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決意・3
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次の日の午前中、オルキデアは自室の電話機からとある人物に電話を掛けていた。
「覚悟は決まりましたか?」
「はい。妻を……アリーシャを安全な場所に連れて行ってください」
「本当に貴方はそれでいいんですね。今後の状況次第では、二度と奥方にお会いすることも叶わないかもしれません」
「構いません。彼女が無事でいるのなら……俺とは無関係な場所で幸せになってくれるのなら、それが一番良いんです」
「そのために、あの国に連れて行くというわけですね」
「この国より生まれ故郷の方が彼女も幸せになれるはずです。あそこなら、俺とは無関係ですから」
電話を掛けながら外を見ると、空はどんよりと曇っていた。
今朝もアリーシャはほとんど朝食を食べないまま、自室へと戻ってしまった。
庭の花々に水をやっていたようだが、気づいていないのか、気づく余裕さえなかったのか、特に何にも言ってこなかった。
それを良いことに、オルキデアも昨晩集めた塵をこっそり集積場まで捨てに行き、今後のことを考えて電話をしていたのだった。
「奥方には何と?」
「何も説明していません。話したらきっと反対されると思うので」
それどころか勝手に決めたオルキデアを怒るかもしれない。いつもなら白い頬を膨らませてお冠になる愛妻の姿を楽しむ余裕さえあるかもしれないが、今のオルキデアには無かった。
「本当にそれでいいのですか?」
「はい。とりあえず、王都を離れてしまえば、彼女も戻ってくるような真似はしないでしょう。彼女は王都からほとんど出たことがないですから」
電話越しに嘆息されたようだった。
自分だって、こんなことはしたくなかった。
こんなことをするために、彼女を愛したわけではないのだから……。
「わかりました。屋敷を監視する者たちの目を避けつつ、今日の夜半から明日の明け方までには部下を送りましょう。問題は、途中で奥方が起きて自ら戻ってしまう可能性ですが……。睡眠薬を届けさせますか?」
「それなら問題ありません。こちらに用意があります」
机の上には、白い錠剤が置かれていた。
丁度、諸々のストレスで眠れなくなった頃、クシャースラの勧めで受診した郊外の軍関係の病院で睡眠薬を処方された。
あまり効き目がなかったので、今では飲まなくなったが、その処方された睡眠薬の余りが手元に残っていたのだった。
アリーシャには少し強いかもしれないが、その方が目を覚ます可能性が少なくていいだろう。
「そうですか。今回使うルートは、彼の国に亡命を希望する者たちが内密に使うルートです。あまり知られたくなかったので、そちらで薬を用意して貰えるなら好都合です」
「ペテルギウス大将」
電話の相手――ペテルギウスはピタリと止まった後に、「はい」と返事をした。
「アリーシャをよろしくお願いします」
「ええ。わたしの名前に掛けて、必ずや送り届けましょう」
そうして電話が切れると、オルキデアはそっと受話器を置く。
(これで、アリーシャは無事だ)
謀叛の疑いは自分にだけ掛けられればいい。無関係な彼女は無関係な場所で暮らすべきなのだ。
自分とは全く無関係な場所で。
「すまない……アリーシャ。お前の心を悪戯に傷つける様な真似ばかりして……」
恨むなら恨んでくれていい。殴るなり首を絞めるなり、好きにしてくれて構わない。お前の想いを無下にする様な愚かな男など、この世界には不要なのだから。
今にも雪が降り出しそうな暗雲に覆われた空をただじっと見つめていたオルキデアだったが、やがて顔を伏せると濃い紫色の両目を瞑る。
そうして心に冷静さを取り戻さなければ、決意が揺らいでしまいそうになった。
「覚悟は決まりましたか?」
「はい。妻を……アリーシャを安全な場所に連れて行ってください」
「本当に貴方はそれでいいんですね。今後の状況次第では、二度と奥方にお会いすることも叶わないかもしれません」
「構いません。彼女が無事でいるのなら……俺とは無関係な場所で幸せになってくれるのなら、それが一番良いんです」
「そのために、あの国に連れて行くというわけですね」
「この国より生まれ故郷の方が彼女も幸せになれるはずです。あそこなら、俺とは無関係ですから」
電話を掛けながら外を見ると、空はどんよりと曇っていた。
今朝もアリーシャはほとんど朝食を食べないまま、自室へと戻ってしまった。
庭の花々に水をやっていたようだが、気づいていないのか、気づく余裕さえなかったのか、特に何にも言ってこなかった。
それを良いことに、オルキデアも昨晩集めた塵をこっそり集積場まで捨てに行き、今後のことを考えて電話をしていたのだった。
「奥方には何と?」
「何も説明していません。話したらきっと反対されると思うので」
それどころか勝手に決めたオルキデアを怒るかもしれない。いつもなら白い頬を膨らませてお冠になる愛妻の姿を楽しむ余裕さえあるかもしれないが、今のオルキデアには無かった。
「本当にそれでいいのですか?」
「はい。とりあえず、王都を離れてしまえば、彼女も戻ってくるような真似はしないでしょう。彼女は王都からほとんど出たことがないですから」
電話越しに嘆息されたようだった。
自分だって、こんなことはしたくなかった。
こんなことをするために、彼女を愛したわけではないのだから……。
「わかりました。屋敷を監視する者たちの目を避けつつ、今日の夜半から明日の明け方までには部下を送りましょう。問題は、途中で奥方が起きて自ら戻ってしまう可能性ですが……。睡眠薬を届けさせますか?」
「それなら問題ありません。こちらに用意があります」
机の上には、白い錠剤が置かれていた。
丁度、諸々のストレスで眠れなくなった頃、クシャースラの勧めで受診した郊外の軍関係の病院で睡眠薬を処方された。
あまり効き目がなかったので、今では飲まなくなったが、その処方された睡眠薬の余りが手元に残っていたのだった。
アリーシャには少し強いかもしれないが、その方が目を覚ます可能性が少なくていいだろう。
「そうですか。今回使うルートは、彼の国に亡命を希望する者たちが内密に使うルートです。あまり知られたくなかったので、そちらで薬を用意して貰えるなら好都合です」
「ペテルギウス大将」
電話の相手――ペテルギウスはピタリと止まった後に、「はい」と返事をした。
「アリーシャをよろしくお願いします」
「ええ。わたしの名前に掛けて、必ずや送り届けましょう」
そうして電話が切れると、オルキデアはそっと受話器を置く。
(これで、アリーシャは無事だ)
謀叛の疑いは自分にだけ掛けられればいい。無関係な彼女は無関係な場所で暮らすべきなのだ。
自分とは全く無関係な場所で。
「すまない……アリーシャ。お前の心を悪戯に傷つける様な真似ばかりして……」
恨むなら恨んでくれていい。殴るなり首を絞めるなり、好きにしてくれて構わない。お前の想いを無下にする様な愚かな男など、この世界には不要なのだから。
今にも雪が降り出しそうな暗雲に覆われた空をただじっと見つめていたオルキデアだったが、やがて顔を伏せると濃い紫色の両目を瞑る。
そうして心に冷静さを取り戻さなければ、決意が揺らいでしまいそうになった。
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