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本編

29.閑話/瑛士

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 ――昔から人に注目される事が多かった。

 容姿を褒められる事は多かったけれど、そんな事よりも元ラグビー部の親父が体育会系特有の「自分の意見はハッキリ言え!」という躾の影響で、有耶無耶を許せずに表立ってガンガン発言していたのが悪かったのだろう。

 気づけば、小学生の頃には周りが俺の発言待ちみたいな空気になり、その事を嫌だと感じ始めた頃には取り返しのつかない程リーダーみたく祭り上げられてしまっていた。俺が意見を言おうが言うまいが、周囲が自分の言動に敏感に反応する。

「――良いですか? 瑛士君も皆も。危ない場所には立ち入ってはいけませんよ」

 同じように悪ふざけをしていても、いつだって一番初めに名前を挙げられるのは俺だった。それが嫌で嫌で堪らなかった。やっている事は同じなはずで、何なら「やろうよ!」と言い出したのは俺でもなかったが、そんな事は誰も聞いてはくれない。

 大人は皆分かっているのだ。俺が行かないと言えば誰も行かないし、行こうと言えば親や教師の許可より優先される事を。

 ある意味仕方ない事だったのかもしれないが、両親にすら「自分の影響力を考えろ」と叱られ、多少行動を改めつつも、他の子と何ら変わらないはずなのにその行為以上に叱責を受ける事に内心では不満を抱き続けていた。

 瑛士君瑛士君……名指しされるのはウンザリだった。

 中学に入り、関わる人間が多くなっても変わらない現状には辟易したが、周りに恋人を作る奴らが増えてきた時、ふと思ったのだ。俺だけを好きという人間なら、周りを気にせずに俺だけを見て俺自身を評価してくれるんじゃないか。

「――瑛士君と付き合ってるって言ったら、皆に羨ましがられちゃった。競争率すごく高いんだよ、知ってる?」

 結局は何も変わらない、と少なくとも俺は思った。

 すぐ傍で名前を連呼される不快感が増すだけで。彼女と呼ばれるより、瑛士君の彼女と呼ばれたい。ただそれだけの薄っぺらい感情で「好き」「付き合って」と口にする。家で二人きりで過ごすより人前に出たがり、SNSで頻りに仲の良さをアピールしたがった。何度か試してみたが大差はない。完全に時間の無駄だった。

「最初のクラス委員は……そうだな、とりあえず男子は田中にお願いしよう。いいか? 田中」
「え……あぁ、大丈夫です」
「悪いな、最初だけだから。それで女子は――」

 些細な変化があったのは中学二年に上がってから。いつもなら真っ先に自分の名前が挙がるはずの場面で、担任が指名したのは俺ではなく別の人間だった。

 それが意外で、俺は「田中」というこれまで全く知らなかった同級生に興味を抱いた。目立つ容姿ではなく、性格だって目立つタイプではないというのに、教師にも同級生にも何かと頼まれている奴だった。垂れた目元や緩い話し方、いつも微笑んでいるような顔つきのせいで人畜無害そうな雰囲気があるからだろう。

 授業以外で見かける度に誰かの頼まれ事をしていた。

 一年の時より名前を呼ばれる頻度は格段に減っていた。皆が面倒な事は全て田中に振るお陰なのだが、次第に俺が押し付けているような気分になってくる。俺自身が田中に頼んだわけでもないのに。

「文化祭実行委員は……田中、去年やってたな。一人はお前に頼んで良いか?」
「あー……はい。やります」

 また田中。そうやって田中が何でも簡単に引き受けてしまうから皆が調子に乗るんだ。最初こそ感謝していたのに、二年に上がって半年も経つ頃には、人の良い田中に対して理不尽な苛立ちを感じるようになっていた。

 だからだろう、普段なら避ける面倒な役割に指名されてもいないのに、自分から名乗りを上げた。田中と二人で実行委員。これを機にこれまで言いたかった事を一度ハッキリと言ってやろうと思っていた。

「えー嫌な事はちゃんと言ってるよ」

 嬉しそうにニコニコと笑いながら田中は言う。無理をしているのかとも思ったが、よくよく近くで関わってみれば田中はただ他人に搾取されるのではなく、上手いこと見返りをせしめていた。

 頻繁に頼み事をしている担任は「今週は小テストないですよね? ね?」と不安そうに聞かれれば、田中だけにはつい洩らしてしまうし、クラスメイトも似たような物だ。

「田中、アンケの回収は俺も一緒にやるって言っただろ。一人でやんなくて良かったのに」
「えーごめん。パパーっと回収するだけだし、わざわざ瑛士君の手を煩わせる必要ないかなって」

 普段は主体的に動くタイプではないのに、俺に対しては率先して自ら仕事を奪っていくのが不思議だった。文化祭実行委員をやっていると特に。何かにつけて「こんな事は瑛士君にさせられない」なんて口にするので、皆と同じように田中にも特別視されているのだと気づく。

 しかし不快なはずのそれが田中相手だと何故か擽ったく感じて、他の人と差をつけられる事を嬉しくさえ思っているのだから尚更不思議だ。いつもは名字で呼んでくるのに、気を抜くと「瑛士君」と呼んでしまっているのも正直嬉しかった。俺の前以外では常に瑛士君と呼び、そっちで慣れているのだろうと思えたから。

 田中……田中、ヨータ……陽汰。

 俺も呼んでみようか。太陽は田中にぴったりだ。夏のギラギラした日差しではなく、眠気を誘うぽかぽかした春の陽だまりが田中にはよく似合う。いきなりヨータと呼んだら飛び上がって驚くだろうけど。

 いつも自然体で、他人の目より自分に正直な田中の傍は心地良かった。俺を特別視するのも、大勢がそうしているからではなく、田中自身の目で俺を特別な人間だと判断してくれたからなのだと素直に受け取れる。

 あいつ良いな、好きだな、と感じたのは自然な気持ちだったのに、その度に俺の中の何かがいつも不自然に否定してきた。田中の為みたいな顔して他の人が田中を頼るのを邪魔して、もっと親しくなりたいと些細な事でも話しかける。これが人の話なら「さっさと告れ」なんて無責任な事を言っていただろう。

 話したい。近くに居たい。守ってあげたい。独占したい……色んな気持ちが日々膨れ上がってきたが、友人としての気持ちだと自分に言い聞かせ続けた。好きな気持ちより、男を好きな自分が許せなくて否定した。

「――田中見なかった?」

 運良く三年でも同じクラスになれたというのに、見えない一歩を踏み出せないまま、卒業を迎えてしまった。高校は離れ、もうクラスで田中の姿を眺める事も出来ないのに、連絡先すら聞けていない。

 卒業式が終わったら、一人の友人として言葉を交わし、連絡先だけでも交換したいと田中を探す俺を周りの奴らが邪魔をする。断っても断っても、嫌がらせみたく輪から抜け出せない。

「田中なら、もう帰ってたよ。あいつ見かけると、みんなして頭撫でまくるから頭グッチャグチャでさ、過去一目立ってたな」

 やっと探せたと思えば、田中は既に居なくなっていた。

 俺は知らない、今はもう姿も見えない田中の話を楽しげに話す同級生に怒りが湧くが、どう考えたってモタモタしていた自分が悪いのだ。俺が馬鹿だった。

 とはいえ、人を辿れば田中の連絡先なんて簡単に手に入っただろうに、それもしなかった。人づてに入手して何と話せば良い? 会いたい? 話したい? 画面越しのやりとりで顔を確かめられないのは怖かった。田中に拒否されたら死ねる。卒業式の日、ようやく自分の恋心に確信を持った。

 俺は田中が――どうしようもなく好きだった。











「田中、その……高校どうなった?」
「うん、公立受かってた。受かっちゃったんだよ」
「不合格のテンションだったから心配したのに、ちゃんと受かってんのか。もっと喜べよ、ビビるだろ」
「……だって俺、本当は私立行きたかったんだよ。瑛士君と一緒の所。公立だと家から遠いし進学校だから厳しそうだし」

 卒業式の三日前に公立の合格発表があった。それが中学での田中との最後の会話になった。

 俺は受験が嫌で、早いうちから推薦で私立に行くことが決まっていたから、田中の進路がずっと気になっていた。嘆く田中に「行きたい所に進めよ」と言いたいのを堪える。弟妹が居るから、出来れば公立に行って欲しいと親に頼まれていたのだと聞いたから。

「――瑛士君は変わらないでいてね」

 田中が最後の最後に言ったこと。それに一体どんな思いが込められているのか俺には今でも分からないままだ。

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