溶け合った先に

永江寧々

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研究職~執事side~

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「俺」があの研究所で働きだしたのは大学を卒業して一年後のこと。
元々生物学の研究所で働いていたのだが、別の研究所で面白い募集をしていると友人から聞いたのが始まりだ。

「怪しい求人広告が出たって聞いたか?」

食堂で定職を食べていた時、友人が最近出たばかりの求人広告の話を持ってきた。

「怪しい求人広告?」
「離島にある研究所での研究員を募集してるらしい」
「離島で? 何の研究だ?」
「それがさ、内容は合格者にのみ教えるって」

都会という利便性の高い場所から不便極まりない離島に行ってまで研究をしたがる人間がいるのか疑問だった。研究内容がわかっているのならその分野に特化した人間が行くだろうが、何の研究かもわからない、ましてや合格してから内容を教えられるのでは専門外だった場合はどうすればいいのか。
離島といえど何もない田舎なのか、それとも豪華なリゾート地なのかで応募者は変わるとしても怪しすぎる内容に興味はなかった。

「応募する奴いるのか?」

応募して合格したが最後、奴隷のように働かされるのでは?と誰もが思うだろう。研究など名ばかりで実験台にされるかもしれない。
やましいことがないのであれば最初から内容を書いておけばいい。それを合格者のみに発表するという会社を誰が信用するのかと鼻で笑った。

「それがさ、応募した奴けっこういるらしいぞ」
「マジで?」
「何せ場所がリゾート地で、住み込みの宿舎もホテル並。給料はここの二倍は出るって話らしい」
「ますます怪しい」
「でも未だ合格者はゼロとか」

誰だって給料の良い場所で働きたい。研究者の給料は高いように思われがちだが、実際はそれほど高くない。結果を出さなければならない分、一般企業に就職した方が良い給料と楽な生活を送れるだろう。だが探求心旺盛な者達は給料が安かろうと研究職に就きたいのだ。俺もその一人だった。
リゾート地にあるホテルのような宿舎に住めて給料が二倍と謳われれば今の生活に不満がある者は飛びつくだろう。俺もそうしたい。でも内容が怪しすぎる。雇った人間への待遇をそこまで上げて何を研究させるというのか。
少し考えれば危険だとわかりそうなものだが、人間だけが持つ理性という抑止力も欲望の前では何の役にも立たないらしい。

「合格者ゼロって……」

一流企業でも数多の応募があれば一人ぐらい合格者を出すだろうに、その研究所ではそれなりの数が受けたというのに合格者は出していない。
怪しいと思わないほうがおかしいだろ。

「お前も受ければ?」
「俺はいい。ここで充分だし」
「金欲しいって言ってたじゃん」
「今のとこ安定してるし、危険を冒す必要ない」
「安定した職、安定した金で手に入れた女とワハハな人生送るってか?」
「言い方……」

応募する気はなかった。無事に大学を卒業して、希望していた研究所への就職もできた。親の敷いたレールの上ではあるが、不満を持ったことはない。敷かれたレールの上を走ると決めたのは自分だ。
その求人が本当かどうかも怪しいの安定どころか安心さえあるかわからない場所に転職する気など起きるはずがない。

「応募すんのタダだし、ダメならやっぱ怪しいとこだったで終わるじゃん? な? 受けてみろよ」
「何でそんな勧めるんだよ」
「だってもう応募したから」

それなのにこの男は人が獲得した安定を興味半分でぶち壊そうとしている。

「なんのつもりだよ!」

テーブルを叩いて立ち上がると周りの視線を集めるが今はそんなこと気にする余裕もないほど頭に血が上っていた。

「ご、ごめん。でも落ち着いて聞いてほしい。お前が怪しんでるのはわかる。でもリゾート地なのは間違いないし、立派なホテルもあったって聞いたんだ。研究所もここの何倍も大きい場所だったって。大きな研究所は金を持ってる。金を持ってる研究所は最新設備を備えてる。最新の設備があれば最新の研究に手を出せる。研究者なら誰だって最新の物が揃った場所で研究に没頭したいだろ」
「それはそう、だけど……」
「お前は優秀だよ。こんなとこで地味な研究して終わるよりダメ元でも大きなチャンス掴みに行くべきだろ」

正直驚いた。自分が誰かにここまで評価されているとは思っていなかったから。
その瞬間、不思議なほどスッと怒りが引いて落ち着いた。

「話聞くだけだからな」

友人が勝手に出した書類審査に合格したと通知が来たのが三日前。その三日後の今日が面接だと知っていながら三日前に話さなかったのは三日前なら断られると思ったかららしい。
溜息をつきながら受け取った合格通知に目を通すと驚いたのは合格通知が届いた三日後に面接という展開の速さではなく、白衣で面接を受けるということ。わざわざスーツを着る面倒さがない分、普段着に白衣を着るだけでいいという指定はこちらとしてもありがたいものではあったが、一枚羽織るだけの白衣を指定してくるのも怪しいとキリのない疑いがまた増えた。

「一時間後に面接だから帰るなよ。お前ならきっと受かるよ。俺が保証する」

なんの励ましにもならない言葉と笑顔に苦笑を返し、指定された場所まで不安を抱えたまま向かった。
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