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2話 シオンの悩み
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マークさんから依頼を受けたので、早速、王都に残っている仲間たちに声をかける。
僕は丸い貝のような形をした魔導具『シェリアル』を取り出し、リタに通話する。
『トゥルルル……』
「は、はいーっ! リーダぁですかぁ?」
リタはちょっと上ずった声をあげて返答する。
「そうそう。リタ。ちょっと悪いんだけど、依頼入ったからルゥルーとキースに声かけて、クランの近くのカフェに来るように言ってもらえる~?」
「わかりましたぁっ! では声掛けしてきますね!」
リタは本当に小動物みたいで可愛い。迅速に動いてくれるからいつも頼み事をお願いしてしまう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
僕は皆が集まる前に、ひと足早くクラン近くのカフェ『ヘーゼルビーンズ』へ向かう。
現在はちょうどお昼すぎで、ランチのお客やカフェタイムのお客さんで賑わっていた。
『ガチャ』
「いらっしゃいませ~! あ、グレンさんこんにちは! 窓側の席空いてますよ、ささっどうぞ!」
元気よく迎えてくれたのは、このカフェで働く店員さんだ。彼女は綺麗なブロンドの髪をポニーテールにまとめていて、エプロン姿がとても似合うエリーさんだ。
「エリーさんこんにちは。あれっ? 最近ネイル変えた? エリーさんの瞳と同じ赤い色で凄く似合ってるね」
「グレンさん~~っ! これ昨日変えたばっかりなんですけど、気づいてくれたのはグレンさんが初めてです! 嬉しいですっ!」
僕は女の子の細かな変化を見過ごさない。ネイルを変えたと言っても、爪が伸びている時に言ってもしょうがない。それがどうか確かめるにはネイルと伸びた自爪の色の部分を見定めればいい。
エリーさんの自爪の生え際までずっとネイルの色だった。つまりごく最近変えたというわけだ。
「エリーさん、いつもお洒落だもんね。僕なんかアクセサリーまみれでお洒落なんてもう訳が分からなくなってるよ」
「またまた~。魔導具って話は聞いてますよ。冒険の為に身に着けているなら、しょうがないです! それとも今度私が選びましょうか? グレンさんに似合う素敵なアクセサリー!」
「ほ、ほんと? 嬉しいよ。じゃあ今度時間作るからお願いしようかな」
「やったぁっ! あ、この事は他の人には内緒ですからねっ」
最後の方はこそこそ話をするように声を小さくして、エリーさんは僕を席に案内する。
「じゃあとりあえず、コーヒーお願いできる? いつものやつで」
「いつものですねっ! お待ち下さいー!」
僕が頼むのは、このお店で自家焙煎している豆のコーヒーだ。そこにヘーゼルナッツやバニラを含ませ炒った豆なんだが『ヘーゼルビーンズ』というこのお店の名前にもなっている。
ヘーゼルナッツとバニラのふんわりとした香りが特徴的でブラックコーヒーなのに、とても甘い良い香りがしてくるコーヒーだ。
甘党の僕もブラックで楽しめる唯一のコーヒーだ。
数分後、注文したコーヒーが到着する。
「はい、お待たせしました。ヘーゼルビーンズのコーヒーになります。ごゆっくりどうぞ!」
「エリーさんありがとう。お仕事いつもお疲れ様」
僕はコーヒーの香りを楽しみ、そしてズズズッとコーヒーを飲み始める。
すると気づく。窓際の僕の席の前に青髪ロングの女性が一人、下を向いて今にも泣きそうな表情をしていた。
『うぅぅ・・・』
そしてついに涙が溢れる。彼女も同じコーヒーを頼んでいたようだが、その涙の雫がポタリとコーヒーの液面に落ちる。まだ一口もつけていないようで、涙で溢れるのではないかというくらいだ。
僕は悩む。全然関係ない僕が声をかけて、慰めるような真似をしても大丈夫なんだろうか?
彼女は一人になりたくて、ここにきたのかもしれない。
『・・・』
でも僕は覚悟した。この後少し経ってから依頼に出発するし、ここで声をかけてもすぐ僕のことは忘れてくれるだろう。
僕はポケットにしまっていた綺麗な花と草の刺繍が施されたハンカチを取り出し、席を立つ。
「あ、あの~~~」
「うっ、、、うっ、、、」
僕が彼女の席の近くで声をかけるも、反応がない。やはりシカトされているようだ。これ以上彼女に声をかけても邪魔なだけだな。
でもハンカチだけでも渡して置こう。
僕はハンカチだけ彼女の机に置くと、すぐさま自分の席に座りなおす。
「!?・・・・」
彼女はやっと気づいたみたいだ。
ただ、戸惑っていた。泣いている人をじっと見続けるのもよくないから、僕は目線を外に向けた。
そんな時。
「あっ、あのっ・・・!!」
彼女は泣き腫らした目元を拭って僕に話しかけてきた。
「ごめんね。僕のハンカチなんていらなかったよね。余計なことしたね。必要なかったらどこかに捨てても大丈夫だよ」
本当は捨ててほしくない。でもしょうがないよね。
「ちがっ、、違うんですっ! えと、、ありがとうを伝えたくて」
彼女は僕に感謝をしたいようだった。
「ハンカチ、すみません。ありがたく使わせてもらいます。これ、いつかちゃんと洗って返しますからっ!」
「いいよ、いいよ。僕からのプレゼントってことで。今日はいい天気だし、雨が降るにはもったいない空だからね」
「ふふっ」
なんかキザなことを言ってしまった。恥ずかしい。
「初対面なのに面白い方ですね。少し元気になりました」
「ははっ。僕も柄にもないことを言ったみたいだ。忘れてくれ」
「いえっ! この御恩は忘れません! あの、ハンカチをいただいた流れで申し訳ないんですけど、よかったら私のお話聞いてくれませんか……?」
おお。彼女の心が少し開いたようだ。こちらもちゃんと彼女を正面から見る。
彼女の長い青髪は光の反射で天使の輪っかができるほどツヤがあり、胸下まで伸びている。大きなパッチリとした両目とそれに反比例した小さい顔。そして人より少し長い特徴的な耳。
つまり彼女は可愛いってことだ。
「もちろん。僕も何かしてあげられないかなと思ってハンカチを渡したわけだし、僕でよかったら話聞くよ」
「あっ、ありがとうございますっ! 私、誰にも言えなくて、困ってて。」
俺は立ち上がり、彼女が座る席の向かいに着席する。
「早速だけど、僕の名前はグレン。22歳冒険者だ。よろしくね」
「あっ、冒険者さんだったんですか。凄いですね。私は今、冒険者学園の6年生なんです」
「そうだったのか。僕も冒険者学園にいたんだよ。4年前に卒業しちゃったけどね」
「4年前・・・」
4年前というキーワードに何か引っかかる部分があったのか、彼女は少し悩んだ顔をした。
「あ、名前を言い忘れていました! 私シオンって言います。シオン・エッセンです」
「シオンか。よろしくね。僕のことは好きに呼んで構わないよ」
「わかりましたっ。グレン、さん? 学園の先輩だし、グレン先輩のほうがいいのかな?」
「どちらでも構わないよ。僕たちは今日友達になったんだからね! 冒険者に上も下もないよ」
「じゃ、じゃあグレンさんにします! よろしくお願いしますっ!!」
彼女は小さなコーヒーカップに顔を突っ込んでしまうのではないかというくらいにペコリとお辞儀をする。
「それで、何があったの? 僕に聞かせていいことなら、聞くよ」
「ありがとうございますっ! さっき私が冒険者学園の6年生だってことは言ったと思います。それで、もうすぐ卒業試験なんですけど……」
既にここで彼女の言いたいことはわかる。冒険者学園の卒業試験。それは、パーティーでもソロでも何でも良いから、6年間の全てで一番となるような成果を上げること。
魔物を倒した証拠品の提出、魔導具の提出、世の中にまだない技術の開発。とにかく先生たちが認めればなんでもいいわけだ。
「実は最近まで、あるパーティーに所属していたんですけど、卒業試験前になって当然脱退させられてしまって。グレンさんならわかると思いますけど、これまでのパーティーとしての評価が一番の成果なので、一人でそれ以上の成果を挙げなければいけなくなって……」
そう、学園の卒業試験では、6年間で一番の成果を上げること。つまりパーティーにいた時の成果も含められる。だからもし途中でソロになったとしてもそれ以上の成果を挙げることができなければ、卒業できなくなってしまうわけだ。
ちょっと理不尽だとも思うが、その困難を乗り越えるのもプロの冒険者になれるかどうかの境目となってくる。
「そういうことだったのか。確かにあれは理不尽なルールだよねぇ。僕はずっとパーティーにいたから、そんな理不尽には遭わなかったけど、それはつらいよね」
「そうなんです。だから私、このままだと卒業できなくて、もう少しで卒業試験の期限だし、もうどうしようってなって……」
彼女は再び目に雫を溜めて、今にもそれが溢れだしそうな状態になっていた。
「そ、それで私は弓使いなんですけど、一人で後衛をするなんて、あまりにも実力的に難しくて」
確かに前衛一人とかなら、なんとか魔物を切り刻んだりできる。ただ、弓術のみなら結構つらいかもしれない。
僕は考える。うーん。今から森に向かうしなぁ。彼女に協力してあげたいけど。
あれ、、、今回の魔物はサイクロプスだよね? そんで今僕のパーティーには遠距離攻撃型のメンバーがいない。彼女の実力はわからないけど、サイクロプスの目に弓を当てるくらいはできるよね?6年生だし。
パーティーを脱退させられたってことは、何か理由があったと思うけど、こんな良い子だ。
うちの依頼に同行させてあげてみようか。
「えっと、もしよかったら、これから森に行く依頼があるんだけど、どう? ちょうど前衛メンバーしかいなくて、後衛がいると助かるんだ」
「えっ、私がですか・・・?」
突然の申し出に困惑するシオン。まぁ、初対面で一時的にだけどパーティーを組むとかちょっと怖いよね。見ず知らずだし。
「もし、その依頼でシオンが何か成果を挙げることができたら、卒業試験もしかしたら合格するかもしれない。絶対とは言い切れないけど、僕も協力するからさ」
「ほ、ほんとですかっ!? わ、わたしっ、わたしっ、、、」
ついに溜めていた涙をこぼし始めた。コーヒーが塩味に変わってしまう。
「ほんとだよ。多分こうやって出会ったことにも意味があるんだ。だから僕もシオンに協力したい」
「あ、ありがとうございますっ! このご恩は絶対に忘れませんっ! 必ず恩返ししますっ!!」
シオンは突然ガシっと僕の手を両手で掴んで、スライムのように揺れる瞳を輝かせて僕に感謝する。
「でも、まだ何も成してないからね? 最後の最後はシオンの腕にかかってる」
「わかりましたっ! わたし、この依頼に卒業をかけますっ!! 絶対に成果を挙げてみせます!」
先程まで、目にハイライトが消えていたシオンの目は今は光を取り戻していた。
『ガランガラン』
そんな時、3人のお客さんがカフェに入ってきた。
「よぉ~! グレン! 待たせたか?」
「リーダぁ! 遅くなってごめんなさい! キースさんが全然捕まらなくて~」
「ほんとこいつ、いっつもどこにいるのかわからないんだよね。ベシっ」
僕のパーティーメンバーの3人だ。
最初に入ってきたのは赤髪の長髪で大剣を持った剣士。キース・ガーランド。彼は幼馴染で同い年の22歳だ。
2人目に入ってきたのは。これまでに説明した通りモンクの銀髪少女のリタ・べルハイム。冒険者学園の後輩だった少女だ。
そして最後に入ってきてキースを小突いたのは、ルゥルー・オットマン。シーフで、黒髪ロングをポニーテールにしてまとめている女性。学園で同級生だった女性だ。
「あれ~グレンちゃん、その女の子どうしたの? ナンパでもしてた?」
「傍から見ればナンパに見えても仕方ないけどさ・・・」
僕は苦笑いで3人に説明する。ついでに今回の依頼についても話す。
「複数のパーティーが戻ってきてないか。そんで討伐対象はサイクロプスだったわけか」
「そうそう。聞く話だと、特殊な魔物でも出たんじゃないかって話だ」
「まぁそんなのリーダぁがいれば問題なしですね! 早く行って解決しちゃいましょお!」
俺たちは会話を続ける。シオンはとりあえず僕たちの会話を聞いているだけだ。
「それで? その子を連れて行くんでしょ? 大丈夫なの?」
ルゥルーはシオンが使えるのか聞く。ただ、聞き方は置いておいて、彼女は結構面倒見がいい。
「あぁ、弓使いらしいから後ろから援護してもらえば、多分大丈夫でしょ。前は君たちにやってもらってさ」
「どんな相手が来ても負ける気はない! グレン、決まったなら早く行こうぜ!」
キースは血気盛んだ。戦いが大好きで僕とは正反対だ。大剣で相手を真っ二つにする快感は何度やっても良いらしい。
「シオンは冒険者学園の6年生で、卒業試験を控えてる。だから皆サポートお願いね」
「それ手伝って大丈夫なのかよ? 確かプロの冒険者とパーティー組んだら実績にならないんだよな?」
「それは僕らに同行するだけで、基本的にはソロってスタイルで行動してもらうつもり。本当にやばくなったら助けてあげよう」
「実際に見てる試験官なんていないしな。とにかくコネを使ってでもなんでもいいから、成果を持っていくということが大事な試験だしな」
ある程度メンバーの意見は一致したようだ。
「シオンちゃん! 私は去年学園を卒業したばっかりのまだまだ新人です! リーダぁがついていれば大丈夫ですっ! でもリーダぁに色目使ったら、、、」
リタがシオンに凄む。目が怖い。やめてくれ。
「リ、リタ。後輩を怖がらせないでやって。僕が目をかけたんだから、そういうことはなしね」
「わかりましたよぉ~~」
少ししょぼんとするリタ。これもこれで可愛い。
「み、みなさんっ! この度は本当にありがとうございますっ!」
そう言って起立したシオンは直角に礼をする。
「おうっ! シオンよろしくな!」
「しゃーない。今回は面倒見てやるか」
「よし、じゃあ出発しよう! あ、僕ちょっとクランに戻って魔導具だけとってくるから、ここ出たら30分後にクラン前に集合で! リタは馬車の手配だけお願い!」
俺は駆け足で、クランハウスへ向かう。実は、魔導具を取りに行くだけではない。
トイレに行きたいだけだ。いつもより少ない人数での依頼だ。まあ大丈夫だとは思うが、お腹の状態くらいはちゃんとしておきたい。
『ぎゅるぎゅるrrr・・・』
ーーそうしてモルフォレの森に向かうことになる。
僕は丸い貝のような形をした魔導具『シェリアル』を取り出し、リタに通話する。
『トゥルルル……』
「は、はいーっ! リーダぁですかぁ?」
リタはちょっと上ずった声をあげて返答する。
「そうそう。リタ。ちょっと悪いんだけど、依頼入ったからルゥルーとキースに声かけて、クランの近くのカフェに来るように言ってもらえる~?」
「わかりましたぁっ! では声掛けしてきますね!」
リタは本当に小動物みたいで可愛い。迅速に動いてくれるからいつも頼み事をお願いしてしまう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
僕は皆が集まる前に、ひと足早くクラン近くのカフェ『ヘーゼルビーンズ』へ向かう。
現在はちょうどお昼すぎで、ランチのお客やカフェタイムのお客さんで賑わっていた。
『ガチャ』
「いらっしゃいませ~! あ、グレンさんこんにちは! 窓側の席空いてますよ、ささっどうぞ!」
元気よく迎えてくれたのは、このカフェで働く店員さんだ。彼女は綺麗なブロンドの髪をポニーテールにまとめていて、エプロン姿がとても似合うエリーさんだ。
「エリーさんこんにちは。あれっ? 最近ネイル変えた? エリーさんの瞳と同じ赤い色で凄く似合ってるね」
「グレンさん~~っ! これ昨日変えたばっかりなんですけど、気づいてくれたのはグレンさんが初めてです! 嬉しいですっ!」
僕は女の子の細かな変化を見過ごさない。ネイルを変えたと言っても、爪が伸びている時に言ってもしょうがない。それがどうか確かめるにはネイルと伸びた自爪の色の部分を見定めればいい。
エリーさんの自爪の生え際までずっとネイルの色だった。つまりごく最近変えたというわけだ。
「エリーさん、いつもお洒落だもんね。僕なんかアクセサリーまみれでお洒落なんてもう訳が分からなくなってるよ」
「またまた~。魔導具って話は聞いてますよ。冒険の為に身に着けているなら、しょうがないです! それとも今度私が選びましょうか? グレンさんに似合う素敵なアクセサリー!」
「ほ、ほんと? 嬉しいよ。じゃあ今度時間作るからお願いしようかな」
「やったぁっ! あ、この事は他の人には内緒ですからねっ」
最後の方はこそこそ話をするように声を小さくして、エリーさんは僕を席に案内する。
「じゃあとりあえず、コーヒーお願いできる? いつものやつで」
「いつものですねっ! お待ち下さいー!」
僕が頼むのは、このお店で自家焙煎している豆のコーヒーだ。そこにヘーゼルナッツやバニラを含ませ炒った豆なんだが『ヘーゼルビーンズ』というこのお店の名前にもなっている。
ヘーゼルナッツとバニラのふんわりとした香りが特徴的でブラックコーヒーなのに、とても甘い良い香りがしてくるコーヒーだ。
甘党の僕もブラックで楽しめる唯一のコーヒーだ。
数分後、注文したコーヒーが到着する。
「はい、お待たせしました。ヘーゼルビーンズのコーヒーになります。ごゆっくりどうぞ!」
「エリーさんありがとう。お仕事いつもお疲れ様」
僕はコーヒーの香りを楽しみ、そしてズズズッとコーヒーを飲み始める。
すると気づく。窓際の僕の席の前に青髪ロングの女性が一人、下を向いて今にも泣きそうな表情をしていた。
『うぅぅ・・・』
そしてついに涙が溢れる。彼女も同じコーヒーを頼んでいたようだが、その涙の雫がポタリとコーヒーの液面に落ちる。まだ一口もつけていないようで、涙で溢れるのではないかというくらいだ。
僕は悩む。全然関係ない僕が声をかけて、慰めるような真似をしても大丈夫なんだろうか?
彼女は一人になりたくて、ここにきたのかもしれない。
『・・・』
でも僕は覚悟した。この後少し経ってから依頼に出発するし、ここで声をかけてもすぐ僕のことは忘れてくれるだろう。
僕はポケットにしまっていた綺麗な花と草の刺繍が施されたハンカチを取り出し、席を立つ。
「あ、あの~~~」
「うっ、、、うっ、、、」
僕が彼女の席の近くで声をかけるも、反応がない。やはりシカトされているようだ。これ以上彼女に声をかけても邪魔なだけだな。
でもハンカチだけでも渡して置こう。
僕はハンカチだけ彼女の机に置くと、すぐさま自分の席に座りなおす。
「!?・・・・」
彼女はやっと気づいたみたいだ。
ただ、戸惑っていた。泣いている人をじっと見続けるのもよくないから、僕は目線を外に向けた。
そんな時。
「あっ、あのっ・・・!!」
彼女は泣き腫らした目元を拭って僕に話しかけてきた。
「ごめんね。僕のハンカチなんていらなかったよね。余計なことしたね。必要なかったらどこかに捨てても大丈夫だよ」
本当は捨ててほしくない。でもしょうがないよね。
「ちがっ、、違うんですっ! えと、、ありがとうを伝えたくて」
彼女は僕に感謝をしたいようだった。
「ハンカチ、すみません。ありがたく使わせてもらいます。これ、いつかちゃんと洗って返しますからっ!」
「いいよ、いいよ。僕からのプレゼントってことで。今日はいい天気だし、雨が降るにはもったいない空だからね」
「ふふっ」
なんかキザなことを言ってしまった。恥ずかしい。
「初対面なのに面白い方ですね。少し元気になりました」
「ははっ。僕も柄にもないことを言ったみたいだ。忘れてくれ」
「いえっ! この御恩は忘れません! あの、ハンカチをいただいた流れで申し訳ないんですけど、よかったら私のお話聞いてくれませんか……?」
おお。彼女の心が少し開いたようだ。こちらもちゃんと彼女を正面から見る。
彼女の長い青髪は光の反射で天使の輪っかができるほどツヤがあり、胸下まで伸びている。大きなパッチリとした両目とそれに反比例した小さい顔。そして人より少し長い特徴的な耳。
つまり彼女は可愛いってことだ。
「もちろん。僕も何かしてあげられないかなと思ってハンカチを渡したわけだし、僕でよかったら話聞くよ」
「あっ、ありがとうございますっ! 私、誰にも言えなくて、困ってて。」
俺は立ち上がり、彼女が座る席の向かいに着席する。
「早速だけど、僕の名前はグレン。22歳冒険者だ。よろしくね」
「あっ、冒険者さんだったんですか。凄いですね。私は今、冒険者学園の6年生なんです」
「そうだったのか。僕も冒険者学園にいたんだよ。4年前に卒業しちゃったけどね」
「4年前・・・」
4年前というキーワードに何か引っかかる部分があったのか、彼女は少し悩んだ顔をした。
「あ、名前を言い忘れていました! 私シオンって言います。シオン・エッセンです」
「シオンか。よろしくね。僕のことは好きに呼んで構わないよ」
「わかりましたっ。グレン、さん? 学園の先輩だし、グレン先輩のほうがいいのかな?」
「どちらでも構わないよ。僕たちは今日友達になったんだからね! 冒険者に上も下もないよ」
「じゃ、じゃあグレンさんにします! よろしくお願いしますっ!!」
彼女は小さなコーヒーカップに顔を突っ込んでしまうのではないかというくらいにペコリとお辞儀をする。
「それで、何があったの? 僕に聞かせていいことなら、聞くよ」
「ありがとうございますっ! さっき私が冒険者学園の6年生だってことは言ったと思います。それで、もうすぐ卒業試験なんですけど……」
既にここで彼女の言いたいことはわかる。冒険者学園の卒業試験。それは、パーティーでもソロでも何でも良いから、6年間の全てで一番となるような成果を上げること。
魔物を倒した証拠品の提出、魔導具の提出、世の中にまだない技術の開発。とにかく先生たちが認めればなんでもいいわけだ。
「実は最近まで、あるパーティーに所属していたんですけど、卒業試験前になって当然脱退させられてしまって。グレンさんならわかると思いますけど、これまでのパーティーとしての評価が一番の成果なので、一人でそれ以上の成果を挙げなければいけなくなって……」
そう、学園の卒業試験では、6年間で一番の成果を上げること。つまりパーティーにいた時の成果も含められる。だからもし途中でソロになったとしてもそれ以上の成果を挙げることができなければ、卒業できなくなってしまうわけだ。
ちょっと理不尽だとも思うが、その困難を乗り越えるのもプロの冒険者になれるかどうかの境目となってくる。
「そういうことだったのか。確かにあれは理不尽なルールだよねぇ。僕はずっとパーティーにいたから、そんな理不尽には遭わなかったけど、それはつらいよね」
「そうなんです。だから私、このままだと卒業できなくて、もう少しで卒業試験の期限だし、もうどうしようってなって……」
彼女は再び目に雫を溜めて、今にもそれが溢れだしそうな状態になっていた。
「そ、それで私は弓使いなんですけど、一人で後衛をするなんて、あまりにも実力的に難しくて」
確かに前衛一人とかなら、なんとか魔物を切り刻んだりできる。ただ、弓術のみなら結構つらいかもしれない。
僕は考える。うーん。今から森に向かうしなぁ。彼女に協力してあげたいけど。
あれ、、、今回の魔物はサイクロプスだよね? そんで今僕のパーティーには遠距離攻撃型のメンバーがいない。彼女の実力はわからないけど、サイクロプスの目に弓を当てるくらいはできるよね?6年生だし。
パーティーを脱退させられたってことは、何か理由があったと思うけど、こんな良い子だ。
うちの依頼に同行させてあげてみようか。
「えっと、もしよかったら、これから森に行く依頼があるんだけど、どう? ちょうど前衛メンバーしかいなくて、後衛がいると助かるんだ」
「えっ、私がですか・・・?」
突然の申し出に困惑するシオン。まぁ、初対面で一時的にだけどパーティーを組むとかちょっと怖いよね。見ず知らずだし。
「もし、その依頼でシオンが何か成果を挙げることができたら、卒業試験もしかしたら合格するかもしれない。絶対とは言い切れないけど、僕も協力するからさ」
「ほ、ほんとですかっ!? わ、わたしっ、わたしっ、、、」
ついに溜めていた涙をこぼし始めた。コーヒーが塩味に変わってしまう。
「ほんとだよ。多分こうやって出会ったことにも意味があるんだ。だから僕もシオンに協力したい」
「あ、ありがとうございますっ! このご恩は絶対に忘れませんっ! 必ず恩返ししますっ!!」
シオンは突然ガシっと僕の手を両手で掴んで、スライムのように揺れる瞳を輝かせて僕に感謝する。
「でも、まだ何も成してないからね? 最後の最後はシオンの腕にかかってる」
「わかりましたっ! わたし、この依頼に卒業をかけますっ!! 絶対に成果を挙げてみせます!」
先程まで、目にハイライトが消えていたシオンの目は今は光を取り戻していた。
『ガランガラン』
そんな時、3人のお客さんがカフェに入ってきた。
「よぉ~! グレン! 待たせたか?」
「リーダぁ! 遅くなってごめんなさい! キースさんが全然捕まらなくて~」
「ほんとこいつ、いっつもどこにいるのかわからないんだよね。ベシっ」
僕のパーティーメンバーの3人だ。
最初に入ってきたのは赤髪の長髪で大剣を持った剣士。キース・ガーランド。彼は幼馴染で同い年の22歳だ。
2人目に入ってきたのは。これまでに説明した通りモンクの銀髪少女のリタ・べルハイム。冒険者学園の後輩だった少女だ。
そして最後に入ってきてキースを小突いたのは、ルゥルー・オットマン。シーフで、黒髪ロングをポニーテールにしてまとめている女性。学園で同級生だった女性だ。
「あれ~グレンちゃん、その女の子どうしたの? ナンパでもしてた?」
「傍から見ればナンパに見えても仕方ないけどさ・・・」
僕は苦笑いで3人に説明する。ついでに今回の依頼についても話す。
「複数のパーティーが戻ってきてないか。そんで討伐対象はサイクロプスだったわけか」
「そうそう。聞く話だと、特殊な魔物でも出たんじゃないかって話だ」
「まぁそんなのリーダぁがいれば問題なしですね! 早く行って解決しちゃいましょお!」
俺たちは会話を続ける。シオンはとりあえず僕たちの会話を聞いているだけだ。
「それで? その子を連れて行くんでしょ? 大丈夫なの?」
ルゥルーはシオンが使えるのか聞く。ただ、聞き方は置いておいて、彼女は結構面倒見がいい。
「あぁ、弓使いらしいから後ろから援護してもらえば、多分大丈夫でしょ。前は君たちにやってもらってさ」
「どんな相手が来ても負ける気はない! グレン、決まったなら早く行こうぜ!」
キースは血気盛んだ。戦いが大好きで僕とは正反対だ。大剣で相手を真っ二つにする快感は何度やっても良いらしい。
「シオンは冒険者学園の6年生で、卒業試験を控えてる。だから皆サポートお願いね」
「それ手伝って大丈夫なのかよ? 確かプロの冒険者とパーティー組んだら実績にならないんだよな?」
「それは僕らに同行するだけで、基本的にはソロってスタイルで行動してもらうつもり。本当にやばくなったら助けてあげよう」
「実際に見てる試験官なんていないしな。とにかくコネを使ってでもなんでもいいから、成果を持っていくということが大事な試験だしな」
ある程度メンバーの意見は一致したようだ。
「シオンちゃん! 私は去年学園を卒業したばっかりのまだまだ新人です! リーダぁがついていれば大丈夫ですっ! でもリーダぁに色目使ったら、、、」
リタがシオンに凄む。目が怖い。やめてくれ。
「リ、リタ。後輩を怖がらせないでやって。僕が目をかけたんだから、そういうことはなしね」
「わかりましたよぉ~~」
少ししょぼんとするリタ。これもこれで可愛い。
「み、みなさんっ! この度は本当にありがとうございますっ!」
そう言って起立したシオンは直角に礼をする。
「おうっ! シオンよろしくな!」
「しゃーない。今回は面倒見てやるか」
「よし、じゃあ出発しよう! あ、僕ちょっとクランに戻って魔導具だけとってくるから、ここ出たら30分後にクラン前に集合で! リタは馬車の手配だけお願い!」
俺は駆け足で、クランハウスへ向かう。実は、魔導具を取りに行くだけではない。
トイレに行きたいだけだ。いつもより少ない人数での依頼だ。まあ大丈夫だとは思うが、お腹の状態くらいはちゃんとしておきたい。
『ぎゅるぎゅるrrr・・・』
ーーそうしてモルフォレの森に向かうことになる。
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