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ヒーロー出没注意!

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「タァーーーー!」


 黒ずくめの男に、技をキメ,ヒーローは雄たけびを上げた。

目元は仮面で隠されてはいるけど整った顔立ちであることは見て取れる。

技を決められている男は、砂場に顔をつっこんだまま、動きもしない。

砂場?


・・・、そう廃墟や、うらぶれた路地裏なんかでやってくれたら、どんなにかっこよかったろう。

何を隠そう(隠したかったけど)この熱い戦い、公園のぞうさんの滑り台前の砂場で繰り広げられている。



「悪に告ぐ!」


仮面の男は、技を決め、夜空に叫んだ。


「この世が続き、生命燃えつくすまで、心の悪に身をゆだねずと、ここに誓え!」


いや、無理でしょう。お相手、お顔砂の中ですし。

私は、トイレの影から見守り、そうつぶやいた。

黒ずくめの男は、けなげに砂の中で二言三言ものを言った。

時折喉に詰まる砂に咳き込み、ゆっくり詫びる彼に、ヒーローは言い放った。


「声が小さい!」


もう、やめてほしい。

ここまで、砂場で白熱できるのは彼らか、スズメの砂浴びくらいだろう。

もう限界だ。

そう思った私は制服姿で立ち上がった。

男に謝罪の言葉を復唱させるヒーローにゆっくり近づく。


「あの、お父さん。」


不意にヒーローが振り向いた。

がっちりと技を決めたまま、顔だけこっちに向けている。


「早く帰ってくれません?もう、ご飯なんで。」
★☆★☆★☆★☆


 たまいし商店街に入ってすぐの右から三軒目、古いポストの左にある、しらはま屋はおじいちゃんの代から続く駄菓子屋。

誰が飲むのかわかんない粉末ジュースに、遊び方も知らない古いおもちゃが溢れる店内をぬけ、ふすま一つあければ、我が家の食卓。

そして、たった今ちゃぶ台にキュウリの糠漬けを並べている女子中学生がこの物語の主人公、川口慶、十三歳。


市内の中学に通う普通の中学二年生。


色々自己紹介なんかもしたいところだけれど・・・隣の男がかき込んだご飯にむせているから少し後に回そう。



「はい、お父さん、これ。」



 そういいながら私は、隣の仮面だけを外しヒーロースーツを着たまま夕食を食べ、なおかつ、むせている男に湯呑を渡した。


彼が、さっき公園で熱い戦いを繰り広げていた本人、川口誠、私のお父さん。

日中は親戚の呉服店を手伝い、子供たちが帰宅する夕方以降はこのしらはま屋で店番をする、普通そうでどう考えても普通じゃない四十二歳♂だ。




「む、すまない。」




 せき込みながら、湯呑を受け取り、グイと飲み干す。


形の良い眉が苦しそうに歪み、影が落ちる程長いまつ毛に涙が縁取っている。


湯呑は高い鼻に押し当てられ、口からこぼれたしずくが引き締まった体に落ちた。


こうやって見ると現実離れしたほど整った容姿であることに驚かされる。


畳にちゃぶ台の食卓が彼以上に似合わない人はいないだろう。


それもそのはず、若いころは大手事務所に所属する俳優だったという。


高校時代にスカウトされ、戦隊物ドラマのオーディションでいきなり主役に大抜擢。


そんな華々しい過去の裏で彼は、こう語ったという。




「芸能人になりたいのではない。ヒーローになるための第一歩だ。」




 信じられないかもしれないが、この男、本気で将来の夢はヒーローだったらしい。


高校時代、進路の第一、第二志望にヒーロー、公務員と書き、担任を本気で困らせたという。




「今日の敵は一段とてこずったな。」



 米粒にむせて涙目になったまま、彼はそう呟いた。



「ただ、花壇を荒らす酔っ払いでしたけどね。」




 私は、自分で作った豆苗サラダを頬張り間髪入れずに言ってやった。




「ていうかさあ、あんな騒いで酔っ払い一匹退治って何?ホント、ダサすぎるんですけど。」




 暴言の波は止まらない。当たり前だ。


この前も、大騒ぎをしたせいで退治されるのは露出狂のはずなのに怪しい格好のヒーローも通報されかけていた。



「ヒーローの戦いには、犠牲がつきものだ。」




 彼は、波を乗り越え、平然と言った。米粒でむせていたのが嘘のように眉を引き締め真っすぐこっちを見つめている。


ついでに、滑らかに空の茶碗を目の前に差し出してきた。


おかわりのサインだ。


こうなれば、この人は言う事なんて聞きやしない。いつものことながら、私は呆れあきらめ、茶碗を受け取った。




「お父さん、さあ、なんで、ヒーロー続けてんの?」




 茶碗にご飯をつぎつぎ、りりしい顔で漬物を噛む彼に問いかけた。


皆に望まれ満場一致の芸能会デビュー。困り果てていた担任も、さぞかし喜んだことだろう。


それにも関わらず、さっさと芸能界を辞めてきて、行きつく先は、アルバイト兼駄菓子屋兼ヒーロー。もう意味が分からない。




「わからないか?」


「何が?」


「守りたいものがあるからだ。」




 そうだ、私が馬鹿だった。本当の理由は知らないけど、この人はいつもこう答えるんだ。


守りたいもの?なんじゃそりゃ。特大の犠牲が付くほどのものなのか。




「そうだぜ、男には守りたいものがあるからなあ。」




 背後から聞きなじみのある声が聞こえた。


振り返るとやっぱりいた。




「よう!誠!今日も、お勤めご苦労さんです!」




 身長百八十オーバーの昭和風男前ポリス、佐々木武蔵四十三歳。


仕事帰りに、うちにご飯をあさりに来る、まあいうなれば顔なじみの野良犬のような存在だ。




「あの酔っ払い、無事、署に同行してきたぞ。」




 そう、この男がうちの父にヒーローごっこをそそのかしている張本人でもある。




「武蔵さん、不審者をやっつけるのは、警察の役目なんじゃないですか?」




 行儀悪くから揚げをつまみ食いする手を払いのけながら私は嫌味たっぷりに聞いてやった。




「分かってねえなあ。ああいう輩にはこの街にはヒーローっていう存在がいるんだぜってわからせてなあ。」




 そういいながら懲りずにから揚げに再挑戦している手を私は憎々しげにハエたたきでひっぱたいた。




「いってえなあ!」




「なーにが、ヒーローですか!こんな変態みたいな恰好、人の父親に毎晩させて!面倒な役全部、やらせてるくせに!スーパーマンが露出狂退治すると思うんですか!」


「別に変態ばかり退治しているわけではない。」




 話題の中心になっているにもかかわらず、影の薄い変態は、静かに異論を述べた。



もういやだ。

これ以上ここにいると馬鹿が感染るウツる



私は、急いでご飯をかきこみ、たちあがった。


部屋の隅にある階段を上がろうとし、片足をかけたが、また足を戻し、振り返る。



後ろでは、ずうずうしくご飯をよそる武蔵さんと、ヒーロースーツのまま夕食を続行する父がいた。


梶井基次郎の「檸檬」よろしく炊飯器が爆発することをあの時ほど願ったことはなかっただろう。



「そんなんだから、お母さんだって逃げたんだから!」




 そう吐き捨てて、二階に駆け上がった。



二階には寝室の隣に狭いけれど私専用の部屋がある。


本棚と、勉強机のみの本当に無味乾燥な部屋。


JCのかけらも感じないかもしれないが、何を隠そう私は守銭奴だ。


必要最低限の物しか買いそろえるつもりはない。


いつものように参考書とノートを広げ、勉強を始める。


机の前には「無駄金、馬鹿が使う!」と書いた紙が貼られてある。


物心ついたころからの私のモットーだ。


下から、お父さんと武蔵さんの話声が聞こえてくる。きっとまたろくでもない計画を立てているのだろう。時折聞こえる笑い声に、私は小さく舌打ちをした。
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