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意見交換会

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 生誕祭が行われたホールに貴族を集めたトリスタンは平民抜きの議会を開くことにした。

「無理を言って集まってもらってすまないな」

 突然の召集でありながら多くの貴族が集まっている。

「陛下直々に呼出状を書かれたのだ。何事か気になって眠れなかった」
「私など予定を変更してまで来た」
「また税を上げられるのだろうか……」
「あんなことがあったのに誰が反論できるのか」
「それをわかっていて今日の召集なのではないか?」

 めでたい日で終わるはずだった生誕祭は血が流れ、貴族も流された。誰も想像していなかったトリスタンの裏の顔。それに怯えた貴族は多い。
 それでも、反王政派につくほどではなくとも、不満に声を上げる貴族は少なくなかった。

「今日、こうして皆に集まってもらったのは、そなたらの意見が聞きたいからだ」

 意見を聞くという言葉に会場がザワつきはじめる。

「いつもは貴族代表のミルワードとレミントンの二者に出席してもらい、そなたらの意見として聞いていたが、一度こうして皆を集めて意見を聞かなければならないのではないかと思い至った」

 ザワつきは消えない。トリスタンが意見を聞くなど、誰かを炙り出そうとしているのではないかと疑う者もいた。
 その様子にトリスタンはこれが現状だと知る。自分が思っているよりずっと自分は慕われていないのだと。

「意見がある者は挙手を。名前を呼びますので、それから発言してください。では、挙手願います」

 ヴィクターの指示に貴族たちは不安そうに顔を見合わせながらもチラホラ手を上げていく。

「では……アボット伯爵」

 指名された男は手を上げていたにもかかわらず、自分が当てられたことに驚いていた。恐る恐る立ち上がってトリスタンの前まで進むとその場で胸に手を当て、頭を下げる。

「私のような者にこのような機会を与えていただき──」
「アボット伯爵、ここは意見交換の場だ。僕の顔色を窺う挨拶は必要ない」
「も、申し訳ございません! 失礼致しました!」
「挨拶をしてくれたそなたに感謝する」
「もったいなきお言葉でございます!」

 トリスタンは自分は真面目に王としての仕事をこなしてきたと思っていた。実際、先日の国会でもレミントンは慕ってくれているように感じたのだが、反王政派ではないアボットでさえ怯えたような態度を見せるのは王の立場で見せているのが恐怖だと気付いたトリスタンは苦笑を堪えて膝の上で手を組む。

「陛下、私は税に関しては何の文句も不満もありません。ただ……」
「世継ぎか?」
「……はい……」
「はあ……そうだな」

 生誕祭で反王政派が取り上げた世継ぎ問題。それは何も反王政派だけが抱えている疑問ではなく、支持している貴族も思っていたこと。

「僕は、子供はいつか勝手にやってくるだろうと思っていた。自然に子ができ、自然に親になれる日がくるのだと。だが、実際はそうではなかった。待てども待てども神は僕たちに子を授けてはくださらなかった」
「養子をと考えられたことはないのですか?」
「何百回も考えた。何千回だったかもしれない」

 十年前、アードルフから不妊原因を聞かされた日からずっと考えていた。世継ぎはどうすればいいのかと。養子か? それとも侍女に産ませるか? 愛人か?と何度も考え、眠れない日もあった。

「国のことを、そなたらも含めた民のことを考えれば、もっと早くに養子を迎えるべきだったのだろうな。だが、僕が希望を捨てきれなかったのだ。諦めなければいつか子供を授かるのではないか、と。そして不安もあった。もし養子を迎えた次の月に子ができたら、僕は養子に迎えた子と実子を差別なく育てられるのか?とな」

 自分が幼稚な人間であると自覚があるからこその不安もあった。
 国のために養子を迎え、それで終わるならいい。でも奇跡が起きて我が子ができるかもしれない。広大な砂漠の中から一粒の砂金を探し当てるほどの奇跡が起きて、子ができたら自分は──と考えずにはいられなかった。
 考えれば考えるほど養子を取る決断ができなくなった。

「二十年という年月は決して短いとは言えない。そなたらはこれまで不満の声も上げずにこんな僕を支えてくれた。それには心から感謝している。だからこそ謝らなければならない。期待を裏切って申し訳ないと」

 玉座に座ったままではあったが、トリスタンは頭を下げた。あのトリスタンが頭を下げたなど、目の前で起きている出来事だというのに誰もが目を疑った。

「だが、このままにするつもりはない。世継ぎは必ず迎える。いつ、とは明確には言えないが、ちゃんと養子を迎えるつもりだ」

 アボットの表情が明るくなり、支持派の貴族が嬉しそうに顔を見合わせ拍手する。
 子供がいて当たり前だと思っていた。でもそれは何も当たり前ではなくて、子がいる幸せは何も当たり前ではないのだと拍手を送る彼らを見て実感する。
 子がいれば民は不安にならなかった。必要のない不安や心配を抱えさせていたのは他でもない王である自分。
 ユーフェミアが言ったクライアのクーデターで感じた不安。このままズルズルと子を期待して養子の選択を遅らせていればクライアと同じことになってもおかしくはないだろう。レオンハルトを見下げておきながら自分もまた間違った判断をし続けていたのだと改めて自覚する。

「どこから養子を迎えられるおつもりですか?」
「挙手制とお伝えしたはずです」

 まだアボットが立っているのに他の男が集団の中から声を上げた。その男が誰なのか見せつけるように皆が一斉にその男から距離を取って、円状に空いた中央に一人立つことになったのはさすがに想定外だったのか少し驚きを見せながらも隠れようとはしない。

「追い出しますか?」
「よい。意見交換の場だからな」
「二度目はありませんよ。発言は自由ですが、ルールは守っていただかなければなりません」

 ヴィクターの冷たい言い方に男はフンッと鼻を鳴らしてトリスタンの前まで歩いていき、アボットを押しのけ

「どこから養子を迎えるおつもりですか?」
「それを聞いてどうするのだ?」
「興味です。どこの国のお子を養子として迎えられるおつもりなのかと」
「なぜ国を聞きたいのだ?」
「いやいや、陛下と王妃陛下に似ていない子であれば可哀相だと思ったまでです」

 男が本当にただの興味本意で聞いているのであればトリスタンも答えたが、男は明らかに何かを探ろうとしているように感じたトリスタンは相手から明確な理由を聞くまで答えないことにした。

「そなたは父親によく似ているからな。そう思うのも無理はないか」
「私の父をご存じなので?」
「ああ、よく知っている。そなた、ヘイウッド子爵の三男坊エイベルであろう?」
「ッ!?」
「そなたの父も僕に世継ぎ問題をどうお考えかと飽きもせず聞き続けてきた。子は授かりものと言うが、このままでは授かる前に自分は老いて死んでしまうと笑っていたな。身体と態度だけがデカかった」

 エイベルは招待されていない。長男に来た招待状を持ってエイベルが出席したのだ。
 今まで王がいるパーティーに出席したことがないのになぜトリスタンは自分の顔を知っているのかと驚きを隠せないでいるエイベルにトリスタンは笑顔を見せる。

「墓参りの際には謝っておいてくれるか? そなたの言うとおりになってしまって申し訳ない、と」
「ッ!」

 ヘイウッド家当主であるブルーノが亡くなったのは数日前のこと。まだ老衰するような歳ではなく、今まで病気一つしたことがなかったのに流行り病にかかってあっさり逝ってしまった。
 父親はいつも言っていた。『種無し男がこの国の王ではアステリアに未来はない。俺は死ぬまであのバカに世継ぎのことを言い続けてやる。子を見る前に死んでしまうかもしれないってな』と。そのとおりになったことを嫌味な笑みと共に送ってきたトリスタンにカッとなったエイベルは憤慨したように大股で怒りを表しながら帰っていく。

「皆も気になっているだろうが、そこは伏せさせてもらいたい。迎えた世継ぎに余計なことを吹きこむ者がいないとも限らんのでな」

 貴族は口が軽く、そして無駄に顔が広い。
 息子に自我が芽生えた年頃にどこかの貴族と繋がっている使用人が真実を知らせないとも限らないと考えた。
 念には念を。ユーフェミアと話して決めたのだ。

「では、次に……モーズリー公爵、どうぞ」

 まだ空いている中央スペースまで手を上げながら出てきた男を指名するとトリスタンの表情から笑顔が消える。

「久しいな、モーズリー」
「お久しぶりでございます、陛下。会議に呼ばれなくなってお会いする機会が減ったこと、寂しく思っておりました」
「税の問題か?」
「さすがは陛下。何でもお見通しですなあ」

 愛想の良い男ではあるが、彼が反王政派に属しているのをトリスタンは知っている。公爵に相応しくない異常なまでの守銭奴。口を開けば税の話しかしないため、苛立ったトリスタンは国会の代表をモーズリーからミルワードに変えたほど。
 両手を擦り合わせるあからさまな媚びがトリスタンは嫌いだった。

「一般国民の税がいくらか、陛下はご存知ですか?」
「僕が決めているのだから知らないわけがないだろう」
「おおっ、そうでした! では、陛下に質問でございます。一般国民の税が我々の半分であるというのは正気でございますか?」

 モーズリーの言葉に会場がまたザワつきはじめる。
 エイベルよりずっと丁寧な口調と声色ではあるものの、内容は過激そのもの。王に向かって『正気か?』と聞くことこそ正気ではないと貴族たちは不安になる。その言葉によって怒ったトリスタンがまた何か起こすのではないかと。

「ああ、正気だ」

 ハッキリと答えるトリスタンの明るい声にモーズリーもニッコリと笑う。

「それはそれは、陛下らしいお答えでございますね」

 にこやかな裏にどんな感情を持っているのか、向けられる目を見ればわかる。

「不満がありそうだな、モーズリー」
「いえいえ、不満などとそんな大層な感情は持っておりません。私が持っているのは疑問だけでございますよ、陛下」
「申してみろ」

 その言葉を待っていたとばかりにニヤついたモーズリーは咳払いをして胸に手を当てた。

「陛下、我ら貴族も国民でございます。下町の者ばかりが国民ではありません。我らばかりに税を課すのは少々おかしいのではありませんか?」
「その会話は既にミルワードとしたぞ」
「ミルワード公は私の言葉を陛下に伝えてくれたのでしょう」
「では返事はミルワードから聞いているはずだな?」
「陛下より直々にお聞きしとうございます」

 トリスタンは今、盛大に舌打ちをしたい気分だった。同じ会話を二度もするつもりはないと怒鳴りつけて黙らせてしまいたい。追い出して、自分の味方をする者だけの話を聞いて気分の良い会議で終えたいとさえ思っている。
 そんなことが許されないことはわかっているためモーズリーを追い出すことも舌打ちも溜息も出しはしないが、今日一番の煩わしい時間であるのは間違いない。

「モーズリー、税は僕からの願いだと受け取ってほしい」
「陛下からのお願い、でございますか?」
「そうだ。そなたらが持つ領地や私財は全て祖先たちの努力の証。それを守るそなたらの意見は痛いほどわかっているつもりだ。生まれながらに王族である僕もそうだが、生まれながらに称号も富も持っているそなたと何も持たずに生まれてきた一般国民は違う。一生働かねば生きていけぬ立場にあるのだ。それはわかるか?」
「もちろんでございます。このモーズリー、それが理解できぬほどバカではございません」

 笑顔でゆっくりとした頷きで余裕を見せているのだろうが、トリスタンにはそれが愚かに見えて仕方なかった。

「だから僕はそなたらに彼らの分を少し負担してほしいと頼んでいるのだ」
「しかしですね、陛下。彼らが少ない賃金で働き、暮らしているのは我らのせいではありません。生まれる場所は選べない。彼らは不運にも貧乏な運命の下に生まれてきてしまった。それを我らが憐れんで負担しろと、陛下はそうおっしゃっておいでなのですね?」
「憐れむ必要はない。そなたらの懐に甘えさせてくれと言っているだけだ」
「ふむ、なるほど。それには陛下の慈悲深さを感じさせますね。一般国民はさぞ陛下に感謝していることでしょう。ですが──」
「我ら貴族はどうだろうか、と?」

 先回りされたモーズリーはハッとして慌てて首を振って笑顔を見せる。

「手に余るほどの富を持ちながら、それを貧しい者に分け与えるのは抗議するほど惜しいか?」
「わ、我らが持つ財産は陛下がおっしゃったとおり、祖先が努力した証でございます。それを守るのは我らの役目。私はそれを言いたいだけでございます。抗議などと大仰な言い方は──」
「確かに、抗議ではないな。話し合いだ。変な言い方をしてすまぬ」
「い、いえいえ、とんでもございません。陛下とて言い間違えぐらいあるでしょう」
「では、僕からも質問だ」

 モーズリーの身体に緊張が走る。

「そなたは今の税に不満があるか?」
「ふ、不満などではなく、先ほども言ったように少々の疑問があるだけでございます」
「ふむ。では、一般国民の税がそなたらの半分であることは不満か?」
「へ、陛下、不満などではございません。半分にまで下げる必要があるのかと疑問を呈しているだけですので、そんな考え方は──」
「必要があるからそうしているのだ」

 言いきったトリスタンにモーズリーの動きが止まった。

「疑問に答えたぞ。納得するか?」

 モーズリーは誰か加勢してくれと慌てて周りを見るも、貴族たちは一斉に顔を逸らして不参加の意を表する。

「い、一般国民に、もう少し税を課してはいかがでしょうか? 一般国民の中にも裕福な者はいるはずです」
「知ったような口振りだな?」
「王妃陛下の家など裕福そのものでしょう?」
「そうだな」
「そういった感じで一般国民の富裕層の税を上げるというのはいかがでしょうか?」

 モーズリーの言葉にトリスタンは目を閉じて首を振り、ずっと堪えていた溜息をついた。

「そんなことをすれば誰もが商売を辞めるだろう」
「そ、そんなことはありませんよ! きっと納得するはずです! 稼いでいるのですから!」
「稼いでいるのだから高い税を払うのは当然のことだと納得すると?」
「そ、そうです! ですから──」

 モーズリーの口が止まる。そして一気に流れだした汗をハンカチで拭うこともできないまま固まった。
 やってしまった。そう思った時にはもう遅い。

「そなたの考えは素晴らしい。稼いでいるのだから高い税を払うのは当然だと納得しているのだな」
「そ、それはその……!」
「貴族の鏡だ。僕はそなたを誇りに思うぞ」

 墓穴を掘ったモーズリーがそれ以上口を開くことはなく、背中を丸めながら元いた場所に戻っていく。

「これはモーズリーだけの意見ではないだろう。他にも彼と同じ疑問を抱いている者がいると思う。稼いでいるからと税を上げられるのはおかしいとな。だが、どうか納得してほしい。そなたらが支えてくれているからアステリアがあるのだ。そして今一度考えてみてはくれぬだろうか? そなたらが苦労せず富を得ているのはそこで働く者たちがいるからだ。働くことで税が課されるのであれば馬鹿馬鹿しいと職を投げ捨ててしまうだろう。そうなれば金を払うだけで全て叶っていたそなたらの生活は変わってしまう。服を仕立てるのも、見栄えのいい装飾品も、整えられた庭も、当然のように敷いてある絨毯も何もかも手に入らなくなってしまうのだぞ。葉巻も酒もそうだ。苦労して作り上げる者がいるからそなたらはそれを嗜好品として楽しめる。金を払うことで自ら苦労することなく嗜好品を味わうことができる。わかるか?」

 それこそ大仰で極端な話ではあるが、何を言っても目の前の問題しか見ない貴族に理解させようとするとそういった話しか浮かばなかった。ユーフェミアならもっと賢く語れるだろうと思うと苦笑が滲みそうになる。
 貴族の税の負担は大きい。そうすることで一般国民の税を減らし、やり甲斐搾取を起こさないようにしている。この不満は一生解消されることがないだろう、一生付き合っていかなければならない問題だとトリスタンも覚悟はしている。

「王妃陛下の実家の花屋が一般国民と同じ税なのでは納得できません」
「スレイド侯爵、挙手をお願いします」

 トリスタンの言葉を受け止めずに反論する男をヴィクターが注意するも無視して前に出ていく。

「私は今の税に不満があるわけではありません。ペレニアやクライアに比べればアステリアが貴族に課す税は安いものです。働かなければ生きていけない一般国民の生活を守るために我ら貴族の税を上げるというのも納得できます」

 スレイドの主張にトリスタンは頷きを見せずに真っ直ぐスレイドの目を見つめる。

「ですが、明らかに稼いでいるであろう国民まで貧しい者たちと同じ税というのは納得できません」

 その意見にトリスタンは納得したように頷く。

「そうだな。そなたの言うとおりだ」

 自分が言ったわけでもないのに奥でニヤつくモーズリーの顔が視界に入るのが目障りだと感じたトリスタンはあえてモーズリーと視線が合うように目を向けた。

「だが、十九年前から彼女の実家の税は上がっているのだ」

 モーズリーの顔色がまた変わり、慌てて顔を隠すのが見えてからスレイドに視線を戻す。

「彼女の実家が稼いでいる額は一般国民の平均を大きく上回っている。だから、こちらから提示させてもらった」
「そう、なのですか?」
「そなたらほどではないが、そなたらが支払う税の三分の二の額は払っている。そうせねば一般国民からも不満が出るからな」
「それなら……私が言うことは何もありません。失礼いたしました」

 なぜいちいち説明しなければならないのだと以前は思っていた。政治に関わるわけではない者に説明したところでなんになるのだと。だが今は不思議とそう思わなかった。説明しなければ理解を得られないのは当然だと思ったのだ。

「もし、不満があったら言ってくれ。答えられることには全て答えよう」

 不満があれば聞き、それに納得できれば受け入れ、話し合うと約束したトリスタンに貴族たちは少しずつではあるが手を上げて質問や疑問、不満などを口にする。
 アステリアの貴族たちは初めてトリスタンとまともに意見を交わした気がしていた。


「驚きました」
「ん?」

 解散した後の廊下でヴィクターが足を止めて声をかけた。

「てっきりいつものように不機嫌になられるものだとばかり思っていました」
「そういうのはやめたのだ」
「モーズリー公爵は鬱陶しかったじゃないですか。陛下を不機嫌にさせる言動が目立ったかと」
「ああ……だが、モーズリーは人の評価を気にする人間だ。害はない。鬱陶しくはあったが」

 不支持ではあるものの処罰は受けたくない。だから不満ではなく疑問ということにして進めようとしたのだが、言葉を選びすぎるあまり墓穴を掘った。
 税が高いか低いかだけを問題視する貴族たちをどう宥めればいいかなど考えたこともなかったトリスタンにとって今日という日はとても新鮮な一日だった。

「僕は、変わりたいのだ。今よりずっと良い王になりたい」

 そう口にしたトリスタンの表情はまるで夢を見つけた少年のようで、ヴィクターは驚きを隠せず目を瞬かせる。

「では、愛する妻の美しい顔でも見に行くかな」
「明日の予定をお忘れなきよう」
「わかっているさ。次は国民だろう? 今から緊張させるのはやめてくれ」

 頭を下げて見送るヴィクターは足音が聞こえなくなってから姿勢を戻し、トリスタンがいなくなった廊下を暫く見つめていた。

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