スノウ・ホワイト

ねおきてる

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29.

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わたくしは、穴があく程まじまじと、思わず彼女を見つめました。 
垂れ下がった大きな鼻、皺だらけのくぼんだ目。
体も数日洗ってないのか、異臭が辺りを立ち込めていました。
城にいた頃の継母から驚くような変わりようでした。

燦々と太陽の光が継母に降り注ぎます。
頭上を行く鳥の声に、彼女は顔を上げて微笑みました。
その表情は、城にいた頃のわたくしが知らなかった顔でした。
あの頃の継母は、美しさとは裏腹に不機嫌な顔をしておりました。
嫉妬と憤怒と焦燥感。
駆け巡る城の中の日常と常識に翻弄され、眉間の皺は深く刻まれ、ギラギラ瞳は光っており、人は誰も近付きませんでした。
それが、どうでしょう。
優しい眼差しを投げる彼女にわたくしは驚きを隠せませんでした。
人が恐れる美貌を手放し、解き放たれたようでした。

「お嬢さん。」

枯れたような声でわたくしを呼びながら、籠の中から、彼女は一つ真っ赤な果実を取り出しました。
それは、見事な林檎でした。

「これは、すごい果実なのよ。」

そう言いながら、私の手にその大きな身を持たせました。
ずしりと伝わる果実の重みと裏腹に、私は初めて触る継母の手の軽さに驚きました。

「私は、遥か遠い国からこの場所にやってきた。
ここまで来る道は険しかった。私の格好を見てごらん。これくらい過酷だったのさ。
遠い昔はあんたみたいに、それはそれは綺麗だった。
けれど、時間ってのは残酷さ。私が大切にしていた物から、一つずつ奪って行った。
若さ、美貌、自尊心。信じて疑わなかった物からね。」

私が踏みしめた足元に何かの影が映りました。
ふと頭上に目線を上げると、一羽の美しい鳥でした。
名前も知らないその鳥は、わたくしの頭上を勢いをつけて通り、継母の近くを悠々と超えて遠くへ行きました。
彼女はこうべに被った頭巾をずらしてその鳥を見つめました。
愛情すら込めたような眼差しに、わたくしは息を飲みました。
わたくしと彼女を割いた時間の中で、どのようなことがあったのでしょう。
城の頃を忘れたような、優しいその眼差しは、何かから解放されたような清々しさがありました。
美貌と若さを手放した彼女は安堵とゆとりに満ちていました。

「お嬢さん」

不意に継母が呼びかけました。


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