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乱入者

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 一ヵ月後、再びリリアナがアステリアを訪れた。

「すみません、また急にお会いしたいなどと不躾なお手紙を出してしまいまして」
「とんでもない。リリアナ様がどうなさっているのか気になっていたので、お手紙を頂けてとても嬉しかったのです」

 ユーフェミアの部屋にあるソファーに腰かける小さな天使を見ているだけでユーフェミアは嬉しくなる。
 シュライアとは違った落ち着きがあって、ユーフェミアはリリアナとの個人的な面会はこれで二度目だが、二度目とは思えないほど既に楽しい気持ちでいっぱい。

「あれからいかがお過ごしでしたか?」
「トリスタン王にお聞きしたことを陛下にお伝えすると苦笑されてしまいました」
「まあ……」

 苦笑を滲ませるリリアナからは悲しみよりも反省が伝わってくる。

「わたくしの時間を政治に使う必要はないと言われてしまいました。わたくしの勝手な判断でユーフェミア様にご迷惑をおかけしたのではないかと心配も……。今日も政治の話はするなと釘を刺されてしまって……」
「ふふっ、ルーク王らしいですね。ルーク王はまだ若いですが、とてもしっかりしています。周りが大人だらけなこともあって、焦りもあるのでしょうね。リリアナ様にだけは心配をかけたくないという思いがそう言わせたのかもしれません」
「はい……」
「でも、メモは受け取られたのでしょう?」
「どうしてわかるのですか?」

 驚くリリアナにユーフェミアは小さく笑ってカップを取り、一口飲んで喉を潤す。
 真面目なルークがリリアナをそのままにしておくとは思えなかったから言っただけなのだが、当たったことに笑ってしまった。
 大事な相手だからこそ心配はかけたくない。トリスタンがそうだったように、愛が大きければ大きいほど、そういう言動をしてしまうのだとユーフェミアも納得はできていないが、理解することはできた。

「先日、リリアナ様がわたくしの言いたいことを全て陛下に伝えてくださったあと、陛下より謝罪のお言葉をいただきました」
「それは素晴らしいですね! わたくし、ずっと心配していたんです! あのままではユーフェミア様がずっと我慢を続けることになるのではないかと」
「感情のままに陛下にぶつかり、前より少し平和な気持ちで過ごすことができています」
「よかった。少し、気が強いと言われるところがあるので、陛下に注意を受けることもよくあって、もしお二人の関係に溝でもできたらと心配しておりました」
「リリアナ様のおかげで世界一仲の良い夫婦に拍車をかけることができた、とお礼申し上げます」

 ニッコリ笑うリリアナを見ながら膝の上で軽く拳を握る。

「わたくしもリリアナ様のように強くならなければいけませんね」
「そんな、わたくしは強くなどありません」

 焦るリリアナにユーフェミアは首を振る。

「言い合わないとは不幸なことだとわかったんです。陛下は私のためを思って行動してくださったのですが、それは何もわたくしのためにはなっていなくて……。でもそれはわたくしも同じ。わたくしは教育係から王と王妃は平等ではないと教えられました。王妃は王の半歩後ろを歩くもの。控えめで口答えなどありえないと。でも、それは立派な人が王だった場合なんですよね。陛下のように子供っぽい王にはちゃんと言わなければならなかったのに、わたくしは一度の注意で終わってしまっていたのです。彼が間違っているとわかっていても……」

 それはきっと自分の保身のためでもあったと気付いたユーフェミアもトリスタンと同じように反省しなければならない部分がたくさんあって、それを強気に言い返すリリアナから学んだ。

「王が間違っているときに言えるのは王妃だけ。独断と偏見で動く部分があるので、ちゃんと注意していかなければと心を入れ替えました。他の者が注意できないのに、わたくしまで注意しなければそれが正しいと思い込みますよね」

 十四歳から教わる生き方があるとは知らなかったユーフェミアにとって、リリアナの言葉は救いだった。二十年という長い年月の王妃生活の中で凝り固まった考えになっていたのは自分も同じ。それがまだ若いからこそ至る考えや揺らがない真っ直ぐさに救われた。

「本当にありがとうございました」
「と、とんでもございません! わたくしなどまだまだ子供で、トリスタン王に向かってなんと無礼な言い方をしてしまったのかと、帰って後悔ばかりで……」
「リリアナ様には本当に感謝しているんです。お礼にはなりませんが、こちらを受け取っていただけますか?」

 傍に置いていた箱を開いて白いシルクのハンカチを見せるとリリアナは口に両手を当てて驚いた表情を見せる。

「ピンクのガーベラ……」
「はじめてのことであまりキレイには出来なかったのですが……」
「そんなことありません! とてもキレイです! わたくしのためにこんなにも素敵な物を……。あ、おっお怪我はありませんでしたか?」
「はい」
「ありがとうございます! 大切にしますね!」

 少し目を潤ませてお礼を言うリリアナを見ているとユーフェミアのほうがお礼を言いたくなった。
 ハンカチに施す刺繍にピンクのガーベラを選んだとき、ラモーナは一国の王妃に渡すものにガーベラはいいのかと心配そうな顔をしていたが、感謝の意を込めて贈りたかったためユーフェミアはバラやユリなどではなくガーベラを選んだ。
 白いシルクの生地にピンクの刺繍はよく映えている。使われない物だとわかっていても受け取ってもらえるだけで嬉しい。

「ハンカチを渡すのは──」

 来客時に使用人が足音を立てるのは禁止されている。それなのに驚くほど大きな足音が響き、それが段々大きくなって近づいてくることに驚いたユーフェミアが立ち上がろうとするもその前にノックもなしにドアが勢いよく開いた。

「ラモーナ? どうしたの?」

 本来であれば怒ることではあるが、ラモーナは来客時に走ったりしない。ドアの外で待機していたエリオットが戸惑っていることからラモーナの失敗ではないことがわかり、何事かと問いかけた。

「そ、それが、ララ……王妃?が訪ねてきてるんです!」
「え?」

 リリアナはユーフェミアが断りもなしに他者を参加させる人間ではないことはわかっている。何より、ユーフェミアが驚いている顔を見ればララが一方的に訪問してきたのだとわかる。
 来訪者がいるかは訪ねてみないとわからないのは当然だが、互いに立場ある身。ご近所さんと井戸端会議などとできる立場でも関係でもない。王妃となったからには当然叩き込まれている常識。ララはなぜそんな無礼な行動を取ったのか、浮かぶ疑問にリリアナが眉間に皺を寄せる。
 ユーフェミアとリリアナは顔を見合わせ、どこか嫌な予感がすることに表情を曇らせた。

「どうされます? 追い返しましょうか?」
「そう、ね。連絡はもらってないし、リリアナ様が来てくださっているのに招くわけにはいかないもの」
「何か急ぎの用かもしれませんよ?」

 突然の訪問には理由があるのかもしれないとリリアナは考えた。

「焦った様子は見られた?」
「いいえ、まったく。「ユーフェミア様はいらっしゃいますか?」って、笑顔でした」

 ララの様子を思い出して呆れた顔をするラモーナ。
 余計に訪問の意図がわからず眉を寄せるユーフェミアに「ここにお招きしませんか?」と言うリリアナの提案に目を閉じる。
 ララは悪い人間ではない。ただ、一国の王妃になるには自覚が足りず、危うささえ感じさせた世界会議から今日の訪問。不安しかない。
 リリアナが許可するのであれば招くことに抵抗はないが、もしリリアナの気分を害することになったらという心配もある。

「国際会議ではララ様と全然お話できませんでしたし、お話ししてみたい気持ちもあるのです」
「……よろしいのですか?」
「ユーフェミア様さえよろしければ」

 リリアナの希望もあってユーフェミアはララを迎え入れることにした。
 一番不安げな表情を見せているのはラモーナだ。本当にいいのかと目で訴えるため頷きを返すとあからさますぎる渋々の態度で部屋を出ていった。

「ごきげんよう、ユーフェミア様……あれ、リリアナちゃんも一緒だったんですね! 奇遇ですかね!」

 部屋に入ってきたララは礼儀正しく挨拶をしようとしたものの、リリアナを見つけたことで挨拶をやめて駆け寄った。

「前に見た時も思ったけど可愛い! 私も子供がデキたらリリアナちゃんみたいな可愛い子がいいなぁ!」

 何度も口にする〝リリアナちゃん〟は侮辱となる。年下だろうと相手は他国の王妃。そんなことさえ理解できていないララにユーフェミアが思わずリリアナを見ると様子見をするつもりなのか首を振った。

「ララ様、今日はお約束などなかったはずですが」
「そうなんですけど、暇で暇で仕方なかったのでユーフェミア様とお話したいなって思ってたらいつの間にか馬車に飛び乗ってました」
「レオンハルト王はご存知なのですか?」
「いいえ。だってほとんど帰ってこないんです。何がそんなに忙しいんですかね?」

 トリスタンがレオンハルトに失望した理由がわかった。まだ幼いリリアナでさえララが常識のない人間であることを理解している。
 これは育ちの問題ではなく本人の意識の問題。ララにとっては〝一国の王と結婚した〟のではなく〝好きな人と結婚した〟だけなのかもしれない。だが、立場ある者と結婚したからには責任を負わない理由とするにはそれは言い訳であり無責任でもある。
 彼女の言動は王妃としてあまりにも無責任であり怖い。
 こんな意識を持ったままどうやって国民と向き合うつもりなのか想像もつかない。レオンハルトもそれを許しているのかと思うとゾッとする。

「一国の王妃が自由に出歩くことは許されません」
「でも許可取る相手がいないんです。レオンハルト様ったら急に無関心みたいに冷たくなって困ってるんですから」

 それが本当なのであればレオンハルトに王の資格はない。
 ララを愛人にして様子を見ることもできたのに、何の考えもなくシュライアを廃妃にしてララを王妃として迎え入れたのだとすれば今頃後悔しているのだろう。トリスタンの言葉で何か気付くことがあったのだとしても、後悔は遅すぎる。同情もできない。
 昨日今日結婚したわけではないララの意識がここまで甘いのはなぜなのか、それを追求する気にもなれないほど驚きと失望に揺れていた。

「王妃のお仕事はどうですか? 色々あって大変でしょう?」
「ぜーんぜん。私、こう見えて下町のそのまた下の貧民街で暮らしてたんです。そこの唯一の酒場で看板娘みたいなこともやってました。酒場の仕事に比べたら王妃の仕事なんて楽なもんですよ」

 王妃の仕事は王に比べれば忙しいとは言えない。だが、街へ下りて施設を回ったり、教会関係の活動に、食事会、国賓のもてなし、展示会への参加、慈善事業とやることは山のようにあって、一年間で数百もの大きな仕事をこなさなければならない。それを「楽」と言ってしまうララが本当に王妃として仕事を全うしているのか疑問が残る。

「王妃の仕事が楽に思えるというのはララ様が有能な証拠ですね」
「そうかなぁ? そう思う? でも、ほとんどのことは侍女がしてくれるから」
「え?」
「あ、そうそう! レオンハルト様ってば私のために側近をつけてくれたんです! すっごい優秀で本当にすごいんです!」

 ユーフェミアとリリアナには驚きしかない。
 要はララが無能であることがわかったレオンハルトはララの代わりに仕事ができる者を傍に置いて、その者たちに王妃の仕事をさせているということだ。ララはただのお飾り王妃にしているのかとユーフェミアはリリアナと顔を見合わせて苦笑を浮かべることもできず、驚いた顔のまま黙っていた。

「ミルクティーじゃないの?」
「……今日はハーブティーなんです」

 基本的には他国の侍女に王妃が話しかけることは禁止されている。もし言いたいことがあるなら使用人の主に言うのがルールなのだが、ララはそれさえも守らない。
 あからさまに不機嫌な表情と声を出すラモーナは迷うことなくそのままカップを置いて下がっていった。

「ララ様、彼女はわたくしの侍女ですので、お声がけはご遠慮ください」
「ミルクティーがいいって言うのもダメなんですか?」
「もしミルクティーがよろしければわたくしにお願いします」
「じゃあミルクティーにしてください」
「すみません、ミルクが品切れのようです」

 キッパリ断ったユーフェミアにリリアナは紅茶を吹き出しそうになった。世界会議でのユーフェミアは穏やかな人間に見えた。深刻な相談内容にも声を荒げたり感情を乱したりすることもなく冷静だった。だから侍女に確認することなくミルクティーと要望を出すララを拒否したことに驚きを隠せなかった。
 それはララも同じで、あまりにも即答だったことに目を瞬かせてユーフェミアを見ていた。

「次回、正式訪問していただく際にはララ様ご希望のミルクティーをご用意しておきますね」

 何一つルールを守らない相手を国賓としてもてなす義理はなく、ここでおもてなしをしてしまえばララは一生わからないのだと厳しくすることにしたユーフェミア。

「ミルクティーはいつでもいいですけど、それよりも聞いてくださいよ! お城の人たちが酷いんですよ! 私に廃妃のドレスを着ろって言うんです! 背格好が同じだからって。酷くないですか!?」
「それは……」

 どこの国に行っても前例はないだろう。王妃が廃妃になった時点でドレスは全て焼却され、新しい王妃のためにデザイナーを呼んで新しいドレスを作る。
 しかしそれはあくまでも王妃に問題があって廃妃になった場合の話。シュライアが廃妃になったのはシュライアに問題があったからではなく、レオンハルトに問題があったから。従者の中にはそれをわかってる者がいて、レオンハルトからなんの指示もないためシュライアのドレスを捨てられず、ララのために国費を割きたくもないという思いからそう判断したのかもしれないとユーフェミアは推測する。
 使用人たちはシュライアのドレスを着せるのも嫌だろうが、ララのように王妃に相応しくない者のためにドレスを作るのはもっと嫌なのだろう。

「どれも私の趣味じゃないんです。あんなドレス着て公式訪問なんて恥ずかしいから嫌だって言ったんですよ? なのに誰も聞いてくれなくて」

 ララの言葉にはユーフェミアも眉を寄せる。
 シュライアは王妃たちの中でもずば抜けたセンスを持っていた。話題はいつもシュライアのドレスや装飾品の話になって、ユーフェミアも真似したいと思うような品のある美しいドレスばかりだった。それを恥ずかしいと言いきるララからは当然、前王妃であるシュライアへの敬意など感じられない。
 レオンハルトはなぜこんな過ちを犯したのだろうかと不憫になる。

「ドレスは何度も袖を通しているわけではないですし、着られるのであればそれがよいのではないですか?」

 リリアナはシュライアに会ったことはないが、クライアの王妃が廃妃になったニュースが世界中に流れたとき、両親がひどく驚いていたのを覚えている。
 国内外からも慕われていた王妃だったと聞いていたため、ララの言葉に頷くことはできない。

「人のお下がり着たことある? 人が一度袖を通した時点で新品じゃないし、形も変わってるじゃない。ましてや一から作られるドレスなんてその人のセンスが出るわけで。私のセンスとは違うんですよね、廃妃のセンスって」

 シュライアは確かに廃妃だが、ララがシュライアを廃妃と呼ぶとユーフェミアは腹の奥底で沸々と湧き上がってくる怒りを感じていた。

「シュライア様のドレスはどれも品があって美しいモノばかりですよ。世界会議に出席する王妃たちは皆、シュライア様のセンスに惚れ惚れしていましたし」
「三十過ぎたらそうかもしれないですけど、私まだ二十三歳なので」

 表情にさえ出てしまいそうになる怒りを拳に変えて反対の手でそれを包むユーフェミアの中には既に追い出す選択肢が浮かんでいる。
 レオンハルトに一筆書くべきかとさえ思いながらララを見るとハーブティーを一口飲んでは舌を出し「マズイ」と口パクしていた。

「わたくしはシュライア様に直接お会いしたことはありませんが、お写真で拝見させていただいたドレスはどれも素晴らしいものばかりでした」

 リリアナは十四歳。まだ二十代にもなっていない少女が自分がダサいと言った物を褒めるとララの表情は一気に不満げなものへと変わる。

「リリアナちゃんって」
「様をつけてください、ララ様」

 キッパリそう言い放つリリアナにララは唇を尖らせる。

「公式訪問じゃないし、歳も近いからいいかなって思ったんだけど、ダメ?」
「ダメです」

 自分のほうが年上だからと十四歳のリリアナを下に見ているのか、敬語さえ使わないララにはリリアナも容赦しない。
 そんなリリアナの態度に溜息をついたララは

「王族って大変ですね」

 明らかにバカにしたような言い方。
 二人はどうすべきかと頭を抱えたくなっていた。

「王妃同士ってもっと仲良くするものだと思ってたのに、フランクに話すことも許されないなんてビックリですよ」
「親しき仲にも礼儀ありですよ、ララ様」
「でも私たちは隣国ですし、公式以外はフランクでよくないですか?」
「そういうわけにはいかないのです」
「へー……はーあ……」

 トリスタンより幼稚かもしれないと溜息を吐き返したくなるのを堪えて目を閉じる。
 彼女は理解できないのではなく、理解しようとしないのだ。これが王妃。それも隣国の。頭が痛かった。

「あ、そうだ! 前に少し小耳に挟んだんですけど──」

 ララがまた新しい話題を口にしようとしたとき、ノックが高速で三回鳴らされドアが開いた。

「ララ様! 帰りましょう!」
「来たばっかりなのに?」
「陛下がお怒りです!」

 通信機を持っているレオンハルトの家臣が青い顔でララを急かしていることから言葉どおり相当激怒しているのは間違いなく、通信が繋がっていないのはユーフェミアの前で怒鳴る姿を見せたくないからだろう。
 他国の者にかっこつけるぐらいなら妻の教育に力を入れろとユーフェミアは内心毒づいた。

「急いでください!」
「ユーフェミア様、レオンハルト様になんとか言ってくれませんか?」
「黙って出てきたのはまずかったですね」
「いないのにどうやって言えって言うんですかー?」
「伝達してもらって許可を取ることは可能です」
「本当にそんなことしろって? それじゃあすぐに動けないじゃない。意味わかんないし、最悪……」

 最悪なのはどっちだと口に出したくなるララの態度に甘やかすことはせず、帰す気満々でソファーから立ち上がり、ドアの傍に立った。
 ぶつぶつ文句を言いながらも渋々部屋を出ていくララを最後まで見送ったユーフェミアは彼女の姿が見えなくなると倒れたくなるほどの疲れに部屋で大きな溜息を吐いた。

「クライアは大丈夫でしょうか?」
「……わかりません。彼女が考え方を変えない限り、大丈夫と言いきることはできないと思います」

 王と王妃にはそれぞれ役割があり、仕事内容も全く違う。二人で行う仕事もあるが、その際にレオンハルトがララを甘やかしている姿を見せようものならシュライアを支持していた者たちはその光景を許さないだろう。
 何一つルールを守らない、理解しようとさえしないララが王妃になれるとは思えない。彼女の教育係は何をしているのか。

「リリアナ様、今度、陛下と二人でクリュスタリスに訪問させていただきたいのです」
「え!?」
「陛下とわたくしからお願いしたいことがあります」
「今、お伺いしますよ?」

 トリスタンは世界会議に行く途中に両親を事故で失くしてから国を出ることなかった。それがなぜ急に出ることを決めたのかわからず、ユーフェミアの真剣な表情に自分だけでも聞くと言うがユーフェミアは首を振る。

「先にルーク王に陛下より手紙が届くと思います。お二人でお読みいただいて、それからお返事をください」
「わたくし共がこちらへ参ります」
「いえ、これはこちらが直接出向かなければならないことですので」

 お願いとはなんなのか、リリアナには想像もつかない。まだ国として歴史も何もないクリュスタリスにアステリアが頼むことなどあるのだろうかと疑問に思うものの、ユーフェミアの真剣さに「ここで言ってほしい」と言うこともできず、リリアナは静かに頷いた。

「ユーフェミア様のお願いであればなんでもお聞きしますから」
「ありがとうございます」

 本来はこんなことを頼むべきではないのかもしれない。それでもトリスタンの気持ちが変わらない以上、選択肢はこれしか残されていない。
 それでも、これからは言いたいことはなんでも言うと決めたユーフェミアだが、この問題だけはトリスタンに従おうと決めた。
 絶対に解決しなければならない問題だが、それでも今日明日にでも解決できるというわけではない。ルーク達が受け入れてくれるのであれば希望が見える。返事は厳しいものかもしれない。それによって絶望の淵に立たされるかもしれない。だけど、それまではまだ戦えると思った。世継ぎ問題ばかりを突いてくる貴族達に負けることなく。

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