの根源は、もはやそこには無い――。
バンは冷めた目でそれを一瞥すると、視線を無数の魂魄の行列へと移した。ユウリの魂は、すぐに見つかった。やはり輝きというか、光度が違う。
その隣に、ナギの魂もあった。
産まれついた場所こそ全く違った二人だが、どういう偶然か、彼らは同じ便に搭乗し、ユウリは目的の人物との邂逅を得ることができた。
しかし皮肉にも、彼らを載せた機体は歴史的な墜落事故を起こし、二人はこの度の人生に幕を下ろすことになった。
ふわり、ふわり。まるで戯れるようにして、バンの左肩に寄っては離れ、離れては寄るを繰り返す、ユウリの魂。
――今度の人生はどうだったか?
視線を遣りながら、バンは胸中で語りかける。
――あいつは、お前を覚えていなかった。お前も、子供の頃こそ、あいつの存在の余韻に憑かれてはいたものの、それに囚われることはなく、自分に出来る限りの範囲で、前向きに、今生を全うした。
――あいつも、お前の全く与り知らない所で、遠野和人としての生涯を全うしていた。最期だけでも目当ての人物に会えて、満足だったか? 本当に、あれだけで、満足だったか? あの便に乗らなければ、恐らく奴に出会うこともなかっただろうが、充実したこの度の人生を、こんなに早く終わらせることもなかっただろう。
――それでも、満足だったか?
当然、返事はない。バンは諦めたように小さく首を振ると、つまらなそうな顔をして、両膝を抱えた。
祝福されて生まれてきたその肉体は、葛城ユーリという名前を授けられた。前世での悲惨な境遇とは打って変わって、ユーリは家族から並々ならぬ愛情を注がれて育ち、多くの友人にも恵まれていた。
優れた容姿と、素直で愛されやすい気質。加えて、ある分野における非凡な才能。
そして何より、自分たちと異なる外見を積極的には排斥しようとしない、寛大な時代と風土で生きることができたという幸運。
バンが観察する限り、世間的に見れば上々の生涯だったと言って良い。
唯一、幼児期が終わる頃までユーリが毎日のように見ていた夢の内容が気になった。あれは、ユーリがユウリだった頃の記憶であり、紛れもなく現実に起きたことだ。
前述した通り、魂魄は天界にて、人間として生きてきた間の記憶や傷を、すべて洗浄する。
一欠片の記憶を引きずったまま、ユウリは転生し、葛城ユーリとして生まれついたのだろうか。
もともとナギを追って転生した魂だ、彼の存在に関する記憶が朧げにでも残っているのも、致し方ないことなのかもしれない。もっとも、その夢も、魂が新たな肉体に完全に定着した後には、見なくなったようだが。
その上々だった生涯も、しかし、短命であるという点においては、前世と変わらなかった。
享年二十一歳。バンは、ぐん、と人界に向けて目を見開き、極東の島国での人々の混乱を、上空で錯綜する救助ヘリを、まるで山肌からニョキッと生えたように無数に突き刺さっている航空機の残骸の数々を、未だにたなびいている数本の黒煙を、見た。
人間たちが生存者の存在に希望を見出し、救出に注力している一方で、バンの許には、乗客全員分の一〇六の魂が、先ほど全て到着したばかりだった。
左主翼が故障、傾いた機体が樹林に衝突してから、一瞬で終わった事故だった。恐らく、何が起きたか分からないままいつの間にかここにいる、という魂も、少なくないだろう。バンは一〇六の魂を、労わるように眺めた。
遥か下の人界では、次々と見つけられていく遺体が、ブルーシートに包まれて、斜面上に順に並べられている。シートから金属片の突き刺さった白い足首が覗いているものもあった。
彼らの根源は、もはやそこには無い――。
バンは冷めた目でそれを一瞥すると、視線を無数の魂魄の行列へと移した。ユウリの魂は、すぐに見つかった。やはり輝きというか、光度が違う。
その隣に、ナギの魂もあった。
産まれついた場所こそ全く違った二人だが、どういう偶然か、彼らは同じ便に搭乗し、ユウリは目的の人物との邂逅を得ることができた。
しかし皮肉にも、彼らを載せた機体は歴史的な墜落事故を起こし、二人はこの度の人生に幕を下ろすことになった。
ふわり、ふわり。まるで戯れるようにして、バンの左肩に寄っては離れ、離れては寄るを繰り返す、ユウリの魂。
――今度の人生はどうだったか?
視線を遣りながら、バンは胸中で語りかける。
――あいつは、お前を覚えていなかった。お前も、子供の頃こそ、あいつの存在の余韻に憑かれてはいたものの、それに囚われることはなく、自分に出来る限りの範囲で、前向きに、今生を全うした。
――あいつも、お前の全く与り知らない所で、遠野和人としての生涯を全うしていた。最期だけでも目当ての人物に会えて、満足だったか? 本当に、あれだけで、満足だったか? あの便に乗らなければ、恐らく奴に出会うこともなかっただろうが、充実したこの度の人生を、こんなに早く終わらせることもなかっただろう。
――それでも、満足だったか?
当然、返事はない。バンは諦めたように小さく首を振ると、つまらなそうな顔をして、両膝を抱えた。
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