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世話焼きばあさん
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社会人となった僕は、新生活の準備に追われていた。一人暮らしにいるものは少ないが、何分初めての経験。勝手がわからず不安な部分も多かった。しかし、不安だけではなかった。アパートへの引越しが終わると、すぐに隣の部屋の住人に挨拶に行った。
「おはようございます、今日引っ越してきた岡元です。ご挨拶に伺いました。」
あいにく部屋に向かって右隣の部屋、203号室は留守のようだった。しかし201号室には、
「おはようございます、あらぁ。今度はずいぶん若いお兄ちゃんだこと。お隣同士、これから宜しくね~」
とても優しそうなおばあさんだった。後で知ったが、203号室には40過ぎのおっさんが住んでるらしいが、ほとんど家を空けていて家にいるのを見たことがない。まぁこれで、ご近所付き合いは安泰だと思った。その時は。
引越しが終わったことを母にLINEで報告する。
僕「引越し完了」
母「お疲れ様!家の鍵はきっちり閉めて寝るのよ!?あと、何かあった時すぐ開けてもらえるように、信用できる人に合鍵を渡しておいてね。じゃあおやすみ~」
信用できる人か…
「えっ、合鍵を私に?」
「はい。もし何かあった時に、と母がうるさくて…」
合鍵は隣のおばあさんに預けた。このおばあさんなら、信用できるし、大丈夫だろう。
それからというもの、おばあさんはちょこちょこ、僕の部屋を訪ねてきた。
「昨日の余りもんなんだけど、良かったら食べて。」
「ありがとうございます。とても嬉しいです。」
「まぁ、そう言ってもらえると私も嬉しいわ。」
そんな事が度々あって、僕も随分と世話を焼かれていた。正直嬉しかった。一人暮らしで不安だった気持ちはおばあさんのおかけでどこかへ飛んでいってしまった。しかし、ある日のこと。家へ帰ると鍵が開いていた。空き巣かと思って急いで家に入ると、
「おやおや、ようやく帰ってきたのかい。洗濯物が飛んでいっちゃいそうだから、取り込んどいたよ。」
「あ、ありがとうございます…」
何か違和感を覚えた。しかし、なかなか人にあれこれ言えない性格のため、おばあさんにその違和感を伝えることは出来なかった。
「おい、それヤバくないか…?」
家に遊びに来た同僚に先日の話をした。
「そうかな…」
「すぐに合鍵返してもらった方がいいって」
「でも自分から預けておいて、いきなり返せなんて失礼じゃない?」
そんな話をしているうちに夜になり、酔いつぶれた同僚をタクシーに乗せ家に戻った。ふと、同僚の話を思い出した。
「やっぱり返してもらおう」
そう思い、201号室を訪ねた。チャイムを押そうとしたと同時に
「あらぁ~、ちょうどよかった!知り合いから羊羹貰ったのよ。良かったら食べてもらおうと思って。」
「あ、ありがとうございます。あの、今日はお話がありま…」
「ほら!もうこんな時間、早く寝なきゃ!明日も仕事なんでしょ?」
「は、はい…おやすみなさい…」
「えぇ、おやすみなさい。」
言い出せなかった…近いうちにまた返してもらおう。
仕事を終え家に帰ると
「あら、おかえりなさい。晩御飯作っておいたわよ。冷めないうちに食べ…」
「あの!」
「ん?なに?」
勇気を振り絞って言おう。
「合鍵なんですけど、その…返してもらえないでしょうか…」
おばあさんは訳が分からない様な顔をして、持っていた鍋の蓋を落とした。そして、
「分かったわ、はい。」
そう言って鍵を返してくれた。これで、安心して暮らせそうだ。おばあさんには少し悪い気もするが、しょうがない。
それから1週間が経ち、安心して暮らしていた。しかし
「なんだこれ…」
今まで散らかっていた部屋が、綺麗さっぱり片付いているのだ。
「あら、帰ったの。」
おばあさんの声が奥の部屋の方から聞こえてきた。
「おかえりなさい。」
「これはどういう事ですか…第一、どうやって部屋に。」
「合鍵でスペアキーを作ったのよ。もし何かあった時に無かったら困るでしょ?」
「もうこんなことはやめてください!」
「なんで?これは全部お兄ちゃんの為なんだよ?それに嬉しいって言ってくれたじゃない。」
なんだよそれ…
「私はお兄ちゃんにこんなにも尽くしてるのに、ありがとうすら言ってくれない。」
怖い…
「大丈夫。これからは私が、ずっと世話してあげるから。何も心配することは無いんだよ。」
怖い、助けて。
「これからずーっと、世話を焼いてあげる。」
「うわぁーーーーー!!!!!!」
「岡元さんの息子さん、何でこんなことに…」
「ほんと、自殺なんてする子じゃなかったのに。」
「なんでも、アパートで首を吊って死んでるところを隣の部屋のおばあさんに見つけてもらったそうよ…」
「可哀想に…」
「お墓の世話も、私がしっかりしてやるからね。」
葬儀場でただ1人、その老婆が笑っていた。
「おはようございます、今日引っ越してきた岡元です。ご挨拶に伺いました。」
あいにく部屋に向かって右隣の部屋、203号室は留守のようだった。しかし201号室には、
「おはようございます、あらぁ。今度はずいぶん若いお兄ちゃんだこと。お隣同士、これから宜しくね~」
とても優しそうなおばあさんだった。後で知ったが、203号室には40過ぎのおっさんが住んでるらしいが、ほとんど家を空けていて家にいるのを見たことがない。まぁこれで、ご近所付き合いは安泰だと思った。その時は。
引越しが終わったことを母にLINEで報告する。
僕「引越し完了」
母「お疲れ様!家の鍵はきっちり閉めて寝るのよ!?あと、何かあった時すぐ開けてもらえるように、信用できる人に合鍵を渡しておいてね。じゃあおやすみ~」
信用できる人か…
「えっ、合鍵を私に?」
「はい。もし何かあった時に、と母がうるさくて…」
合鍵は隣のおばあさんに預けた。このおばあさんなら、信用できるし、大丈夫だろう。
それからというもの、おばあさんはちょこちょこ、僕の部屋を訪ねてきた。
「昨日の余りもんなんだけど、良かったら食べて。」
「ありがとうございます。とても嬉しいです。」
「まぁ、そう言ってもらえると私も嬉しいわ。」
そんな事が度々あって、僕も随分と世話を焼かれていた。正直嬉しかった。一人暮らしで不安だった気持ちはおばあさんのおかけでどこかへ飛んでいってしまった。しかし、ある日のこと。家へ帰ると鍵が開いていた。空き巣かと思って急いで家に入ると、
「おやおや、ようやく帰ってきたのかい。洗濯物が飛んでいっちゃいそうだから、取り込んどいたよ。」
「あ、ありがとうございます…」
何か違和感を覚えた。しかし、なかなか人にあれこれ言えない性格のため、おばあさんにその違和感を伝えることは出来なかった。
「おい、それヤバくないか…?」
家に遊びに来た同僚に先日の話をした。
「そうかな…」
「すぐに合鍵返してもらった方がいいって」
「でも自分から預けておいて、いきなり返せなんて失礼じゃない?」
そんな話をしているうちに夜になり、酔いつぶれた同僚をタクシーに乗せ家に戻った。ふと、同僚の話を思い出した。
「やっぱり返してもらおう」
そう思い、201号室を訪ねた。チャイムを押そうとしたと同時に
「あらぁ~、ちょうどよかった!知り合いから羊羹貰ったのよ。良かったら食べてもらおうと思って。」
「あ、ありがとうございます。あの、今日はお話がありま…」
「ほら!もうこんな時間、早く寝なきゃ!明日も仕事なんでしょ?」
「は、はい…おやすみなさい…」
「えぇ、おやすみなさい。」
言い出せなかった…近いうちにまた返してもらおう。
仕事を終え家に帰ると
「あら、おかえりなさい。晩御飯作っておいたわよ。冷めないうちに食べ…」
「あの!」
「ん?なに?」
勇気を振り絞って言おう。
「合鍵なんですけど、その…返してもらえないでしょうか…」
おばあさんは訳が分からない様な顔をして、持っていた鍋の蓋を落とした。そして、
「分かったわ、はい。」
そう言って鍵を返してくれた。これで、安心して暮らせそうだ。おばあさんには少し悪い気もするが、しょうがない。
それから1週間が経ち、安心して暮らしていた。しかし
「なんだこれ…」
今まで散らかっていた部屋が、綺麗さっぱり片付いているのだ。
「あら、帰ったの。」
おばあさんの声が奥の部屋の方から聞こえてきた。
「おかえりなさい。」
「これはどういう事ですか…第一、どうやって部屋に。」
「合鍵でスペアキーを作ったのよ。もし何かあった時に無かったら困るでしょ?」
「もうこんなことはやめてください!」
「なんで?これは全部お兄ちゃんの為なんだよ?それに嬉しいって言ってくれたじゃない。」
なんだよそれ…
「私はお兄ちゃんにこんなにも尽くしてるのに、ありがとうすら言ってくれない。」
怖い…
「大丈夫。これからは私が、ずっと世話してあげるから。何も心配することは無いんだよ。」
怖い、助けて。
「これからずーっと、世話を焼いてあげる。」
「うわぁーーーーー!!!!!!」
「岡元さんの息子さん、何でこんなことに…」
「ほんと、自殺なんてする子じゃなかったのに。」
「なんでも、アパートで首を吊って死んでるところを隣の部屋のおばあさんに見つけてもらったそうよ…」
「可哀想に…」
「お墓の世話も、私がしっかりしてやるからね。」
葬儀場でただ1人、その老婆が笑っていた。
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