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崩壊

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 色とりどりの電飾が飾られる煌びやかなクリスマス。
 国中がお祝いムード一色となり浮かれる一日となる。
 クロフォード家も例外ではなく、家の中は赤に緑に金に白と目が痛くなるほどの飾りで賑やかだった。
 フローリアも今日は特別に新調したドレスで着飾り、ヴィンセントは終始上機嫌。

「大丈夫かい?」
「はい」

 フローリアだけがこの状況を楽しめず、何とか笑顔を浮かべるもののヴィンセントにはバレていた。

「ウィル、これを向こうにやって。僕達は食べないから」
「そこに置いておきなさい。真ん中に置くのがマナーよ」

 目の前に置かれた鳥の丸焼きが嫌がらせのようにフローリアの席の前に置かれているのをヴィンセントが退けさせようとするもヘレナの命令でウィルは動けなかった。

「伝統のパーティーを神聖な年末に変えるのですから家族での食事会のマナーぐらい変えても問題はないでしょう」
「ヴィンセント!」
「年末にパーティーをやるなんて神への冒涜です。それを平気で行うのに料理の位置で目くじら立てるのですか?」
「そこに置いておきなさい!」

 何一つ優しさを見せない母親にヴィンセントはいつの間にか他人行儀な態度を取るようになった。ヘレナはそれもまた気に入らず、フローリアの入れ知恵だと思い込んでいる。
 睨まれている事に気付いたフローリアは出来るだけ顔を上げず、下を向いていた。

「ここに置きます。好物でしょう? たくさん召し上がってください」

 あえてヘレナの前に置くと顔を真っ赤にしたヘレナが怒鳴るもヴィンセントはそれを無視して席へ戻った。

「何か食べられそうな物はあるかい?」
「はい」
「ムリはしなくていいからね。あとで美味しい物食べよう」

 耳打ちするヴィンセントにフローリアはこの日初めて笑みがこぼれた。

「どうしてデアが? 今日は家族の日なはずですけど」
「おい、やめろって」
「いつも思ってましたけどデアって家族ではないでしょう? 何故当たり前のような顔してそこに座ってるの?」
「エミリアッ」

 アーサーの怒気を感じてようやく口を閉じるも顔には不満が溢れており、とてもクリスマスを楽しむような雰囲気ではなかった。
 長であるエヴァンは仲裁もせず食事の場でも何かの書類を見ている。

「さっさと初めてさっさと終わらせよう」

 ヴィンセントの言葉に誰もが黙った。
 去年まで静かに祈りを捧げていた男が「さっさと」という言葉を使ったのは家族にとって驚きだった。
 ヘレナとデアは同じような表情をしていたが二人は顔を見合わせてまた同じような表情で笑っていた。

「今年は色々な事があった。エミリアが双子を出産し、ヴィンセントが結婚した。めでたい事が続き、国民達も大喜びだった。父として国王として嬉しく思う。皆に神のご加護を」

 皆で祈りを捧げるがヴィンセントとフローリアは皆の二倍長かった。
 父親の言葉が取ってつけたように感じた二人には誰の先導も必要はなく、自分達の祈りが終わるまでやめなかった。

「お前はジュースにしとけ。母乳に影響が出たら困る」
「ええ、言われなくても最初からそうするつもり」

 刺々しい言い方にアーサーが眉を寄せるも場を壊したくないため何も言わなかった。エミリアはアーサーが子育てに協力しない事に苛立っているのをリガルドに聞いたフローリアは積極的に手伝いに行ったが、その時も愚痴ばかりだった。
 アーサーはヴィンセントより多い仕事量のため眠るのも遅く、子供が起きている時になかなか会えないと嘆いていた。
 互いに話し合いをせず不満ばかりぶつけるため良好だった関係は悪化の一途をたどっている。

「フローリアもジュースよね?」
「はい」
「あなたは妊娠してないでしょう。シャンパンにしなさい」
「フローリアは飲めない」
「家族のしきたりに何も従わず、夫に守ってもらうばかりで意見も言わない。とんでもない嫁を貰ったものね」

 ヘレナの言葉にヴィンセントが睨むも鼻で笑って顔を背けるだけ。

「シャンパンを頂きます……」
「気にする事ない。人に優しくしないあなたにはいつか天罰が下る」
「ヴィンセント、もう一度言ってみなさい」
「まあまあ! 私が飲みますから!」

 慌てて止めに入ったデアがシャンパングラスをヘレナに傾け機嫌を取る。鼻で笑うのは相変わらずだが怒りは和らいだのかデアの手を握って微笑んだ。

「デアと結婚させれば良かったわ。早まったって後悔してるの」
「ヴィンセントはフローリア様を愛しているのにそんな事言ってはいけませんわ」
「あんな人を避けてばかりの嫁、いらないわ。可愛げのない小娘。ホント、嫁選びは慎重にってよく言うけど事実ね」

 エミリアの表情があからさまに悪くなる。エミリアはヴィンセントと距離を置いたがフローリアとは変わらず姉妹のように仲良く過ごしている。
 ヘレナと相性が良くない者同士仲良くなるのはあっという間で、エミリアはフローリアを本当の妹のように可愛がっている。だからこそヘレナの発言は爆発しそうなほど不愉快なものだった。

「ヘレナ様、それは言いすぎじゃ……」
「そういえばデア、見せたい物があるんですって?」
「ええ、そうなんです。でもこれはここで見せていいものか……」

 見せるつもりしかないくせに遠回しにヘレナに許可を求めるデアの性悪さにエミリアは思いきり舌打ちをする。それをアーサーが睨むも見ないふりで黙っていた。

「これは昨日、星がキレイで散歩をしていた時にたまたま撮れたものなんですが……」

 手のひらに上に向けるとその場に映し出された映像にフローリアが立ち上がった。

「フローリア?」
「座りなさいフローリア」

 映像にはフードをかぶった男と金色の髪を靡かせる女が映っている。

「レオ……どうしてここに……?」
「お前に会いに来た」

 男の言葉に女は声を震わせ、泣いているかのようにしゃくり上げながら抱きついた。。

「愛してる」
「愛してる」

 男の愛の囁きに女は頷きながら答える。
 顔を背けていたエミリアでさえその映像を凝視するように目を向けており、その場にいる全員が信じられないと驚きを滲ませながら映像を見ていた。

「これって……」

 アーサーの言葉が詰まる。
 名前こそ言わなかったものの、誰が見てもフローリアだとわかる。一斉に集まる視線にフローリアは顔を青ざめさせながら何も答えられず口を押さえていた。

「ちが……ど、して……」

 否定しようとしても身体が動かない。喉さえもちゃんと機能していないように動かず上手く呼吸が出来ない。

「以前、フローリア様をお訪ねした時に聞こえた会話があって……」

 まだあると今度は反対の手を上に向け、画面に映る音符マークが揺れて音声が再生される。

「レオはアンタにだけ甘かったよね」
「レオは仕事が出来るし面倒見もいいもん」
「アンタを愛してたからだよ。気付いてなかったの?」
「前に言われたから」
「あら、ロマンチックだね。なんて言われたんだい?」
「忘れんなよ。俺が誰よりも一番お前を愛してるってこと」

 再生される声は聞き間違えようのない無垢な少女の声で誰もがそれをフローリアだと確信した。

「説明しなさい」

 ヘレナの言葉にフローリアは動かない。

「説明しなさい!」
「あ……あぁ……」

 怒鳴るヘレナにフローリアは声を漏らすだけで言葉は出てこない。

「フローリアじゃない。あれはフローリアじゃない! 昨日はずっと僕と本を読んでた! 彼女は外に出てないんだ!」
「あなたは黙ってなさい!」

 ヴィンセントが庇おうとするのを怒鳴るとヘレナは椅子を倒して立ち上がりフローリアに詰め寄る。

「あれはあなたなの?」
「あ……れは……」
「答えなさい!」

 バンッとテーブルを叩く大きな音と共に食器がぶつかる音にフローリアが肩を跳ねさせ身体を震わせ「私、です……」と答えた。

「うそ……」

 認めたフローリアにヴィンセント、アーサー、エミリアが信じられないと目を見開き絶句する。

「この恥知らず!」

 叫びながらフローリアの頬を思いきり叩くと椅子と一緒に倒れそうになったのをヴィンセントが受け止める。ヘレナはそれが気に入らず手を離させようとするも強く振り払われた。

「その悪魔から今すぐ離れなさい! その穢れた悪魔は他の男に抱きついて愛してると言ったのよ!」
「僕は何があろうと彼女を愛すと神の前で誓ったんだ! 離れるつもりなんてない!」

 ヴィンセントの盲目さにヘレナがまたフローリアに手を上げようとするのをリガルドが止めた。ここで手を出せば取り返しのつかない事になると言うもヘレナは蹴飛ばそうと足を動かす。

「黙りなさい! そこ悪魔はあなたを誑かして弄んだ挙句裏切ったのよ! 許せるはずないじゃない!」
「これは僕達の問題だ! 口を出さないでくれ!」

 エヴァンがヴィンセントに寄っていき頬を叩いた。誰も想像していなかったエヴァンが手を上げるということにヘレナでさえ驚きに固まっていた。
 何が起こったのかわからず固まるヴィンセントの腕を掴んで引き離すとリガルドに顎でフローリアを動かせと指示し、フローリアは抵抗も出来ずリガルドに腕を掴まれたまま立ち尽くしている。

「明日の朝一番で送り返すわ。連れて行きなさい」
「そんなこと許されない! フローリアは僕の妻だ! リガルド! 彼女を連れて行くな! 連れて行かないでくれ! フローリア!」

 暴れるヴィンセントを数人の使用人達が押さえて部屋に連れて行く。
 表情一つ変えないリガルドに必死に訴えようとフローリアを連れて行く足は止まる事はなかった。

 楽しくなるはずもなかったクリスマスは最悪の展開に発展し、アーサーとエミリアは何も出来なかった。
 ヴィンセントの大声に反応して泣きじゃくる双子を連れて部屋を出るエミリアに寄り添いながらアーサーも席を立つとエヴァンも去っていく。
 残されたデアとヘレナは顔を見合わせてほくそ笑むが、ヘレナは堪えきれず大声で笑い始めた。

「よくやったわデア! あの悪魔、とうとう尻尾を出したのね! よくやったわ!」
「ヴィンセントが騙されてるのに黙っていられませんから」
「よくやったわ! やっとあの子の目を覚ましてあげられる!」
「でもヴィンセントはショックでしょうね。騙されていたとはいえ、彼女を深く愛してましたから」

 一かけらも思っていない事を口にしながら悲しげな表情を浮かべるデアの頬をヘレナが撫で、慈しむような笑みを向ける。

「暫くは辛いでしょうけど、失恋の傷は新しい愛が癒すわ。あなたが傍にいてあげて」
「私なんかに務まるかはわかりませんけど、支えたいと思います」

 また下手に急いで王女を探してもヴィンセントは受け入れないとわかっているため拒絶しないだろうデアを宛がう事にした。
 デアは自分の言うことなら何でも聞く。今回の功績はデアにあり、嫁として公女というのが気に入らないもののフローリアよりずっと可愛がれると嫁候補の一人として頭に入れた。

「あの女に娘がした不祥事を叩きつけてやるわ!」

 レイラ宛に手紙を書くため部屋を飛び出したヘレナは狂ったように笑いながら廊下を走った。

「ふふっ……ふふふふふふふっ……あははっ、あはははははっ、あーっはっはっはっはっはっは!」

 ヘレナが出て行き、一人になった部屋で今度はデアが声を上げて笑いだした。
 昨日の夜は散歩に出ていてたまたま撮れたわけではない。警戒され始めた日からずっとフローリアを監視していたのだ。
 日中はウルマリアが相手をし、夜もヴィンセントといるため尻尾は出さないだろうがヴィンセントが眠りに入った夜中なら動くかもしれないと狙っていた。するとイヴの日に動きがあった。
 見ていたデアでさえ驚いた行動に出たフローリアに最初こそ怒りを感じたものの、これで全て終わりだとすぐに嬉しくなり感謝さえしていた。
 その結果、フローリアは送還され、自分はヴィンセントの慰め役として配置される事となった。
 デアにとってこんなに嬉しい事はないと喜びを隠せず笑いが止まらず、暫く部屋中に笑い声を響かせていた。








「大丈夫ですか?」

 裏切り者は妻であろうと地下牢に入れられる。明日の朝までといえど仕打ちとしてはあまりに酷いと毛布の一枚もない薄暗い場所に大人しく入ったフローリアをリガルドは心配していた。
 言い訳もせず、暴れる事もせず、地下牢を見ても驚きさえしなかったフローリアは放心状態で黙っていた。

「今日は雪もよく降っていて冷えますから毛布を持ってきます」

 さすがにこのままではと立ち上がったリガルドの耳に届いた「いいんです」の声。
 一度目が合うもすぐに下へ向いてしまう目には何の感情も見えず、気力さえ感じられなかった。

「ですが……」
「いいんです、このままで」

 弱弱しい声だがハッキリとした断り方にリガルドはせめてと自分の上着をかけた。

「王子に何かお伝えする事はありますか?」
「……いえ、何も」

 何かを言おうと口を開いたがすぐに閉じ、次に出てきた言葉は「何もない」だった。
何もないはずがない。リガルドはヘレナ達に内緒で伝えるつもりだったが、暫く待ってもフローリアが口を開く事はなかった。



 翌日、フローリアはまだ夜が明けきる前に馬車に乗せられ、アストルム王国へと送られた。誰一人見送りに行く事も許されず、ウィルと二人、フロース王国を去った。


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