63 / 190
行方不明
しおりを挟む
「そんな……まさか……!」
翌朝、信じられない光景に目を疑ったのはファーディナンドだけではなかった。
空を覆う暗闇。祓ったはずの闇が復活している。
「何故だ……! 聖女は加護をかけたと言っていたぞ!」
部屋にやってきたアイゼンに怒鳴るもわからないの一点張り。
「緊急会議をと既に貴族の皆様が集まっておられます。陛下もお急ぎください」
「わかった」
どれほど声を荒げようと聞こえないイベリスはまだベッドの中でスヤスヤと眠っている。わざわざ起こす必要はないと判断し、サーシャとウォルフをここで待機させるよう命じ、貴族たちが待つ会議室へと駆け足で向かった。
「やはりこうなったではありませんか!!」
「だからあれほど聖女を引き留めるべきだと申し上げましたのに!!」
「聖女の加護だけでどうにかなる問題ではないんです!! 聖女の存在が闇を祓うのです!! 陛下もおわかりのはず!!」
「今からでも遅くありません! 聖女に戻ってきてもらいましょう! そしてテロスの守護神となっていただくのです!!」
「このままでは明日にでも暴動が起きるやもしれませんぞ!! 聖女の存在を求め、聖女を呼び戻さない陛下に怒りを抱く国民が城門を破壊し、城に乗り込んで来るかもしれません!!」
会議室には貴族たちの怒声が響き渡っている。祓われたはずの闇が聖女がいなくなった途端に復活した。聖女は確かに加護をかけたと言った。昨日の朝も確かに加護の重ねがけをしてくれた。それなのに闇は加護をものともせず、広がっていく。
一度目よりも深いように見えるその闇に今度こそ災いが起きるのではないかと貴族たちは何度も外を見遣る。
「まさか……ロベリア様の呪い、というわけでは……」
「口を慎め!!」
響き渡るほどの怒声に貴族たちは萎縮する。
これがロベリアの呪いであるはずがない。ロベリアは誰かを呪ったりするような女ではない。もし自分が誰かを別の女性を愛したとしても祝福できる心優しい女だ。発言した男を睨みつけるも男は震えながら反論する。
「で、ですが、最近の陛下はイベリス皇妃にご執心だとか……」
「妻を愛して何が悪い! それがロベリアへの裏切りだと言うのか!」
「ロ、ロベリア前皇妃は病に倒れ、お亡くなりになりました。その無念は計り知れないでしょう。心から陛下を愛しておられたことは私どもも幾度となく目にしております。叶うならあと五十年は陛下と共に生きたかったはず。それなのに陛下には既に新しい妻がおり──」
強くテーブルが叩かれ、置かれていた人数分の水が入ったグラスが倒れた。一斉に足で椅子を引いて立ち上がる貴族たちが男に「もうやめておけ」と目で訴えるも男はやめない。恐怖で握った拳を震わせながらまだ口を開く。
「も、申し上げますが、イベリス皇妃は皇妃としての役割を全く果たしておりません! 皇帝と結婚したからには皇妃としての自覚を持ち、行動するのが務めのはず! ロベリア皇妃は皇妃として申し分ない働きをしてくださいました! 私はテロスの国民として──」
「ロベリアとイベリスを比べてどうなる!! 何もしなくていいと俺が言ったんだ! イベリスの仕事は全て俺に回せと俺が言ったんだ! 俺が求婚し、嫁に来てもらったからだ!」
「で、ですが──」
「耳が聞こえなくとも耳と手が使えるのだからできることがあるとでも言いたげだな? それでもさせるなと俺が言ったんだ。皇妃の自覚? 皇妃の行動? 皇妃として敬う姿勢すら見せないお前たちに批判する資格があるとでも思っているのか!!」
耳が聞こえない皇妃への戸惑いなら理解できる。だが、彼らは違う。耳が聞こえないことで見下していい相手だと判断している。その視線に、表情に気付いていたファーディナンドはずっと堪えていた怒りを爆発させた。喉が切れそうなほどの怒声はドアを閉めていても外まで響き、使用人たちが怯える。
この世界の誰にもイベリスを批判する資格はない。夫である自分でさえイベリスに文句を言う資格すら持たないのだから接してこなかった彼らにあるはずがないとテーブルを叩き、怒鳴り続けるファーディナンドに必死に反論していた男もついに黙った。
「陛下、今は冷静に話し合うべきとき。イベリス様の問題ではなく、テロスを覆うこの闇をどうするかの話し合いを──」
アイゼンの言葉を遮るようにドアが乱暴に開く音がした。
「陛下! 大変です!!」
ドアを突き破るように飛び込んできたウォルフが獣化を解いて人間へと戻る。汗をかき、息を切らせている。
「会議中だぞ。ノックを──」
「イベリス様のお姿が見えません!!」
静まりそうにない怒りが沸き上がっていたはずなのに、一瞬で消え去った感情は新たに疑問と不安を呼び起こす。
意味もなく息を切らせるはずがない。獣人族は人間の数倍、体力がある。
「俺が部屋を出る前は確かに眠っていたぞ!」
「呼ばれてすぐに部屋を訪ねたところ、イベリス様のお姿は既に見当たりませんでした!」
「そんなバカな!!」
会議室を飛び出したファーディナンドが駆け足で部屋に戻ると違和感を覚えた。何かがおかしい。だが、一体なんだ?
「イベリス!!」
イベリスはロベリアと違い、雷に怯えることはない。雨が窓を打つ音が怖いと言ったこともない。だからどこかに隠れるわけもない。サーシャとウォルフが来るまで移動するなどあり得ない。
クローゼットを開け、ベッドの下を覗き込み、手がかりはないかと引き出しを開けるも何も入っていない。ゲームをしているわけではない。こんな状況の中でふざけるタイプでもないためサーシャとウォルフが呼んで出てこないのが不可解だった。
「イベリスの部屋は探したのか!?」
「はい! 浴室、書庫、食材庫、庭の隅々まで探しました! 現在、騎士団総出で探していますが、発見に至らず……」
「イベリスの匂いを追え!! なんのための獣人族だ!!」
振り返って怒鳴るもハッとする。ウォルフは無能な男ではない。若くして騎士となったほど優秀な男だ。獣人族である自分の能力を誰よりも理解しているのはウォルフ自身。言われるまでもなく匂いを追っていたはず。だから会議室に入ってきたとき、彼はまだ獣化したままだった。
「すまん……」
「いえ、私も引き続き捜索に当たります」
「頼んだ」
獣化したウォルフがドア付近で止まって振り返った。
「陛下」
「なんだ……」
「お心を強く、お願いします」
取り乱すな。お前は皇帝だろう。そう言われている気がした。
「わかっている」
ウォルフの赤い目を見つめてしっかりとした声で返事を返すと駆けていった。
静かになった部屋の中をぐるりと見回す。何かがおかしい。何かが不自然。ここに入ってからずっと違和感を感じている。
(なんだ? 何かがおかしい。何がおかしい? 一体何に違和感がある? 考えろ。思い出せ)
部屋を出てからまだそう時間が経っているわけじゃない。
ゆっくり後退りして開けっぱなしのドアの位置まで戻り、この時点で感じた違和感を探る。クローゼットは関係ない。カーテンも窓も違う。花瓶。花。鏡台。テーブル。椅子。本棚。ランプ。全て違う。ベッド。そう、ベッド。ベッドに違和感がある。
ベッドに近寄って見回すもおかしな部分は見当たらない。枕の数は足りているし、天蓋の柱に傷があるわけでもない。床に膝をついてシーツをめくり、ベッドの下を改めて覗き込むが張り付いてもいない。シーツから手を離して立ち上がったところで違和感の理由に気付いた。
「……どういうことだ……」
イベリスは確かにここで寝ていた。上を向いて眠っていた。会議室に向かう前に見たのだから間違いない。だが、何故かベッドのシーツはイベリスが眠っていた場所だけ乱れていない。シワがないのだ。人がそこで入り込んだことによって盛り上がった形跡もなければベッドから出るのにシーツを捲った形跡もない。
「陛下」
情報をできるだけ集めて持ってきたアイゼンの話によると馬車は台数が揃っており、庭師も使用人も城門前の門番も大門の門番もイベリスの姿は確認していないという。
会議室に入ってからそう時間は経っておらず、門番すら見ていないのだから国は出ていないのではないかということ。
捜索区域を城下町にまで広げろと指示を出し、アイゼンが指示を出しに早足でラルドのもとへと向かう。
(逃げ出した? いや、それならウォルフたちに何か話しているはずだ。ウォルフたちに心配をかけてまで家出を優先させるタイプではない。拐われた? いつ。俺が会議室に向かってからウォルフたちが来るまでの間に誰にも見られず何者かがイベリスを連れて出たというのか?)
相当な暗闇であるため不可能ではない。ほとんどの人間が空を見上げ、朝を奪った闇に不安を感じていたはず。普段ならおかしいと思う様子もそっちへの思考は働かなかったのかもしれない。
だが、門番はどうだ。門番までが仕事を放棄して空を見上げていたとは考えにくい。ましてや門番である自分たち以外に大門を開けた人間がいるのに気付かなかったはずがない。
(触れていない……)
朝起きたとき、会議室に向かうとき、どちらもファーディナンドはイベリスに触れていない。起こしたくなかったからだ。姿は見た。だが、触れていない。
(俺が部屋を出たすぐあと、ウォルフたちが来るまでに何者かがイベリスを連れて出たとして、その短時間でウォルフが匂いを追えないはずがない。イベリスが自分の意思で出て行ったのだとしても同じだ。だとすれば……)
あそこで寝ていたイベリスが幻術によって見せられていたものである可能性がファーディナンドの中で浮上する。
(一体いつからイベリスはいなかった!?)
ハッとする。昨夜、風に当たると言ってテラスに出た。置いてあるお気に入りの椅子に座ったままジッと月を見上げていた。ガタッと音がしたため様子を見に行ったが、椅子が倒れているわけでもなければランタンが倒れているわけでもない。イベリスは耳が聞こえないため無反応なのは当然で、それに違和感を覚えるはずもなく、一階のほうからだったかと思い込んだ。
もしあの音がイベリスが拐われ、幻術とすり替わったものだとしたら──
「ウォルフを呼べ!! すぐにだ!!」
突然大声を出したファーディナンドに驚きながらも部屋を飛び出したアイゼンはイベリスを探し回っている使用人全員にウォルフを呼ぶよう伝え、走り回った。
翌朝、信じられない光景に目を疑ったのはファーディナンドだけではなかった。
空を覆う暗闇。祓ったはずの闇が復活している。
「何故だ……! 聖女は加護をかけたと言っていたぞ!」
部屋にやってきたアイゼンに怒鳴るもわからないの一点張り。
「緊急会議をと既に貴族の皆様が集まっておられます。陛下もお急ぎください」
「わかった」
どれほど声を荒げようと聞こえないイベリスはまだベッドの中でスヤスヤと眠っている。わざわざ起こす必要はないと判断し、サーシャとウォルフをここで待機させるよう命じ、貴族たちが待つ会議室へと駆け足で向かった。
「やはりこうなったではありませんか!!」
「だからあれほど聖女を引き留めるべきだと申し上げましたのに!!」
「聖女の加護だけでどうにかなる問題ではないんです!! 聖女の存在が闇を祓うのです!! 陛下もおわかりのはず!!」
「今からでも遅くありません! 聖女に戻ってきてもらいましょう! そしてテロスの守護神となっていただくのです!!」
「このままでは明日にでも暴動が起きるやもしれませんぞ!! 聖女の存在を求め、聖女を呼び戻さない陛下に怒りを抱く国民が城門を破壊し、城に乗り込んで来るかもしれません!!」
会議室には貴族たちの怒声が響き渡っている。祓われたはずの闇が聖女がいなくなった途端に復活した。聖女は確かに加護をかけたと言った。昨日の朝も確かに加護の重ねがけをしてくれた。それなのに闇は加護をものともせず、広がっていく。
一度目よりも深いように見えるその闇に今度こそ災いが起きるのではないかと貴族たちは何度も外を見遣る。
「まさか……ロベリア様の呪い、というわけでは……」
「口を慎め!!」
響き渡るほどの怒声に貴族たちは萎縮する。
これがロベリアの呪いであるはずがない。ロベリアは誰かを呪ったりするような女ではない。もし自分が誰かを別の女性を愛したとしても祝福できる心優しい女だ。発言した男を睨みつけるも男は震えながら反論する。
「で、ですが、最近の陛下はイベリス皇妃にご執心だとか……」
「妻を愛して何が悪い! それがロベリアへの裏切りだと言うのか!」
「ロ、ロベリア前皇妃は病に倒れ、お亡くなりになりました。その無念は計り知れないでしょう。心から陛下を愛しておられたことは私どもも幾度となく目にしております。叶うならあと五十年は陛下と共に生きたかったはず。それなのに陛下には既に新しい妻がおり──」
強くテーブルが叩かれ、置かれていた人数分の水が入ったグラスが倒れた。一斉に足で椅子を引いて立ち上がる貴族たちが男に「もうやめておけ」と目で訴えるも男はやめない。恐怖で握った拳を震わせながらまだ口を開く。
「も、申し上げますが、イベリス皇妃は皇妃としての役割を全く果たしておりません! 皇帝と結婚したからには皇妃としての自覚を持ち、行動するのが務めのはず! ロベリア皇妃は皇妃として申し分ない働きをしてくださいました! 私はテロスの国民として──」
「ロベリアとイベリスを比べてどうなる!! 何もしなくていいと俺が言ったんだ! イベリスの仕事は全て俺に回せと俺が言ったんだ! 俺が求婚し、嫁に来てもらったからだ!」
「で、ですが──」
「耳が聞こえなくとも耳と手が使えるのだからできることがあるとでも言いたげだな? それでもさせるなと俺が言ったんだ。皇妃の自覚? 皇妃の行動? 皇妃として敬う姿勢すら見せないお前たちに批判する資格があるとでも思っているのか!!」
耳が聞こえない皇妃への戸惑いなら理解できる。だが、彼らは違う。耳が聞こえないことで見下していい相手だと判断している。その視線に、表情に気付いていたファーディナンドはずっと堪えていた怒りを爆発させた。喉が切れそうなほどの怒声はドアを閉めていても外まで響き、使用人たちが怯える。
この世界の誰にもイベリスを批判する資格はない。夫である自分でさえイベリスに文句を言う資格すら持たないのだから接してこなかった彼らにあるはずがないとテーブルを叩き、怒鳴り続けるファーディナンドに必死に反論していた男もついに黙った。
「陛下、今は冷静に話し合うべきとき。イベリス様の問題ではなく、テロスを覆うこの闇をどうするかの話し合いを──」
アイゼンの言葉を遮るようにドアが乱暴に開く音がした。
「陛下! 大変です!!」
ドアを突き破るように飛び込んできたウォルフが獣化を解いて人間へと戻る。汗をかき、息を切らせている。
「会議中だぞ。ノックを──」
「イベリス様のお姿が見えません!!」
静まりそうにない怒りが沸き上がっていたはずなのに、一瞬で消え去った感情は新たに疑問と不安を呼び起こす。
意味もなく息を切らせるはずがない。獣人族は人間の数倍、体力がある。
「俺が部屋を出る前は確かに眠っていたぞ!」
「呼ばれてすぐに部屋を訪ねたところ、イベリス様のお姿は既に見当たりませんでした!」
「そんなバカな!!」
会議室を飛び出したファーディナンドが駆け足で部屋に戻ると違和感を覚えた。何かがおかしい。だが、一体なんだ?
「イベリス!!」
イベリスはロベリアと違い、雷に怯えることはない。雨が窓を打つ音が怖いと言ったこともない。だからどこかに隠れるわけもない。サーシャとウォルフが来るまで移動するなどあり得ない。
クローゼットを開け、ベッドの下を覗き込み、手がかりはないかと引き出しを開けるも何も入っていない。ゲームをしているわけではない。こんな状況の中でふざけるタイプでもないためサーシャとウォルフが呼んで出てこないのが不可解だった。
「イベリスの部屋は探したのか!?」
「はい! 浴室、書庫、食材庫、庭の隅々まで探しました! 現在、騎士団総出で探していますが、発見に至らず……」
「イベリスの匂いを追え!! なんのための獣人族だ!!」
振り返って怒鳴るもハッとする。ウォルフは無能な男ではない。若くして騎士となったほど優秀な男だ。獣人族である自分の能力を誰よりも理解しているのはウォルフ自身。言われるまでもなく匂いを追っていたはず。だから会議室に入ってきたとき、彼はまだ獣化したままだった。
「すまん……」
「いえ、私も引き続き捜索に当たります」
「頼んだ」
獣化したウォルフがドア付近で止まって振り返った。
「陛下」
「なんだ……」
「お心を強く、お願いします」
取り乱すな。お前は皇帝だろう。そう言われている気がした。
「わかっている」
ウォルフの赤い目を見つめてしっかりとした声で返事を返すと駆けていった。
静かになった部屋の中をぐるりと見回す。何かがおかしい。何かが不自然。ここに入ってからずっと違和感を感じている。
(なんだ? 何かがおかしい。何がおかしい? 一体何に違和感がある? 考えろ。思い出せ)
部屋を出てからまだそう時間が経っているわけじゃない。
ゆっくり後退りして開けっぱなしのドアの位置まで戻り、この時点で感じた違和感を探る。クローゼットは関係ない。カーテンも窓も違う。花瓶。花。鏡台。テーブル。椅子。本棚。ランプ。全て違う。ベッド。そう、ベッド。ベッドに違和感がある。
ベッドに近寄って見回すもおかしな部分は見当たらない。枕の数は足りているし、天蓋の柱に傷があるわけでもない。床に膝をついてシーツをめくり、ベッドの下を改めて覗き込むが張り付いてもいない。シーツから手を離して立ち上がったところで違和感の理由に気付いた。
「……どういうことだ……」
イベリスは確かにここで寝ていた。上を向いて眠っていた。会議室に向かう前に見たのだから間違いない。だが、何故かベッドのシーツはイベリスが眠っていた場所だけ乱れていない。シワがないのだ。人がそこで入り込んだことによって盛り上がった形跡もなければベッドから出るのにシーツを捲った形跡もない。
「陛下」
情報をできるだけ集めて持ってきたアイゼンの話によると馬車は台数が揃っており、庭師も使用人も城門前の門番も大門の門番もイベリスの姿は確認していないという。
会議室に入ってからそう時間は経っておらず、門番すら見ていないのだから国は出ていないのではないかということ。
捜索区域を城下町にまで広げろと指示を出し、アイゼンが指示を出しに早足でラルドのもとへと向かう。
(逃げ出した? いや、それならウォルフたちに何か話しているはずだ。ウォルフたちに心配をかけてまで家出を優先させるタイプではない。拐われた? いつ。俺が会議室に向かってからウォルフたちが来るまでの間に誰にも見られず何者かがイベリスを連れて出たというのか?)
相当な暗闇であるため不可能ではない。ほとんどの人間が空を見上げ、朝を奪った闇に不安を感じていたはず。普段ならおかしいと思う様子もそっちへの思考は働かなかったのかもしれない。
だが、門番はどうだ。門番までが仕事を放棄して空を見上げていたとは考えにくい。ましてや門番である自分たち以外に大門を開けた人間がいるのに気付かなかったはずがない。
(触れていない……)
朝起きたとき、会議室に向かうとき、どちらもファーディナンドはイベリスに触れていない。起こしたくなかったからだ。姿は見た。だが、触れていない。
(俺が部屋を出たすぐあと、ウォルフたちが来るまでに何者かがイベリスを連れて出たとして、その短時間でウォルフが匂いを追えないはずがない。イベリスが自分の意思で出て行ったのだとしても同じだ。だとすれば……)
あそこで寝ていたイベリスが幻術によって見せられていたものである可能性がファーディナンドの中で浮上する。
(一体いつからイベリスはいなかった!?)
ハッとする。昨夜、風に当たると言ってテラスに出た。置いてあるお気に入りの椅子に座ったままジッと月を見上げていた。ガタッと音がしたため様子を見に行ったが、椅子が倒れているわけでもなければランタンが倒れているわけでもない。イベリスは耳が聞こえないため無反応なのは当然で、それに違和感を覚えるはずもなく、一階のほうからだったかと思い込んだ。
もしあの音がイベリスが拐われ、幻術とすり替わったものだとしたら──
「ウォルフを呼べ!! すぐにだ!!」
突然大声を出したファーディナンドに驚きながらも部屋を飛び出したアイゼンはイベリスを探し回っている使用人全員にウォルフを呼ぶよう伝え、走り回った。
244
お気に入りに追加
885
あなたにおすすめの小説
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。
そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。
そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。
「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」
そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。
かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが…
※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。
ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。
よろしくお願いしますm(__)m
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~
参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。
二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。
アイシアはじっとランダル様を見つめる。
「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」
「何だ?」
「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」
「は?」
「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」
婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。
傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。
「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」
初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。
(あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?)
★小説家になろう様にも投稿しました★
森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。
玖保ひかる
恋愛
[完結]
北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。
ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。
アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。
森に捨てられてしまったのだ。
南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。
苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。
※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。
※完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる