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神が創りたもう宝石~執事side~
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気が付けばアパルトマンやビルに囲まれた地ではなく、すぐ傍にエメラルドグリーンの海が広がる砂浜に立っていた。
なぜこんなことになっているのだろうかと首を傾げたくなるが理由はわかっている。
一時間半かけてやってきたこの美しい地で新しい研究が始まる。大きく息を吸い込んで、それをゆっくり時間をかけて吐き出せば待機している車へと乗りこみ研究所へ向かった。
「こちらをどうぞ」
研究所に入ると顔写真入りのIDカードを渡された。面接の時には入れなかった場所へカードを使って入る。ここの職員になった証だ。
「ようこそ。待っていたよ」
中に入るとあの美しい男、ブラン博士が笑顔で出迎えてくれた。
「おはようございます、ブラン博士」
春の朝のように爽やかで気持ちいい笑顔につられて笑顔を見せると差し出された片手を両手で握る。
「あの、先日聞き忘れたことがあって……」
「君の仕事について今から説明するよ」
「あ、はい」
仕事内容について質問しようとするとまた遮られた。何でも先走る癖が自分にあるのか、何でも遮る癖が相手にあるのか、会話のキャッチボールはまだ上手くできたことがない。
「ここでは不老不死の研究をしている」
「ああ、不老不死……え……?」
何て言った?
「不老不死は人類の夢だと思わないかい? 誰しも老いなど感じたくはない。誰だって若い姿のまま永遠の時を過ごせるほうが良いはずだ。老いや死は人間に恐怖を与える。それを避けて通れればこれほど素晴らしいことはない。どこの国でもこの研究は秘密裏に行われているだろうがまだ成果は出ていない」
何を言っているのか理解するのに時間がかかった。不老不死という言葉を聞いたことがないわけではない。しかしそれが存在するのは現実ではなく小説の中だけだ。
不老不死などありえない。老いもせず永遠の時を生き続ける人間など不気味すぎる。
だがこのブランという男は本気でその不気味な実験を成功させようとしていた。不老不死こそ人間の理想であるのだと信じていた。
「なるほど……。住み込みなのも、合格者にのみ内容を明かすのも全てこれのため、なんですね……」
「そういうことだ。素晴らしい研究だと思わないかい?」
実際、ここはリゾート地で、宿舎は高級ホテルそのもので、給料は二倍以上出る契約となった。ラッキーだと思えたのはそこまでで、面接を受けた時にはなかった【外部との連絡禁止】事項に消えていたはずの不信感が戻り、なぜそんな事項が追加されたのかと疑問を感じていたのだが、研究内容を聞いて納得した。
「正直……不老不死については考えたことがなくて……」
「そうだろうな。老いを感じなければ若さについて考えはしない。だが、若さは宝だ。その価値に気付かない若者は愚かだと私は思っている。その若く美しい宝を永遠として残すことこそが研究者である私達に課せられた使命なのだよ」
逃げ出せないというのもあったが、この研究を信じ、熱く語るこの男を俺は面白いと思ってしまった。それがそもそもの失敗だった。
「ブラン博士はなぜこの研究を?」
不老不死という夢物語に希望を見出すには理由があるはず。己の美しさを維持したいのか、それとも人間の欲望に取り入って大金持ちになりたいのか。興味があった。
「ふふっ、これだよ」
「ご家族、ですか?」
「妻と娘だ。美しいだろう?」
横目で一瞬こっちを見てすぐに「ふふっ」と小さく笑い、白衣のポケットから取り出された一枚の写真には彼女と彼女の母親が映っていた。自慢するだけはある。夫に寄り添う妻の笑顔も、両親の真ん中に立って無邪気な笑顔を見せる娘もとても美しかった。
「妻も美しいが、娘はきっと妻を越える美しさを手にするだろう。娘は神が創りたもうた宝石だ。あの美しさは永遠に残さなければならない。老いてしまう姿など見たくはない」
「博士は……ご両親はいらっしゃるのですか?」
「ああ、あの醜い化け物達はこの世界のどこかで生きてはいるだろうね。もう何十年も会っていないから知らないな」
俺はこの時、この男が美に取り憑かれた化け物だと確信した。娘の美しさを語る表情や声色は自分をこの世に産み落とした両親を化け物と口にする時のものとは全く違っていた。
「私は娘のためにこの研究を始めたのだ。あの子の美しさは失われるべきではないからな」
「そうだったんですか」
「君も永遠を生きたいかい?」
「……どうでしょう? でも、もし娘さんを不老不死にしてしまったら、一人ぼっちになってしまうのではありませんか?」
父親のひどいエゴで一人になってしまった時、きっと彼女は死にたくなるような気がした。誰も自分を知らない世界がいつかやってくる。懐かしい思い出に浸り、その世界に入り込んでも死ぬことはできない。この男はそこまで考えているのだろうか。
「妻も私も一緒だ。ああ、君でもいい。娘の傍にいてくるならね」
「俺が? とんでもない。俺はそこまで美しくないですし」
「自分の価値を正確に判断できない人間は無価値だよ。君はそんな無価値に成り下がらないことを願っている」
優しい笑顔で肩を叩いて去っていく博士を理解することは一生ないと思った。不老不死など馬鹿げている。永遠の若さも永遠の命も手に入らないから美しく思えるのであって、手に入ればきっと地獄だと思うだろう。誰か殺してくれ。死にたいと神だけではなく周りの人間にまで縋りつく。その姿を見ても彼は美しいと言うのだろうか?
「神が創りたもう宝石……」
この瞬間から彼女に興味を持っていた。一目でいいから会ってみたい、そう思うようになっていた。だが一度もそれを口にしたことはない。博士の溺愛ぶりは異常なもので、彼の妻や娘について軽口を叩こうものなら翌日には姿を消すことになる。実際、昨日まで元気に働いていた者が翌日から来なくなったのを何度も経験した。
それでも心の中では写真に残るほどの美しさは現実でどれほどの輝きを放っているのか知りたいと焦がれていた。
なぜこんなことになっているのだろうかと首を傾げたくなるが理由はわかっている。
一時間半かけてやってきたこの美しい地で新しい研究が始まる。大きく息を吸い込んで、それをゆっくり時間をかけて吐き出せば待機している車へと乗りこみ研究所へ向かった。
「こちらをどうぞ」
研究所に入ると顔写真入りのIDカードを渡された。面接の時には入れなかった場所へカードを使って入る。ここの職員になった証だ。
「ようこそ。待っていたよ」
中に入るとあの美しい男、ブラン博士が笑顔で出迎えてくれた。
「おはようございます、ブラン博士」
春の朝のように爽やかで気持ちいい笑顔につられて笑顔を見せると差し出された片手を両手で握る。
「あの、先日聞き忘れたことがあって……」
「君の仕事について今から説明するよ」
「あ、はい」
仕事内容について質問しようとするとまた遮られた。何でも先走る癖が自分にあるのか、何でも遮る癖が相手にあるのか、会話のキャッチボールはまだ上手くできたことがない。
「ここでは不老不死の研究をしている」
「ああ、不老不死……え……?」
何て言った?
「不老不死は人類の夢だと思わないかい? 誰しも老いなど感じたくはない。誰だって若い姿のまま永遠の時を過ごせるほうが良いはずだ。老いや死は人間に恐怖を与える。それを避けて通れればこれほど素晴らしいことはない。どこの国でもこの研究は秘密裏に行われているだろうがまだ成果は出ていない」
何を言っているのか理解するのに時間がかかった。不老不死という言葉を聞いたことがないわけではない。しかしそれが存在するのは現実ではなく小説の中だけだ。
不老不死などありえない。老いもせず永遠の時を生き続ける人間など不気味すぎる。
だがこのブランという男は本気でその不気味な実験を成功させようとしていた。不老不死こそ人間の理想であるのだと信じていた。
「なるほど……。住み込みなのも、合格者にのみ内容を明かすのも全てこれのため、なんですね……」
「そういうことだ。素晴らしい研究だと思わないかい?」
実際、ここはリゾート地で、宿舎は高級ホテルそのもので、給料は二倍以上出る契約となった。ラッキーだと思えたのはそこまでで、面接を受けた時にはなかった【外部との連絡禁止】事項に消えていたはずの不信感が戻り、なぜそんな事項が追加されたのかと疑問を感じていたのだが、研究内容を聞いて納得した。
「正直……不老不死については考えたことがなくて……」
「そうだろうな。老いを感じなければ若さについて考えはしない。だが、若さは宝だ。その価値に気付かない若者は愚かだと私は思っている。その若く美しい宝を永遠として残すことこそが研究者である私達に課せられた使命なのだよ」
逃げ出せないというのもあったが、この研究を信じ、熱く語るこの男を俺は面白いと思ってしまった。それがそもそもの失敗だった。
「ブラン博士はなぜこの研究を?」
不老不死という夢物語に希望を見出すには理由があるはず。己の美しさを維持したいのか、それとも人間の欲望に取り入って大金持ちになりたいのか。興味があった。
「ふふっ、これだよ」
「ご家族、ですか?」
「妻と娘だ。美しいだろう?」
横目で一瞬こっちを見てすぐに「ふふっ」と小さく笑い、白衣のポケットから取り出された一枚の写真には彼女と彼女の母親が映っていた。自慢するだけはある。夫に寄り添う妻の笑顔も、両親の真ん中に立って無邪気な笑顔を見せる娘もとても美しかった。
「妻も美しいが、娘はきっと妻を越える美しさを手にするだろう。娘は神が創りたもうた宝石だ。あの美しさは永遠に残さなければならない。老いてしまう姿など見たくはない」
「博士は……ご両親はいらっしゃるのですか?」
「ああ、あの醜い化け物達はこの世界のどこかで生きてはいるだろうね。もう何十年も会っていないから知らないな」
俺はこの時、この男が美に取り憑かれた化け物だと確信した。娘の美しさを語る表情や声色は自分をこの世に産み落とした両親を化け物と口にする時のものとは全く違っていた。
「私は娘のためにこの研究を始めたのだ。あの子の美しさは失われるべきではないからな」
「そうだったんですか」
「君も永遠を生きたいかい?」
「……どうでしょう? でも、もし娘さんを不老不死にしてしまったら、一人ぼっちになってしまうのではありませんか?」
父親のひどいエゴで一人になってしまった時、きっと彼女は死にたくなるような気がした。誰も自分を知らない世界がいつかやってくる。懐かしい思い出に浸り、その世界に入り込んでも死ぬことはできない。この男はそこまで考えているのだろうか。
「妻も私も一緒だ。ああ、君でもいい。娘の傍にいてくるならね」
「俺が? とんでもない。俺はそこまで美しくないですし」
「自分の価値を正確に判断できない人間は無価値だよ。君はそんな無価値に成り下がらないことを願っている」
優しい笑顔で肩を叩いて去っていく博士を理解することは一生ないと思った。不老不死など馬鹿げている。永遠の若さも永遠の命も手に入らないから美しく思えるのであって、手に入ればきっと地獄だと思うだろう。誰か殺してくれ。死にたいと神だけではなく周りの人間にまで縋りつく。その姿を見ても彼は美しいと言うのだろうか?
「神が創りたもう宝石……」
この瞬間から彼女に興味を持っていた。一目でいいから会ってみたい、そう思うようになっていた。だが一度もそれを口にしたことはない。博士の溺愛ぶりは異常なもので、彼の妻や娘について軽口を叩こうものなら翌日には姿を消すことになる。実際、昨日まで元気に働いていた者が翌日から来なくなったのを何度も経験した。
それでも心の中では写真に残るほどの美しさは現実でどれほどの輝きを放っているのか知りたいと焦がれていた。
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