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真実
しおりを挟む「落ち着いた?」
「うん。ごめんなさい」
暫くして落ち着いたフローリアは涙を拭って椅子に座りながら大きく息を吐き出した。
「しっかし驚いたよ。アンタが地上にいる事もそうだけど、王女様だって?」
「これには事情があって……」
「話してみな。アタシは話し相手なんだから」
懐かしいウルマリアの笑顔にまた涙がこぼれそうになるのを堪えるとハンカチで目元を押さえながら大きく息を吐き出してヨナスから仕事を貰えた日の事から話し始めた。
「なるほどね。それでアンタが人間と結婚とは」
「でも今は後悔はないの」
「フローリア王女様はヴィンセント王子に愛されすぎてるって有名だからね」
笑顔で言いきる事に安堵した。フローリアの事を昔から知っているだけに地上に降りて一人で過ごす日々に泣いているのではと想像していたがそうじゃなかった事はウルマリアにとって救いだった。
「ま、今回の行動は少し早かったかもしれないけど妥当だっただろうね」
「どうして? 私が天使のお仕事ちゃんと出来てなかったから?」
「違う。そうじゃないよ」
「じゃあどうして妥当なの? 書類を全部レオにしてもらってたから?」
「だーから違うって。そんなの皆わかってたし、それぐらいで地上に落とすような奴じゃないさ」
他の仕事もあったのに何故ヨナスがこの仕事を自分に任せたのかわからないまま過ごしてきたフローリアにとって理由を知っているような言い方をするウルマリアに真実が知りたいと縋れば溜息をついた後、迷ったように数秒間黙り込んだ。
天使としてしっかり仕事が出来ていなかった自覚があるだけにウルマリアの様子に不安が込み上げ嫌な想像ばかりするフローリアは両手で顔を覆っては来たる絶望に備えた。
「アンタは自覚なかったかもしれないけど、アンタは人間に憧れがあった。惹かれてたって言った方が正しいかもね」
「私、確かに祝福に行くのは好きだったけど憧れてなんか……」
「そこだよ、フローリア」
「え?」
「祝福に行くのを喜んでたのはアンタだけだったんだよ」
初めて知った事実に驚くより何故かと疑問の方が強く、首を傾げる。
祝福に行くのは楽しかった。だって誰もが幸せそうに笑っていたから。赤ん坊も子供も大人も皆が笑顔で幸せそうだった。そこに立ちあえる祝福はなんて素敵な仕事なのだろうとフローリアはいつも思っていた。それなのに皆は違ったというのだから理由がわからず怪訝な表情に変わっていく。
「天使にとって人間の幸せはどうだっていいものだ。幸せの鐘を鳴らし、祝福の息吹を届ける。それだけだ。仕事なんだよ。でもアンタは違った。まるで自分のことのように喜んでそこに時間をかけるようになった。一件に対する滞在時間が長くなっていっただろう? 皆アンタは人間に惹かれてるって危惧してた。ヨナスもね」
「……うそ……」
衝撃に口を押さえながら一点を見つめるフローリアに手を伸ばして柔らかな髪を撫でると眉を下げながらウルマリアは小さく息を吐き出す。
無自覚だったため誰も責めはしなかったし、まだ見守っていい段階だったため誰も何も言わなかったがヨナスは違ったかと地上に落とす決断を下した事に下げた眉を寄せた。
「いつか禁忌を犯すんじゃないかって皆心配してたんだよ。アンタは地上に落ちて一人で生きていけるような子じゃないのは皆が知ってたからね」
「私、そんなつもりなかった。誰かに恋をしたり、そんな事もなかったし……」
天使には守らなければならない掟がある。
・人間の感情に共感してはいけない。
・人間に憧れてはいけない。
・人間に恋をしてはいけない。
絶対に守らなければいけないもので、フローリアはどれにも触れていないと思っていた。
結婚式や赤ん坊を見るのは好きだったがそれだけで、特定の誰かを見つめたり恋をしたりということはなかった。それなのに何故皆が心配していたのかがわからない。
「天使に必要とされる清らかさはアンタが一番だったよ。誰よりも清らかなアンタは誰よりも感情豊かでいつだって危うく見えた。アンタは天使っていうより人間に近いように思えたから」
「そんなことない。私そんな清らかなんかじゃなかったよ。皆と同じだったもん。お仕事は好きなことばかりして皆に迷惑かけてたけど……皆と同じ天使だったもん」
目尻からこぼれる一筋の涙が天使だった誇りなのだと落ちる前に指ですくってやる。
またハンカチで目を押さえるが身体ごと左右に振って言葉なき否定にウルマリアは困ってしまう。
ヨナスは大事な事はいつも言わない男で、今回のことも〝仕事〟の一点張りで何も伝えなかったんだろうと容易に想像がつく。だからこそフローリアは勘違いしてしまう。自分に自信がないから何でも悪い方に考え、正解はわかっていても誰かに聞いて答え合わせをしてから答えるほどだ。
事実を知れば悲しむとわかっていたが、今だから知るべきだとウルマリアは思った。
「祝福に行って何を感じてた?」
「……人間が持つ愛とかあったかさとか……」
それを感じ取る時点で天使としての〝仕事〟ではなくなっている事にフローリアは気付いていない。
「結婚式見てどう思った?」
「素敵だと思った」
「羨ましかった?」
「……わかんない」
否定しない事もそうだ。
「赤ん坊を見てどう思った?」
「可愛かった」
確定だとウルマリアは苦笑する。
ヨナスはフローリアが人間に恋をするのも時間の問題だと思ったのだろう。
天使が守るべき掟をフローリアはいつか必ず破ってしまうと。
「ヨナスはきっとアンタを守りたくてこの仕事を任せたんだと思うよ」
「守るって?」
まだボロボロと涙をこぼしながら震えた声で問うフローリアの頬を撫でながら小さな笑みを浮かべる。
「もしアンタが人間に恋をしてしまったらヨナスはもう守れない。アンタだけを特別扱いするわけにはいかないからね。神の審判を受けたアンタは地上に落とされ、右も左もわからない状況下で一人で生きていかなきゃならなくなる。運が良ければ誰かの妻に。運が悪ければ……」
それ以上は地上で暮らしてきたウルマリアには口に出来なかった。フローリアに言ったところで想像も出来ない事だろうが、想像させるのも嫌だった。
「ヨナスはそんな運に賭けたくなかったからアンタを人間にする事にした。苦労せず済むようにね」
ヨナスが仕事だと言って冷たい態度を取った理由が今になってわかったフローリアは涙が止まらなかった。
いつだって優しかったヨナスはきっと正直に話したところで納得しないとわかっていたから仕事だと言って割りきらせた。禁忌を犯すかもしれない可能性を持つ天使を表立って贔屓する事も出来なかったから。
「フローリア」
「私……私なにも返せてない! ヨナス様に何も返せてないのに! こんな事してもらえるほど役にも立てなかったのに!」
「いいんだよ。ヨナスはアンタが大好きだった。可愛くて仕方なかったんだんだろうね。そんなアンタから何か返してもらおうなんてこれっぽっちも思っちゃいないよ」
「でもっ……!」
「アンタは人間として幸せになる。それが恩返しになると思いな」
お礼しか言えなかった。もっとできる事があったはずなのに。
ハンカチは濡れすぎもう意味がない。ハンカチを置かせて自分のハンカチを渡すとフローリアはそれで思いきり鼻をかんだ。
「アンタね……。まあいいか。鼻水でも涙でも好きな方拭きな」
鼻より涙か、涙より鼻かと迷いどころではあるため涙を拭くために貸したハンカチだがウルマリアは豪快に笑いながら子供のように泣きじゃくる姿を眺めていた。
「アンタには最後の挨拶も出来なかったからずっと気になってたんだ」
「私も祝福から戻ったらウルマリアが落ちたって聞いたからびっくりしたの」
「恥さらしだからね、アタシは。天使の面汚しさ」
「そんなことない! 恋ってとても素敵なものよ! ウルマリアはすごいと思う! 私は人間になって初めて恋を知ったけど、ウルマリアは人間と接することなく恋を知ったんでしょ? それって凄い事よ!」
のんびり者だと思っていたフローリアの力説に目を瞬かせるウルマリアはこの瞬間、今まで抱えていた心配は全て吹き飛んだ。
本当に恋を知り、愛を知ったからこそ言える言葉。それがなんとなく嬉しかった。
「恋人はどんな人?」
「旦那かい? 良い人だよ。男前とはいかないし気が弱い部分があるけど心優しくてね」
「天使の時に恋をした相手?」
「そうだね」
「今は幸せ?」
「……ああ、幸せだよ」
答えるまでに間があった事にフローリアは気付いたがそれについて何か問う事はしなかった。
レオが言っていた『天使の力を悪用しようとした』という言葉がずっと引っかかっていたから。
ウルマリアが恋をした時、相手には婚約者がいた。それでもウルマリアは諦めきれず何とかして男から女を引き離そうと考えた。天使の結びの力を逆転させて使おうとした。それは神の意志に反する行為で堕天に等しい行為だ。賢いウルマリアがそれを知らないはずがない。フローリアでさえ知っていたなのだから。
ウルマリアはそれが禁忌だと知りながら手を染めようとしていたのをヨナスによって阻止され、完全に堕天してしまう前に地上に落とされた。
奪ってしまった罪悪感から一瞬言葉を詰まらせたのだとしてもフローリアは責めるつもりはなかった。
「どうやって人間に慣れたの?」
「んーアタシにはそう難しい事じゃなかったね。五体満足だし、天使でいるより気が合った」
「足は動いた?」
「もちろん。健康そのものだったよ」
何故自分の足は動かなかったのだろうと首を傾げるフローリアが何を考えているのかなんとなくわかるウルマリアはテーブルの下でコツンと足を蹴った。
「アタシは逞しいからそのままで生きていけると思ったんだよ、ヨナスは。でもアンタは違う。一人で動き回ってとんでもない事をしでかすかもしれないと思ったから足を動けなくしたんじゃないかい?」
「私ってそんなにダメ?」
「ダメじゃないよ。ただ一人より結論に至るまでの時間が長かったり、一気に事を片付けられないだけさ。アタシとアンタの姿が違うように中身も違って当然なんだ。気にする事ないよ」
ウルマリアはいつだって優しい言葉をくれる。今日を真っ直ぐ歩ける言葉を。ドンッと押すのではなく横を一緒に歩きながら背中を支えて一人で歩けるまで手を離さないでいてくれる優しい人。
だからこそ優しい人間に恋をしたんだとフローリアは理解する。
「変わらないね、ウルマリアは」
「アンタもだろう。ちっとも変わってないじゃないか」
「そんなことないもん。この間なんてヴィンセント様と一緒に土を触ってお花の種を植えたの。毎日水やりだってしてるんだから」
「花が好きだったもんね。結婚式に祝福に行っては花を持って帰りたいって駄々をこねてたのが懐かしいよ」
「だって欲しかったんだもん。レオに見せてあげたかったの。興味ないって言うからお部屋に飾ったらレオの気持ちも変わるかなって思って」
もう遠い昔の話なのによく覚えていると恥ずかしくなった。
教育係だったウルマリアにあれはダメ、これはダメ、それもダメと言うこと全部にダメと言われた記憶が蘇り笑ってしまう。
「レオはアンタにだけ甘かったよね」
「レオは仕事が出来るし面倒見もいいもん」
「アンタを愛してたからだよ。気付いてなかったの?」
レオの気持ちに気付かないフリなど出来ないほど熱いラブコールを毎日のように受けていた。天使らしからぬ言動も一般の天使からは『異常だ』と言われていたがフローリアは嬉しかった。
神に言われた事を黙々とこなすのが天使だというのであれば自分やレオ、ウルマリアは異常で間違いない。でも異常で良かったと思えるような良い思い出がいっぱいあった。
「地上に降りる前に言われたから」
「あら、ロマンチックだね。なんて言われたんだい?」
「忘れんなよ。俺が誰よりも一番お前を愛してるってこと」
「ヒュー! アイツやるねぇ!」
息が止まりそうなほど強く抱きしめられたのはアレが初めてだった。
いつも、どんな時でも一緒だった相手からの愛の告白を聞くことは出来ても受け入れることは出来なかった。まだ愛を知らないフローリアにはその言葉の重みがわかっていなかった。
それでも、それを知った今でも受け入れることは出来ない。
愛してしまった人がいるから。
「フローリア、入るよ?」
「どうぞ」
ノックの音に顔を向けて返事をすると笑顔のヴィンセントが入ってくる。
「話は楽しかっ……どうしたんだい!?」
「え? ど、どうされました?」
「泣いたのかい?」
「あ、こっこれはそのっ、少し泣いてしまっただけなんです」
「少し泣いてこんな事になるはずないじゃないか! 何があったんだい?」
泣きすぎて目元に赤みが出てしまったことに気付いていなかったフローリアは心配するヴィンセントから顔を逸らして誤魔化そうとするも無理矢理戻されてしまう。
言うまで離さないという顔をしているヴィンセントにどう言えばいいのか迷うフローリアはヴィンセントの手を握った。
「ユリコシアの彼方という本について話をしていたんです」
「ああ、君の大好きな本だね」
「話しているだけで泣いてしまって。私のハンカチだけでは足りなくなってウルマリアにハンカチを貸してもらいました」
ウルマリアに泣かされたわけではないとヴィンセントが疑う前に二枚のハンカチを見せてそれっぽく話すと信じたのか安堵の息を吐き、フローリアの目に何度もキスをする。
「君はあれを読むたびに泣いてしまうからね。良かった。心配したよ」
「すみません」
「話は楽しかったかい?」
「とっても! ウルマリアは何でも知っていてお話上手なんです! もっといっぱいお話したいぐらい!」
「僕といるより楽しかった?」
「え?」
「僕は寂しかったよ。君が傍にいないと息をするのも辛くて苦しいんだ」
花が咲いたように笑うフローリアに自分とは正反対の感情で時間を過ごしていたと嫉妬を見せるヴィンセントの顔が近付いてくるとフローリアは自然と目を閉じる。拗ねた時のヴィンセントを拒否をすると後がややこしいため人前であろうと拒否をしないよう学習した。
「でもこうして早くお仕事を終わらせてきてくださいました」
「一秒でも早く君に会いたかったから」
「私もです」
見てられないと天井を仰ぎながら目を手で覆うウルマリアにリガルドも納得したように頷きながら軽くヴィンセントの服を引っ張って距離を取らせた。
「今日の報酬です」
「結構です」
「いえ、これは対価ですから」
「そういうつもりで来ているわけではありませんから。こういう事をされると来にくくなりますのでおやめください」
ウルマリアは王国中に張り出されたヴィンセント王子の結婚報道で名前を見た時からあのフローリアなのではないかと思っていた。写真で見た事で確信し、一般市民として祝福しながらも手の届かない場所に行ってしまった事を寂しく感じていた。
そんな時、女性陣の間で大騒ぎになった【フローリア王女のお話相手】という募集に飛びついた。目の前で涙を浮かべるフローリアを見て間違いないと確信し、今日という日を楽しみにやってきて楽しい一日を過ごさせてもらったウルマリアにとって対価は必要なかった。
退屈なお姫様の〝話し相手〟をしに来たわけではなく〝旧友〟に会いに来たのだから。
「ウルマリア、これは僕からの感謝の気持ちとして受け取ってもらえないだろうか? 彼女が寂しい思いをせずに過ごせたのは君のおかげで、僕は彼女の花のような笑顔が見られて嬉しいんだ。だからその感謝の気持ちとして受け取ってほしい」
「……王子の感謝を無下にすれば天罰が下りますね。今回は有難く受け取らせていただきます。ですが、次回があるのでしたらどうぞこのようなお気遣いはされぬようお願いします」
リガルドから封筒を受け取るとすぐに鞄にしまったウルマリアの堂々たる態度にヴィンセントは笑いながら頷いた。
「わかった。手土産のお菓子でも用意するようにするよ」
「私が選んでもいいですか!?」
「いいよ。君の選ぶお菓子は絶品だからね」
お菓子もいらないと思ったが、そこまで拒否し続けては逆に失礼にあたると考えるも、それよりフローリアが拗ねてしまう気がして拒否はしなかった。
「ウルマリア! また来てね!」
「ええ、いつでも」
「明日がいいわ!」
「フローリア、ウルマリアにも家庭があるんだから予定を聞いてからにしないと」
「あ、そうですよね! ウルマリア、明日がいいの」
「フローリア、いつが空いてる?って聞くんだよ」
相手の予定ではなく自分の予定で聞いているつもりになっているフローリアにヴィンセントは苦笑するもウルマリアは笑う。
いつだって思い込んだら人の言う事を正しく受け取ることが出来ないのだから今更それを真面目に返したところで意味がない事は知っている。
「ヴィンセント王子はいかがでしょう? もし明日もお忙しいようであれば王女様のお話相手をさせていただきたいのですが」
「明日は———」
「明日も仕事が山積みですのでお願いします」
「リガルド」
代わりに応えてしまうとヴィンセントから恨めし気な目を向けられるも逃げられないようにするのは今日の様子を見て明日は何か理由をつけて逃げ出すかもしれないという憶測から。
仕事が始まってから終わるまで何百回聞いたか分からない妻の名前。ストレスを感じているのはわかっているが仕事をしてもらわなければ部下が困る。それをわかっていながら逃げ出そうとするのだからタチが悪い。
「いつでも大丈夫ですよ。予定がある日はご連絡させていただく形でもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。では、フローリア様にご納得いただけるようカレンダーに空いた日の記入をお願いできますか?」
「はい」
「ではこちらに」
リガルドについて行こうとするウルマリアの腕を掴んで止めるフローリアに驚いたのはヴィンセント。何故引き留めるんだと手を見つめていると振り向いたウルマリアに抱きついた。
「待ってるから明日忘れないでね」
「もちろんです」
フローリアの全力のハグに対しウルマリアのハグは軽いものだった。信じられないものを見るような目でフローリアを見ているヴィンセントに申し訳ないと思ったから。
溺愛されているのは知っていたが、女性へのハグまで嫉妬の対象なのかと驚いていた。
意外と厄介な相手と結婚してしまったのかもしれないと少し心配になったウルマリア。
「では、失礼致します」
「また明日ね!」
廊下まで見送って手を振るフローリアはウルマリアが角を曲がってようやく手を下ろした。その直後、後ろからの強い抱きしめに目を瞬かせて振り返ろうとするもヴィンセントの胸が密着しているため出来ない。
どうしたのかと前に回る腕に手を添えると「随分仲良くなったんだね」という呟きが聞こえてきた。
「よっぽど気が合ったのかな?」
「とても」
「女性にも嫉妬する僕って変かな?」
「嫉妬したのですか?」
「だって君は僕にあんな笑顔見せてくれないじゃないか」
どんな笑顔なのか鏡を見ながら話していたわけではないフローリアには想像もつかず自分の頬に触れては不思議な顔で床を見つめる。
ヴィンセントは普段からリガルドやウィルに『過保護すぎる』と言われ自覚もあるが自分で『嫉妬』という言葉はあまり使わない。だが今日は心配していた『二人が必要以上に仲良くなってしまうのではないか』が当たったような気がして嫌だった。
「でもヴィンセント様にしかお見せしない顔もあるんですよ?」
「例えば?」
「……キスの後とか」
意を決して言った言葉は当たりだったようで表情が緩むヴィンセントがフローリアを振り向かせ間近で見つめる。
「確認してもいい?」
キスはヴィンセントとしかしないのだから確認する必要はないと思うと頭の中で言葉は出てくるが今それを言うのは得策ではないと今までの経験から頷いた。
優しく触れる唇に目を閉じたフローリアはただ一つだけ心の中で願った。
———どうか舌は入ってきませんように。
「どういうこと……?」
盗み聞きしていたデアは急いでやってきたヴィンセント達から身を隠すために入った部屋でまだ理解しきれていないフローリアとウルマリアの会話に疑問を抱いていた。
「でもこれは使えそうね」
宙に表示される再生マーク。それをグッと握り込むことで消せば小さな笑みを浮かべながら軽い足取りでその場を後にした。
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