上 下
279 / 357

海とオーキッド色のお礼・1

しおりを挟む
初霜が降りた日の夜。
煌々と暖炉を灯した屋敷の食堂ーーアリーシャが暖炉を使ってみたいと強請ったので、オルキデアが薪を用意して火をつけた。で、二人は食後のデザートを堪能していた。

「再来週から、まとまった休暇が取れそうなんだ」

オルキデアの言葉に、食後のデザートであるプリンーーセシリアから教わったレシピで作った。を食べていたアリーシャは、顔を上げると目を輝かせた。

「わあ! また一緒に出掛けられますね」
「今回は一週間しか取れなかったがな」

オルキデアは空になったプリンのガラス容器にスプーンを入れる。
ガラス容器にスプーンがぶつかった音が、食堂内に小さく響き渡ったのだった。

「どこか行きたいところはないか?」
「行きたいところですか?」
「新婚旅行先だ」
「し、新婚旅行……ですか!?」

素っ頓狂な声を上げるアリーシャを不思議に思いつつ、オルキデアは愛妻が淹れてくれたコーヒーに口をつけると続きを話す。

「ああ。まだ行っていなかっただろう。
あまり遠くには行けないが、行きたいところがあるなら早めに教えて欲しい。旅券の手配もあるからな。どこか行きたいところはあるか?」
「え……そ、そうですね……。オルキデア様はどこがいいとかありますか?」
「俺はお前さえ居ればどこでもいい。強いて言うなら、戦争地域から遠いところがいい。お前を危険に巻き込みたくないからな」
「そうですか……」

スプーン片手に眉間に皺を寄せて悩み出したアリーシャに、「慌てて決めなくていい」と苦笑するが、愛しい新妻はおずおずと話し出したのだった。

「一応、あると言えばあるんです。行ってみたいところが……」
「ほう。どこなんだ?」
「でも、この時期に行くには寒いんじゃないかって。もっと暖かくなってからの方がいいんじゃないかな……って」

口籠るアリーシャに「遠慮なく言え」と促すと、少し悩んだ後にようやく口を開いたのだった。

「実は、留守番している時に書斎の本を読んでいて、気になった場所なんですーー」

そうしてアリーシャは、とある場所を話し出したのだったーー。

休暇の一日目。
絶え間なく波の音が聞こえてくる中、オルキデアは駐車場に車を停めると、後部座席から荷物を取り出す。

「あ、持ちますよ!」

いつになく、防寒具を着込んで手を伸ばしてきたアリーシャに、「いや、大丈夫だ」と返すと車の鍵を閉める。

「大して荷物がないからな。場所も駐車場を降りればすぐ目の前だ」

高台にある駐車場の階段を降りると、足元はコンクリートからサラサラの砂に変わる。
ザクザクと歩きながら、足元を砂に取られて歩きづらそうにしているアリーシャに手を貸すと、寒風に乗って潮の匂いが鼻先を掠める。
やがて目的の場所は、二人の目の前に大きく広がっていたのだった。

「うわぁ……!」

感嘆の声を上げると、愛妻はショートブーツで砂を巻き上げながら駆け出して行く。

「これが、海なんですね……!」
「そうだな」

波打ち際まで走っていくアリーシャに、「転ぶなよ」と声を掛けながら、オルキデアもその背を追いかける。
冬の青空の下には、新婚旅行にやってきた二人を出迎えるように、灰色の海が広がっていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

婚約者の番

毛蟹葵葉
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

処理中です...