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変わらぬ者
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翌日、アリスは朝から視線を感じ続けていた。
「リオちゃん、何か用?」
「は? 別に用なんかねぇけど」
「ずっと見てるでしょ?」
「はあっ!? 見てねぇし! なんで俺がお前なんか見なきゃいけねんだよ!」
「見てないならいいんだけど、そんな気がしたから」
穴が開くほど見ていた自覚がないリオは声を大にして否定するが、その眼差しを浴びていたアリスはそれを勘違いとは思わなかった。
「今日もアイツと食うのかよ」
「その予定だけど」
「気に入らねぇんだよな、あのチビ」
互いに気に入らないと言っていることに笑いを堪えると昼休みを告げるチャイムが鳴った。
今日の授業はここまでと教師の言葉に立ち上がって全員で挨拶をする。
「リオちゃんってお昼いつも何食べてるの?」
「なんだっていいだろ」
「そうだけど、おばさん……いないから、ちゃんと食べてるのかなって」
「言っただろ、慣れたって」
学園には購買もあればカフェテリアもある。心配する必要はないのだが、問題は本人に食べる意思があるかどうか。
リオは背は高いが、ヴィンセルのように筋肉質というわけではなく、どちらかといえばセシルタイプ。細いのだ。
まだ一緒に食事をしたことがないため何を食べているのかも知らないし、今どういう生活を送っているのかもわからない。
アリスはそこを心配していた。
「……ちょっと来い」
「どこに──キャアアッ! ちょっと待ってリオちゃん! どこ行くの!?」
立ち上がったリオがアリスを肩に担ぐとそのまま教室を出てどこかへ歩いていく。
「は? アリスに何してんの?」
いつも通り迎えに来たセシルの声が聞こえるも尻を向けているアリスにはセシルの不愉快そうな表情は見えない。
「コイツ、今日は俺と飯食うから」
「は? 誰がそんな──あ、おいっ! 待て! アリス返せ!」
「テメーのじゃねぇだろ!」
走り出したリオを慌てて追いかけるも運動が苦手なセシルが足で追いつくはずがない。
まるでブースターか何かついているのではないかと思うほどあっという間に距離ができてしまい、セシルは途中で追いかけるのをやめた。
「ここまで来りゃいいか」
リオが入ったのは第三音楽室。授業での使用はほとんどなく、生徒がレッスン用に使うことがほとんど。
中に入ってすぐドアの鍵を閉めるとアリスをゆっくり床へと下ろす。
「なにするの!?」
急に担がれただけでも驚きだったのに全速力で走られるのは整備不足の馬車に乗るより怖かった。
「こうでもしなきゃゆっくり話もできねぇだろ」
その言葉にアリスが黙る。
朝、授業の前に話せばいいと言おうと思ったが、リオはいつもホームルームギリギリに登校するため時間がない。
移動教室が多い聖フォンスでは休憩時間は移動時間となってしまう。
唯一の長時間休憩である昼休み、アリスはセシルの迎えで教室から出て行ってしまうためリオはアリスと話す時間がなかった。
同じ馬車に乗って帰ることは禁止されているため強引に乗り込むこともできないリオはやりすぎだとわかっていながらもこうするしかできなかった。
「話があったの?」
椅子に腰掛けて問いかけるとリオはすぐに答えず離れた場所にある椅子に腰掛けた。
「リオちゃん、言ってくれなきゃわかんないよ」
床を見つめるリオは言いたいことが山ほどあるのに、出てきたのは一言だけ。
「元気だったかよ」
想像もしていなかった言葉に目を瞬かせるアリスだが、リオらしくない言葉に笑ってしまう。
「元気だったよ。リオちゃん……は、元気じゃないよね」
カイルにタコ殴りにされた挙句、望んでもいない留学をさせられた。五年間一度も帰国できず、そして少し前に母親を亡くした彼に元気かと聞くのは不謹慎だとアリスは口ごもる。
「まだその呼び方すんのかよ」
「その呼び方って?」
「俺のこと“ちゃん”で呼ぶの」
「あ……そっか、もう十七歳だもんね。十七歳の男の子をそうやって呼ぶの変だよね」
エレメンタリースクールの頃の感覚で相手を呼んでいることに違和感はなく、成長した姿であろうとアリスの中でリオは“リオ”でも“クン”でもなく“ちゃん”なのだ。
だが、相手はそうじゃないかもしれないと苦笑するもリオが首を振る。
「別にやめろって言ってんじゃねぇよ。ただ、まだお前がそうやって呼ぶとは思ってなかっただけだ」
「どういう呼び方すると思ってたの?」
「リオとか、アンダーソンさんとか」
「アンダーソンさんって、そんな他人行儀な呼び方しないよ」
「わかんねぇだろ。あれから五年も会ってなかったわけだし、カイルから名前で呼ぶなって言われてる可能性もあるなって思ってたんだよ」
「お兄様もそこまで命令したりしない」
嘘だ。実際はそれ以上にひどいことを言われた。アリスの記憶から存在を消せと。もし今後一度でも会うことがあれば、知らぬふりをしろ。仮に声をかけられたとしても「どなた?」と不思議そうな顔で演技をしろとまで言われた。ご立腹だったカイルを宥めるのにどれだけ時間がかかったか、アリスは思い出したくもなかった。
「まあ、ちと安心した」
「ちゃん付けで呼ばれるのが恥ずかしかったらやめるよ?」
「やめてなんて呼ぶんだよ?」
「リオ君?」
「気持ち悪いわ」
「ふふっ、だよね。私もリオ君ってなんかやだ。やっぱりリオちゃんはリオちゃんだよ」
すっかり大きくなってしまい、男の子だった相手は男になっている。
椅子から伸びる長い足。頭の後ろで組む長い腕。シャープになった顎もそう。
五年という年月、リオ・アンダーソンがいないことに安堵していた。だが、その五年はとても大きなもので、こうして人が少年から変わるには充分すぎる時間なのだと実感する。
「五年間、どうしてたの?」
「パブリックスクールにぶちこまれてた」
「どうだった?」
「クソでしかねーよ。息苦しくて死ぬかと思ったわ」
「想像つく」
リオの性格でパブリックスクールで上手くやるなど不可能だとアリスは容易に想像がついた。
「鼻持ちならねぇお坊ちゃんたちが蟻みたいにそこらじゅうにいるの想像つくか?」
「ここもそうでしょ?」
「ここはまだいい。俺の外見にビビって見下してこねぇから」
今でこそ大きくなったリオだが、パブリックスクールに入学当初はまだ小さかった。自分の家が持つ権力が大きければ大きいほど、それを振り回す子供も多いだろう。
城下町にいる不良のような外見をしているリオがいじめられている想像はつかないものの、今は誰からも声をかけられないほど怖がられているため成長とは恐ろしいとアリスはリオを見ながら思った。
「女王の息子とか通ってたしな」
「同じクラスだったの?」
「子爵の俺が女王の息子と同じクラスになると思うか? クラスは階級分けなんだよ」
「そっか。でもよく問題起こさなかったね?」
「俺がどこでも問題起こしてるような言い方すんな。俺だって我慢ぐらい知ってる」
「そうなの? どんな我慢した?」
「飯が足りないとか」
紳士の精神を叩き込まれるパブリックスクールではがっついて食べることも山盛りで食べることもできない。
リオはよく食べると彼の母親がよく言っていた。品がなくて困ると笑いながら。
母親によく食べると言われる子供が規定量しか食べられないのは辛い。
「お前、それって我慢かって思ってんだろ」
「思ってない」
「笑ってんじゃねぇか」
「そうじゃなくて、リオちゃんがいっぱい食べたいの我慢してる姿想像して笑ってるだけ」
「想像して笑うとかお前スケベだな」
「えっ!? ち、違うよ! スケベなんかじゃない!」
「思い出し笑いもするんだろ」
「そ、その笑顔やめて!」
スケベと言われると恥ずかしくなってしまう。
本棚にしまってある恋愛小説の中には当然濡れ場も出てくる。カイルが知れば卒倒するだろう。
だが、それはやましいことではなく、恋愛するにあたって恋人同士なら当たり前の行為であるためアリスも普通に読んでいるのだが、どうにも後ろめたい気持ちになってしまう。恥ずかしいというか。
だから飛ばして読もうかと考えることもあるが、結局はじっくりしっかり読んでしまっている。
令嬢としてはあるまじきことかもしれないと思いながらも憧れてしまうのだ。
スケベなのだろうかと自分に問いかけても答えは当然ノー。
だが、日々、妄想に浸っている自分がスケベではないとは言いきれないことはわかっている。
リオの言葉を必死に否定すればするほどボロが出そうだった。
「でもリオちゃんが変わってなくて少し安心した」
「変わっただろ」
「変わってないよ。突き飛ばすし」
「あ、あれは……悪かった。怪我してないか?」
お前が悪いとは言わず謝るリオにアリスは目を細める。
「やっぱり変わってない」
「あ? どこがだよ」
「リオちゃんって皆の前だとちゃんと話してくれないけど、二人きりだとちゃんと話してくれるの。昔からそう」
完全に無意識だったリオにとって態度が変わっているのは衝撃だったが、思い返せばと自覚はある。
子供時代、アリスと話していると周りからからかわれた。
『リオ・アンダーソンはアリス・ベンフィールドが好き! すーき! すーき!』
周りを取り囲んで手を叩きながらからかう同級生たちが鬱陶しくて仕方なかった。
今思えば片っ端からぶん殴って二度と言うなと誓わせればよかったのだが、当時のリオは恥ずかしさが勝り、アリスへの態度を切り替えることにした。
アリス・ベンフィールドなど好きではないと証明するために強く当たり、ときには髪を引っ張ったり突き飛ばしたり。
あくまでも怪我をしない程度に加減してやっていたつもりだが、不運にも卒業式ではアリスに怪我をさせてしまった。
「あのときの傷は大丈夫なのかよ」
「あのときって?」
「俺が聞く傷なんか一つしかないだろ」
「どれのこと?」
リオにはわかっていた。アリスはわざと意地悪にとぼけているのだと。笑顔がそれを証明している。
「ッ~! 卒業式の日の傷だよ!」
「大丈夫だよ。もう消えた」
「……見せろ」
キレイに切り揃えられた前髪を上げると見えた額の端の生え際近くにある傷。
「……傷……残ったのか……」
眉を下げて苦悶の表情を浮かべるリオが立ち上がってアリスに近寄り、その場に膝をついて傷に触れた。乱暴ではない優しい触れ方。
今にも泣き出しそうな顔で何度も傷を撫でる。
「お前にあんなことするつもりはなかった。ただ……お前が……俺のネクタイに触れるから驚いて……お前を突き飛ばしてた」
それは、リオの記憶から絶対に消えることのない最悪の後悔──
「リオちゃん、何か用?」
「は? 別に用なんかねぇけど」
「ずっと見てるでしょ?」
「はあっ!? 見てねぇし! なんで俺がお前なんか見なきゃいけねんだよ!」
「見てないならいいんだけど、そんな気がしたから」
穴が開くほど見ていた自覚がないリオは声を大にして否定するが、その眼差しを浴びていたアリスはそれを勘違いとは思わなかった。
「今日もアイツと食うのかよ」
「その予定だけど」
「気に入らねぇんだよな、あのチビ」
互いに気に入らないと言っていることに笑いを堪えると昼休みを告げるチャイムが鳴った。
今日の授業はここまでと教師の言葉に立ち上がって全員で挨拶をする。
「リオちゃんってお昼いつも何食べてるの?」
「なんだっていいだろ」
「そうだけど、おばさん……いないから、ちゃんと食べてるのかなって」
「言っただろ、慣れたって」
学園には購買もあればカフェテリアもある。心配する必要はないのだが、問題は本人に食べる意思があるかどうか。
リオは背は高いが、ヴィンセルのように筋肉質というわけではなく、どちらかといえばセシルタイプ。細いのだ。
まだ一緒に食事をしたことがないため何を食べているのかも知らないし、今どういう生活を送っているのかもわからない。
アリスはそこを心配していた。
「……ちょっと来い」
「どこに──キャアアッ! ちょっと待ってリオちゃん! どこ行くの!?」
立ち上がったリオがアリスを肩に担ぐとそのまま教室を出てどこかへ歩いていく。
「は? アリスに何してんの?」
いつも通り迎えに来たセシルの声が聞こえるも尻を向けているアリスにはセシルの不愉快そうな表情は見えない。
「コイツ、今日は俺と飯食うから」
「は? 誰がそんな──あ、おいっ! 待て! アリス返せ!」
「テメーのじゃねぇだろ!」
走り出したリオを慌てて追いかけるも運動が苦手なセシルが足で追いつくはずがない。
まるでブースターか何かついているのではないかと思うほどあっという間に距離ができてしまい、セシルは途中で追いかけるのをやめた。
「ここまで来りゃいいか」
リオが入ったのは第三音楽室。授業での使用はほとんどなく、生徒がレッスン用に使うことがほとんど。
中に入ってすぐドアの鍵を閉めるとアリスをゆっくり床へと下ろす。
「なにするの!?」
急に担がれただけでも驚きだったのに全速力で走られるのは整備不足の馬車に乗るより怖かった。
「こうでもしなきゃゆっくり話もできねぇだろ」
その言葉にアリスが黙る。
朝、授業の前に話せばいいと言おうと思ったが、リオはいつもホームルームギリギリに登校するため時間がない。
移動教室が多い聖フォンスでは休憩時間は移動時間となってしまう。
唯一の長時間休憩である昼休み、アリスはセシルの迎えで教室から出て行ってしまうためリオはアリスと話す時間がなかった。
同じ馬車に乗って帰ることは禁止されているため強引に乗り込むこともできないリオはやりすぎだとわかっていながらもこうするしかできなかった。
「話があったの?」
椅子に腰掛けて問いかけるとリオはすぐに答えず離れた場所にある椅子に腰掛けた。
「リオちゃん、言ってくれなきゃわかんないよ」
床を見つめるリオは言いたいことが山ほどあるのに、出てきたのは一言だけ。
「元気だったかよ」
想像もしていなかった言葉に目を瞬かせるアリスだが、リオらしくない言葉に笑ってしまう。
「元気だったよ。リオちゃん……は、元気じゃないよね」
カイルにタコ殴りにされた挙句、望んでもいない留学をさせられた。五年間一度も帰国できず、そして少し前に母親を亡くした彼に元気かと聞くのは不謹慎だとアリスは口ごもる。
「まだその呼び方すんのかよ」
「その呼び方って?」
「俺のこと“ちゃん”で呼ぶの」
「あ……そっか、もう十七歳だもんね。十七歳の男の子をそうやって呼ぶの変だよね」
エレメンタリースクールの頃の感覚で相手を呼んでいることに違和感はなく、成長した姿であろうとアリスの中でリオは“リオ”でも“クン”でもなく“ちゃん”なのだ。
だが、相手はそうじゃないかもしれないと苦笑するもリオが首を振る。
「別にやめろって言ってんじゃねぇよ。ただ、まだお前がそうやって呼ぶとは思ってなかっただけだ」
「どういう呼び方すると思ってたの?」
「リオとか、アンダーソンさんとか」
「アンダーソンさんって、そんな他人行儀な呼び方しないよ」
「わかんねぇだろ。あれから五年も会ってなかったわけだし、カイルから名前で呼ぶなって言われてる可能性もあるなって思ってたんだよ」
「お兄様もそこまで命令したりしない」
嘘だ。実際はそれ以上にひどいことを言われた。アリスの記憶から存在を消せと。もし今後一度でも会うことがあれば、知らぬふりをしろ。仮に声をかけられたとしても「どなた?」と不思議そうな顔で演技をしろとまで言われた。ご立腹だったカイルを宥めるのにどれだけ時間がかかったか、アリスは思い出したくもなかった。
「まあ、ちと安心した」
「ちゃん付けで呼ばれるのが恥ずかしかったらやめるよ?」
「やめてなんて呼ぶんだよ?」
「リオ君?」
「気持ち悪いわ」
「ふふっ、だよね。私もリオ君ってなんかやだ。やっぱりリオちゃんはリオちゃんだよ」
すっかり大きくなってしまい、男の子だった相手は男になっている。
椅子から伸びる長い足。頭の後ろで組む長い腕。シャープになった顎もそう。
五年という年月、リオ・アンダーソンがいないことに安堵していた。だが、その五年はとても大きなもので、こうして人が少年から変わるには充分すぎる時間なのだと実感する。
「五年間、どうしてたの?」
「パブリックスクールにぶちこまれてた」
「どうだった?」
「クソでしかねーよ。息苦しくて死ぬかと思ったわ」
「想像つく」
リオの性格でパブリックスクールで上手くやるなど不可能だとアリスは容易に想像がついた。
「鼻持ちならねぇお坊ちゃんたちが蟻みたいにそこらじゅうにいるの想像つくか?」
「ここもそうでしょ?」
「ここはまだいい。俺の外見にビビって見下してこねぇから」
今でこそ大きくなったリオだが、パブリックスクールに入学当初はまだ小さかった。自分の家が持つ権力が大きければ大きいほど、それを振り回す子供も多いだろう。
城下町にいる不良のような外見をしているリオがいじめられている想像はつかないものの、今は誰からも声をかけられないほど怖がられているため成長とは恐ろしいとアリスはリオを見ながら思った。
「女王の息子とか通ってたしな」
「同じクラスだったの?」
「子爵の俺が女王の息子と同じクラスになると思うか? クラスは階級分けなんだよ」
「そっか。でもよく問題起こさなかったね?」
「俺がどこでも問題起こしてるような言い方すんな。俺だって我慢ぐらい知ってる」
「そうなの? どんな我慢した?」
「飯が足りないとか」
紳士の精神を叩き込まれるパブリックスクールではがっついて食べることも山盛りで食べることもできない。
リオはよく食べると彼の母親がよく言っていた。品がなくて困ると笑いながら。
母親によく食べると言われる子供が規定量しか食べられないのは辛い。
「お前、それって我慢かって思ってんだろ」
「思ってない」
「笑ってんじゃねぇか」
「そうじゃなくて、リオちゃんがいっぱい食べたいの我慢してる姿想像して笑ってるだけ」
「想像して笑うとかお前スケベだな」
「えっ!? ち、違うよ! スケベなんかじゃない!」
「思い出し笑いもするんだろ」
「そ、その笑顔やめて!」
スケベと言われると恥ずかしくなってしまう。
本棚にしまってある恋愛小説の中には当然濡れ場も出てくる。カイルが知れば卒倒するだろう。
だが、それはやましいことではなく、恋愛するにあたって恋人同士なら当たり前の行為であるためアリスも普通に読んでいるのだが、どうにも後ろめたい気持ちになってしまう。恥ずかしいというか。
だから飛ばして読もうかと考えることもあるが、結局はじっくりしっかり読んでしまっている。
令嬢としてはあるまじきことかもしれないと思いながらも憧れてしまうのだ。
スケベなのだろうかと自分に問いかけても答えは当然ノー。
だが、日々、妄想に浸っている自分がスケベではないとは言いきれないことはわかっている。
リオの言葉を必死に否定すればするほどボロが出そうだった。
「でもリオちゃんが変わってなくて少し安心した」
「変わっただろ」
「変わってないよ。突き飛ばすし」
「あ、あれは……悪かった。怪我してないか?」
お前が悪いとは言わず謝るリオにアリスは目を細める。
「やっぱり変わってない」
「あ? どこがだよ」
「リオちゃんって皆の前だとちゃんと話してくれないけど、二人きりだとちゃんと話してくれるの。昔からそう」
完全に無意識だったリオにとって態度が変わっているのは衝撃だったが、思い返せばと自覚はある。
子供時代、アリスと話していると周りからからかわれた。
『リオ・アンダーソンはアリス・ベンフィールドが好き! すーき! すーき!』
周りを取り囲んで手を叩きながらからかう同級生たちが鬱陶しくて仕方なかった。
今思えば片っ端からぶん殴って二度と言うなと誓わせればよかったのだが、当時のリオは恥ずかしさが勝り、アリスへの態度を切り替えることにした。
アリス・ベンフィールドなど好きではないと証明するために強く当たり、ときには髪を引っ張ったり突き飛ばしたり。
あくまでも怪我をしない程度に加減してやっていたつもりだが、不運にも卒業式ではアリスに怪我をさせてしまった。
「あのときの傷は大丈夫なのかよ」
「あのときって?」
「俺が聞く傷なんか一つしかないだろ」
「どれのこと?」
リオにはわかっていた。アリスはわざと意地悪にとぼけているのだと。笑顔がそれを証明している。
「ッ~! 卒業式の日の傷だよ!」
「大丈夫だよ。もう消えた」
「……見せろ」
キレイに切り揃えられた前髪を上げると見えた額の端の生え際近くにある傷。
「……傷……残ったのか……」
眉を下げて苦悶の表情を浮かべるリオが立ち上がってアリスに近寄り、その場に膝をついて傷に触れた。乱暴ではない優しい触れ方。
今にも泣き出しそうな顔で何度も傷を撫でる。
「お前にあんなことするつもりはなかった。ただ……お前が……俺のネクタイに触れるから驚いて……お前を突き飛ばしてた」
それは、リオの記憶から絶対に消えることのない最悪の後悔──
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