上 下
280 / 357

海とオーキッド色のお礼・2

しおりを挟む
あの夜、アリーシャが行きたいと話したのは海であった。

「子供の頃から、絵本を読んで海があることは知っていたんです。いつか行ってみたいとも……」

そこで、オルキデアは新婚旅行先として人気の南西部の貴族御用達のリゾート地や、漁港や軍港もある南部の海辺の港町を勧めたが、アリーシャは頑として頷かなかった。
もっと近場でいいと言われて、オルキデアが連れて来たのは、屋敷から車で二時間程の場所にある小さな浜辺だった。

屋敷から持ってきたシートを浜辺に敷いて、近くに落ちていた石を重しにすると、オルキデアは荷物ごとその上に座る。

一度、アリーシャは戻って来ると、頬を上気させながら「あの!」と話しかけてくる。

「裸足になってもいいですか?」
「なってもいいが……」

オルキデアの隣に座ると、アリーシャはショートブーツとソックスを脱ぎ出す。
オルキデアの目の前で白くほっそりした足で砂を踏みしめながら感嘆の声を上げると、子供の様に悦に入っていた。

「足の裏で砂がザクザクして、不思議な感じです」
「怪我しないように気をつけろ。たまに流れ着いたビンやガラス片が落ちているからな」
「わかりました。気をつけます!」
  
マフラーと手袋を外して、オルキデアが持っていた自分の鞄に入れると、冬用ワンピースのロングスカートを捲り上げる。
波打ち際に向かって一目散に駆けて行ったのだった。

「全く……」

人の話を聞いていたのかいないのか、足元を気にしないアリーシャに呆れる一方、滅多に見せない愛妻のはしゃぐ姿に、オルキデアは注意出来なくなる。

足首まで波に浸かって、寄せては返す波をパシャパシャと水飛沫を上げながら蹴る。
波打ち際に打ち上げられた貝殻を見つけては興味深そうに指で摘んで、感嘆の声を上げる。
そんな愛妻の楽しそうな様子に、オルキデアまで心が弾んでくる。

なかなか見れない愛妻の可愛いらしい姿に微笑を浮かべると、自分の鞄から本を取り出して読み始める。
顔に潮風が当たって冷たいが、アリーシャと同様に厚手のコートやマフラーで厚着をしてきたからか、さほど寒くはなかった。
時折、屋敷から持参したコーヒーを飲みながら、自分と愛妻以外、誰もいない浜辺で読書をするのもいいものだ、と思いながらページを捲る。

しばらく、波打ち際で遊んでいたアリーシャだったが、やがて「喉が渇きました~」と言いながら、オルキデアの元に戻ってくる。

「どうだ? 初めて来た海は」
「想像していた以上に楽しいです! 」

アリーシャはカバンから水筒を取り出して、屋敷から持ってきた温かい紅茶を飲むと、次いでタオルを取り出す。
二人が寝てもまだまだ余裕がある大きなシートの上で膝を揃えると、砂がついた爪先や足の裏を拭き始めたのだった。
なかなか取れないのか悪戦苦闘する愛妻の姿を見たオルキデアは、「貸してみろ」と手を伸ばしてタオルを受け取る。

「俺が拭くから、膝の上に足を乗せろ」
「でも、海水に浸かって汚いですし、スボンも汚れますし……」
「また洗えばいい」

読みかけの本を鞄に仕舞うと、恐る恐る膝の上に乗せられた華奢な白い足の指の間をタオルで擦る。
切り揃えられた爪の周りの砂を落としていると、爪が薄紫色に着色されていることに気づく。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

処理中です...