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第一部

★一線を越えて【2】

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「姿見がないと身だしなみを確認できなくて不便でしょう。ペルラやティカたちからもそう言われて用意したんです」
「そ、そうですか……」

 モニカが姿見から目を逸らして後ろを向くと、そこには困ったように微笑むマキウスが立っていた。

「嬉しくないですか?」
「そんなことは……」
「そう言っている割には、嬉しくなさそうですが……」

 マキウスに背中を支えられると、姿見の前に連れて行かれるが、自分の姿を直視出来ず、姿見から目を逸らしてしまう。
 それを目ざとく見つけたマキウスは、後ろから腕を回してモニカを片手で抱きしめながら、モニカの頭を姿見に向けたのだった。

「どうして、先程から姿見を見ないんですか?」
「は、恥ずかしくて……」
「恥ずかしい? 自分の身体でしょう?」

 蚊の鳴く様な声で話すと、なんとか目線だけでも姿見から逸らそうとする。
 その間に、マキウスはモニカのバスローブの腰紐を解いていく。解けた紐と共にバスローブが床に落ちると、姿見には白磁の肌にマキウスに付けられた赤い花びらに似た痕が残る、一糸纏わぬ姿をしたモニカが映っていた。

「こうして明るい光の下で見ると、ますます貴女が綺麗なのがわかります。あまりに綺麗で眩しくて、なかなか直視できません」
「そ、そうですか……私も直視できません。私にはこの『モニカ』の身体が眩しいんです。汚らしい私には似合わないくらい……」

 モニカは未だに自分の身体ーー「モニカ」の身体を直視出来なかった。
 この身体になった最初こそ照れ臭い気持ちになったが、今では別の意味で直視出来なかった。
 この「モニカ」の身体は、穢れを知らないかのように、清らかで、美しくて、まさに羽が生えていれば「天使」と言いたくなる様な見た目であった。
 先程、マキウスが褒めた可愛らしい形の尻もだが、豊満な胸も、出産を経験しながらもほとんど形が崩れていないほっそりとした身体も、カナリアの様に可愛らしい声も、傷一つない玉の様な肌も、絹の様にサラサラした髪も、海の様な深い青を湛えた丸い瞳も、化粧も必要ないほんのり赤く染まった頬も、何もかも。
 同性のモニカから見ても見惚れてしまうくらい、全てが魅力に溢れていた。

 だからこそ、モニカは直視出来なかった。
 今のモニカはーー「モニカ」の身体の中にいるモニカは、そんな「モニカ」に相応しくなかった。
 最初こそマキウスとニコラを利用して、この屋敷に残った醜いモニカ。
 取り立てて秀でたところもない、愚かなモニカ。
 マキウスを始めとする異性を苦手として、誰かに触れられることさえ怯えていたモニカ。
 何一つとして、良いところがないモニカには、「天使」の様な「モニカ」の身体は似合わなかった。

 今だって、全身の素肌を晒した鏡に映る「モニカ」を見られなくて、こうして目を逸らしている。
 顔だけなら慣れたので平気だが、さすがに産まれた時の様な一糸纏わぬ姿になった「モニカ」は、直視出来なかった。

「私は汚い人間です。頭も良くないから、過去に強姦されそうになりました。それからは、人となるべく関わらないように臆病に生きて、この世界に来てからはマキウス様の優しさを利用した狡猾な人間です。そんな私に、『モニカ』の清らかな身体は似合いません……」

 じっと目線を床に落としていたモニカだったが、マキウスの小さなため息が聞こえてきたかと思うと、顔を寄せて囁いてきたのだった。

「モニカ。こっちを向いて下さい」

 ゆるゆるとモニカが首だけ動かして後ろを向いた途端、マキウスは口づけを落としてくる。
 貪るように口づけられた後に、そっと離してくれたのだった。
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