名もなき弱い者たちの英雄

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おまけ(4)

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 攻め視点で本編の裏側。
 自分の欲望に忠実な悪魔の話です。




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【ディア視点】



 
 城の最深部には魔界の根源、初代が眠る大木があった。大木からは絶えず世界の全てを呪う禍々しい瘴気が噴き出し、地に溢れ出たものが魔素となり魔界を包む。その大木から魔王が生まれ、死せばまた大木に還る……唯一無二の特別な場所だと崇める奴等も居るらしい。

 もっとも俺からすれば、生ものの腐敗を防ぐのに最適な保管庫という認識しかないのだが。

 この魔素の源泉のような場所に平気で立ち入れるのはごく一部の限られた悪魔だけ。今の時代は俺ともう一人しか居ない。盗む度胸のある奴は中々居ないだろうが、心配事は少ない方が良いに決まってる。

 大木の根元に埋まっているのは初代ばかりではない。先日掘り起こしたばかりのまだ柔らかい土を少し除けてやれば、目的の物はすぐに姿を現した。目玉大のこれは古竜の核という代物だ。元々が赤黒いので鮮度の判別はし辛いが、取り上げた手のひらに規則的な拍動を感じて、知らずほっと吐息が漏れた。

「ーーよし、まだイケるな」

 通常ならば古竜を狩ったその場でひと息に飲み込む物なのだ。持ち帰っても大丈夫なのかは賭けだった。鮮度が落ちていないなら、既に成功したようなものだろう。

 もし仮に、俺がこれを飲み込んだなら、途端にそれは成人の儀なんで仰々しい儀式に仕立て上げられてしまう。血塗れた姿で核を持ち帰った際にも、親父やその取り巻きが何やら嬉しそうに騒ぎ立てていたが、相手をするのが面倒で勝手な勘違いを正さずにそのまま放置している。事が明るみになればまた色々と煩く言われるのだろうが、そんな物は後の祭り。必要になればまた古竜を狩れば済むだけの話だろうに。

 親父の後を継ぐには必要不可欠な代物でも、今の俺には必要ない。こんな物に頼らなくとも親父以外に命を脅かされる相手が居ないのだ。俺はそんなに弱くない。これにはもっと相応しい使い方があるだろう。

「ノラ、面白い物見せてやるよ」
「うー何か怪しいなぁ、嫌だなぁ」

 先週のことだ。ほんのちょっと誂ってやるつもりで、初めて目にするだろう蠢く植物を前にさぞかし良い反応をしてくれるだろうと期待した。ただそれだけだったのに。

 虫や小動物を栄養にする食肉植物ではあるが、様子見にひょろひょろと伸ばしてきた触手をこっちが軽く握りでもすれば、慌てて触手を引っ込めて縮こまるような臆病な性質をしている。だから、袋を覗き込んだノラの頭が一瞬で消えた時、俺には何が起こったのか全く理解出来なかった。

「ディアなんか二度と信用しないから! アホー!」

 気づいた時にはノラは水場に浮かんでいて、ブイブイと文句を叫んでいた。目一杯怒っているようだが無駄に元気はありそうなノラを眺めていると、不自然に強張った肩からじわじわ力が抜けてくる。落ち着いて周囲を見渡すと道しるべのように点々と粘液や触手の残骸が落ちていた。記憶にはないが俺がやったのだろう。どう頑張ってもノラには無理だ。

 何が、とすぐには整理出来ない後味の悪さに、逃げるようにしてその場を去ったが、得体のしれない不快感はいつまでもしつこく付き纏ってきた。

 これは何だろう。後悔って訳ではないのだ。自らの行いを反省するような良心なんて元々俺には存在しない。だからそう、あんな他愛もない悪戯で死にかけるようなノラが全面的に悪いのだけれど、その弱っちいノラが呆気なく世界から消えた後の未来がーーあの時、俺には見えなかった。ただノラと出会う前に戻るだけで何も変わらないはずなのに、それなりに満足していた自由気ままに暴れて過ごす日々が灰色で酷く空虚なものに思えたのだ。

「……あー面倒くせー」 

 どうもあのちっぽけな悪魔に居なくなられるのは都合が悪いらしいのだが、ノラの脆弱っぷりは俺の想定を超えてくる。少しばかり面倒だが、あれを取って来るしかないか……。

 と、仕方なしに臨んだ古竜狩り。長命種の古竜の中でも数千年分しっかり魔力を溜め込んだ個体でなければ体内に核を持っていない。それを探すのも一苦労だったし、数千年生きた古竜の肥厚化した皮膚はとにかく頑丈だった。そして気を抜くと回復する……根比べのような戦いに一週間近くもかかってしまった。

「ノラーーいいもんやるよ」

 服に仕込んだ核をノラに埋め込んでしまうまでは、内心落ち着かなかった。途中で余計な邪魔が入らないとも限らないし、万が一上手く定着してくれなければ他の手段を考えなくてはならないし。まぁ幸い上手く取り込んでくれたようで安心した。

 一段落して、疲弊しきって眠りに落ちたノラをぎゅうと抱き込む。薄い腹に手を当てれば、二つの鼓動が掌に微かに伝わってくる。これで大丈夫。もう誰かや何かに奪われる事はない。

「あの、ディア様……良かったのですか?」
「何が?」

 ずっと部屋で待機していた子鬼はこちらの気に障らないように、か細い声でそっと尋ねてきた。

「か、核はご自分の為に持ち帰ったと思っていたので驚いてしまって……いえ、何でもありません」
「何も間違ってないぞ。俺が俺の為に使っただけだ」
「……それなら良かったです」

 幼いわりに敏い子鬼はそう言って微笑む。言いたい事は他にあるだろうに、それを呑み込む賢さを好ましく思った。ジンはそのまま静かに部屋を出て行く。起きた時の食事や浄める準備の為だろう。

「なぁ。早く起きろよ、ノラ」

 ノラの好きそうな物を集めたのも俺の為。喜ばせようというより、予想外の動きをしてくるのが面白いから。魔界のどこを探しても、背中に妙な物を生やして一喜一憂するアホはノラくらいだと思う。他の悪魔ではどう頑張ってもこんな面白い羽は生やせやしない。

 他に代わりが居ないからノラが要る。そもそもこの弱さからして、元々の寿命自体が短かっただろう。その気になれば何百、何千年と死ぬ事のない俺とは違う。いずれは俺だけ置いていくはずだったのだ。そんなの認められる訳ない。

 早く起きて、俺を楽しませろ。待ち切れずに背中の羽にかぷりと噛み付くと、何とも形容し辛い滑稽な呻きを発して、淫魔にしてはやけに短い尻尾で叩かれた。こいつ、寝てても中々面白いなーー






「おかしい。寝た気がしない」

 目覚めて、開口一番そんな事を言って首を傾げるノラに笑いが漏れた。疲れが取れないのは、いちいち反応が面白くて俺がちょっかいを出しまくっていたからだ。

「そんなに涎垂らしといてよく言う」
「わ、本当だ」
「手で拭うなよ。拭いてやるからこっち向け」

 惚けながら濡らしたタオルで顔を拭ってやると、余程気持ち良かったのかもっとやれ!とばかりに無言で顔をぐいぐい押し付けて来る。

「あっ! ディア、さっき意地悪したよね」
「……はぁ? 何のことだ?」

 身に覚えがあり過ぎて、どれを指しているのか本気で分からなかったが、聞けば行為の真っ最中にキスを強請ったら頬にされたなんて文句を言う。真っ先に抗議するのがそれで良いのかと思いつつ、両頬を掴んで窒息寸前まで思い切り口づけてやった。

 ハフハフと息を荒げるノラの下唇を喰みながら、お前の尻に突っ込んだのは魔界七大至宝の一つだと告げたら、どんな反応をするんだろうとワクワクした。

 だけど、まぁ楽しみはまだ後にとっておこう。



 ーー俺とノラにはまだまだ長い時間がある。




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