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喧嘩
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「テメェ……授業中だろうが」
「なんだか急に気分が悪くなってね。ほら、僕は君と違って繊細だから」
まだ一限目の終了を知らせる鐘は鳴っていないにもかかわらずセシルが立っているのはアリスのことを聞きつけてではないかとリオが眉を寄せる。
「なら家に帰ってママに抱っこでもしてもらったらどうだ? すぐに気分が晴れると思うぜ」
「ふっ、幼稚な挑発だね。僕はとっくに親離れしていてね、今はアリスの傍にいることが一番落ち着くんだよ」
「今ソイツに触って起こしてみろ……ぶっ飛ぶだけじゃすまねぇぞ……」
小さな痛みを訴えていたアリスが眠っている。それを起こすことは許さないと怒気を含んだ声を小さめに出して脅すもセシルの表情は変わらない。
「眠っている子にキスしようとした卑怯者が言うと説得力があるね」
「嫌味野郎が」
「事実だよ」
嫌味でしかないセシルの言葉にリオの頬が引き攣る。
「言っとくけど、アリスは僕のだから邪魔しないでくれるかな?」
「いつ誰が決めたんだよ」
「少し前に僕がそう決めた。アリスの家に食事会にも行ったし、両親にも思いを伝えた。気に入られてもいるしね。君は違う。彼らの宝物に傷をつけた。親からすれば死刑でも軽いぐらいだろうね」
天使のような顔をしていながら口を開けば出てくるのは攻撃的な嫌味。気に入らない態度にリオがセシルの上着をめくろうと素早く手を伸ばしたが、それよりも早く反応したセシルがその手を拳で弾いた。
「僕に触るな」
睨みつけるセシルの前でリオが弾かれた手を揺らす。
「なんだよ、その下には人に見られたくねぇようなものでもあんのか?」
リオはティーナと共犯になることを拒みはしたが、セシルに疑惑があるならそれを暴いてやろうとは思っていた。それは自分の気を晴らすためではあるが、アリスやカイル、ベンフィールド家を守ることにもなるのだと信じてのこと。
「僕たちは知り合いでも友人でもないのに勝手に触れることを無礼だと思わないの?」
「思わねぇな」
「ああ、そうか。君はアリスのスカートだってめくるような男だもんね。躾がなってないのも仕方ないか」
「それはガキの頃の話だろうが!」
思わず声を荒げたリオにセシルが人差し指を立ててシーッと音を漏らす。
「アリスが起きるじゃないか」
「テメェがふざけたこと言うからだろうが」
「事実でしょ? で、指を折られた。傑作だよね」
ハハッと小馬鹿にした笑いを漏らすセシルにリオが大きな舌打ちを鳴らす。
「アイツはな、本当はお前なんかと一緒にいたくないんだよ。お前が迫ってくるから断れずに渋々一緒にいるだけなんだって気付けよ」
「それでもいいよ。僕はアリスを落として妻として迎えるつもりだからこれからもどんどん迫っていくし」
「……は? 妻? 何言ってんだお前……頭沸いてんのか?」
アリスが誰かの妻になることをカイルが許すはずがないと今度はリオがセシルを馬鹿にしたような笑いを漏らす。
「少なくともアリスは僕の好意を受け入れてくれてるし、君よりも濃密な時間を過ごしてる」
「ハッ、ポッと出のくせして何言ってやがる。俺はな、アイツとガキの頃から──」
「あーいるよね、君みたいに過去でマウント取ろうとする奴。生きてるのは今なんだから過去のことでマウントなんて取れるわけないのに。というか、過去を持ち出して鼻高くするのダサすぎ」
「んだと……!」
「大きな声出さないでよ。アリスが起きる」
アリスはいつもティーナとカイルの後ろに隠れていた。だからそれは今も変わらずで、男の友人などできているはずがないと思っていた。いや、そんなことは想像さえしていなかったのだ。
だが実際はセシル・アッシュバートンという男が傍にいた。傍にいるだけではなく、アリスを本気で手に入れようとしている。
自分にはできない想いを伝えることをセシルはまるで呼吸するようにしてしまう。
人気者に好かれて嬉しくない者はいない。アリスが受け入れているというのも嘘ではないだろうとリオもわかっている。だからこそリオはセシルが嫌いだった。
「公爵家の令嬢と結婚することは伯爵家にとっちゃメリットしかねぇよな。でもアイツにとってはどうよ。伯爵なんかと結婚してもメリットはねぇ。笑い者になるだけだ」
「それは申し訳ないと思ってる。でも僕はだからって彼女を諦めることはできないんだ」
「自己チュー野郎が」
「君になんと言われようとどうでもいい。僕は彼女を愛してるし、婚約者は彼女しか考えられないんだ。彼女が受け入れてくれるなら僕は彼女と結婚する」
「ッ!夢見てんじゃねぇぞ!テメーみてぇなチビがアイツと結婚だ? 笑わせんな!」
「僕は真剣だよ。僕たちが関係を築くのに君の許可はいらないし、僕と彼女の関係に君は入れない。だって君は無関係なんだから。君はアリスの幼馴染であって親友じゃない」
「お前より誰よりもコイツの傍にいたんだよ……」
「でも今は僕が彼女の傍にいるんだ。君が離れることになったのは自業自得だし、彼女の隣は別に君の席ってわけじゃなかったはずだ。強いて言えばカイルの席だよ。で、今は僕の席」
セシルの想いは固く、たとえティーナのようにリオに思いきり殴り飛ばされようとその意思は変わらない。それはセシルの目を見ているリオが嫌というほど理解している。
自分だってアリスの横にいたい。昔からアリスの横にいたつもりだった。一瞬の隙を突いて潜り込んできた男は自分とは正反対の人間で、どこか隙や弱味を見つけようとしても見つからない。
卑怯な手を使って相手を蹴落としてもアリスは自分のモノにはならない。
愚直に努力したとて最終決定を下すのはアリスで、ここでセシルを批判することも嫌味をぶつけることはなんの意味もないのだとリオは口を閉じた。
「君がアリスにキスしようとしたなんてカイルが知ったらどうするかな? タダじゃ済まないだろうね」
「脅そうってか?」
「脅す? ふふっ、変なことを言うんだね。僕が君を脅す理由なんてないよ」
「俺を脅してアリスに近付くなって言うつもりだろ」
リオにとってカイルに告げ口される行為は脅しでしかないが、セシルはリオの予想に保健室に響くほど大きな声を上げて笑いだした。
「君がアリスに近付こうと僕の敵じゃない。僕は君をライバルだとは思ってないし、ライバルになるとも思ってないんだから」
「んだと……」
「君だけじゃない、誰がアリスに近付こうとアリスは僕がもらう。僕の妻になる女性だ」
「カイルは大反対だろうな」
「もう既に何度も宣告してるから問題ない。僕は君と違ってアリスを傷つけたりしないしね」
リオが一番突かれたくない部分をセシルは容赦なく突く。
アリスは過去のことなど水に流してリオをただの幼馴染として接しているが、セシルは気に入らない。好きだから意地悪したくなる気持ちはわからないでもないが、傷つけることはどう転んでも理解することはできない。
たとえどれほど後悔していようともリオの態度を見ていれば何も変わっていないように見えることがセシルは気に入らない。
「アリスが許してくれてるから自分は変わらないでいいと思ってる?」
セシルの言葉にリオが唇を噛む。
「君、もう十七歳だよね? いつまで子供と同じ態度取ってるの?」
「同じじゃねぇ! 俺は変わるって決めたんだよ!」
「だったら決めたその瞬間から変わるべきなんじゃないの? 明日からとか、すぐには変われないから徐々にとかって言い訳だよね?」
「ッ!」
「変わるって口で言うだけなら子供にだってできるよ。でも君は子供じゃない。変わるなら変わるでそれを証明して見せなきゃアリスに失礼だと僕は思うけどね」
「テメェに何がわかるってんだよ!」
リオの怒声にもセシルは表情を変えず反応は見せない。
「君の気持ちなんてわからないし、わかりたくもないね。ま、僕としては君が永遠に変わらないでいてくれるほうがいいけど。だってアリスは君みたいな粗暴な男、好きになんてならないだろうから」
言い返す言葉もない。昔からリオは言葉でも行動でもアリスを傷つけてきた。今も乱暴に行ってしまうのは変わらない。それでもアリスが普通に接してくれるから甘えてしまっているのは確かだ。
このままでいいとはリオも思っていない。許してもらえたのだからこれからはもっとアリスと親しくなるために変わらなければと思ったのだ。
だが、セシルの言う通りまだ変われてはいない。
「アリスは軟弱な男を好きになったりはしねぇよ」
「悔し紛れに言い返すのは自由だけど、今アリスの傍にいるのは僕であって君じゃない。君はアリスに好きとさえ伝えていないじゃないか。僕は毎日アリスに好きだって伝えてる。照れだかなんだか知らないけど気持ち一つ伝えられない君とは違うんだよ」
「俺は──」
「もうやめて!」
響き渡るアリスの声に二人が振り向くと怒った顔のアリスが起き上がっていた。
「アリス、起きてたの?」
「腹の痛みはどうだ?」
早足で寄ってくる二人にアリスは眉を下げながら両手を動かして下がるよう伝える。
それに従ってゆっくりと数歩下がった二人は互いを見てから反対側に顔を背けて鼻を鳴らした。
「ここは二人が喧嘩をする場所じゃないでしょ?」
「こいつが喧嘩ふっかけてきたんだよ」
「僕はありのままを言っただけだよ。それを君が勝手に怒っただけじゃないか」
「背が伸びなかった分、口達者になったってわけか」
「背ばっかり伸びて中身は子供のままストップした人の言葉なんて悔しくもなんともないね」
「んだと!?」
「いい加減にして!!」
喧嘩するほど仲が良いと言うが、この二人は違う。
喧嘩している人を見るのは嫌だし、その理由が自分であることはもっと嫌だった。
人から好かれるのは嬉しい。でもそれで喧嘩されては喜びも何も無くなってしまう。
「リオちゃんもセシルも授業はどうしたの?」
「お前を一人にするわけにいかねぇだろ」
「一人で戻れる」
「僕はなんだか調子が悪くなったから」
「だったら先生に行ってベッドで寝かせてもらう必要があるんじゃない?」
「アリスの顔見たら気分良くなった」
「じゃあ教室に戻って」
「一緒に戻ろう?」
体調が悪くて横になっていたわけではないアリスがここに長居する理由はない。差し出された手を取ってベッドから降りるとリオが勢いよく手を差し出した。
「リオちゃん?」
「俺も繋いでやるよ!」
セシルに対抗しているのだとわかったアリスはセシルの手を離して保険医の前に行く。
「教室に戻ります」
「それがいいね。気をつけて。何か体調に変化があったらすぐに言いなさい」
「はい。失礼します」
頭を下げたアリスはすぐに廊下へと向かう。
二人の男がそれを追いかけてアリスの両脇に並び、頭上で火花を散らし合う。
うんざりだと言わんばかりの表情で立ち止まったアリスがもう一度二人に注意をしようと口を開いたとき、口内放送が聞こえた。
「リオ・アンダーソン、学園長がお呼びです。今すぐ学園長室まで来なさい。繰り返します、リオ・アンダーソン君、学園長がお呼びです。今すぐ学園長室まで来なさい」
三人とも驚きは顔に滲ませなかった。
教室に教師が駆け込んできてティーナが倒れているのを見たのだ。生徒への事情聴取もあっただろう。その問題を教師が学園長に報告しないわけがない。
本人から聞き取りをするにも担任はリオを怖がっているため学園長に聞き取りを頼んだのだろうとアリスもリオも推測する。
「リオちゃん、私も一緒に行ったほうが──」
「バーカ」
助けてくれたのだから自分も一緒に説明に行くと言うアリスの頭を指で軽く押したリオが笑顔を見せる。
「呼ばれてもねぇのに行くのおかしいだろ。呼ばれたのは俺だけだ。お前は教室に戻れ」
「でも……」
「なら騒動起こした俺をカイルが退学にしないよう便宜を図ってくれ」
「事情を話せばお兄様は理解してくださるわ」
「どうだかな。カイルにとっちゃ俺も、厄介者だから」
あえて“俺も”と言ったリオの悪意を感じるもセシルは何も言わなかった。
「途中で倒れんなよ」
アリスの頭を撫でたリオがそのまま学園長室へと走っていくのをアリスはリオが角を曲がるまで見つめていた。
「なんだか急に気分が悪くなってね。ほら、僕は君と違って繊細だから」
まだ一限目の終了を知らせる鐘は鳴っていないにもかかわらずセシルが立っているのはアリスのことを聞きつけてではないかとリオが眉を寄せる。
「なら家に帰ってママに抱っこでもしてもらったらどうだ? すぐに気分が晴れると思うぜ」
「ふっ、幼稚な挑発だね。僕はとっくに親離れしていてね、今はアリスの傍にいることが一番落ち着くんだよ」
「今ソイツに触って起こしてみろ……ぶっ飛ぶだけじゃすまねぇぞ……」
小さな痛みを訴えていたアリスが眠っている。それを起こすことは許さないと怒気を含んだ声を小さめに出して脅すもセシルの表情は変わらない。
「眠っている子にキスしようとした卑怯者が言うと説得力があるね」
「嫌味野郎が」
「事実だよ」
嫌味でしかないセシルの言葉にリオの頬が引き攣る。
「言っとくけど、アリスは僕のだから邪魔しないでくれるかな?」
「いつ誰が決めたんだよ」
「少し前に僕がそう決めた。アリスの家に食事会にも行ったし、両親にも思いを伝えた。気に入られてもいるしね。君は違う。彼らの宝物に傷をつけた。親からすれば死刑でも軽いぐらいだろうね」
天使のような顔をしていながら口を開けば出てくるのは攻撃的な嫌味。気に入らない態度にリオがセシルの上着をめくろうと素早く手を伸ばしたが、それよりも早く反応したセシルがその手を拳で弾いた。
「僕に触るな」
睨みつけるセシルの前でリオが弾かれた手を揺らす。
「なんだよ、その下には人に見られたくねぇようなものでもあんのか?」
リオはティーナと共犯になることを拒みはしたが、セシルに疑惑があるならそれを暴いてやろうとは思っていた。それは自分の気を晴らすためではあるが、アリスやカイル、ベンフィールド家を守ることにもなるのだと信じてのこと。
「僕たちは知り合いでも友人でもないのに勝手に触れることを無礼だと思わないの?」
「思わねぇな」
「ああ、そうか。君はアリスのスカートだってめくるような男だもんね。躾がなってないのも仕方ないか」
「それはガキの頃の話だろうが!」
思わず声を荒げたリオにセシルが人差し指を立ててシーッと音を漏らす。
「アリスが起きるじゃないか」
「テメェがふざけたこと言うからだろうが」
「事実でしょ? で、指を折られた。傑作だよね」
ハハッと小馬鹿にした笑いを漏らすセシルにリオが大きな舌打ちを鳴らす。
「アイツはな、本当はお前なんかと一緒にいたくないんだよ。お前が迫ってくるから断れずに渋々一緒にいるだけなんだって気付けよ」
「それでもいいよ。僕はアリスを落として妻として迎えるつもりだからこれからもどんどん迫っていくし」
「……は? 妻? 何言ってんだお前……頭沸いてんのか?」
アリスが誰かの妻になることをカイルが許すはずがないと今度はリオがセシルを馬鹿にしたような笑いを漏らす。
「少なくともアリスは僕の好意を受け入れてくれてるし、君よりも濃密な時間を過ごしてる」
「ハッ、ポッと出のくせして何言ってやがる。俺はな、アイツとガキの頃から──」
「あーいるよね、君みたいに過去でマウント取ろうとする奴。生きてるのは今なんだから過去のことでマウントなんて取れるわけないのに。というか、過去を持ち出して鼻高くするのダサすぎ」
「んだと……!」
「大きな声出さないでよ。アリスが起きる」
アリスはいつもティーナとカイルの後ろに隠れていた。だからそれは今も変わらずで、男の友人などできているはずがないと思っていた。いや、そんなことは想像さえしていなかったのだ。
だが実際はセシル・アッシュバートンという男が傍にいた。傍にいるだけではなく、アリスを本気で手に入れようとしている。
自分にはできない想いを伝えることをセシルはまるで呼吸するようにしてしまう。
人気者に好かれて嬉しくない者はいない。アリスが受け入れているというのも嘘ではないだろうとリオもわかっている。だからこそリオはセシルが嫌いだった。
「公爵家の令嬢と結婚することは伯爵家にとっちゃメリットしかねぇよな。でもアイツにとってはどうよ。伯爵なんかと結婚してもメリットはねぇ。笑い者になるだけだ」
「それは申し訳ないと思ってる。でも僕はだからって彼女を諦めることはできないんだ」
「自己チュー野郎が」
「君になんと言われようとどうでもいい。僕は彼女を愛してるし、婚約者は彼女しか考えられないんだ。彼女が受け入れてくれるなら僕は彼女と結婚する」
「ッ!夢見てんじゃねぇぞ!テメーみてぇなチビがアイツと結婚だ? 笑わせんな!」
「僕は真剣だよ。僕たちが関係を築くのに君の許可はいらないし、僕と彼女の関係に君は入れない。だって君は無関係なんだから。君はアリスの幼馴染であって親友じゃない」
「お前より誰よりもコイツの傍にいたんだよ……」
「でも今は僕が彼女の傍にいるんだ。君が離れることになったのは自業自得だし、彼女の隣は別に君の席ってわけじゃなかったはずだ。強いて言えばカイルの席だよ。で、今は僕の席」
セシルの想いは固く、たとえティーナのようにリオに思いきり殴り飛ばされようとその意思は変わらない。それはセシルの目を見ているリオが嫌というほど理解している。
自分だってアリスの横にいたい。昔からアリスの横にいたつもりだった。一瞬の隙を突いて潜り込んできた男は自分とは正反対の人間で、どこか隙や弱味を見つけようとしても見つからない。
卑怯な手を使って相手を蹴落としてもアリスは自分のモノにはならない。
愚直に努力したとて最終決定を下すのはアリスで、ここでセシルを批判することも嫌味をぶつけることはなんの意味もないのだとリオは口を閉じた。
「君がアリスにキスしようとしたなんてカイルが知ったらどうするかな? タダじゃ済まないだろうね」
「脅そうってか?」
「脅す? ふふっ、変なことを言うんだね。僕が君を脅す理由なんてないよ」
「俺を脅してアリスに近付くなって言うつもりだろ」
リオにとってカイルに告げ口される行為は脅しでしかないが、セシルはリオの予想に保健室に響くほど大きな声を上げて笑いだした。
「君がアリスに近付こうと僕の敵じゃない。僕は君をライバルだとは思ってないし、ライバルになるとも思ってないんだから」
「んだと……」
「君だけじゃない、誰がアリスに近付こうとアリスは僕がもらう。僕の妻になる女性だ」
「カイルは大反対だろうな」
「もう既に何度も宣告してるから問題ない。僕は君と違ってアリスを傷つけたりしないしね」
リオが一番突かれたくない部分をセシルは容赦なく突く。
アリスは過去のことなど水に流してリオをただの幼馴染として接しているが、セシルは気に入らない。好きだから意地悪したくなる気持ちはわからないでもないが、傷つけることはどう転んでも理解することはできない。
たとえどれほど後悔していようともリオの態度を見ていれば何も変わっていないように見えることがセシルは気に入らない。
「アリスが許してくれてるから自分は変わらないでいいと思ってる?」
セシルの言葉にリオが唇を噛む。
「君、もう十七歳だよね? いつまで子供と同じ態度取ってるの?」
「同じじゃねぇ! 俺は変わるって決めたんだよ!」
「だったら決めたその瞬間から変わるべきなんじゃないの? 明日からとか、すぐには変われないから徐々にとかって言い訳だよね?」
「ッ!」
「変わるって口で言うだけなら子供にだってできるよ。でも君は子供じゃない。変わるなら変わるでそれを証明して見せなきゃアリスに失礼だと僕は思うけどね」
「テメェに何がわかるってんだよ!」
リオの怒声にもセシルは表情を変えず反応は見せない。
「君の気持ちなんてわからないし、わかりたくもないね。ま、僕としては君が永遠に変わらないでいてくれるほうがいいけど。だってアリスは君みたいな粗暴な男、好きになんてならないだろうから」
言い返す言葉もない。昔からリオは言葉でも行動でもアリスを傷つけてきた。今も乱暴に行ってしまうのは変わらない。それでもアリスが普通に接してくれるから甘えてしまっているのは確かだ。
このままでいいとはリオも思っていない。許してもらえたのだからこれからはもっとアリスと親しくなるために変わらなければと思ったのだ。
だが、セシルの言う通りまだ変われてはいない。
「アリスは軟弱な男を好きになったりはしねぇよ」
「悔し紛れに言い返すのは自由だけど、今アリスの傍にいるのは僕であって君じゃない。君はアリスに好きとさえ伝えていないじゃないか。僕は毎日アリスに好きだって伝えてる。照れだかなんだか知らないけど気持ち一つ伝えられない君とは違うんだよ」
「俺は──」
「もうやめて!」
響き渡るアリスの声に二人が振り向くと怒った顔のアリスが起き上がっていた。
「アリス、起きてたの?」
「腹の痛みはどうだ?」
早足で寄ってくる二人にアリスは眉を下げながら両手を動かして下がるよう伝える。
それに従ってゆっくりと数歩下がった二人は互いを見てから反対側に顔を背けて鼻を鳴らした。
「ここは二人が喧嘩をする場所じゃないでしょ?」
「こいつが喧嘩ふっかけてきたんだよ」
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「背が伸びなかった分、口達者になったってわけか」
「背ばっかり伸びて中身は子供のままストップした人の言葉なんて悔しくもなんともないね」
「んだと!?」
「いい加減にして!!」
喧嘩するほど仲が良いと言うが、この二人は違う。
喧嘩している人を見るのは嫌だし、その理由が自分であることはもっと嫌だった。
人から好かれるのは嬉しい。でもそれで喧嘩されては喜びも何も無くなってしまう。
「リオちゃんもセシルも授業はどうしたの?」
「お前を一人にするわけにいかねぇだろ」
「一人で戻れる」
「僕はなんだか調子が悪くなったから」
「だったら先生に行ってベッドで寝かせてもらう必要があるんじゃない?」
「アリスの顔見たら気分良くなった」
「じゃあ教室に戻って」
「一緒に戻ろう?」
体調が悪くて横になっていたわけではないアリスがここに長居する理由はない。差し出された手を取ってベッドから降りるとリオが勢いよく手を差し出した。
「リオちゃん?」
「俺も繋いでやるよ!」
セシルに対抗しているのだとわかったアリスはセシルの手を離して保険医の前に行く。
「教室に戻ります」
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頭を下げたアリスはすぐに廊下へと向かう。
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うんざりだと言わんばかりの表情で立ち止まったアリスがもう一度二人に注意をしようと口を開いたとき、口内放送が聞こえた。
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三人とも驚きは顔に滲ませなかった。
教室に教師が駆け込んできてティーナが倒れているのを見たのだ。生徒への事情聴取もあっただろう。その問題を教師が学園長に報告しないわけがない。
本人から聞き取りをするにも担任はリオを怖がっているため学園長に聞き取りを頼んだのだろうとアリスもリオも推測する。
「リオちゃん、私も一緒に行ったほうが──」
「バーカ」
助けてくれたのだから自分も一緒に説明に行くと言うアリスの頭を指で軽く押したリオが笑顔を見せる。
「呼ばれてもねぇのに行くのおかしいだろ。呼ばれたのは俺だけだ。お前は教室に戻れ」
「でも……」
「なら騒動起こした俺をカイルが退学にしないよう便宜を図ってくれ」
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「どうだかな。カイルにとっちゃ俺も、厄介者だから」
あえて“俺も”と言ったリオの悪意を感じるもセシルは何も言わなかった。
「途中で倒れんなよ」
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