ツギハギの家族

夜霞

文字の大きさ
上 下
13 / 15
クリスの話

兄が語る、弟の過去

しおりを挟む
マキシミリアンは、俺と一番上の弟にとっては、かなり年の離れた弟でした。
マキシミリアンが生まれたばかりの頃は、マキシミリアンのすぐ上の姉ーー俺にとっては妹です。にべったりとくっついていました。
その頃、父上も母上も、俺と一番上の弟にべったりとくっついており、また、ようやく生まれた娘である妹ばかり大切にしていました。

要は、マキシミリアンは放任されていたんです。

けれども、マキシミリアンには、ちゃんと乳母がついていました。ですから、全く放任されていた訳ではないんです。
ただ、両親からは見てもらえませんでした。 
マキシミリアンは誰よりも努力家で、両親に関心を持ってもらう為に、兄弟の中で一番、努力していました。
それでも、両親は見てくれなかったようですが。
俺と一番上の弟も、丁度、騎士団に入る者が必ず入る騎士学校に入学したばかりで、とてもマキシミリアンに気を配る事が出来ませんでした。
そんなマキシミリアンを唯一、気にかけていたのが妹でした。
マキシミリアンは妹にべったりくっついて、妹の真似ばかりしていました。
知っていますか? マキシミリアンは妹の真似をして、ドレスを着た事もあるんですよ。
その時の絵を残せなかった事を、俺と一番上の弟は、かなり悔いています。
可愛いマキシミリアンの姿を見たかったと。

やがて、俺と一番上の弟が騎士団に入隊し、妹が行儀見習いとして外に出されると、両親の注目はマキシミリアンに移りました。

さぞかし、マキシミリアンは戸惑ったと思います。
今まで、放任していた両親が、今度は自分に関心を持つようになったんです。
かなりウンザリしていたと思いますよ。
この時のマキシミリアンは、貴族の子息が通う学校に通学していました。
マキシミリアンは自宅から通いで通学していましたが、今までは放任していた両親が、学校にまで押し掛ける程、べったりになっていたんです。

何をするにも、両親に見られて。
何をするにも、両親の許可を得て。
何をしたにも、両親に報告しなければならない。

これは、妹が行儀見習いから帰ってきて、両親の関心が、また妹に移るまで続いたそうです。
やがて、妹は両親が決めた縁談相手の元に嫁ぐと、また両親の関心はマキシミリアンに戻りました。
その頃のマキシミリアンは、ほとんど、家族と顔を合わせる事がありませんでした。
家に居ても、ほとんど自室にこもっていて、食事も部屋に運ばせていました。
俺達が部屋を訪れても、顔を見せてもくれませんでした。
そうして、学校を卒業したマキシミリアンは、騎士学校に入学しました。
俺達は自宅から騎士団に通っていましたが、マキシミリアンは騎士学校の宿舎に入って。
騎士団に入ってからは、そのまま、騎士団の宿舎に入りました。
とうとう、騎士学校に入学してから、マキシミリアンは一度も自宅に帰ってきませんでした。

妹が行儀見習いから帰ってきた後は、俺も、一番上の弟も、遠方地に配属されて、家を出ていました。
それもいけなかったのかもしれません。
俺達がもっと早く、マキシミリアンの様子に気づいていたのならば、マキシミリアンは、弟は、辛い思いをせずに済んだのかもしれないと。
全て、結果論にしか過ぎませんが。
一番上の弟が婿入りの縁談を受けて、家を旅立つ事になった時も、マキシミリアンは帰ってきませんでした。
その数日後、マキシミリアンはドラゴン討伐の任務を受けて、騎士団の宿舎を出発したそうです。

俺達がマキシミリアンを、ドラゴン討伐の任務中に亡くなった事を知ったのは、逃げ帰ってきたマキシミリアンと同じ部隊の騎士達が戻ってきた時でした。
その時の両親の慟哭に違和感を抱いたのは、俺だけではありませんでした。
マキシミリアンの死を聞いて、一時的に帰省した一番上の弟と妹も思ったそうです。

ーーこの両親の愛情は、狂っていると。

マキシミリアンに執着するような嘆き、今まで放任した事を否定するような言葉の数々を、両親は口々に告げました。
俺達兄弟は、両親に振り回されていたんじゃないかと。
子供とはそういうものかもしれません。
両親が干渉するのが当たり前、放任するのも当たり前だと。
しかし、本当に愛を欲した時に与えられず、求めていない時に与えられる愛を、果たして本当に愛と言えるのでしょうか?

抱きしめられたい時に、抱きしめられなかった。
褒めて欲しいとやってきた時に、褒めてもらえなかった。
挨拶を言ったのに、挨拶を返してもらえなかった。

それを当たり前だと学んでから、掌を返したように、あの時に求めていたものを与えられる。それも必要以上に、
それを苦痛に感じていたのでしょう。
大切な弟は。

「両親の過保護が酷くなってきた辺りから、マキシミリアンは笑わなくなりました。いつも、何かをグッと堪えているような顔をするようになりました」
「そんな、ことが……」
「マキシミリアンが必要以上に、騎士団、それも仲間達の輪に溶け込もうとするのは、おそらく、居場所が欲しかったんです。安心して、自分を晒け出せる場所が」
俺達では力不足でしたから、と、クリスの実兄は苦笑した。

「だからこそ、貴方とーーアメリアさんやコハクちゃんと、一緒にいるマキシミリアンを見た時に、兄として、とても安心しました。ああやって、笑っている弟の姿を見れた事が。ようやく、居場所を得られたのだと」

「そ、そんなこと……」
アメリアが戸惑っていると、実兄は頭一つ分背の低いアメリアと、目線を合わせるように屈んだのだった。

「貴方の噂は聞いています。彼の国が異世界から召喚した、異世界からの客人である事は」
アメリアは驚きで目を見張る。実兄は、何でもないことのように続けた。
「彼の国で二番目に召喚された客人は、自らの使命を果たして、無事に元の世界に帰っていったそうです。国王からの縁談を跳ね除けた話は、今や武勇伝として語られています」

「そ、そうなんですか!?」
アメリアは、自分と同じように異世界から召喚されてーーアメリアが出来なかった国の救世主となった、女性を思い浮かべた。
無事に使命を果たし終えて、第一皇子との縁談を跳ね除けて帰れたのか、と。
「貴方も、いずれは自分の居た世界に帰りますか? いえ、帰りたいと願っていますか?」
「どうして、そんな事を聞くんですか?」
アメリアが驚きで目を見開いていると、実兄は柔らかく微笑んだ。

「俺は、今でこそ、父上の跡を継ぐ為に騎士団を辞めてしまいましたが、今もまだ騎士団時代の繋がりがあります。それを使えば、貴方を元の世界に返す事が出来るかもしれません」

「そ、そんな事が出来るんですか?」
アメリアが緊張して見つめると、クリスの実兄は、またふっと笑みを浮かべた。
「当時の人脈を利用すれば、出来るかもしれないと言う話だけです。確証はありません」
「で、ですよね~」
緊張が解けたアメリアは、ははは、と力無く笑ったのだった。

「ただ、弟が大切に思っている貴方の為に、私も助力は惜しみません。貴方が元の世界に帰りたいと願ったのならば、私も協力をしましょう。勿論、その逆も」
その時、部屋に使用人が入ってきた。三人があまりに遅いから、迎えに来たのだろう。
クリスの実兄は使用人に、すぐに行くと言うと、端的に告げた。
「俺は、大切な弟が傷ついている時に力になれなかった。兄として頼ってもらえなかった事を今でも悔やんでいます。だからこそ、貴方達が弟と、これからも一緒に居てくれるというのなら、協力したいと思っています」

忘れないで下さい。と念を押すと、クリスの実兄は部屋を出て行ったのだった。
アメリアは迎えに来た使用人から、部屋の用意が整った事と、すぐに晩餐だと教えられた。
そうして、コハクを腕に抱いたまま、部屋に案内をしてくれる使用人の後について歩く。
アメリアは知らず、コハクを抱く腕に、力を込めていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...