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9話 功労者紹介

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 私は思い出した。昨日……いや、もう昨日なのかわからないけど、あの大きすぎる黒竜と戦ったこと。
 でも生きている。その証拠に今手にある黒竜の鱗がそれを事実だと決定づけている。

 最後の記憶。グレンさんにスカーフを巻かれた後に弓を放つ準備をしたら、私の魔力以上の魔力が集まって。
 それを空に放ったら、黒竜は一瞬で消し飛んで……
 私がやったなんて信じられない。後でグレンさんにちゃんと説明してもらおう。

「はぁ~~~。私、どれくらい寝てたんだろ? 多分ここまで運んでくれたのもグレンさん達だよね」

 さすがに卒業試験の期限まで2週間あったはずだし、2週間も寝てるわけないよね。

『グゥ~~~~』

 あ、私すっごいお腹空いてる。さすがに寝てる人にご飯なんて食べさせられないもんね。
 というか寝てる間って排泄ってしなかったのかな私。なんか急に怖くなってきた。まさか誰かに漏らしてるところ見られてないよね!?

 考えたらなんかトイレに行きたくなってきた。とりあえずトイレに行こう。

『ギィ~……』

 私が寝ていた部屋の扉を恐る恐る開ける。すると先程から扉越しに聞こえてきていた喧騒が一気に広がった。
 なんだ? 打ち上げか何かしているのかな。

 キョロキョロと周りを見渡すと、同じ列にトイレがあった。

「ちょっと勝手に借りちゃうけど、我慢できないからごめんなさい!」

 独り言をつぶやきながら、トイレのドアノブに手をかけようとした時、その扉が先に開いた。

「あれっ? シオンじゃん。もう起きたの? 早いな~僕の見積もりだと後2日は寝てるかと思ってたのに」

「わわっ、グレンさん!! わたし、わたし……!!」

「まあまあ、落ち着いて。ここに来たってことはトイレでしょ? 先に行ってきなよ。僕はこの通路の端っこにある階段の近くで待ってるからさ。トイレ終わったらそこまで来なよ」

 グレンさんに気を遣われて、私はそのままトイレに突入した。
 あまりにも豪華で驚いた。こんなトイレの便器を見たことない。冒険者が利用するトイレなんて高望みできないし、私も諦めてた。

 水魔法が施されていると思われる構造の便器。上にはタンクのようなものがあり、右側にはレバーのようなものがついていた。
 タンクの下にはその場に座ると思われる何かがあるが、蓋で塞がっていた。

「わっ!?」

 その蓋が自動的に開いた。私の存在を感知しているのかわからないけど、蓋の下には排泄物を流す水が溜まっていて、人が座れるようにお尻の形に沿って円型の座席があった。

 よく見ると、壁には使い方が書かれてあった。私はその通りにパンツを下ろして便座という場所に座る。
 そして、とんでもない機能があった。なんと水でお尻を洗い流してくれる機能だ。せっかくなので使ってみた。

「あわわわわわわっ!?」

 こっこれは、なんか説明しづらいけど凄かった。その後は、右側にあった紙を使って洗った部分を拭いた。
 しかもこの紙、絶対高級だ。すべすべすぎるし吸収性が異常だった。
 
 最後にはレバーを回すと書かれてあったので、それを回してみると、突如水が流れ始めた。
 私は感動しながら、トイレを終わらせた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「おっ、シオンきたね。疲れはどう? 体は大丈夫?」

 まさかこんなに早く起き上がるとは驚きだった。魔力を全部吸いつくされたのに凄いよね。
 これはエルフの血が関係しているのだろうか。

「えと、体は少し重たいですけど、なんとか大丈夫ですっ!」

「無理しないでね。森から帰ってきたのって、今日の昼くらいだからさ、シオンが気絶してたのはちょうど1日半ってところだよ」

「1日半……色々とご迷惑をかけてしまってすみません」

 シオンはペコリと頭を下げた。最初から思っていたけど、凄い礼儀正しくて真面目な子なんだよね。

「何言ってるの。迷惑かけたのはこちらだよ。あんな依頼に誘った僕が悪かったんだ」

「いえ、予想できなかったことですし、しょうがないです。確かに驚きましたけど……」

 最後の方は大泣きしてたし、僕の名前すらちゃんと呼べていなかったからね。
 シオンはあのこと覚えているんだろうか。

「あと、恥ずかしいお姿……すみません」

 ちょっと顔を赤らめて体をモジモジする。かわいい。
 ほんとにマークさんの娘なのかな? 疑っちゃうよね。あんなゴリゴリの人からこんな華奢で礼儀正しい子が生まれるなんて。
 マークさん率1%であとはサラさんだっけ? 母親99%の配分で生まれた可能性しかない。その1%もどの部分か想像できないけど。

「覚えてたんだ。でもシオンがいなかったらみんな大変だったよ。倒してくれてありがとうね」

 キースの瞬光剣は一度放ったら、次放つまでに30分は必要だ。しかも命中率も悪いのに。
 なんであれ使ったんだろ。眩しすぎて仲間にも影響あるしね。

「正直今でも夢なのか現実なのかよくわかってません。一応ベッドの横にあった鱗を見て、少しは実感が湧きましたけど……」

 鱗を置いておいた甲斐があったかな。

「そ、それでっ! あれはどういうことなんでしょうか? 私が持ってる魔力以上のものを集めてたと思うんですけど」

「簡単に言うと周りの余ってる魔素を弓を放つまでの時間ずっと集め続けてたって感じだね。魔物もたくさんいる森だし、魔素もたくさんあったんじゃないかな。多分サイクロプスのも吸収してたし」

「そうなんですか。私の魔力も全部吸いつくされて驚きました」

「でもシオンがエルフの血引いてるってわかった時から考えててね。結局、シオン自身が魔物討伐しないと自分じゃ納得できないと思うし」

 あのままサイクロプスだけ倒して、素材をもらって提出しても、恐らく真面目なシオンは納得しなかっただろう。
 結果的に黒竜がきたから、その素材も手に入れられた。

「明日シオンに渡す素材を解体場からもらう予定だからさ、それ卒業試験に提出しなよ」

「本当にいいんですか? 正直あのスカーフのおかげだと思いますし、スカーフがなかったらあんな攻撃もできなかったと思いますし」

 確かに魔導具がない状態のシオンでは何もできなかったことだろう。
 でも本当の実力は実績の後にもついてくるんだよね。ちょっとズルかもしれないけど。

「忘れてない? 今回黒竜を倒したんだよ? 黒竜の魔素、どこにいったと思う?」

「え……?」

 倒した魔物から出てくる魔素は、一緒に戦った人の経験値となり分散される。見物人のようにその場に居合わせるだけでいいってことではないけど、距離がある程度近いというのも魔素の取得条件らしい。だから後衛職でも遠すぎる場所にいたら、魔素は吸収できない。

「あの時、シオンの弓の射線から出るようにキース達に僕が指示したよね。たぶん結構遠くまで離れた。それで、その場にはもうシオンと僕しかいなくなった。その状態で黒竜を倒したんだ」

「つ、つまり、魔素は私達2人に吸収されたってことですか?」

「恐らくそうなるね。7つ星ランクの黒竜だから、とんでもない経験値が入るはずだよ。 後付けの実力にはなるけど、冒険者って運も大事だよ。僕もギリギリ運で生きてるようなものだからね」

「黒竜の魔素をほとんど……ははっ」

 シオンが少しプルプルと笑いながら震えていた。これは武者震いのようなものに見える。

「じゃあ、明日ちょっと教会に行ってきますね。確認してきます」

 吸収された魔素を経験値として自身のステータスに変換するには、教会で特別な儀式を受けなければいけない。
 儀式と言っても誰もが使う方法なので、一般的だ。

 ちなみに上位ランクの僧侶も同じようなことができる。うちにはファラがいるから、パーティーのみんなはファラに見てもらっている。
 ただ、僕は全然魔素を吸収しない体質なので、ほとんど能力値が上がっていない。それを見られるのが恥ずかしいので、一人で教会に行って確認している。
 なけなしに吸収できた魔素は、逃げ足だけでも速くしようと全て敏捷性に振っている。それを小さい頃からずっと続けていたので、多少は速く動けるようになっている。

 今回の黒竜の魔素もおそらくはシオンが9割以上、いやそれ以上獲得しているはずだ。僕は魔素の吸収が悪い分、他の人に割り振られる。
 つまり、あの場にはシオンしかいなかったので、ほとんどがシオンに吸収されるわけだ。

「まあ、教会に行く時は心持ちをしっかりね」

「……??」

 頭にはてなマークを浮かべているシオン。経験値を獲得しすぎて驚かないといいけど。僕もそんなにもらってみたいよっ!

「じゃあ、お腹も空いてるだろうし、今1階で黒竜討伐の打ち上げやってるからさ、参加していきなよ」

「は、はいっ! 改めて皆さんにも挨拶させていただきたいですっ!」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 僕はシオンと共に1階の大広間へ向かう。既に打ち上げが始まってから2時間は経過していた。
 泥酔している人も多い。トイレに行くのに、アリアさんを足から引きはがすのにかなり苦労した。

「わぁ~~、人多いですね! これはどんな集まりなんですか?」

「これはね、僕たちのパーティー『ライヴーーーー」

「グレンちゃ~ん! 遅いっ!!」

 僕がシオンに説明しようとした瞬間、姉のメィラが輝くブロンドの髪を左右に振りながらやってきた。上下に揺れるのはGカップ。

「や、やあ。メィラ、飲み過ぎじゃない? ほどほどにね」

「なーに言ってるのっ! グレンちゃんも、もっと飲みなさいっ! これは姉命令ですっ!! ……あれ? この子、気絶してた子じゃない」

 僕に話しかけながらも隣にいるシオンが認識できるくらいの意識はあるらしい。

「あっ、私シオンと言います。ご迷惑をかけたようで、すみません」

「なーにぃ? 全然大丈夫よ~。迷惑なんてかけてなんぼ! それにあなたね、黒竜を倒した子っていうのは、凄いじゃない。まだ学生だっていうのに」

 姉はいつも姉だ。誰にでも基本的には優しい。パーティーの中では母性があるほうだ。でも僕に対してはなぜか妹っぽくなってしまう。僕はお姉ちゃん要素を求めてるのに。

「そ、それは~~」

 シオンが僕の方を見る。あのレベルの魔物を自分が倒したと自信を持って言えないらしい。
 僕に助け舟を求めていた。

「そうそう、確かにシオンが倒した。それでいいじゃないか、な? シオン」

「まだ、グレンちゃんから詳しく聞いてないけどぉ~。半分以上は多分グレンちゃんが何かしたんでしょ? それはわかってるから、大丈夫よぉ」

「そ、そうなんです! 私なんて学園でパーティーから追放された落ちこぼれみたいなものなので……」

 いや、パーティーから外されたからと言ってそれはない。既に中級魔法も使えていたし、学生にしては十分なはずだ。

「なによそれっ! こんな可愛い子を放り出すやつがいるわけぇ!? 私が代わりに魔法でぶっ飛ばしてあげようか?」

 学生に対してそれは怖いよ。

「いっ、いえ、大丈夫ですっ! 黒竜の素材もらえるだけでっ。卒業試験通ればいいのでっ!」

「あは~そういえば、そんな時期か。じゃあ私は応援するしかないね。シオンちゃんファイトぉ~。ヨシヨシ」

 そう言ってメィラはシオンをハグして頭を撫でる。どちらかといえば、シオンの体型は僕に似ているので、メィラは豊満な体でシオンを包み込む。

「あっ……すみません。いや、ありがとう……ございます。というかグレンさんのお姉様なんですね。とてもお綺麗な方で驚きました」

「シオンちゃん大好き♡ ほんと可愛い子ね~」

「じゃあ、メィラその辺にしておきなよ。シオンを皆に紹介するからさ」

「はぃはぃ~。じゃ、シオンちゃんもまたねぇ」

 ひらひらと手を振って行ってしまう。よかった。同時に僕も解放された。

 僕は近くにあった黒ビールのジョッキを持つ。そして、大広間の奥へ行く。

「みんなー!! ちゅうもーく!!!」

 それぞれ食べ飲みして楽しんでいたところ、僕の方に視線が向く。

「なんだーグレン! 今いいとこだったのによ~!!」

 何をしていたのかわからないが、いいとこだったアルトがガヤを飛ばす。
 近くにいたのはキースだ。なんだ熱い男同士の会話をしてたのか?

「まあ、話聞いてよ! 今回黒竜を倒した功労者を紹介しまーす! シオンでーす!! パチパチパチ~~」

 僕が横にいたシオンに向かって一人で拍手をする。するとみんなシオンの方を向いた。

「おいおい~グレンさんよ~。また犠牲者か~??」

 アルトのパーティーメンバーの一人がヤジを飛ばす。

「はは、犠牲になってないじゃんっ! たぶん」

「リーダぁ……あの惨状を見たらもう犠牲者ですよ……」

 少し現場を見ていたリタが言う。僕に仲間はいなかった?

「とりあえず直接黒竜を倒したところを見たのは僕とこのシオンだけなんだけど、このシオンの弓で黒竜を倒しました~! みんな拍手送って~」

 すると、チラホラと拍手が増えていく。

「というか、あの嬢ちゃんなかなか可愛いな」

「ちょっと線は細いけど、なんてったって、あの耳。エルフだろ? 将来もっと美人になるぞっ」

 色々とシオンの容姿についての呟きが飛んでくるも、シオンをちゃんと見た人たちが拍手をしていき、大喝采となる。
 その間、シオンはずっとペコペコとおじぎを繰り返していた。なんて健気な子だ。

「じゃあ、シオン。一言だけいい? ほら、これジュースだから持って」

 僕はジュースっぽい液体が入ってるグラスをシオンに渡す。

「えと……シオンと言います」

「「シオンちゃーん!!!」」

 なんかもうアイドルのように男性陣から声が飛んでくる。

「私は今、冒険者学園の6年生なんですけど、実は先日、学園で所属していたパーティーを解雇されまして。卒業試験が迫っていたのにソロになってしまって。そこで、どうしようかと一人で王都まで戻ってきて悩んでいた所、カフェでグレンさんに声をかけてもらいました」

「うんうん……」

 僕は頷きながらシオンの話を聞き続ける。

「あの時、一人で泣いてたんですけど、グレンさんがハンカチを渡してくれて……そして一緒に依頼受けないかって誘ってくれて、グスッ……」

 シオンが話している内に涙ぐんでくる。

「おい、グレン若い女の子泣かすなぁー!!!」

 ヤジが飛んでくる。僕が何したっていうんだ。泣いたのは彼女の勝手だ。

「それで、サイクロプスだからって話を聞いて、皆さんもいるし参加しようと決めたんです。そして森に着いたらサイクロプスはいたんですけど、後から黒竜が出てきて……」

「グレン! シオンちゃんを騙すなー!!」

 僕だって騙された一人なんですけど。文句言うならマークさんに言ってくれ。

「それで、もう終わりだって、思ってたんですけど、グレンさんがスカーフ巻いてくれて。そのままグレンさんの言う通りに弓を構えたら、とてつもない魔力が集まってきて。それで黒竜に向かって放ったら黒竜が消し飛んでいて……」

「おいおい……まじかよ」

 先程までシオンに向けていた優しい雰囲気が一変。みんな冒険者の目になっていた。

「だからっ、私が黒竜を倒したというのはちょっと違うんですっ! 9割以上はグレンさんのおかげなんですっ!! その前にマークさんも尻尾斬ってましたし」

「なのでっ……なのでっ……とにかく、ありがとうございましたっ!!!」

 最後、話がまとまらなかったのか、感謝を述べて深くお辞儀をした。

「グレンと一緒にいて、生きて黒竜を倒したって……?」

「しかも最後はグレンと二人きりだったって聞いたぞ」

「シオンちゃん、やっぱすげえ子なんじゃねーか?」

 可愛い娘を見るような目で見ていたクラン仲間達は、シオンに対する目の色を変えた。

 なんでそこに僕が関わってくるんだ。僕は魔導具貸しただけで関係ないでしょ?

「はい~っということでシオンでしたー!!! 拍手~」

 僕は無理やり拍手をして、周囲にも拍手を求める。
 今度は、僕に同調して一斉に拍手が起こった。

「じゃあ、シオン。後は好きなように食べ飲みしていいからね! 今日はさっきまでいた客室に泊まっていいから。シャワーも自由に使ってね。明日また素材渡すから、昼前くらいにこの大広間で待ち合わせしよう!」

「はいっ!! グレンさん、本当にありがとうございました!! 本当に本当に感謝してますっ!!」

 律儀だなぁ。やっぱりこういう子を支援したくなっちゃうよね。

「あっ、あの不思議なハンカチですけど、ちゃんと洗って返しますので!」

「いいよいいよ、あれシオンにあげたものなんだからさ。もうシオンのもの。はい、話はこれで終わりね!」

「何から何まですみません。本当にグレンさんって良い人ですよね。……ちなみにグレンさんって、彼女さんはいるんですか?」

 おうおう、急にどうした?デリケートな問題だ。僕は完全なるドウのテイなんだぞ。

「いきなりだね。あはは。彼女はずっといないよ。作りたくないわけじゃないんだけどね……」

「そうなんですか……わかりました! 答えてくれてありがとうございます! それじゃあ私、皆さんに挨拶して回ってきますね!」

 どういう意味で聞いてきたのだろう。シオンはそれを聞いてから、重たい体のはずなのに元気に仲間たちに挨拶していった。



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