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神のみぞ知る

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「もう連れ戻そうぜ! あんなの見てらんねぇよ!」

 延々と続くレオの叫び声にアーウィンは何も言わず目を閉じていた。

「アイツのこと愛してるっつーから我慢して帰ってきたのになんだあの処遇は! おかしいだろ!」
「誰のせいだ?」
「デアとかいう女のせいだろ! フローリアが可愛いからって嫉妬しやがって!」
「お前のせいだろう」
「何で俺なんだよ!」
「お前の身勝手な行動でフローリアの人生を台無しにしたんだ」

 見当違いな考えにいよいよ我慢できなくなったアーウィンの言葉にレオは眉を寄せて唇を尖らせる。

「許可も得ず行動した事で全てが変わってしまったんだぞ」
「アイツがフローリアを天使に戻してもいいって言ったんだろうが!」
「命令を待てと言われたはずだ」
「うるせぇ! 俺はアイツをこっちに戻したかったんだよ!」

 その結果がコレだと杖で頭を押してフローリアの様子を見せると視線を逸らした。
 フローリアがヴィンセントと引き離されたのはレオが会いに行ってしまったから。あれがなければ今でも二人は周りが呆れるほど幸せだと笑い合っていただろう。

「許可を待つべきだったな」

 許可を得ればヨナスの力でフローリアの前にだけ姿を見せられるよう手配も出来ただろうが、レオはヨナスの許可を待たなかったため神の力も得ず、地上に降りてしまった。
 フローリアが人間になってしまった以上は人間に見える姿になるしかなく、そのせいでデアにも見え、記録されてしまった。
 全てはレオが招いた出来事であり、二人の人間の人生を変えてしまった責任は重い。それを自覚していない事もまた更にだった。

「アイツはなんて言ってんだ?」
「ヨナス様は傍観されるだけだ」
「あの役立たず!」
「それはお前だ」

 アーウィンの言葉にレオが睨みつける言い返しはしなかった。
 デアが見せたあの映像にレオは怒りを爆発させて暴れ回ったがヨナスによって簡単に抑え込まれ、暫くベッドの上で固定されたまま時間を過ごした。
レオの怒りは周囲に影響する。天界と人間界の調和を乱しかねないため、レオにはヨナスの監視がついているのだが、レオはそれが気に入らない。
 何にも心を乱さないヨナスは何を考えているのかわからない。いつだって余裕たっぷりでレオを見下す。レオがどれほど力を持っていようともヨナスの前では赤子同然。勝てる見込みはゼロにもならないほどで、抵抗する術はない。何より、アーウィンにさえ勝てないのだ。レオは言葉で怒りをぶつけるしかなかった。

「俺がアイツを守ってきたんだ! 仕事だっつーから人間との結婚だって認めてやったっつーのに!」
「お前の許可は必要ない」
「大体アイツももっと抵抗しろよ! 親なんか捨てろってんだよバーカッ!」

 ヨナスは当然クローディアの願いが何なのかを知っていた。それをわざわざフローリアに任せたのには当然考えあってのことだが、レオは気に入らなかった。
 自分が大切にしてきたフローリアが他の男、それも人間の男と嘘でも結婚してしまうなど考えるだけ気が狂いそうになっていた。
 祝福は好きだったが、人間の持つ〝愛〟が何なのか知らなかったフローリアに愛を囁き続けたのはレオ。

ずっと愛していた。

それなのに仕事だからと他の男に取られ、レオが教えたかった〝愛〟を人間が教えてしまった。
そしてフローリアは人間を愛し、人間になった。
もう二度と天界に戻る事はない。
それを知ってからレオはずっと不機嫌でアーウィンでさえ手が付けられない状態となっていた。

「お前は勘違いをしている。フローリアはもう天使ではない。人間だ」
「だからなんだってんだよ! 人間だからもう関わるなってか? アイツは俺の妹だぞ!」
「今はもう違う」
「違わねぇよ! お前はヨナスが神じゃなくなったら崇めんのやめんのか? 今は神じゃねぇからって無視すんのかよ!」
「そうだ」
「はーっ、つっめてぇ奴! さすがは天使様だな! 冷静でいらっしゃる!」

レオは誰よりも感情の起伏が激しく、天使ではなく悪魔として生まれるはずだったのではないかと言われている。仲間の悪口は言うなと天使達には注意しているが、アーウィンも何度かそう思ったことがある。
悪魔は天使と違って起伏が激しく、言動も耳を塞ぎたくなるようなものが多い。レオの言動はまさにそれに当てはまるもので、フローリアの悪口を言う者がいようものなら平気で攻撃してしまうのだ。
何度注意を受けようと直らず開き直るのはまさに悪魔の性質。
それでもレオはヨナスが直々に生み出したのだから天使で間違いない。

「あのデアって奴、地獄に落としてやる……」
「それで仲良く地獄でご対面か?」
「ヨナス!」
「様をつけないか!」

 アーウィンの怒声を無視して近付くも周りには結界が張ってあり必要以上に近付けないようになっている。

「テメェ! さっさとフローリアを連れ戻せ!」
「お前は少し干渉しすぎだ」
「お前が何もしねぇからだろ!」
「お前はしすぎたな」

 優しい笑みの裏にあるのは冷酷な表情で間違いない。アーウィンはゾッとするナニカを感じ、思わず身震いを起こした。
 レオも同じように感じていたが、恐怖よりも怒りの方が強く、ヨナスにくってかかる。

「許可もなく地上に降りないルールを破った責を負ったのはフローリアだ」
「何でアイツなんだよ! 降りたのは俺だぞ!」
「お前に罰を与えたところで反省はしないだろう。お前のような愚か者に教え込むにはお前が最も大切にしている者を見せしめにするのが最も効果的だからな」

 ヨナスの言葉にレオは目を見開きながら固まっていた。
 神の意思が誰にも覆せないのはヨナスの性格が二言なしというものだからで、自分の発言も他者の発言も撤回しないのが天界の鉄則。

 ヨナスの言う通り、フローリアの状態がレオの行動による〝見せしめ〟であるのなら状態の回復は見込めない。

「謝る……勝手に出て悪かったよ。もう二度と勝手な行動はしねぇから。だから……だから時間を戻してくれ」

 初めて見る絶望に陥ったようなレオの表情はアーウィンでさえ驚きを隠せず、ヨナスに縋りつくように手を伸ばす姿に心が痛んだ。

「人間界の時間に関与は出来ん。お前もわかっているだろう」
「わかってる。わかってるけどこれじゃあんまりだ……」
「行動には責任が伴う。フローリアも同じだ」

 フローリアを犠牲者とするレオにフローリアも同罪であると告げると怪訝な顔を向ける。

「突然姿を見せたお前が懐かしく、感情を堪えきれずに抱きついたのだろうが、事情を知らぬ夫から見れば裏切りに変わりない」
「でもアイツはフローリアを信じてる」
「ならば俺達が関与するまでもないだろう」

 ギリッとレオが歯を鳴らす。
 レオにとって唯一の救いはヴィンセントがフローリアを疑っていない事だった。
 二人は今も愛し合っているが、周りがそれを許さず二人の意思を無視して事を進めてしまった。苦しむ我が子を愛しているが故と言われてもレオには信じられないもので、今回の引き金がデアではなく自分の行動による見せしめなのだとしたらレオは唇を噛みしめた。

「お前はどう思う?」

 去っていくレオの背中を見つめながらヨナスはアーウィンに問いかけた。

「私の意見を聞いてくださるのですか?」
「神だからな。全ての言葉は聞くようにしている」

 アーウィンは迷っていた。
 ヨナスは人の話を聞く耳を持っている。だが、あくまでもそれは聞く〝だけ〟であって叶えるという話にはけしてならない。
 何より、ヨナスが自ら他者に意見を聞く時はいつも〝試している〟のだ。

「天使はいかなる状況に置いても仕事に準ずると決まっておりますので」
「はははっ、堅苦しい天使長はよせ。お前個人の意見でかまわん」

 口を開けて笑う時のヨナスは本当の事を言っていると安堵の息を静かに吐き出したアーウィンはヨナスの隣に立って前を見る。

「仕事として受ける事になったものといえど、フローリアには厳しくも最善の選択だったと思います。あの子はいつか必ず人間に憧れ、そして恋をしていたでしょう。そうなればあなたの力では守る事も出来なくなってしまう。ウルマリアと会えた事は幸いでしたし、ウルマリアがあなたを理解していた事も」
「小娘に理解されるとは俺もまだまだだな」
「彼女は人の心を見透かす能力がありましたから」

 ウルマリアが地上に落ちた事は天界にとって痛手だったが、ヨナスのおかげで凄惨な結末を迎えずに済んだ事をウルマリアはわかっている。
 今回、フローリアがウルマリアに会えた事はヨナスの手引きではないため偶然か必然か、幸いとしか言えないもので、アーウィンもヨナスも驚きながらも安堵していた。

「フローリアをどうなさるおつもりですか?」
「どうしてほしい?」
「私が聞いております」

 フローリアの人生を自分の一言で決めるような事はしないだろうが、ヨナスの行動は予想がつかないため下手な言動なしない事にしている。

「どうもせん」
「このままですか?」
「どのような結末を迎えようとそれが人間の人生だ。俺達が関与すべきものではない。仕事で行ったといえど、あの男を愛した時点でフローリアは俺達の手を離れた。望まぬ結末を受け入れるか、それとも流れに抗い取り戻すかは己で決めねばならん」

ヨナスらしい考えだとアーウィンは反論しなかった。

「見守るしか出来ないというのは辛いものですね」
「それが親というものだ」

 人間でもない、子を宿す事もい自分達が〝親〟と口にするのはおかしいものだが、フローリアがそうさせてくれた。
 人間の子のように自由で、ワガママで、手がかかる。何度注意しようと忘れて自分の欲望を満たしに行ってしまう。
 そんな子が愛おしくてたまらなかった。
 だがもう我が子は親の手を離れ、自らの足で歩いて行った。そうなれば親に出来る事は見守るだけ。それが二人は少し辛いと思った。

「俺達が親を語るとはな」

 楽しげに笑うヨナスを横目にアーウィンは笑っていられる心境ではなかった。

「あー気持ち悪い!」
「急に声を荒げるな。驚くだろう」

 驚き一つ見せずに言葉だけ驚いたと使うヨナスに顔を向けるとアーウィンは今までの表情が嘘のように眉を寄せて感情を表に出していた。

「歴史の書類が途中でなくなってしまったような気分なんですっ」
「会いに行く事も出来んからな」
「私達は出来ません」
「ほう、そうきたか」

 何が言いたいのかわかったヨナスは目を細めてアーウィンを見るも返事はしなかった。
 変えられない運命がもどかしい。戻せない時間が歯痒い。禁忌だとわかっていても手を出したくなる。だがそうしてしまえばレオと同じ。
 フローリアが天使〝だった〟としても今は人間。特別扱いをする事は出来ない。

「運命を信じろ」
「あなたは先が見えているのですか?」
「さあな」
「どうなるのですか?」
「先を知ってしまうのはつまらんだろう」
「つまらなくなっても構いませんので教えてください」
「はっはっは、辛抱強く見守れ」

 ヨナスは神。全てを見つめ、全てを受け入れ、全てに耳を貸す。
 上機嫌な高笑いにこの先の心配は必要ないのかと思いながらも信用は出来ず、アーウィンはレオと共にフローリアを見守り続ける。
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