名もなき弱い者たちの英雄

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おまけ(2)

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 攻め視点で本編の裏側。
 ノラと淫魔三人を置いて部屋を出ていった時の話です。



 ************

【ディア視点】


 硬直してるノラを淫魔たちに預け、俺は真っ直ぐ店主のもとに向かった。ここには何の危険もないのだが、さっさと用事を済ませてやらないとあいつはショック死でもしそうなほど弱いからな。

 迷路みたいに配置された客室を抜け、店主が居る部屋の扉を数度叩くと馬面のおやじが顔を出す。

「ーー坊っちゃん、扉は優しく叩いてくださいよ。心臓に悪いですって」
「知らねーよ」

 吐き捨てて勝手に中に入り込んだ。

「旦那はお元気ですか?」
「蹴っても殴ってもピンピンしてるよ、早くくたばれば良いのに。んなの、どうでも良いから早く出せよ」

 やたらニタニタと嫌な笑顔を浮かべる馬面店主を睨みつけ、荷物を取りに向かったのを確認してから悪趣味なソファーに腰を落とす。

 この遊廓の経営には親父が関わっていて、小さな頃からよく連れて来られた。何一つ変わった所のないギラギラした宝飾品ばかり集めた下品な室内に眉間が寄る。馬面にも多少の自覚はあるのか、アーニャ辺りが口を挟むのか客室は贅は尽くしていても落ち着きがあるのが救いか。

 戻ってきた馬面は大小ふたつの袋を手にしていた。小さい方から受け取り、中から出てきた魔石を口に含む。コロコロ転がしていれば口の中で勝手に魔力が取り込まれていく。こっちは店に渡す支払いの方。

「そんなんで良かったんですか? もっと色気あるモン作らせろって文句言われましたよ」

 大きな袋から取り出したのは数枚の半ズボン。どれも淫魔用に尻に尻尾を通す穴がついている。色んな形があったが黒い短パンと、薄い茶のふわっと丸みのある風船みたいなものを選んで残りは返した。

 口の中の魔石がなければこっちが文句言い返したい位だ。シンプルで動きやすい物を注文したのに、フリフリかスケスケか拘束具みたいなパンツ寄越しやがって。

 人間の店ながら上級悪魔御用達だけあって生地は良い。こっちの衣服は魔界のものより質が良いので、利用する悪魔は多い。まぁ着るものに頓着しない奴らのが多いけれど。

「しかし淫魔とは聞いてましたが……また随分と変わったもんを連れてるんですね」
「……別に、ただの雑種だろ」
「そうですけどね。それを坊っちゃんが構ってる事が珍しいというか、驚きですよね」

 満ちた魔石を空の魔石と交換がてら口を挟めば、含みのありそうな物言いをされて眼の前の机を蹴った。この遊廓は人間相手に商売してるので、魔界のようには力の強弱に拘らない。弱いノラを馬鹿にしている訳ではないんだろうが多分何を言われても腹が立つ。

「旦那が喜んでましたよ。むやみに集落壊したりしなくなって助かってるって」
「ーーちょっと黙ってろ、馬面」

 殺気を滲ませて言えばようやく黙った。最後に「坊っちゃん、俺はヤギですって」とか言いながらすごすご部屋から出ていった。

 最後の魔石を口の中で転がしながら、何だかんだ文句を言いながらも空の上ではしゃいでいたノラを思い出す。初めて見る景色に目を輝かせていた。弱いノラは一人では魔界を自由に動けず、あの森で隠れるようにして暮らしている。今の暮らしに不満はないようだけど、それはただ何かを望むほどの知識も経験もないからなんじゃないか。

 あの弱っちい悪魔でも俺が付いていれば危険はない。なら何処でも自由に歩けば良い。もっと色々見せてみたいと思う。ノラが楽しそうなのも怯えるのも面白いから。

「坊っちゃん、坊っちゃん。ノラちゃんここに置いて行ってくださいよぅ」

 帰る間際にアーニャに言われた。ノラを随分気に入ったようで、客でも従業員でもなく飼いたいのだと。何もしなくて良い。ただ部屋に置いて日々の仕事の疲れを癒やされたいんだそうだ。

「……どうして欲しい?」

 背負ったノラに向かって聞いてはみたものの、置いて行くつもりはない。ここでも良いとノラが言うなら、手っ取り早く自分の家に連れて帰ろうと思っていた。あの森に寄る必要もなくなる。

「帰る。ここ怖いもん」
「お前結構楽しんでたろ」
「待ってればディアが迎えに来るって分かってたからだよ、居ないなら普通に怖いよ」

 そして俺の背中で縮こまるノラの姿に、何だろう……胸の中に初めての感情が芽生えた。喜びとも満足とも違う。じわっと笑いが込み上がるような衝動だった。

「こいつら……特にアーニャはこう見えて親父と同年代だからな。そりゃ怖えーよ」

 軽口で堪えきれず上がる口角を誤魔化す。アーニャは憤慨したが、いつまで経っても「坊っちゃん」と呼ばれる事への憂さ晴らしも兼ねてるのでお互い様だ。

 買ってやった蜂蜜を後生大事に抱え、森に戻る。ノラは俺を神様かなんかみたいに拝んできて、店主から受け取った黒い短パンを履かせても上機嫌に尻尾をぶんぶん振り回していた。

「すごい! これちゃんと尻尾動く!」

 何度言っても履こうとしなかったズボンをやっと履かせる事ができた。蜂蜜効果もあってか、ノラも嬉しそうにぴょんぴょん跳ねていた。

 あー良かった。これで何処でも連れ回せる。

 尻を出したままのノラを連れてでは行きにくかった場所にも気軽に行けるのだ。城にも連れて行けるし……湖にも興味ありそうだったな。怖がってたけど。

 次の計画を立てる俺の前を、脳天気な悪魔が跳ねていく。今日もこの森は魔界と思えないほど平和だった。




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