佳麗になりたい!

夜霞

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佳麗かれい
それは、整っていて綺麗な事ーー美人な事。
麗は私の名前にも入っている。
麗華れいか、それが私の名前。
名字は和泉いずみ
和泉麗華。字だけ見れば可愛い名前だと思う。
私はずっと嫌だったけど。

子供の頃から、顔は不細工で、身体は太り気味。
中学生になるとニキビに悩む日々。
そうして、必ずと言っていい程に、名前と比較されてしまう。
そんな私は、どこに行っても名前負けしてるって言われてきた。

学生の頃、アルバイトの面接に行ったら、面接を担当した店長に「名前と見た目にギャップがあるね」って笑われてしまった。
それもあって、いつしか名前がコンプレックになった。

それは学生を卒業して、大人になった今も変わらない。
このまま、名前というコンプレックを抱えたまま生きたくない。

だから、変わろう。
誰だって、人は変われる。
女の子なら誰だって綺麗になれる。

社会人三年目になった麗華は、そう決意したのだったーー。

新入社員の研修を終えた六月の下旬。
梅雨入りした夕方の空は、小雨だった。
定時から少し過ぎた頃、麗華は今日の分の仕事を終えると、パソコンの電源を切る。
パソコンが完全に消えるまで、机に広げていた書類を片付けていると、「和泉~」と向かいの席から声を掛けられる。

「今日はこれ行ける?」 
ジョッキを傾けるようなジェスチャーと共に声を掛けてきたのは、麗華の先輩である高森たかもりであった。
学生時代は陸上をやっていた事もあり、高森はとても均整のとれた身体つきをしていた。
今も、社会人によるスポーツチームに所属をしているという事もあって、無駄な脂肪がないほっそりとした身体を維持していた。

「すみません。この後、用事があって……」
「え~。最近、忙しいよね? 何かあるの?」
高森は面倒見の良い先輩であり、仕事終わりはよく飲みに誘ってくれた。
入社したての頃や仕事で失敗した日には、高森と飲みに行っては、よく仕事の愚痴を聞いてもらい、慰めてもらったものだった。

「忙しい訳ではないんですが、今日は用事があって……」
「な~んだ。彼氏でも出来たのかと思った」
「もう! 彼氏なんていませんよ!」
高森は体育会系なのか、何ともないように彼氏の話を振ってくる。
昨今ではハラスメントの問題になりそうだが、そんな事は気にしないらしい。

「じゃあ、私は新人ちゃん達を誘って飲みに行くね。次は和泉も来てね!」
「はい」
そうして、高森は今年から配属になった新入社員を誘いに行ったのだった。
(いいな。高森さんはああやって、誰とでも打ち解けられて)
新入社員と話す高森の後ろ姿を、麗華は眩しく思う。

高森のように、美人でほっそりと痩せているなら、自分も自信を持てるだろうか。
麗華は自分の身体を見下ろす。

社会人になって、一人暮らしを始めた。
仕事で多忙を極めるようになると、まともに食事を取れなくなった。 
職場内での対人関係のストレスも原因かもしれない。
それもあって、一番太っていた学生の頃より体重は減ったが、まだ完全に痩せたとは言えなかった。

(体重は減ってもなあ……)
麗華は電源が切れたパソコンを見つめる。
真っ暗な画面に映っている麗華の肌は荒れていた。
特にここ数日は、遅くまで残業をして、夕食を食べるのも、日付けが変わる直前であった。
度重なる不摂生も重なって、昔ほどではないが荒れてしまったのだった。

(ようやく仕事も落ちついたし。しばらくは、この時間に帰れるだろうし)
麗華が真っ暗になったパソコンの画面を見つめたまま、小さくため息をついていると、コツコツと足音が近づいてきた。

「先輩? どうしましたか? またパソコンの調子でも?」
麗華が振り向くと、そこには髪型をアップバンクのショートヘアにした男性社員が居たのだった。

桂木かつらぎさん」
麗華の一年後輩に当たる桂木だが、年齢は麗華と同い年であった。
元々はIT系の会社に勤めていたらしいが、度重なる上司からのパワーハラスメントとブラックな労働環境に身体を壊して、昨年から麗華と同じ会社で働いていた。

「ううん。今日は大丈夫です」
IT系で働いていた事もあって、桂木はパソコンにとても詳しかった。
パソコンが苦手な麗華は、パソコンが動かなくなる度に、こっそり桂木に聞いていたのだった。
「そうですか? それならいいんですか……」
今日は湿気が多く、気温が高いからか、桂木はジャケットを脱いでいた。
第一ボタンが開けられた白色のシャツと、適度に緩められた黒色と深緑色のストライプのネクタイから、爽やかさを感じたのだった。

「先輩はもう退勤されますか?」
「はい……。桂木さんは?」
「俺はまだ仕事が残っているので……」
桂木は目を逸らした。
桂木はパソコンは得意だが、意外にも書類仕事は苦手なようだった。
今も明日の会議に備えて、会議資料の印刷や用意に奮闘していた。
「よければ、お手伝いしましょうか?」
「いいえ。あと少しで終わるので、先輩は先に退勤して下さい」
麗華が桂木にパソコンを見てもらっているように、桂木も麗華に書類仕事を手伝ってもらっていた。
それを桂木は気にしているのだろう。

「そうですか? それならいいんですが……。もし、時間が掛かりそうなら遠慮なく声をかけて下さい」
「ありがとうございます。先輩」
同い年の桂木に「先輩」と呼ばれて、麗華はこそばゆい気持ちになる。
麗華は「先輩」と呼ばなくていいと言っているのだが、桂木を指導した高森の影響なのか、桂木は麗華達を「先輩」と呼び続けていたのだった。

「それでは、お先に失礼します」
麗華は荷物をまとめると立ち上がる。
「お疲れ様でした。先輩」
「お疲れ様でした」

桂木は一礼すると、自分の席に戻って行った。桂木は麗華の右斜め後ろの席なので、ここからでも桂木の様子が見れた。
桂木は席に戻ると、すぐに印刷した会議資料をステープラーで留め始めた。
麗華は小さく微笑むと、部屋を後にしたのだった。
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