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知らなかったこと聞かなかったこと

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 聖夜祭が終わればあっという間に年末を迎える。
 和の国から荷物が届いたとシキが運んできた箱を開封するユズリハの表情が途端に輝きを放った。

「おーおーおーおーおー! 父上はわかっておるのう!」

 朝から大きな声ではしゃぐユズリハが取り出した何かの葉で作られた見たこともない物。これも和の国の物なのだろうとわかってはいるが、大喜びするほどの物には見えないハロルドが疑問を口にする。

「その変な草はなんだ?」
「変な草とはこれまたひどい言い方をするのう。せめて葉っぱと言うてくりゃれ」
「その変な葉っぱはなんだ?」

 変、という言葉を変えないハロルドに笑いながらユズリハはそれを居間の柱にある出っ張りに引っ掛けた。

「呪い……じゃないよな?」
「はっはっはっはっはっ! 父上がお前様に贈ったあの言葉が嘘で、実はわらわにお前様を呪えと送ってきたと思うておるのか?」
「じゃないよなって聞いただろ。だってこんな地味な物は見たことがない。なんでそこに飾るんだ? 虫が来たらどうする」
「これは縁起物じゃぞ」
「それが? それはなんなんだ?」

 正直言えば葉っぱというよりは草にしか見えず、庭の端にでも行けば生えてそうな草だと思った。
 聖夜祭ではなく年末年始を大事にする和の国の人間にとっては大事な物だと言えど、それがなんなのかわからないハロルドには理解できない。
 この家に飾っていても違和感はないが、そんな物を飾る必要があるのかと疑問が生まれる。
 怪訝な顔で正体を聞くハロルドにユズリハが答えた。

「ユズリハじゃ」
「……ユズリハ?」

 何を言ってるんだと思いながらユズリハを指差すと頷きが返ってくる。

「これは縁起物として飾る和の国では必ず用意される代物じゃ」
「これから名前を取ってたのか」

 母親が木から名前が取られていたようにユズリハは植物から取られていたと知り、納得はするのだが、随分と地味な植物から取ったことにハロルドは「もっと華やかな植物から名前を取ればよかったのに」と心の中で思った。
 
「年始に生まれたからと安直すぎる気はするがのう」

 笑うユズリハに手をあげて待ったをかける。

「年始に生まれた?」
「うむ」
「まさか……」

 聞こう聞こうと思って聞いていなかった事実にハロルドが青ざめる。

「お前の誕生日、明後日か!?」
「うむ」

 普通の顔で頷くユズリハに抗議するようにテーブルを何度も叩く。

「なんで言わないんだよ!」
「聞かれなんだ」
「た、確かにそうだけど……! でも普通は言うだろ!」
「歳を一つ重ねるだけのこと。祝ってもらおうなどとは思うておらなんだ」
「誕生日はお前が生まれた日だろ! 祝うんだよ!」

 聞かなかった自分が悪いとわかっているが、それでも誕生日ぐらい言うのではないかと目で訴えるハロルドに返す表情は不思議そうなもので、ユズリハはそういうタイプではないと改めて実感する。
 ハロルドも自分の誕生日をユズリハに言っていない。自分から言うことでもないし、誕生日を祝ってもらいたいとは思っていなかったから言わなかった。聞かれないから言わなかったというのもある。同じなのだ。
 同じなのだが、違う。相手のこととなると全く違う。だが、それはユズリハも同じなのだろう。自分のことだからどうでもいいと考えている。

「おまっ、言えよ! プレゼント用意してないぞ!」
「欲しい物はない」
「なん……おまっ、も、学校に行く時間だから行くけど、欲しい物考えとけよ! 絶対に考えろ! なんでもいいから!」

 ユズリハが欲しがるのは食べ物ぐらいで、街に一緒に買い物に出てもあれこれ欲しがることは一度もなかった。何かを物欲しげに見つめることもせず、見つめるとしたら食べ物の屋台ぐらい。かといって食べ物なんてシェフに言えばいくらでも作ってくれる。誕生日のご馳走はシキが用意するだろうし、自分にできることと言えばプレゼントぐらいしかない。
 
「本当にないのじゃ」
「ダメだ! 夫婦になって初めての年末年始だし、お前の誕生日も初めて祝うんだから僕は絶対にやるぞ! 僕に失敗させるな!」
「遅れるぞ」
「わかってる! 行ってきます!」
「気をつけてな」

 考えるだろうか。
 ユズリハの性格上、ああ言っておけば考えないことはないだろうが、欲しくもない物を相手に気遣って欲しがることはしない。きっと帰ったら「考えに考え抜いたが、思いつかなんだ」と言うことは想像に難くない。
 誕生日プレゼントはサプライズよりも相手が本当に欲しがっている物を贈るべきだとハロルドは考えている。サプライズをすれば驚いた顔が見れるが、そのプレゼントまで喜んでもらえるかはわからない。
 期待しながら開けたプレゼントが好みじゃなかった場合、身につけることも使用することもなく、ガラクタのように物置にでも放り込まれて終わるだろう。
 何か和の国の物を贈れば喜ぶだろうが、この国に和の国の物はない。ましてや豪商の娘なら欲しい物は全部持っているだろうし、今から祖父に言って取り寄せてもらったところで届くまで一ヶ月はかかるだろう。
 できれば明後日、プレゼントを贈りたい。
 何か考えなければ。ユズリハが喜ぶ物を。嬉しいと笑顔を見せてくれる物を。

「ハロルド」

 一日中プレゼントについて考えていたハロルドはノーマンに話しかけられたことでいつの間にか下校時間になっていることに気付いた。
 当たり前のように話しかけてきたノーマンに不愉快そうな顔を見せる。

「新年のパーティー、ユズリハ連れてきちゃどうだ? 和の国は年末年始を大事にしてるし、パーティーに連れてくれば喜ぶんじゃないか?」

 知ったように和の国を語ることが更に不愉快さを増す。

(お前に気遣ってもらわなくても結構だ)

 笑顔を見せるだけで口には出さないが、心の中では吐き捨てるように言った。

(少し話したぐらいでもう知り合い気取りか? おこがましいんだよ!)

 親切心のつもりかと鼻で笑いたいのを我慢して「行かない」と答えた。

「悪いけど、妻のバースデーパーティーがあるんだ。だから行けない」
「へえ、誕生日なのか。ユズリハって名前からしてそうだもんな」

 一言一言が癪に障る。自分はユズリハという名前が植物から取られていたことも知らなかったし、誕生日だって今朝知ったばかりだ。それなのにノーマンは誕生日が年始であることには驚かず、それが当然であるかのように理由に納得している。
 額に青筋が立ちそうなほどの怒りを感じるのは久しぶりで、前髪を掻き上げるフリをして額を撫でた。

 年始は学校は休みだが、日付まで言うつもりのないハロルドは笑顔でハッキリと答えた。
 それを聞いて動いたのはノーマンではなくアーリーン。鞄と一緒に持ってきていた袋を手に、ハロルドへと寄っていく。
 久しぶりに近くでアーリーンを見ても、もはや美人とさえ思わなくなっていた。

「あ、あの、ハロルドさん」
「ん?」

 手に持っている物を渡すつもりであることは見ている誰もがわかるが、ハロルドはあえてそっちには視線を向けなかった。

「これを」

 差し出された紙袋に首を傾げることも中を覗き込むこともせず、手を差し出すこともしないままアーリーンに「それは?」と問いかける。

「ユズリハさんに渡してください」

 どういうつもりだと腕組みをするハロルドにアーリーンがもじつく。

「以前、お会いしたときに私、少し言いすぎてしまったのでお詫びの品です。もうすぐ誕生日なんですよね? それも兼ねて渡していただければ」

 ハロルドがニコッと爽やかな笑顔を見せたことでアーリーンが嬉しそうに笑う。だが、これは感謝の笑顔ではなく、呆れを通り越した感心の笑顔。 

「悪いけど、受け取るつもりはないよ」

 受け取ってもらえると疑いもしなかったアーリーンの笑顔が驚きの表情へと変わる。

「なぜですか? これは怪しい物ではありません。私は純粋にお詫びをしたくて用意したんです。もし怪しいと思われているのなら中身をお見せしましょうか? これは今、とても流行っている物で……」

 紙袋から小箱を取り出して開けようとするアーリーンの前に手を出して必要ないと伝える。
 受け取るつもりはないのだから中身はなんでもいい。黄金であろうと宝石であろうとどうだっていい。そしてアーリーンがどういう思いでそれを用意したのかさえもどうでもいいのだ。

「言いすぎた自覚があるなら、君がしなければならないのは謝罪であって贈り物じゃない」
「だからお詫びにと……」

 ハロルドが大きな溜息を吐き出す。

「言いすぎた自覚がありながら君は妻に謝罪する気はなく、こんな物でチャラにしようと思ってるということかな?」

 カッとなったアーリーンが声を張る。

「これは心からの謝罪です!」
「手紙は?」

 ありますと声を張ることはしなかった。手紙など入ってはいないのだろう。そもそも書く気すらなかっただろうし、謝罪の手紙が必要であることに思い至ることもなかったのだろう。

「妻は寛大で心優しい女性だ。だからそれを君からの謝罪だと渡せば喜んで受け取るだろう。でも僕はそんなことさせたくないんだ。彼女を見下し、あれだけ一方的に傷つけておきながら“少し”言いすぎた、などと嘘をつく君からの謝罪なんて受けさせたくもないからね」

 あれを“少し”などと言うアーリーンに腹が立つ。皆の前で悪いと思っていることやお詫びの品まで用意したことを見せつけることで自分の株を下げまいとしている図太さが許せなかった。
 過去のことだと笑って受け入れさせることもしたくない。あのなんでも笑って許してしまう寛大な心に一滴の悪意も触れさせたくはない。
 でもアーリーンは納得しない。

「私の気持ちは無視ですか!?」

 人間はどこまで図太くなれるのか、知りたくなるほどアーリーンは引かない。
 自分は勉強ができるだけで人を見る目はないのだと思い知らされる。見た目で判断して淑女だと思い込んでは素敵だと心惹かれていた。アーリーンにもエルザにも。
 気取らないユズリハと一緒にいることがどれほど心地良いのか実感する。
 
「アーリーン、一つ聞いてもいいかな?」
「なんですか?」

 反抗的な言い方。甘やかされて生きてきたアーリーンは言えばなんでも叶ってきたのだろう。拒まれていることが気に入らない現状で見せる態度は幼稚な令嬢そのもの。自分もユズリハに会ったときはそんな態度ばかり見せ、ユズリハからはきっとこんな風に見えていたのだと思うとゾッとする。

「一方的に人を傷つけた人間に謝罪させろと要求する権利があるとでも思ってるのか?」

 少し強めの口調に変わったハロルドにアーリーンはまだ拗ねた顔を見せる。

「でもそれはハロルドさんが決めることではありませんよね!?」
「僕は彼女の夫だ。口を出す権利がある。だから言わせてもらう。君の株上げパフォーマンスに付き合うつもりも、妻を付き合わせるつもりもない」
「パフォーマンスなんかじゃありません! 私はあの日のことを悪いと反省しているからこうしてプレゼントも用意したんです! どうしてわかってくれないんですか!?」

 出しっぱなしだった教科書を鞄にしまってカチッと差込錠を鳴らして立ち上がったハロルドをアーリーンが少しだけ見上げる。
 ユズリハと出会う前はこの身長差を良いと思っていた。可愛いと。背が低すぎる和女より身長が近いアーリーンが良いと。
 でも今は大きく見上げてくるユズリハとの身長差が一番いいと思っている。すっぽりと包み込めるあの小さい感じがたまらなく可愛いのだ。
 明後日はユズリハの誕生日。今日と明日で用意しなければならない物がたくさんあるのに、こんな所でくだらないことに足止めをくらっているわけにはいかない。

「アーリーン、僕が言いたいのは謝罪はしなくていいから、もう二度と街で妻を待ち伏せして妻が言い返さないのをいいことに暴言を浴びせて別れを強要するのはやめてくれということだ」

 クラスメイトがザワつき始めたことにアーリーンが焦る。

「そんなことしていません! いい加減なこと言わないでください!」
「小型の録音機があれば証明できたんだけどね。残念だよ」
「私は暴言を浴びせたりしていません!」
「妻には二度と関わらないでくれ」

 アーリーンが暴言なんて吐くはずがない。誰もがそう思っていたが、ハロルドがそこまで嘘をつく理由もない。
 少し前にアーリーンに気があるとからかった男子生徒も何も言わなかったのはハロルドがアーリーンに少しでも気があるなら受け取ると思ったからだ。受け取って妻に「アーリーンからお詫びの品を受け取ったよ。悪いと思ってるんだって。許してやれ」ぐらい言うのではないか。自分ならそうすると思った。そうすることでアーリーンに良い顔ができるのに、ハロルドはアーリーンを受け入れなかった。
 ハロルドにとってアーリーンはもう謝罪を受け入れようとさえ思わない対象で、守るべきは妻なのだと感じた。
 
「アーリー……」

 気にするなと声をかけようとしたクラスメイトを無視して教室の隅へと歩いていくアーリーンがゴミ箱の前で止まる。
 
「あああああああああああああああああああッ!!」

 ゴミ箱へと紙袋を叩きつけた音が教室内に響き、その叫び声にも、その行動にも驚いていた。
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