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ダークエルフの森
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森の奥にはエルフが住んでいる。それも聡明で心優しいエルフではなく悪知恵の働くダークエルフ。
同じ森で暮らす動物を食べ、時には人間を狩って遊ぶ残虐な生き物。
何があろうと森に足を踏み入れてはならない。けして人間と相居ることはできないのだから。
屋敷の奥には庭があって、その庭を越えると森がある。
一度、クラリッサが興味を示した際、父親はそう説明した。
幼いクラリッサは怖がったが、その恐怖は成長と共に興味へと変わっていった。
父親は知らない、きょうだいさえも知らないクラリッサの好奇心。
庭から向こうへ出るには門を通らなければならない。しかし、その門には頑丈な鍵がついている。揺らしたところで壊れることはない。
「知らないのはお父様だけ」
クラリッサは知っている。ここではなく、花畑の奥の古い門には鍵がかかっていないことを。
いつ壊れてもおかしくはないから近付かないようにと庭師に言われたことがある。
あれから三年。誰も近付かないから修理を後回しにしていた。その結果、クラリッサが森へ抜けるチャンスを与えることとなった。
「大丈夫……そうね」
鍵はかかっていない。屋敷は建て直しても周辺の塀や柵や門までは建て直さなかった。祖父か曽祖父の時代に建てられた木造りの門は本当にいつ壊れてもおかしくないほどボロボロとなっていたが、まだ一応の役割は果たしている。
音を立てないようにゆっくりと押してもギィッと嫌な音が鳴る。誰も来ないかと辺りを警戒しながら時間をかけて押し開け、人一人が通れる隙間ができたところで通り抜けた。
門一枚隔てただけの場所。門の内側からだって見える場所。それなのに敷地外に出たというだけでクラリッサは小さな恐怖と大きな解放感に大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと息を吐き出す。
温室に向かう時にいつも見ていた森。森へ向かう道中には小屋も木も何もなく、開けっぴろげな状態。もしきょうだいが気まぐれにテラスに出ればクラリッサが森へと向かう姿が見えてしまうだろう。
一度振り返って誰の部屋のカーテンも開いていないこととテラスに明かりがないことを確認してから森へと走った。
あの光はなんなのか。ダークエルフが照らした物か。ダークエルフは残虐で恐ろしい生き物だと言っていたが、そんな被害は聞いたことがない。
一度も敷地内に侵入したことがないのに人間狩りをしているなどと聞いて誰が納得できるのか。少なくともクラリッサは納得していなかった。
この目で確かめるチャンスがあるなら確かめたいとずっと思っていた。しかし、そんなチャンスあるはずがないと諦めていた。
城の外にさえ出ることが許されない生活の中で、残虐な生き物が暮らす森へ行けるはずがないと。
だが、こうしてチャンスはやってきた。
いつもとは違う鼓動に、これは恐怖のせいか、それともワクワクしているせいか──きっとその両方。
「どこから入るのかしら?」
森の手前までやってきたはいいが、入り口らしき場所がない。そもそもそんな場所はあるはずないのだが、クラリッサは知らない。
「門番がいないから、ここじゃないとか?」
入り口には必ず門番が立っているはずという思い込みから辿り着いた場所で左右をウロウロと交互に歩き続ける。
「よしっ、入ろう」
屋敷から少し離れているといえど大きな声を出せば小屋で眠っている庭師が起きて飛んでくるかもしれない。
この森を訪れるチャンスなど二度とないかもしれない。なら逃すわけにはいかない。
入り口らしき場所はないが、とにかく入ってみようと一歩足を踏み入れた瞬間、まるで道が出来たように薄明かりが奥へと灯った。
「親切な造りになってるのね」
中に入れば道がわかるようになっているのだと安堵して足を進めるクラリッサの胸に恐怖はなかった。
夜であるため森の中は暗いといえど、月明かりとなんの光かわからない物で照らされているため足元が不自由になることはない。
「キレイな場所」
ふわふわと光が浮いている。光っては消えるを繰り返し、どこかへ飛んでいく。
鳴き声がして上を見ると木の上に小さな動物が木の実を持ったままクラリッサを見ていた。
「お父様ったら嘘ばっかり」
動物を食べているのならこんなに多くの動物が存在しているはずがない。怖がらせるために言ったのだと理解したクラリッサが小さく笑う。
父親は昔からクラリッサに外の世界に興味を持たせないよう、大袈裟に話すことが多い。きょうだいに確認すると兄たちはそれに話を合わせるが、弟たちは嘘だと教えてくれる。
嘘だと知ったからと父親を責めることはしなかったが、次第に父親が話す恐怖話は信じなくなった。信じているフリをするだけ。
父親はクラリッサによく嘘をつく。だからクラリッサも父親に嘘に付き合って嘘の態度を作る。それだけ。
「止まれ」
「ッ!? な、なに?」
「動くな、人間」
明かりが途絶える奥の暗闇から声がした。
人間なら相手に言わないだろう呼び方にクラリッサの身体に緊張が走る。
「ダークエルフ?」
「人間風情がこの森に足を踏み入れるとは……まさか契約を忘れたわけじゃあるまいな?」
「契約?」
なんのことか、クラリッサは知らない。父親から契約についての話は聞いたことがない。森に足を踏み入れてはいけないのは残虐な生き物が住んでいるからとしか聞いていなかった。
少し怒気を含んでいるように感じる声にクラリッサは口を動かすだけで命令通りその場で足を止めることにした。
「あなたがお父様と契約を交わしていたのならごめんなさい。契約については何も聞かされていなかったの。この森には入っちゃいけないことになってるの?それならすぐに出ていくわ。帰るから、動いてもいい?」
返事はない。
目を凝らしても暗闇の中に立つ姿は見えない。声は向かいからで、そう遠くない距離から聞こえるため拡声器を使っているわけではないとわかるも人間の目は暗闇に強くない。
「イリオリス国王の娘か」
「父の名前はイゴレ──」
「知っている。イリオリスは我らの言葉で愚者という意味だ」
バカにされたのだとわかるが、クラリッサはそれに憤慨も反論もしなかった。娘を鑑賞用などと呼ばれて喜んでいる父親にふさわしい言葉だと思ったから。
「笑うことしかできない鑑賞用王女が我らの森に何用だ? まさか我らへの貢ぎ物としてやってきたわけではあるまい?」
含み笑いをしているのがわかるような物言いにクラリッサは少し気分を害したが、彼らのテリトリーに無断で足を踏み入れたのは自分であるため“それしかできない”笑顔を浮かべて見せた。
「テラスに立っていたら光が見えたの。ダークエルフが住んでるってお父様から聞いていて、もしかしたら会えるかもしれないと思って」
「会ってどうするつもりだった?」
「えっと……そこまでは考えてなかったの。絶対に行ってはいけないと言われてきた森に光が見えた。少しワクワクしたの。すぐに靴を持って駆け出したわ」
「それで? 会えてよかったか?」
冷たい言い方だが、それも当然だとクラリッサは受け止める。誰だって自分のテリトリーに無断で入られるのは面白くない。クラリッサも父親に勝手に入られれば嫌悪感を示すだろう。
まだ相手がダークエルフと決まったわけではない。問いかけても肯定も否定もなく、今も姿は見えないまま。
だから思いを馳せていたダークエルフかどうか、この瞬間もわかっていない。
「あなたの姿が見えないから会えたとは言えないけど、お話できてよかった。勝手に入ってごめんなさい。すぐ出るわ」
ゆっくりと背を向けて、ゆっくりと足を踏み出す。もう怒気を含んでいるように聞こえなかったが、それでも腹の中はわからない。クラリッサ自身、常に感情を抑え込んで生きているから相手が見せる感情は信用していない。信用できるのは怒りのみ。怒りは嘘をつかないから。
「動くなと言ったはずだが?」
クラリッサの動きが止まる。答えは必ず欲しいクラリッサにとって問いかけたことに返事がもらえない会話は辛い。どう判断していいかがわからないから。
全ての物事において自分に決定権がない人生を送ってきたクラリッサは自己判断による行動が一番苦手。
もし本当に残虐な性格をしているのだとしたら得意の笑顔は通用しない。
「利口な判断だ」
背後で足音がする。一歩、二歩と近付いてくる。
香りがわかるほど近くまで気配を感じると緊張が更に強くなっていく。
好奇心による鼓動は緊張によるものへと変わり、クラリッサは無意識に息を止めた。
「鑑賞用王女とはよく言ったものだ」
すぐ後ろにいる。
後ろから伸びてきた手がクラリッサの顎を捉え、上げさせる。
褐色よりもまだ濃い、チョコレートのような色をした肌であることが確認できた。ダークエルフで間違いない。
まだ緊張はあるものの、クラリッサは嬉しくなった。この森はダークエルフの森で、彼はダークエルフなのだと。
「何を喜んでいる?」
「ダークエルフに会えたから」
「お前の感情はよくわからんな」
「私だけの感情だもの」
中指と薬指で顎を上げさせ、余っている人差し指がクラリッサの唇に触れる。形をなぞり、その柔らかさを確認するようになぞる無骨な指。
くすぐったさに笑うクラリッサが笑うと小さく開いた隙間から中へと指が滑り込んできた。舌先が指先に触れ、驚きに頭を引くと後頭部が何かにぶつかって逃げ場を失った。前に逃げようにも顎を取られている時点でそれは難しい。暴れると怒りを買うかもしれない。
相手の指の衛生面より自分の舌の衛生面が気になったクラリッサは相手の指をこれ以上舐めてしまわないように舌を引っ込めた。
だがそれにも限界はある。ゆっくり後を追ってくる指が有無を言わさずクラリッサの舌の表面を撫でた。
どういうつもりなのか、これになんの意味があるのかわからず困惑するが、種族が違えば何もかも違うのかもしれないと考え、これはダークエルフ流の挨拶とだ思い、クラリッサは相手の指が離れるのをジッと待っていた。
「抵抗しないのか?」
「挨拶、だと思って……はあ……」
誰かに舌に触れられたのは幼い頃に風邪をひいて以来。そのときも医者は平たい器具を使っていたため直接は触れていない。
何度か表面をなぞっただけですぐに指が抜かれたことに安堵して思わず声を出して息を吐き出した。
「……挨拶? お前はダークエルフの挨拶も知らないのか?」
「あ……ごめんなさい。私、本当に何も知らなくて」
違うならさっきのはどういう意図があってやっていたのかと疑問に思うも、怒らせてしまっただろうかと不安になった今はそれを問いかけることができなかった。
「教えてほしいか?」
「教えてもらえるのなら知りたいわ」
嬉しいと微笑むクラリッサの顎を更に持ち上げ、真上に向ける。月明かりを隠すようにかぶさってきた影。それと同時に触れた唇にクラリッサの目が見開かれた。
同じ森で暮らす動物を食べ、時には人間を狩って遊ぶ残虐な生き物。
何があろうと森に足を踏み入れてはならない。けして人間と相居ることはできないのだから。
屋敷の奥には庭があって、その庭を越えると森がある。
一度、クラリッサが興味を示した際、父親はそう説明した。
幼いクラリッサは怖がったが、その恐怖は成長と共に興味へと変わっていった。
父親は知らない、きょうだいさえも知らないクラリッサの好奇心。
庭から向こうへ出るには門を通らなければならない。しかし、その門には頑丈な鍵がついている。揺らしたところで壊れることはない。
「知らないのはお父様だけ」
クラリッサは知っている。ここではなく、花畑の奥の古い門には鍵がかかっていないことを。
いつ壊れてもおかしくはないから近付かないようにと庭師に言われたことがある。
あれから三年。誰も近付かないから修理を後回しにしていた。その結果、クラリッサが森へ抜けるチャンスを与えることとなった。
「大丈夫……そうね」
鍵はかかっていない。屋敷は建て直しても周辺の塀や柵や門までは建て直さなかった。祖父か曽祖父の時代に建てられた木造りの門は本当にいつ壊れてもおかしくないほどボロボロとなっていたが、まだ一応の役割は果たしている。
音を立てないようにゆっくりと押してもギィッと嫌な音が鳴る。誰も来ないかと辺りを警戒しながら時間をかけて押し開け、人一人が通れる隙間ができたところで通り抜けた。
門一枚隔てただけの場所。門の内側からだって見える場所。それなのに敷地外に出たというだけでクラリッサは小さな恐怖と大きな解放感に大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと息を吐き出す。
温室に向かう時にいつも見ていた森。森へ向かう道中には小屋も木も何もなく、開けっぴろげな状態。もしきょうだいが気まぐれにテラスに出ればクラリッサが森へと向かう姿が見えてしまうだろう。
一度振り返って誰の部屋のカーテンも開いていないこととテラスに明かりがないことを確認してから森へと走った。
あの光はなんなのか。ダークエルフが照らした物か。ダークエルフは残虐で恐ろしい生き物だと言っていたが、そんな被害は聞いたことがない。
一度も敷地内に侵入したことがないのに人間狩りをしているなどと聞いて誰が納得できるのか。少なくともクラリッサは納得していなかった。
この目で確かめるチャンスがあるなら確かめたいとずっと思っていた。しかし、そんなチャンスあるはずがないと諦めていた。
城の外にさえ出ることが許されない生活の中で、残虐な生き物が暮らす森へ行けるはずがないと。
だが、こうしてチャンスはやってきた。
いつもとは違う鼓動に、これは恐怖のせいか、それともワクワクしているせいか──きっとその両方。
「どこから入るのかしら?」
森の手前までやってきたはいいが、入り口らしき場所がない。そもそもそんな場所はあるはずないのだが、クラリッサは知らない。
「門番がいないから、ここじゃないとか?」
入り口には必ず門番が立っているはずという思い込みから辿り着いた場所で左右をウロウロと交互に歩き続ける。
「よしっ、入ろう」
屋敷から少し離れているといえど大きな声を出せば小屋で眠っている庭師が起きて飛んでくるかもしれない。
この森を訪れるチャンスなど二度とないかもしれない。なら逃すわけにはいかない。
入り口らしき場所はないが、とにかく入ってみようと一歩足を踏み入れた瞬間、まるで道が出来たように薄明かりが奥へと灯った。
「親切な造りになってるのね」
中に入れば道がわかるようになっているのだと安堵して足を進めるクラリッサの胸に恐怖はなかった。
夜であるため森の中は暗いといえど、月明かりとなんの光かわからない物で照らされているため足元が不自由になることはない。
「キレイな場所」
ふわふわと光が浮いている。光っては消えるを繰り返し、どこかへ飛んでいく。
鳴き声がして上を見ると木の上に小さな動物が木の実を持ったままクラリッサを見ていた。
「お父様ったら嘘ばっかり」
動物を食べているのならこんなに多くの動物が存在しているはずがない。怖がらせるために言ったのだと理解したクラリッサが小さく笑う。
父親は昔からクラリッサに外の世界に興味を持たせないよう、大袈裟に話すことが多い。きょうだいに確認すると兄たちはそれに話を合わせるが、弟たちは嘘だと教えてくれる。
嘘だと知ったからと父親を責めることはしなかったが、次第に父親が話す恐怖話は信じなくなった。信じているフリをするだけ。
父親はクラリッサによく嘘をつく。だからクラリッサも父親に嘘に付き合って嘘の態度を作る。それだけ。
「止まれ」
「ッ!? な、なに?」
「動くな、人間」
明かりが途絶える奥の暗闇から声がした。
人間なら相手に言わないだろう呼び方にクラリッサの身体に緊張が走る。
「ダークエルフ?」
「人間風情がこの森に足を踏み入れるとは……まさか契約を忘れたわけじゃあるまいな?」
「契約?」
なんのことか、クラリッサは知らない。父親から契約についての話は聞いたことがない。森に足を踏み入れてはいけないのは残虐な生き物が住んでいるからとしか聞いていなかった。
少し怒気を含んでいるように感じる声にクラリッサは口を動かすだけで命令通りその場で足を止めることにした。
「あなたがお父様と契約を交わしていたのならごめんなさい。契約については何も聞かされていなかったの。この森には入っちゃいけないことになってるの?それならすぐに出ていくわ。帰るから、動いてもいい?」
返事はない。
目を凝らしても暗闇の中に立つ姿は見えない。声は向かいからで、そう遠くない距離から聞こえるため拡声器を使っているわけではないとわかるも人間の目は暗闇に強くない。
「イリオリス国王の娘か」
「父の名前はイゴレ──」
「知っている。イリオリスは我らの言葉で愚者という意味だ」
バカにされたのだとわかるが、クラリッサはそれに憤慨も反論もしなかった。娘を鑑賞用などと呼ばれて喜んでいる父親にふさわしい言葉だと思ったから。
「笑うことしかできない鑑賞用王女が我らの森に何用だ? まさか我らへの貢ぎ物としてやってきたわけではあるまい?」
含み笑いをしているのがわかるような物言いにクラリッサは少し気分を害したが、彼らのテリトリーに無断で足を踏み入れたのは自分であるため“それしかできない”笑顔を浮かべて見せた。
「テラスに立っていたら光が見えたの。ダークエルフが住んでるってお父様から聞いていて、もしかしたら会えるかもしれないと思って」
「会ってどうするつもりだった?」
「えっと……そこまでは考えてなかったの。絶対に行ってはいけないと言われてきた森に光が見えた。少しワクワクしたの。すぐに靴を持って駆け出したわ」
「それで? 会えてよかったか?」
冷たい言い方だが、それも当然だとクラリッサは受け止める。誰だって自分のテリトリーに無断で入られるのは面白くない。クラリッサも父親に勝手に入られれば嫌悪感を示すだろう。
まだ相手がダークエルフと決まったわけではない。問いかけても肯定も否定もなく、今も姿は見えないまま。
だから思いを馳せていたダークエルフかどうか、この瞬間もわかっていない。
「あなたの姿が見えないから会えたとは言えないけど、お話できてよかった。勝手に入ってごめんなさい。すぐ出るわ」
ゆっくりと背を向けて、ゆっくりと足を踏み出す。もう怒気を含んでいるように聞こえなかったが、それでも腹の中はわからない。クラリッサ自身、常に感情を抑え込んで生きているから相手が見せる感情は信用していない。信用できるのは怒りのみ。怒りは嘘をつかないから。
「動くなと言ったはずだが?」
クラリッサの動きが止まる。答えは必ず欲しいクラリッサにとって問いかけたことに返事がもらえない会話は辛い。どう判断していいかがわからないから。
全ての物事において自分に決定権がない人生を送ってきたクラリッサは自己判断による行動が一番苦手。
もし本当に残虐な性格をしているのだとしたら得意の笑顔は通用しない。
「利口な判断だ」
背後で足音がする。一歩、二歩と近付いてくる。
香りがわかるほど近くまで気配を感じると緊張が更に強くなっていく。
好奇心による鼓動は緊張によるものへと変わり、クラリッサは無意識に息を止めた。
「鑑賞用王女とはよく言ったものだ」
すぐ後ろにいる。
後ろから伸びてきた手がクラリッサの顎を捉え、上げさせる。
褐色よりもまだ濃い、チョコレートのような色をした肌であることが確認できた。ダークエルフで間違いない。
まだ緊張はあるものの、クラリッサは嬉しくなった。この森はダークエルフの森で、彼はダークエルフなのだと。
「何を喜んでいる?」
「ダークエルフに会えたから」
「お前の感情はよくわからんな」
「私だけの感情だもの」
中指と薬指で顎を上げさせ、余っている人差し指がクラリッサの唇に触れる。形をなぞり、その柔らかさを確認するようになぞる無骨な指。
くすぐったさに笑うクラリッサが笑うと小さく開いた隙間から中へと指が滑り込んできた。舌先が指先に触れ、驚きに頭を引くと後頭部が何かにぶつかって逃げ場を失った。前に逃げようにも顎を取られている時点でそれは難しい。暴れると怒りを買うかもしれない。
相手の指の衛生面より自分の舌の衛生面が気になったクラリッサは相手の指をこれ以上舐めてしまわないように舌を引っ込めた。
だがそれにも限界はある。ゆっくり後を追ってくる指が有無を言わさずクラリッサの舌の表面を撫でた。
どういうつもりなのか、これになんの意味があるのかわからず困惑するが、種族が違えば何もかも違うのかもしれないと考え、これはダークエルフ流の挨拶とだ思い、クラリッサは相手の指が離れるのをジッと待っていた。
「抵抗しないのか?」
「挨拶、だと思って……はあ……」
誰かに舌に触れられたのは幼い頃に風邪をひいて以来。そのときも医者は平たい器具を使っていたため直接は触れていない。
何度か表面をなぞっただけですぐに指が抜かれたことに安堵して思わず声を出して息を吐き出した。
「……挨拶? お前はダークエルフの挨拶も知らないのか?」
「あ……ごめんなさい。私、本当に何も知らなくて」
違うならさっきのはどういう意図があってやっていたのかと疑問に思うも、怒らせてしまっただろうかと不安になった今はそれを問いかけることができなかった。
「教えてほしいか?」
「教えてもらえるのなら知りたいわ」
嬉しいと微笑むクラリッサの顎を更に持ち上げ、真上に向ける。月明かりを隠すようにかぶさってきた影。それと同時に触れた唇にクラリッサの目が見開かれた。
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