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お兄さん的存在

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「アリス、今日もカイルの横暴で生徒会に出なくちゃいけないんだ」
「セシル、それ普通だよ」

 放課後、教室までやってきたセシルが悲痛な表情で強制出席であることを伝えるもアリスは冷静に諭した。

「終わるの待っててくれる?」
「お兄様がセシルを待つなって」
「えー……最悪……」
「生徒会がないとき一緒に帰ろ?」
「うー……そうだね……クソッ、最悪だ」

 悪態をつきながら生徒会室へと向かうセシルを見送ってからアリスも馬車へと向かう。
 行事がある月は生徒会は忙しくなる。そのためセシルも当然駆り出されるのだが、嫌だと毎日不満を口にしている。かといって生徒会を抜けるわけにもいかないと言う。生徒会を抜ければ評価が下がると。
 生徒会に立候補するなと言われたためアリスは入らなかったが、最近の兄の忙しさを見ているとそれで正解だったと思った。

「アリスちゃん」
「アルフレッド様、生徒会始まってますよ?」
「俺は今日は生徒会免除なんだ。用事があったからね」
「お花さんたちとお茶会ですか?」

 ズコッと転びそうになったアルフレッドが苦笑する。

「お花たちとのお茶会は確かに楽しいけど、カイルの恨みを買ってまでやることじゃないよ」
「ふふふっ、そうですよね」

 わかっていて言ったのだと気付いたアルフレッドは面白そうに目を細めてアリスの背に手を当て、強引に庭園へと連れていく。

「あ、あの……?」
「お茶に付き合ってよ。喉乾いてるんだ」

 庭園に入ると慌てて用意が始まり、ヴィンセルと飲んだときよりもずっと華やかな用意が広がる。
 花びらが入ったハーブティーに焼いたジャムが宝石のように美しいクッキー。蜂蜜、シロップ、クリーム、ジャム、バターと豊富に揃えられたスコーンに必須のお供。
 しかし、一つだけ疑問があった。

「アルフレッド様、クッキーがお好きなのですか?」

 紅茶の量に見合わない大量のクッキー。どこの貴族の家を回ってもこんな風に山盛りにしたクッキーは出てこないだろう。
 アルフレッドは四人の中で最も品があって優雅さを好む男だと思っていたが、今日は違うらしい。

「好きだよ。太るからあんまり食べないけどね。今日は特別」

 サクサクと食欲をそそる良い音を立てながら一枚、二枚と食べ進めていく。放り込んでいくと言ったほうが正しいだろう状態へと変わるのはあっという間だった。

「な、何かあったのですか?」

 ストレスをぶつけるように一心不乱にクッキーを貪るアルフレッドは皆が知るアルフレッドではなく、まるで三日間何も食べていなかった子供のようでアリスも戸惑っていた。
 
「聞いてくれるかい? 本当に今日は最悪の日だったんだ」

 アルフレッドがイライラしている姿は一度も見たことがない。あまり接点がないせいでもあるが、それでもセシルとカイルの暴言に苛立っていた様子は見えなかった。
 そんなアルフレッドが今、目の前で苛立ちを見せている。
 アルフレッドが起こるほどのこととは何かとアリスも気になった。

「俺はまだ結婚する気なんてないんだよ。まだ十代、遊びたいし特定の相手を決めには早すぎる。俺はね、本当の愛を見つけたいんだ。愛し愛される関係でなければ夫婦はあっという間に破綻する。愛人を作るつもりはないし、オンリーワンの相手を見つけたい。結婚相手の理想は子供の頃から変わってないのに父親はそれを理解しようとしないんだ。女みたいに外見ばかり磨いていないで中身を磨けってね。サロンに足を運んで繋がりを広げろ、見聞を広げろ、知識を得ろ、賢さこそ男の武器だーとか言ってさ。古い、古すぎる!男だって外見を磨く時代だよ!最高級の革靴をピカピカに磨いて履くより髪や肌に気を使うべきだ!女みたいって言葉はもはや差別用語なんだよ!それがわからない父親の命令に従うつもりはない!」

 早口で捲し立てるアルフレッドに何があったのかはわかった。だが、またもやアリスの中に疑問が湧いた。

「お花さんの中から見つけるのですか?」
「いや、それはないと思う。彼女たちは美しいけど、僕の心は惹かれていない。あ、結婚相手としてってことね」

 男は何歳になって結婚してもいい。四十超えて結婚する紳士も珍しくはない。遊んで遊んで遊びに飽きたら本命を探す。金と地位さえ持っていれば男は何歳になっても相手を見つけられるのだ。十代の若い娘だって嫁にすることができる。
 アルフレッドは侯爵家の息子で女好きで有名。顔が良いだけにパーティーで寄ってくる令嬢は少なくないとカイルが言っていたのを思い出してアリスは首を傾げる。

「もし今日か明日、結婚相手を見つけられた場合、そのときは十代で結婚なさるのですか?」
「運命の相手がいたらね。でもこんな狭い場所で運命の相手なんてそうそう見つからないし、そもそも国内にいるかどうかもわかんないわけだしさ、もういっそ卒業後は旅にでも出ようかなって思うよ」
「旅、ですか」
「俺のプリンセスが国内にいるとは限らないからね。世界を巡りながら自分で見つけようかなって。でなきゃ家のために利用される娘と結婚することになる。そんな夢も愛もない夫婦生活は嫌だ!」

 クッキーがいくら小さいといえ、二十枚は食べてしまったアルフレッドは紅茶を飲んでクッキーによって持っていかれた口内の水分を取り戻し、理想の結婚ができないかもしれないことを嘆きながらまたクッキーを頬張り始める。
 その食べっぷりはセシルにも負けず劣らずなもので、アリスは一枚も食べずにその様子を眺め続ける。

「アリスちゃんはどう思う? モテ期到来してるんでしょ?」
「モテ期?」
「そう、お花たちが持ってきてくれた新聞に書いてあったんだけど、人間は人生で三回モテ期が訪れるらしいよ。だからヴィンセル、セシル、リオ君からアプローチを受けてるアリスちゃんは超絶モテ期到来中ってわけ」

 さっきまでの不安定さはどこへやら、いつも通りの笑顔を見せるアルフレッドの気持ちの切り替えの速さに苦笑する。

「アプローチなんて大袈裟です」
「でもセシルは君に教室で愛してるって言ったわけだし、リオ君は裸で君を抱きしめた。それがアプローチじゃなかったらなんだって言うんだい?」
「ど、どうして知ってるんですか?」
「お花たちが教えてくれるんだよ。レディは噂が大好きだからね」

 お花と呼ばれるアルフレッドの取り巻きのには一年から三年まで揃っており、その中にはアリスと同じクラスか、同じクラスに友人を抱える者もいるのだろう。
 もしそうじゃなくてもセシルがアリスに愛してると言ったのはあっという間に広まり、アリスは毎日陰口を聞き流している状態。

「ヴィンセル様は違いますからね?」
「そうかな? ヴィンセルはいつも君のことを熱のこもった目で見てるよ」
「謝りたかったそうなんです。先日ここで一緒にお茶を飲みました」

 自分が一気飲みして一方的に席を立って出て行ってしまったのだがと心の中で呟き、ヴィンセルからのアプローチに関しては否定する。

「あれは謝罪したいだけの男の瞳じゃなかったけどなー」
「ふふっ、残念でした」
「でもさ、セシルとリオ君だったらどっちを選ぶ?」

 言っては失礼になるため言わないが、本当に女子のようだと思った。どっちが好き、夫にするならどっち、と女子生徒がよく妄想で盛り上がっているのを聞く。アリスもそのうちの一人だった。友達とではなく一人で妄想に耽っていた。

「セシルは二人とも長男だけど、セシルは伯爵、リオ君は子爵。でもリオ君は幼馴染って立場だからセシルより強い。背はリオ君のほうが圧倒的に高いけど顔の偏差値で見れば圧倒的にセシルだもんね。セシルもリオ君も言動に問題あり。んー……これは甲乙付け難いね」
「あはは……」
「アリスちゃん的にはどっちが好みとかある?」
「ありません」
「おっと……即答とは」

 思ってもいなかった反応にアルフレッドは思わず意味もなく降参ポーズを取る。
 自分でも即答するとは思っていなかっただけに苦笑するアリスは首を振って紅茶を一口飲んだ。

「セシルもリオちゃんも良い人なんです。個々の良さがあって、背が高いとか顔が良いとかそういうのはどうでもよくて……」
「うん」
「このままいたいなって思うのはわがままだし失礼だってわかってるんですけど、私はまだ恋とか愛とかそういうの追いつけなくて……」
「変化が怖い?」

 驚いた顔をするもアリスはこくんと頷く。

「俺も同じだよ。美しいお花たちに囲まれて一生を終えたい。でもそれは王様でもない限り許されないもんね。うちは兄が優秀でさ、聡明な女性をもらったんだ。兄は愛嬌より賢さを選んだ人でね、人の顔色や雰囲気で察せって感じなんだ。妻になった女性はそれを機微に感じ取れるすごい人。確かにそういう人が妻なら楽だろうけど、愛がないのは嫌なんだ」
「愛を手に入れるためにお花さんと離れるのは寂しくないですか?」
「寂しいよ。でも学校って檻の中で作られた関係は卒業と共に解消するのが決まりだからね。いつまでもここにはいられない。変化は必ず訪れるんだ。受け入れるしかないよね。ああ、しかないって言い方は良くなかったね。受け入れなきゃいけない、が正しいかな?」
「でも親が婚約者を決めるのは受け入れられないんですね?」
「そうだよ。アリスちゃんは違う? 親やカイルが婚約者を決めてきたって言っても受け入れる?」
「ずっとそういうものだと思っていたので、納得はするかもしれません。あの兄が決めたとなれば特に」
「あー……まあ、そうだよねぇ。カイルが認めるってなかなかの男だろうし」

 カイルは人に媚びたり利益に転ぶような人間ではない。異常なまでに溺愛している妹の婚約者となればそれこそ異常なまで条件を付け加え続けてしまうだろう。それはきっと平民が国王になるほど厳しい──言ってしまえば不可能な条件リストとなって結局は決まらない。
 決めるとすれば親だろうが、カイル曰く『両親は甘すぎる。恋愛結婚を推奨してる脳内お花畑』と聞いているため娘の意見を無視して婚約者を決めるとは思えない。
 それがアルフレッドは少し羨ましかった。

「アリスちゃんは恋愛結婚したい?」
「そう、ですね。憧れますよね」
「そうだよねー! わかるよ! 俺も! お互いに運命の相手見つけようね! ヒッ!?」
「キャアッ!」

 アリスの手を勢いよく掴んで同志だと言わんばかりにテンション高めに声を張った瞬間、アルフレッドのすぐ傍にカップが落ちた。大きな音を立てて飛び散る破片は二人の肌に直撃こそしなかったものの制服には当たった。
 どこからかと二人で上を見上げると窓から顔を出すカイルがアルフレッドを見つめて親指で喉を掻っ切るような仕草を見せた。

「カイルカイルカイルカイル! 違うんだよ! これは迫ってたわけじゃないから!」
「馴れ馴れしくアリスに触るな」
「わ、わかってるよ! 意気投合したから嬉しくなっただけだってば!」

 慌てて手を離して両手を上げるアルフレッドがアリスから距離を取ればカイルは笑顔でアリスに手を振るがアリスは笑顔も手を振り返すこともしない。

「お兄様、今すぐこちらへ来てください」
「まだ仕事が終わってないんだ。もう少し──」
「今すぐ、こちらへ来てください」
「急ぎか?」
「今すぐ来なさいッ!!」

 怒声を放つアリスにカイルも目を見開いて驚けば窓枠に足をかけて三階の窓の屋根に飛び移り、それを繰り返して一階へと降りてくる。
 効率重視をモットーに生きているカイルは教師にも生徒会役員にも口うるさく言い続けている。廊下に飛び出して階段を降りて走ってくるよりずっと速く到着すると言えど危険性の高すぎる移動方法にアルフレッドは常軌を逸しているとしか思えなかった。
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