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ロベリア復活
叱る
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「誰か!! 誰か来てちょうだい!!」
悲鳴のあと、そんな大声が響き渡った。
今日は満月だから散歩に行ってくると言って庭に出かけたロベリアの悲鳴。ファーディナンドも誘われたが、仕事が溜まっていたため断った。
聞こえた悲鳴に慌てて駆け出し、駆けつけた所にはロベリアと対峙するウォルフがいた。
「何事だ」
到着したファーディナンドに抱きついて震えるロベリアがウォルフの足元を指差す。
「マシロがどうした? 噛まれたか?」
「どうしてこの城に犬がいるの!? 犬は大嫌いだから入れないでってあんなにお願いしてたじゃない!!」
白い大きな犬を怖がるロベリアを片腕で抱きしめながらウォルフを見遣ると苦い顔をしていたが、若干の怒りが滲んでいるようにも見えた。
「何があった?」
「私が散歩してたらあの犬がいたの!! 私を見て吠えてきたのよ!! 私は何もしてないのにあの犬が私を見て牙を剥き出しにして吠えたの!! 怖い!!」
「マシロは皇妃にしていません。私は陛下のご命令どおり、マシロの散歩は森に行き、早朝と夜更けにするようにしていました」
あと一時間もすれば日付が変わる時刻。ロベリアが犬が嫌いだからと気をつけるようウォルフに指示をしていたのだが、ロベリアはそれを知らなかった。
驚いた顔でこちらを見上げるロベリアに大丈夫だと声をかけるもドンッと胸を突き飛ばされる。
「ロベリア」
「知ってたの!? あなたがあの犬を飼うことを許可したの!?」
「マシロはウォルフの相棒だ。グラキエスから召喚する際、マシロを同行させることが条件だった」
「どうして断らなかったのよ!! 他にも獣人族の騎士はいたんじゃないの!? 犬がいるならダメだってどうして言わなかったの!?」
「ロベリア、落ち着け。マシロはお前に何もしていないんだろう?」
「何もしていません。皇妃は大袈裟に事を荒立てようとしています」
「なんですって!? するかもしれないじゃない!! 私に吠えたのよ!?」
あからさまな苛立ちと呆れを見せるウォルフと悲鳴を聞いて駆けつけた他の使用人の感情は同じだった。使用人の中にはマシロを洗い、ウォルフの職務中は代わりに面倒を見る者もいる。愛情があるだけに起こってもいないことでこれほどまでに騒ぎ立てるロベリアに嫌悪を露わにしている。
「私はいつものようにマシロを散歩させていただけです。それを見つけたロベリア様がわざわざ駆け寄ってきて騒ぎ始めたのです」
「私が悪いって言うの!? 私が犬は嫌いだって言ってるのにあなたが私の許可なしに飼ってるからいけないんじゃない!!」
「陛下より許可が下りています。それは先ほども申し上げはず」
ハッキリと物申すウォルフの言い方は「皇帝の許可があればお前の許可なんざいらん」と言っているようでロベリアの表情が怒りに歪む。
ウォルフは「マシロは自分の相棒であり、グラキエスで生活を共にしていた。マシロの同行については陛下から許可はもらっている」と言った。それに対してロベリアは「私が犬嫌いなのは知ってるんだから彼が許可するはずがないでしょ! この嘘つき!!」と怒鳴りつけたばかり。
「本当に許可したの!?」
「ああ」
許可はした。召喚する際、向こうからの返事は犬を同行させることだった。それにサインして迎えたのだが、何故それに許可を出したのかがわからない。ロベリアはこうして大騒ぎするほど犬が嫌い。幼い頃に犬に吠えられたことがトラウマになっている。獣人族は何も白狼だけではない。他にも多くの獣人が存在しており、他の国にも獣人族の騎士はいるのに何故交流のないグラキエスに要請したのか。
記憶には確かに召喚したウォルフがマシロを連れてきた姿があって、忠誠を誓っているのに、どうにも違和感が拭えない。
(魔女による記憶操作か?)
魔女によって記憶の一部に鍵がかけられていることがわかった。高難易度の魔法だとしても魔女なら造作もないのだろう。何か引っ掛かるたびに全てを疑わなければならない。これは正確な記憶なのか、それとも操作されているのか。そんな魔法がかけられているのかさえわからない。今が現実かどうかすら怪しんでしまう瞬間がある。
「私は認めない!! この城で犬を飼うなんて絶対にダメ!! 許さないから!!」
「マシロがあなたに近付くことはありません。彼はとても賢いので噛みついたりなど絶対にしません」
「そういう問題じゃないから!! 犬が私の城にいることが嫌なの!! 今すぐ捨ててきて!! それかグラキエスに帰りなさいよ!! 犬を飼わなきゃ来ない獣人族の騎士なんて必要ないわよ!!」
なんてことを言うんだと耳を疑う使用人たちがザワつくも興奮しているロベリアにはその声が聞こえず、彼らの表情も目に入らない。
「できません」
キッパリと断るウォルフにロベリアが叫ぶ。
「私の騎士でしょ!! 私の命令が聞けないっていうの!?」
「皇妃の命令であろうと私にとっては宝物です。陛下から許可をいただいて同行したのです。それを皇妃の毛嫌いによって尊い命を奪うなどできるはずがありません」
「ッ~!! 許さない!! 犬を飼うなんて絶対に許さないからッ!! ねえ、彼になんとか言って!」
振り返ったロベリアがファーディナンドの服を掴んでウォルフを指す。その表情に含まれた盛大な怒りに同調するようにファーディナンドも怒りの表情を見せていた。それを見て勝ち誇った顔をウォルフに向ける。
昔のファーディナンドはいつもそうだった。自分が笑えば一緒に笑い、自分が怒れば一緒に怒る。ようやく昔の彼が戻ってきたと密着するように身体を寄り添わせてほくそ笑んだ。
「ファーディナンド、彼にあの犬を今すぐ処分するように言って。でないと安心して眠れなくなっちゃう」
甘えた声を出すロベリアは急に身体が引き剥がされたことに驚いた。
「え……?」
怒った顔が向けられているのはウォルフではなくロベリアのほう。何故そんな顔でこっちを見ているのかわからないロベリアが困惑して手を伸ばすも、その手はファーディナンドによって払われる。パンッと強い音がするほどの力で。
「ファーディ、ナンド……?」
彼に拒絶されたのは初めてだった。いつも彼は笑顔で受け止め、受け入れてくれた。何を言っても『お前の好きなようにするといい』『お前の願いは俺が全て叶えてやる』と言ってくれた。際限なく甘えても許されていたのに、目の前に立つ彼は今、確かに怒りを抱えてこちらを見ている。
「いい加減にしろ」
明らかに怒気を含んだ声にヒュッと喉が鳴る。
「マシロは生きている。それを何もされていないのに処分だと? お前は皇妃だろう。救える命は全て救わなければならない立場である者が非のない命を嫌悪だけで殺すというのか? 自分のために処分しろと? 本気で言っているのか?」
あえて直接的な言葉を使ったファーディナンドの怒りの強さを身体で感じ、ロベリアはようやく今の状況に気付いた。周りを見ると集まった使用人が嫌悪と軽蔑の目を向けている。
隣の同僚と顔を寄せ合ってヒソヒソと何か言い合っていた。
拳を握ったロベリアは唇を震わせながらファーディナンドを見上げて涙を滲ませる。
「ごめんなさいッ! 私、怖くて……あのときの恐怖を思い出してカッとなっちゃったの。何もされてないのに、何かされるんじゃないかって勝手に怖がって、とんでもないことを言ってしまって……ごめんなさいッ!」
両手で顔を覆い、ワアッと泣き出すロベリアをファーディナンドは抱きしめようとしなかった。
トラウマがどういう精神状態を引き起こし行動させるか知っている。戦争帰りの軍人の中には平穏で安全な日常を送りながらもふとした瞬間、戦場で聞いた音とよく似た物音を聞いただけで一瞬で当時の記憶に引き込まれ、家族や友人が敵兵に見え、周りの人間を殺してしまうことがある。
だが、それはあくまでも戦争という最悪の状況から生還した場合の話。ロベリアは犬に噛まれたわけではなく吠えられただけ。幼い子供が大型犬に吠えられたのだから恐怖はあっただろうが、それと処分と叫ぶのは関係ないと判断した。
「どうしてあんなこと言ってしまったのかわからない! 怖いからって言ってはいけないことさえ判断できなくなってたなんて……皇妃失格だわ!!」
大泣きするロベリアを見ても使用人たちの表情は変わらない。むしろ呆れが増している。どんな状況であっても、どう取り繕おうと言った言葉は取り消せない。怒りに任せて言った言葉は本音だと誰もがそう判断する。
「私の城って言ったわよ」
「それは皇妃だからまだわかるけど、マシロを捨てろって言ったのよ」
「最後は処分しろって言った」
「あんなのが皇妃って、テロスも終わりだよな」
「ついていける気しねぇわ」
「誰もついていってないだろ。見ろよ、サーシャのあの顔。石仮面が崩れてる」
声を落として喋る使用人たちの視線がロベリアの侍女であるサーシャに集まる。誰よりも強い嫌悪感と苛立ちを露わにしながらそこに立っている。メイド服のエプロンのポケットに手を突っ込んだまま立つという使用人では絶対に許されない立ち姿にと石仮面と呼ばれるほど感情を表に出さないサーシャの表情に皆が驚いていた。
「ウォルフ、もう帰っていい。引き留めてすまなかったな」
「はい」
「マシロも、散歩の邪魔をして悪か──……ッ!」
ズキンッと強い痛みを感じると同時に映像が流れる。
〈マシロを殺さないでくれてありがとう〉
少女が涙を流している。
少女が何故マシロの名前を知っている? 以前にもマシロを殺そうとしたことがあったのか? いや、そのはずはない。ウォルフは最近来たばかりで前々からここで棋士として働いていたわけではないのだから。
記憶が混乱する。この記憶は植え付けられたものではなく自分が持っている記憶だ。鍵がかけられてその記憶だけが上手く思い出せない。魔女が思い出させないようにしているその理由はなんだ。
(これが代償ということか……?)
だとすればこの少女は自分の人生に大きく関わっていたことになる。だから思い出させないようにしているのかもしれない。まるで罰のように──……
悲鳴のあと、そんな大声が響き渡った。
今日は満月だから散歩に行ってくると言って庭に出かけたロベリアの悲鳴。ファーディナンドも誘われたが、仕事が溜まっていたため断った。
聞こえた悲鳴に慌てて駆け出し、駆けつけた所にはロベリアと対峙するウォルフがいた。
「何事だ」
到着したファーディナンドに抱きついて震えるロベリアがウォルフの足元を指差す。
「マシロがどうした? 噛まれたか?」
「どうしてこの城に犬がいるの!? 犬は大嫌いだから入れないでってあんなにお願いしてたじゃない!!」
白い大きな犬を怖がるロベリアを片腕で抱きしめながらウォルフを見遣ると苦い顔をしていたが、若干の怒りが滲んでいるようにも見えた。
「何があった?」
「私が散歩してたらあの犬がいたの!! 私を見て吠えてきたのよ!! 私は何もしてないのにあの犬が私を見て牙を剥き出しにして吠えたの!! 怖い!!」
「マシロは皇妃にしていません。私は陛下のご命令どおり、マシロの散歩は森に行き、早朝と夜更けにするようにしていました」
あと一時間もすれば日付が変わる時刻。ロベリアが犬が嫌いだからと気をつけるようウォルフに指示をしていたのだが、ロベリアはそれを知らなかった。
驚いた顔でこちらを見上げるロベリアに大丈夫だと声をかけるもドンッと胸を突き飛ばされる。
「ロベリア」
「知ってたの!? あなたがあの犬を飼うことを許可したの!?」
「マシロはウォルフの相棒だ。グラキエスから召喚する際、マシロを同行させることが条件だった」
「どうして断らなかったのよ!! 他にも獣人族の騎士はいたんじゃないの!? 犬がいるならダメだってどうして言わなかったの!?」
「ロベリア、落ち着け。マシロはお前に何もしていないんだろう?」
「何もしていません。皇妃は大袈裟に事を荒立てようとしています」
「なんですって!? するかもしれないじゃない!! 私に吠えたのよ!?」
あからさまな苛立ちと呆れを見せるウォルフと悲鳴を聞いて駆けつけた他の使用人の感情は同じだった。使用人の中にはマシロを洗い、ウォルフの職務中は代わりに面倒を見る者もいる。愛情があるだけに起こってもいないことでこれほどまでに騒ぎ立てるロベリアに嫌悪を露わにしている。
「私はいつものようにマシロを散歩させていただけです。それを見つけたロベリア様がわざわざ駆け寄ってきて騒ぎ始めたのです」
「私が悪いって言うの!? 私が犬は嫌いだって言ってるのにあなたが私の許可なしに飼ってるからいけないんじゃない!!」
「陛下より許可が下りています。それは先ほども申し上げはず」
ハッキリと物申すウォルフの言い方は「皇帝の許可があればお前の許可なんざいらん」と言っているようでロベリアの表情が怒りに歪む。
ウォルフは「マシロは自分の相棒であり、グラキエスで生活を共にしていた。マシロの同行については陛下から許可はもらっている」と言った。それに対してロベリアは「私が犬嫌いなのは知ってるんだから彼が許可するはずがないでしょ! この嘘つき!!」と怒鳴りつけたばかり。
「本当に許可したの!?」
「ああ」
許可はした。召喚する際、向こうからの返事は犬を同行させることだった。それにサインして迎えたのだが、何故それに許可を出したのかがわからない。ロベリアはこうして大騒ぎするほど犬が嫌い。幼い頃に犬に吠えられたことがトラウマになっている。獣人族は何も白狼だけではない。他にも多くの獣人が存在しており、他の国にも獣人族の騎士はいるのに何故交流のないグラキエスに要請したのか。
記憶には確かに召喚したウォルフがマシロを連れてきた姿があって、忠誠を誓っているのに、どうにも違和感が拭えない。
(魔女による記憶操作か?)
魔女によって記憶の一部に鍵がかけられていることがわかった。高難易度の魔法だとしても魔女なら造作もないのだろう。何か引っ掛かるたびに全てを疑わなければならない。これは正確な記憶なのか、それとも操作されているのか。そんな魔法がかけられているのかさえわからない。今が現実かどうかすら怪しんでしまう瞬間がある。
「私は認めない!! この城で犬を飼うなんて絶対にダメ!! 許さないから!!」
「マシロがあなたに近付くことはありません。彼はとても賢いので噛みついたりなど絶対にしません」
「そういう問題じゃないから!! 犬が私の城にいることが嫌なの!! 今すぐ捨ててきて!! それかグラキエスに帰りなさいよ!! 犬を飼わなきゃ来ない獣人族の騎士なんて必要ないわよ!!」
なんてことを言うんだと耳を疑う使用人たちがザワつくも興奮しているロベリアにはその声が聞こえず、彼らの表情も目に入らない。
「できません」
キッパリと断るウォルフにロベリアが叫ぶ。
「私の騎士でしょ!! 私の命令が聞けないっていうの!?」
「皇妃の命令であろうと私にとっては宝物です。陛下から許可をいただいて同行したのです。それを皇妃の毛嫌いによって尊い命を奪うなどできるはずがありません」
「ッ~!! 許さない!! 犬を飼うなんて絶対に許さないからッ!! ねえ、彼になんとか言って!」
振り返ったロベリアがファーディナンドの服を掴んでウォルフを指す。その表情に含まれた盛大な怒りに同調するようにファーディナンドも怒りの表情を見せていた。それを見て勝ち誇った顔をウォルフに向ける。
昔のファーディナンドはいつもそうだった。自分が笑えば一緒に笑い、自分が怒れば一緒に怒る。ようやく昔の彼が戻ってきたと密着するように身体を寄り添わせてほくそ笑んだ。
「ファーディナンド、彼にあの犬を今すぐ処分するように言って。でないと安心して眠れなくなっちゃう」
甘えた声を出すロベリアは急に身体が引き剥がされたことに驚いた。
「え……?」
怒った顔が向けられているのはウォルフではなくロベリアのほう。何故そんな顔でこっちを見ているのかわからないロベリアが困惑して手を伸ばすも、その手はファーディナンドによって払われる。パンッと強い音がするほどの力で。
「ファーディ、ナンド……?」
彼に拒絶されたのは初めてだった。いつも彼は笑顔で受け止め、受け入れてくれた。何を言っても『お前の好きなようにするといい』『お前の願いは俺が全て叶えてやる』と言ってくれた。際限なく甘えても許されていたのに、目の前に立つ彼は今、確かに怒りを抱えてこちらを見ている。
「いい加減にしろ」
明らかに怒気を含んだ声にヒュッと喉が鳴る。
「マシロは生きている。それを何もされていないのに処分だと? お前は皇妃だろう。救える命は全て救わなければならない立場である者が非のない命を嫌悪だけで殺すというのか? 自分のために処分しろと? 本気で言っているのか?」
あえて直接的な言葉を使ったファーディナンドの怒りの強さを身体で感じ、ロベリアはようやく今の状況に気付いた。周りを見ると集まった使用人が嫌悪と軽蔑の目を向けている。
隣の同僚と顔を寄せ合ってヒソヒソと何か言い合っていた。
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「ごめんなさいッ! 私、怖くて……あのときの恐怖を思い出してカッとなっちゃったの。何もされてないのに、何かされるんじゃないかって勝手に怖がって、とんでもないことを言ってしまって……ごめんなさいッ!」
両手で顔を覆い、ワアッと泣き出すロベリアをファーディナンドは抱きしめようとしなかった。
トラウマがどういう精神状態を引き起こし行動させるか知っている。戦争帰りの軍人の中には平穏で安全な日常を送りながらもふとした瞬間、戦場で聞いた音とよく似た物音を聞いただけで一瞬で当時の記憶に引き込まれ、家族や友人が敵兵に見え、周りの人間を殺してしまうことがある。
だが、それはあくまでも戦争という最悪の状況から生還した場合の話。ロベリアは犬に噛まれたわけではなく吠えられただけ。幼い子供が大型犬に吠えられたのだから恐怖はあっただろうが、それと処分と叫ぶのは関係ないと判断した。
「どうしてあんなこと言ってしまったのかわからない! 怖いからって言ってはいけないことさえ判断できなくなってたなんて……皇妃失格だわ!!」
大泣きするロベリアを見ても使用人たちの表情は変わらない。むしろ呆れが増している。どんな状況であっても、どう取り繕おうと言った言葉は取り消せない。怒りに任せて言った言葉は本音だと誰もがそう判断する。
「私の城って言ったわよ」
「それは皇妃だからまだわかるけど、マシロを捨てろって言ったのよ」
「最後は処分しろって言った」
「あんなのが皇妃って、テロスも終わりだよな」
「ついていける気しねぇわ」
「誰もついていってないだろ。見ろよ、サーシャのあの顔。石仮面が崩れてる」
声を落として喋る使用人たちの視線がロベリアの侍女であるサーシャに集まる。誰よりも強い嫌悪感と苛立ちを露わにしながらそこに立っている。メイド服のエプロンのポケットに手を突っ込んだまま立つという使用人では絶対に許されない立ち姿にと石仮面と呼ばれるほど感情を表に出さないサーシャの表情に皆が驚いていた。
「ウォルフ、もう帰っていい。引き留めてすまなかったな」
「はい」
「マシロも、散歩の邪魔をして悪か──……ッ!」
ズキンッと強い痛みを感じると同時に映像が流れる。
〈マシロを殺さないでくれてありがとう〉
少女が涙を流している。
少女が何故マシロの名前を知っている? 以前にもマシロを殺そうとしたことがあったのか? いや、そのはずはない。ウォルフは最近来たばかりで前々からここで棋士として働いていたわけではないのだから。
記憶が混乱する。この記憶は植え付けられたものではなく自分が持っている記憶だ。鍵がかけられてその記憶だけが上手く思い出せない。魔女が思い出させないようにしているその理由はなんだ。
(これが代償ということか……?)
だとすればこの少女は自分の人生に大きく関わっていたことになる。だから思い出させないようにしているのかもしれない。まるで罰のように──……
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