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イケメンなのに名は一休

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 事の始まりは、一枚のエントリーシートからだった。


  志望した職場はことごとく落ちて、お祈りメールの山の中に、一件だけ採用メールが来ていた。


その会社の名は…「おとぎの国のハローワーク」。


 おとぎの国ってとこさえなければなぁ。
お昼前、田舎の踏切前で昨日来たメールを見てぼんやり私は考えた。


 文面はこうだ。


「相田 和子様
貴方の事を迎えに行きます。
午前11時11分、画餅駅の踏切前でお待ちください。
貴方を盛大にお出迎えいたします。
社内より愛を込めて。
おとぎの国のハローワーク一同より」


 うん、おとぎの、があってもなくても大丈夫。
相当ヤバい。


 採用メールも確かにヤバかった。


「あなたの、エントリーシートを見た時、稲妻が走りました。面接なんてしていられません。すぐにお会いしたいです。」


これを見て、採用!と泣いて喜んだ私も相当気が参っていたのだろう。
 

  今時ラブレターだって、こんなのがあれば震え上がって破り捨てる。


 帰ってしまおうか。


  ちらりとそんな考えが脳裏をかすめた。
けれど、そんな事をしたら私は就職浪人、あの辛さが待ってるだけだ。


 大学は一流だったけど、筆記試験も一番だったけど、採用されるのは、歯切れよくしゃべる体育会。


キラキラした目で旅行ついでの留学を語る彼らは、早々人事に気に入られ私なんて眼中になかった。


 しっかりとこっちは見ていても心は違うとこにある、あの感じ。


切なさが舞い戻る。


  人気もなく車も通らない踏切前で動悸とめまいが襲って来た。


足元が揺れ、少しふらついた、その瞬間だった。


「大丈夫ですか?」


私の手を不意に誰かが掴んだ。


ぼんやりした頭でその人を見上げ、ハッと息を飲む。


サラサラ肩に届く白い髪、大きな目にしっかりと存在感ある鼻、薄いけど、ほんのり色づいた唇。
 

この世のイケメン要素を盛り合わせた顔だった。


きっと、この世の男にイケメン加減を人数分割って分けたら、世界の顔面偏差値は10上がるだろう。


それまでグルグルしていた悩みは吹きとんで私はどうすれば良いかわからない顔で立ち尽くしていた。


「申し遅れました、私、おとぎの国のハローワークの者です。」


イケメンは、手品をするような手つきでスーツのポケットから名刺を取り出した。


このイケメンが、あんなふざけた名前の会社の社員だなんて!


手渡された名刺を見ると、ワープロの文字で凛々しくこう書かれてあった。


「一休宗純」


うん、少しおかしい源氏名であってほしい。


「今日から、君の先輩となります。一休宗純です。」


あ、やっぱりそうなんだ。本名なんだ。


「君に、私が色々と指導することになるのですけれど…。」


そう、言いながら不意に先輩は時計を見た。


「あと、もう10秒くらいで、時間になるはずですからね。」


踏切がカンカンと音を立てながら、少しずつ降りていく。


先輩はもう一度、手を伸ばし私の手を握りなおした。


しっかりと絡む美しい手が、私の青白いペンだこだらけの指に力を込める。


「これから、起こること、何も考えずに私について来てください」


そう言いながら、彼は、降りてくる踏切を頭上でグッと掴み線路の先にある畑を見つめて言った。


「何も考えないでください、大丈夫、恐れないで。」


真剣な眼差しで私を諭すようにつぶやく。


私は何も考えることができず、パクパク、声が出ない口を動かしていた。


これから、この人は何をする気なんだろう。


まさか、一人で自殺する勇気がないから、こんなところに呼んだのか。


じゃあ、私は、自殺の道連れ?
こんな、真昼間に?


電車の音が近づいてくる。


いつもは耳を刺すその音も今は、遠く感じる。


その時だった。


ちらりと時計を見て彼が駆け出した。


こけそうになりながらも、私も線路へと走り出す。


真っ赤な電車の先っぽが視界の隅に入って来た。


目の前の物が全てスローモーションになり私の頭をこれまでの記憶が駆け巡る。


けれど、不思議とここで死んでも後悔はなかった。


ああ、ま、いっか、というそんな軽い感じ。


目の前の先輩の手は強く握られて、私を何があっても離さない意志が感じられた。


そんな後ろ姿を見て、なんだかこの人についていってもいいかも、と私はぼんやり、そう思った。


不意に先輩が、走るのをやめた。


突然すぎて、私が転んだと同時に世界の音がまた耳に舞いもどる。


「あー、よかった!」


先輩は、大きく伸びをして言った。


「あの時間じゃないと、貴方をここに連れてこれませんからね。」


ふと顔を上げて息を飲む。

ここは、ど田舎。

踏切の先には、畑しかなかった。

はずだった。


トンネルを抜けると、そこはおとぎの世界だった。

ファンシーなお城がいくつも並ぶ。

しかも、一つや二つどころではない。

日本のホテル街でもここまであからさまではないほど何城も建っていた。


空には、風船が滑り、虹がかかっている。


そっと、転んでいる私に手が差し出された。


イケメンは、美しく微笑んで、私の手を掴む。


「おとぎの世界にようこそ!相田和子様。」


ああ、どうやら私は大変なところに来たらしい。
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