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貴族の不満

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 一年に一度開かれる貴族だけではなく一般市民代表も交えて行われる国会。
 和やかなムードになったことは一度もなく、今年もピリついた中で行われている。

「では、昨年から今年にかけての報告と今年の希望について聞きましょうか。まず、ギルド長からお願いします」
「は、はい! トリスタン陛下、今年も我ら国民を国会に参加させてくださり光栄の極みでございます。心より感謝いたします」
「ユシル、元気そうでなによりだ」
「陛下のお顔を見るためにこうして生きているようなものです」

 商店が集まるギルド代表の男が立ち上がり、トリスタンに向かって深々と頭を下げる。周りにいるのは騎士団長や貴族、王室に仕える身分の高い物ばかり。そんな中に下町に住む自分がギルド代表として出席できるのは男にとって光栄であると共にプレッシャーでもあった。
 もう十回目の出席ではあるが、毎年この緊張だけは慣れることがない。頭を下げた後は上げるのが怖い気持ちに圧し潰されそうになりながらゆっくり上げて他に視線は向けず、真っ直ぐトリスタンだけを見る。
 テーブルの上で組んだ手の上に顎を乗せてこっちを見る姿にまた緊張が走るも憎悪を向けてくる貴族を見るより緊張は少なかった。

「去年は平均してどの商店も売り上げが落ちることなく、例年と変わらぬ結果を出せたのではないかと思っています」
「そのようだな」
「よって、税率は下げていただく必要はないと話し合いの結果が出ました。今年も例年通り納めさせていただければと思います」
「不満は上がらなかったか?」
「はい。満場一致で賛成でございました」
「そうか。それならよい」

 小さな笑顔を見せるトリスタンに安堵しながらもう一度深々と頭を下げると書記が一語一句逃さず全て記録紙に書き込んでいく。
 アステリア王国は他に誇れるほどの富はないが、貧乏でもない。今より少し税率を下げたからといって困る国ではないため、極力、こうして願いを直接聞いて叶えるようにしている。
 それが貴族たちは気に入らなかった。

「陛下、我々の納める税は下げてはいただけないのでしょうか? 下々の人間は商売で稼いでいるではありませんか。それなのに安い税を納めるだけというのは差別なのではありませんか?」
「ミルワード公、貴殿はいつもそうおっしゃいますが、貴族としての誇りはないのですか?」

 貴族代表の一人であるミルワードに対し、もう一人の貴族代表であるレミントンが反論する。

「陛下の前だからといってそのように正義感を振りかざすのはいかがなものかな?」
「正義感ではありません! 私たち貴族は生活には困っていません。それどころか贅沢三昧な日々を送れるほどの富を有しています。毎日必死に働かなければ生活できない民の暮らしぶりを実際に見られたことは?」
「マーケットには顔を出す。知らないわけではないさ」
「ならばご存知のはず。彼らは毎日朝から必死に働いているのです。なぜか? そうしなければ食べていけないからです。必要がなければ働くことなどしません。彼らの税を貴族と同じ税率にしては今日にも飢えてしまいます」

 レミントンの必死の抗議もミルワードには届かず、ミルワードはやれやれと呆れたような小ばかにしたような笑みを浮かべながら肩を竦めて首を振る。
 レミントンは王政に文句のない支持派で、ミルワードは王政が気に入らない反王政派。何かと対立しては睨み合っていた。

「勘違いしてもらっては困る。私は何も彼らに貴族と同じ税を払えと言っているわけではない。私たちの税を下町の者どもと同じにしてほしいと申し出ているだけだ」
「私たちには余裕があるでしょう! それをズルいだなんだと恥ずかしくないのですか!?」
「陛下は下町の者どもばかり優遇されるが、私たち貴族とて国民。それなのに私たちには何の恩恵もない。国の経済を支えているのは貴族であるにも拘らず、だ」

 ミルワードの指摘にレミントンは強く首を振る。
 レミントンは貴族はどういう生き方をしなければならないのかを幼い頃から叩きこまれており、慈善活動にも積極的に参加している。故に損得ばかり考えるミルワードと意見が一致したことは一度もなく、初対面時からずっといがみ合っている状態。

「ノーブレスオブリージュをお忘れですか?」
「そもそも、そんなものが存在することのほうがおかしいだろう。我々はタダで富や名声を手に入れたわけではない。苦労して手に入れたのだ。それをなぜなんの努力も貢献もしていない者たちのために使わなければならんのだ? おかしいではないか」
「努力したのも苦労したのも我らが祖先であって貴殿や私ではないでしょう。今持つ余りある物を分け与えることがそんなにも惜しいのですか?」
「ああ、惜しいね」
「ッ!? 分け与えたからといって生活に不自由が出るわけではないでしょう! 下々の者の力がなければ我らは何もできないというのにそこまで傲慢でいられる貴殿が私には理解できない!」

 ミルワードのふてぶてしい態度に限界がきたレミントンは机を強く叩いて声を張り上げた。自分よりも年下の相手が自分に怒鳴り散らすのはミルワードも我慢ができず、同じように机を叩いて立ち上がり、レミントンを指さす。

「生活が不自由になるかどうかが問題なのではない! なぜ下町の者どもが使う道路の修繕費用を我らが支払わなければならないのだ! 歩くのは誰だ!?」
「道路がああなってしまったのは貴族が乗る馬車で通るせいです! 修繕費を出すのは当然のこと! 自覚がないと!?」

 道路の修繕費を貴族が払うというのは一年二年で決まったことではなく、もっと昔から、トリスタンの祖父の時代には既に決まっていたこと。
 それがその息子や孫の代になると「おかしい」と声を上げ始めたことにトリスタンもどうすべきかと考えてはいた。
 アステリアの全ての貴族がレミントンのように貴族とは何かを理解しているわけではない。ミルワードのような考えを持つ者もいて、それを責めるつもりもないが、困った顔で受け入れるつもりもトリスタンにはなかった。

「陛下、どうか一度、大勢の貴族を招いて議会を開いていただきたく存じます。我ら貴族の話を聞いて、この国の在り方を今一度しっかりと──……」

 ミルワードがトリスタンに向けて口を開いたことでトリスタンの表情からは笑みが消えた。

「誰が王への発言を許可した?」
「うっ……」
「ミルワード公、そなたは今年初参加の新参者か?」
「いえ……」
「そうだな? ならば、王への意見が挙手制であることはわかっているはずだ」
「申し訳ございません……」
「その謝罪に免じて忘れたのは歳のせいにしておいてやろう」
「ぐっ……お心遣い、感謝いたします」

 まだ六十三歳で物忘れは歳のせいと言われるのは不愉快極まりないが、トリスタンの目つきに強い反論ができない。
 先日行われた誕生祭での出来事がトリスタンを甘く見ていた貴族たちの中でトリスタンに対する苦手意識を生み出すことになった。ヘラヘラしているだけのバカだと思っていたのが、あれほどの狂気を持ち合わせているのかと警戒することにもなった。

「ヴィクターが指名するか、挙手して許可されるまで口を開くな」
「ッ……はい」

 悔しさに唇を噛みしめて睨みつけると睨み返すトリスタンと目が合い、慌てて目を逸らす。
 相手は一国の王といえど三十五歳の若造。ヘラヘラして妻の自慢だけをするバカな王でいればいいものを、王としての役割だけはしっかり果たすこともミルワードは気に入らなかった。それでもこの場はサロンではなく国会であり、公爵が一番上というわけでもない。
 ミルワードは相変わらずの居心地の悪さに唇を噛みしめ続けながら発言権を得ようと手を上げた。

「では、ミルワード公──」
「す、すみません! 申し上げたいことがございます!」

 自分の発言の場に突然割って入ったユシルにミルワードが声を上げる。

「おいっ! お前は何を聞いていたんだ! 発言するなら挙手をしろ! 教養のない下町の人間はそんな簡単なこともわからんのか! このグズめ!」
「ひっ! す、すみません! お許しください!」

 溜め込んでいた怒りを発散させるようにユシルに唾をまき散らしながら吐く怒声は見苦しく聞き苦しく、まるで子供が揚げ足をとって責めている姿にしか見えなかった。
 何度も頭を下げて謝るユシルの顔は段々青くなっていく。

「貴族に謝る時はどうするか親から習わなかったのか!? 頭を下げるだけで済ませるなんて偉くなったもんだな!?」
「も、申し訳ございません! すぐに──」
「ッ!?」

 土下座を強要するミルワードに土下座する必要などなくとも王の前で叱られているという状況がパニックを起こし、正常な判断ができなくなっていることにユシルは慌てて椅子をどけて床に手をつこうとするが、床に膝をつくと同時にその場に大きな音が響き渡る。
 テーブルの上にトリスタンの開いた手が乗っており、あの音はトリスタンがテーブルを強く叩いた音だと皆が理解した。

「ユシル、座れ」
「は、はい!」

 静かな声に椅子に腰かけると震える手を握り締めて震え鳴る歯の音が聞こえないようにユシルは必死に下唇を噛みしめていた。
 ミルワード同様にユシルもこれが初参加ではない。それなのに緊張が解けないことから、ちょっとしたことで簡単にパニックになってしまう。冷静になれば言い返す言葉ぐらいいくらでも浮かんでくるのにパニックになるとそれもできなくなってしまうのだ。
 挙手制だとミルワードが注意を受けていた時点で理解しなければならなかったのにミスをしてしまった。

「陛下! この貧乏人こそ叱るべきなのではありませんか!? 陛下が先程おっしゃった言葉も理解せず発言したのですぞ!」

 自分を責めたのならユシルも責めるべきだと主張するミルワードを見る目つきは変わらない。テーブルに乗せていた手をまた組んでその上に顎を乗せる。そのポーズがミルワードは嫌いだった。余裕を見せつけるような、どこか見下されているような気分になる。

「その発言を僕は許可したか?」
「ッ! なぜ私だけ責めるのです!? この貧乏人は挙手をしていなかったし、陛下からの許可も得ていません! それなのに発言をした! 注意を受けるべきなのにどうして私だけがこのような扱いを受けねばならないのですか!」
「僕の許可を得ないまま発言するとは、ずいぶん偉くなったものだな?」
「わ、わたしは間違った発言はしていない! これは差別だ!」
「見苦しいぞ、口を閉じろ」
「ッ!」

 怒りと悔しさに拳を握りしめながら口を閉じるミルワードに聞こえるようワザと大きな溜息をついたトリスタンがヴィクターを見た。

「今のはお前の責任だぞ、ヴィクター」
「申し訳ございません。不注意でございました」
「気を付けろ」
「肝に銘じます」

 注意を受けたヴィクターは驚くことなく素直に頭を下げて受け入れたのを見て、トリスタンはユシルに向き直って小さく微笑みを見せる。

「すまない、ユシル。まだそなたの順であったな。何か報告があるのか?」

 見なくてもわかる憎悪が横から流れてくる。言わない方が身のためだとわかっていても、王とこうして話せるのはこの日だけ。
 トリスタンなら報告があると言えば謁見してくれるのかもしれないが、恐れ多いとギルドの人間はこの日まで我慢しているのが現状。だからユシルは代表者として言わないわけにはいかなかった。

「さ、最近、大通りにあるマーケットが荒らされることが多くなってきました」
「犯人は?」
「ゴロツキです」
「何をされた? 強奪か?」
「い、いえ……彼らは荒らすのが目的であって何かを強奪していくわけではありません。果物や野菜が傷んでいると大声で話しては地面に叩きつけ、本物を偽物だと言って破壊するのです」
「ほう……」

 公式に街を訪問する仕事は王よりも王妃のほうが多く、訪問したとしても誰も王妃に告げ口をしようとはしない。誰か一人が声を上げれば変わるかもしれない可能性を皆が捨ててしまい、王妃と楽しく会話することだけにしてしまった結果、今の報告となってしまった。

「それで、段々マーケットに出店しづらくなって、店を畳むか迷っている者もいるのです」

 その言葉にトリスタンの眉が寄る。

「それで今年も変わらずに税が納められると?」
「そ、それは──……」
「本当に納められるのだな?」
「み、皆頑張っています! 彼らに負けないように毎日必死で抵抗しています! ですが、抵抗しても彼らは武器を振り回して店ごと破壊していくのです! 怪我をした者もいます! それでも負けるわけにはいかないので──」
「僕は税を納められるか聞いているのだ。正直に答えろ」

 ユシルの弁明に頷きも見せないトリスタンは自分の質問に答えるよう怒気を含んだ声でユシルに問いかけた。
 その瞳に宿る怒りが自分に向けられているのだと思うとユシルは汗が喉を伝うのを感じ、ポケットから取り出したハンカチで汗を拭き、ごくりと唾液を飲み込む音を鳴らしてから恐る恐る首を振る。

「正直に申し上げますと……このまま彼らの横暴が続けば……わ、私たちの生活は成り立ちません。税も納められるかどうか……」

 止まらない汗を何度も拭くユシルにトリスタンは溜息をついた。

「ユシル、そなたらがこれほどまでに愚かだったとはな」
「も、申し訳ございません! このようなことで陛下にご配慮いただくのはあまりにも申し訳なく、黙っておりました! 申し訳ございません!」

 自分たちの父に嘘をついてしまったことに対して何度も必死に謝罪の言葉を口にするユシルに「顔を上げろ」と言うトリスタンに従って顔を上げると怒りではなく眉を下げた困った顔をしているのが見えた。

「そなたらの生活に関わることをなぜ隠そうとするのだ。困っているのはそなたらの不出来が理由ではないだろう。店を畳めば生活は困窮する。そのような最悪の事態を僕が見過ごすと思っていたのか?」
「め、めっそうもございません! ただ、多忙な陛下に小さなマーケットでの出来事を問題として報告すべきか迷っていて……」
「多忙であろうとも問題をどうするかは僕が決める。そなたらが決めることではない」

 国民はトリスタンが多忙であると思い、そこに自分たちの問題を持ち出すのは心労を増やすのではないかと心配していた。それでもマーケットに出店できなければ生活ができなくなる。生活ができなくなれば当然税を納めることもできなくなってしまう。それだけは避けなければならないと皆で早朝から会議を続け、結局はユシルの判断に任せるとなった。
 自分たち一般市民の税が安いこと、その分、貴族の税が高いことを知っているため貴族の前で発言するのは勇気がいることだったが、仲間のことを思うと言わずにはいられなかったのだ。

「そなたらの生活を守るのは僕の役目だ。そなたらの生活が守れぬ者に王の資格はない。そのゴロツキが問題だな。ブラッドリー、何か報告は上がっていないか?」
「はっ。一週間ほど前に部下が商店の子供からマーケットが被害を受けていると報告を受け、調査を進めておりました」
「ッ!?」

 トリスタンが報告を受けたのは今がはじめてだが、街をパトロールする騎士たちは前々から密かに報告を受けていたためブラッドリーが調査の指示を出していた。そのことを聞いたミルワードの顔色が一気に青ざめていく。

「今朝がた、マーケットに現れたゴロツキを捕らえ、全て吐かせましたところ──……」
「へ、陛下!」

 ガタガタッと椅子を引く音を鳴らして立ち上がったミルワードはユシル同様、額に汗を滲ませ、それをハンカチで必死に拭っている。
 許可が出ていないのに口を開いたことへの注意を受けるとわかっていても身体が無意識に動いてしまった。

「ミルワード、随分顔色が悪いじゃないか。どうした? 言ってみろ」

 発言を許すトリスタンの笑顔にミルワードはハッとした。
 トリスタンは既にブラッドリーから報告を受けている。全て知った上でこの場で報告しようとしているのだ。公式の場で問題にして書記に全てを残させるために。

「い、いえ……マーケットの問題に陛下が頭を悩まされる必要はないのではないかと……ははっ……」
「マーケットは国民の生活の中心にあるものだ。そこが破壊されては国民の生活はままならん。そうだろう?」
「そ、それはそうですが……それでも陛下が悩まれずとも解決法は他にあるのではありませぬか?」
「なに、心配はない。今朝がた、その不届き者が捕まったのだ。僕が頭を悩ます必要もない。ブラッドリー、報告の続きを頼む」
「へ、陛下!」
「黙れ」
「ッ!」

 急に低くなる声にミルワードはそれ以上言葉を続けられず、ユシルを睨みつけた。当然ユシルはその目を直視することはできず、ただ俯いて黙っているだけ。

「貴族に雇われたと証言を得ました」
「だろうな。本物のゴロツキであれば金のない商店から奪うよりサロン帰りの酔っ払いの貴族を狙ったほうが手っ取り早いからな。馬車を狙ってしまえば一発だ。雇われでなければそんなリスクを負いはしないだろう。他には?」
「名前まではまだ吐いていませんが、公爵家の者が雇い主であることは間違いないかと」
「ほう、公爵か」
「わ、私ではありませんぞ!」
「まあそう焦るな。率先して口を開くのは自分を疑ってくれと言っているようなものだぞ、ミルワード公」

 嫌な笑みを向けるトリスタンにミルワードの汗が止まらなくなる。誰が見てもミルワードが関わっているのは明らかだが、トリスタンは今この場で問い詰めようとはしない。

「この国の公爵を集めて一人ずつ尋問すればわかるだろう。貴族の絆はほつれた糸よりも脆い。自分が助かるためならどんなことでも話すだろう。僕はあの瞬間が大好きでな。今から楽しみだ」

 ふふっと小さな笑い声を漏らすトリスタンにミルワードの顔が更に青ざめていく。
 貴族の絆が脆いのは貴族であるミルワードも理解している。そして歪曲して話す癖があり、一人が悪役になるのなら徹底的にという方針があるのもわかっているだけに怒りが消えたミルワードには今、絶望しか残っていない。

「ユシル、帰ったら皆に伝えてくれ。そなたらが受けた損失は全て犯人の資産で全て補償するとな」
「そんなッ!」
「どうした、ミルワード公。何か問題でもあるのか? そなたが犯人でなければ問題ないだろう?」
「そ、それは……そうですが……こ、こういうのはギルドで組合に入っているものなのでは?」
「これは天災によるものではない。どこぞの愚かな貴族が命じて出させた損失だ。その補償は組合ではなく命じた者にさせるべきだろう。何を考えてこの平和なアステリアでそのような問題を起こそうなどと思ったのかは知らぬが、愚かだな」
「へ、陛下、私は貴族代表として申し上げますが──」
「私は賛成です。ゴロツキを雇い、市民の生活の中心であるマーケットを襲撃させた愚かな貴族は罰されるべきです。資産は全て民に配り、爵位剥奪でも甘いぐらいだと思います」

 代表と口にした瞬間にレミントンが手を上げて発言した。自分がやっていないのであれば補償だなんだと言われようと関係ない。それを証明するようにレミントンはトリスタンの意見に賛成する。それは彼が貴族代表などではないと抗議しているようでもあった。

「お、お前は──」
「だ、そうだ。お前はどうだ? ミルワード」
「わ、私は……」

 やれやれと肩を竦めてあからさまに小ばかにした様子を見せるトリスタンに舌打ちしそうになるのを頬をヒクつかせることで堪えたミルワードを見て立ち上がったトリスタンはゆっくりと彼に近付いていく。小さな足音を静かな部屋の中に小さく響かせるだけでミルワードは逃げ出したい衝動に駆られた。しかしそんなことをすれば自分が犯人だと言っているようなもの。できるはずがない。冷静を保とうと深呼吸をするために息を吸ったミルワードだが、傍に立ったトリスタンを見上げることもできないまま肩に置かれた手に大袈裟なほど肩を跳ねさせた。

「そなたは知らぬかもしれぬがな、ミルワード。ゴロツキもバカばかりではない。馬車についている紋章がどの爵位の物か把握している者も意外と多いのだ。もし完璧にやり遂げるのであればそのくだらぬプライドを捨て、街で安物の馬車を借りて実行すべきだったな。まあ、そんな簡単なことさえ思いつかなかった愚か者がそなたではないのであれば、無礼だったとお前に謝罪しよう」
「ッ! な、なぜ陛下がそのようなことをご存知なのですか? まるでゴロツキの全てを知っているような言い方ですな?」

 ミルワードの声が震える。

「僕はな、地下牢にぶちこんだ者全員に直接話を聞いているのだ。僕が行くと皆、温情を期待して素直に話してくれる。このアステリアが他国に誇れることは犯罪が少ないことだ。小さな問題はあっても犯罪と呼ぶほどの事件はないと言っても過言ではない。それはなぜかと考えた結果、僕が温情を与えているからだと思い至るのだろう。僕は幼稚な王で有名だしな」

 自分がどう言われているのかトリスタンは全て把握している。〝種無し王〟〝幼稚な王〟そして〝腰抜け王〟と呼ばれていることも。
 だから誕生祭の日にトリスタンが起こした行動は反王政派から抜ける者を出したほど強烈な出来事だった。
 実際は国が平和だから厳格な態度を見せなかっただけで、実際は底知れぬ感情を持っていて、それを簡単に表に出せてしまう性格なのを皆が知らなかっただけ。

「軽い問題には温情をかける。それだけで黒幕がわかるのだから良い取引だ」

 自分たちを雇った黒幕が誰かを話すことで温情をかけてもらえるのなら誰だって喋ってしまう。
 上から見ているだけで深く考えず命令するだけの立場に浸っているミルワードのような者はそういったことさえ知らない。だから簡単に追い詰められてしまった。

「そなたの言う通り、そなたらの税あってこそのアステリアの豊かさだ。感謝していないわけではない」

 怯えながら顔を上げるミルワードの目が「それなら……」と恩赦を望んでいる。

「貴族にばかり負担を負わせれば不満が出るのも当然だ。だが、そなたらが湯水のごとく使う金はどこからだ? 領民たちが納める税だろう? 同じなのではないか?」
「で、ですが、我々は税差別のようなことはしておりません……。納められた税をそのまま国に搾取されるのでは……」
「そなたらの収入と税を天秤にかけた上で税率を決定したほうがよいということか?」
「め、めっそうもございません!」

 貴族たちがどれほどの富を有しているのかは調査すればすぐにわかる。それから平均的な税率を出して貴族に知らせることもできるが、そうはしない。貴族も民だ。苦しむような真似はしない。あるから出せと言うのは簡単でも、それをしては国が傾くのは目に見えている。だからといって下々と貴族を同じ税率にしてやることもできない。
 差別、そう言われた言葉がトリスタンの胸に小さな傷をつけた。
 アステリアは生きていくのに不自由のない国だが、アルデュマやペレニアに比べると豊かとは言えない。

「アステリアの税はペレニアの半分です! それをご存じないと?」
「知ってはいるが……」
「ミルワード、そなたの言いたいことはわかっている。この国がそれなりにしか豊かではないのは僕の努力不足だと言えよう」
「陛下、そのようなことは──」

 レミントンの言葉に手のひらを向けて首を振るトリスタンに口を閉じる。

「僕がもっと広く貿易を行えばアステリアはもっと豊かになるかもしれない。これは僕の独断と偏見によるもので、鎖国的な政治を行ってきたせいだ。地産地消を推奨していると言えば聞こえはいいが、ミルワードが言うようにそなたらになんの恩恵も与えてはいない。不満を持つのも当然だ」
「陛下……」
「色々見直さなければならない所が多いことはわかっている。だからもう少し、僕に時間をくれないか? 今年から少しずつ変えていこう。そなたの言うように、一度貴族を集めて議会を開くことも検討しよう」

 ミルワードの表情に希望が浮かぶ。反王政派の数を知ればトリスタンをやり込めるのではないかと考えているのだ。支持派と反王政派が集まれば嫌でも現実を知ることになる。いくら横暴な王でも無視はできまい。
 そう考えるミルワードは俯いて笑いを堪えていた。

「ではミルワード公、次はそなたの番だ。言いたいことがあれば聞こう」

 席へと戻ったトリスタンはまたいつものポーズに戻って満面の笑みを浮かべ、ようやくミルワードの番だと発言の許可を正式に与えた。
 安堵していたミルワードだが、これから自分がどうなってしまうのか、忘れていた不安が一気に込み上げ、また青い顔に戻ってしまう。そのせいでそこからただの一言も発することはできなかった。

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