世話焼きばあさん

滝淵まり

文字の大きさ
上 下
1 / 1

世話焼きばあさん

しおりを挟む
社会人となった僕は、新生活の準備に追われていた。一人暮らしにいるものは少ないが、何分初めての経験。勝手がわからず不安な部分も多かった。しかし、不安だけではなかった。アパートへの引越しが終わると、すぐに隣の部屋の住人に挨拶に行った。
「おはようございます、今日引っ越してきた岡元です。ご挨拶に伺いました。」
あいにく部屋に向かって右隣の部屋、203号室は留守のようだった。しかし201号室には、
「おはようございます、あらぁ。今度はずいぶん若いお兄ちゃんだこと。お隣同士、これから宜しくね~」
とても優しそうなおばあさんだった。後で知ったが、203号室には40過ぎのおっさんが住んでるらしいが、ほとんど家を空けていて家にいるのを見たことがない。まぁこれで、ご近所付き合いは安泰だと思った。その時は。

引越しが終わったことを母にLINEで報告する。
僕「引越し完了」
母「お疲れ様!家の鍵はきっちり閉めて寝るのよ!?あと、何かあった時すぐ開けてもらえるように、信用できる人に合鍵を渡しておいてね。じゃあおやすみ~」
信用できる人か…

「えっ、合鍵を私に?」
「はい。もし何かあった時に、と母がうるさくて…」
合鍵は隣のおばあさんに預けた。このおばあさんなら、信用できるし、大丈夫だろう。

それからというもの、おばあさんはちょこちょこ、僕の部屋を訪ねてきた。
「昨日の余りもんなんだけど、良かったら食べて。」
「ありがとうございます。とても嬉しいです。」
「まぁ、そう言ってもらえると私も嬉しいわ。」
そんな事が度々あって、僕も随分と世話を焼かれていた。正直嬉しかった。一人暮らしで不安だった気持ちはおばあさんのおかけでどこかへ飛んでいってしまった。しかし、ある日のこと。家へ帰ると鍵が開いていた。空き巣かと思って急いで家に入ると、
「おやおや、ようやく帰ってきたのかい。洗濯物が飛んでいっちゃいそうだから、取り込んどいたよ。」
「あ、ありがとうございます…」
何か違和感を覚えた。しかし、なかなか人にあれこれ言えない性格のため、おばあさんにその違和感を伝えることは出来なかった。

「おい、それヤバくないか…?」
家に遊びに来た同僚に先日の話をした。
「そうかな…」
「すぐに合鍵返してもらった方がいいって」
「でも自分から預けておいて、いきなり返せなんて失礼じゃない?」
そんな話をしているうちに夜になり、酔いつぶれた同僚をタクシーに乗せ家に戻った。ふと、同僚の話を思い出した。
「やっぱり返してもらおう」
そう思い、201号室を訪ねた。チャイムを押そうとしたと同時に
「あらぁ~、ちょうどよかった!知り合いから羊羹貰ったのよ。良かったら食べてもらおうと思って。」
「あ、ありがとうございます。あの、今日はお話がありま…」
「ほら!もうこんな時間、早く寝なきゃ!明日も仕事なんでしょ?」
「は、はい…おやすみなさい…」
「えぇ、おやすみなさい。」
言い出せなかった…近いうちにまた返してもらおう。

仕事を終え家に帰ると
「あら、おかえりなさい。晩御飯作っておいたわよ。冷めないうちに食べ…」
「あの!」
「ん?なに?」
勇気を振り絞って言おう。
「合鍵なんですけど、その…返してもらえないでしょうか…」
おばあさんは訳が分からない様な顔をして、持っていた鍋の蓋を落とした。そして、
「分かったわ、はい。」
そう言って鍵を返してくれた。これで、安心して暮らせそうだ。おばあさんには少し悪い気もするが、しょうがない。

それから1週間が経ち、安心して暮らしていた。しかし
「なんだこれ…」
今まで散らかっていた部屋が、綺麗さっぱり片付いているのだ。
「あら、帰ったの。」
おばあさんの声が奥の部屋の方から聞こえてきた。
「おかえりなさい。」
「これはどういう事ですか…第一、どうやって部屋に。」
「合鍵でスペアキーを作ったのよ。もし何かあった時に無かったら困るでしょ?」
「もうこんなことはやめてください!」
「なんで?これは全部お兄ちゃんの為なんだよ?それに嬉しいって言ってくれたじゃない。」

なんだよそれ…

「私はお兄ちゃんにこんなにも尽くしてるのに、ありがとうすら言ってくれない。」

怖い…

「大丈夫。これからは私が、ずっと世話してあげるから。何も心配することは無いんだよ。」

怖い、助けて。


「これからずーっと、世話を焼いてあげる。」







「うわぁーーーーー!!!!!!」







「岡元さんの息子さん、何でこんなことに…」
「ほんと、自殺なんてする子じゃなかったのに。」
「なんでも、アパートで首を吊って死んでるところを隣の部屋のおばあさんに見つけてもらったそうよ…」
「可哀想に…」


「お墓の世話も、私がしっかりしてやるからね。」
葬儀場でただ1人、その老婆が笑っていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?

無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。 どっちが稼げるのだろう? いろんな方の想いがあるのかと・・・。 2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。 あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。

処理中です...