上 下
240 / 357

万華鏡と一輪挿し・8

しおりを挟む
「は、初めまして。主人のオルキデアさ……オルキデアがお世話になっております。アリーシャ・ラナンキュラスと申します」
「アリーシャ様ですね。ラナンキュラス少将には新兵の頃より、ご指導ご鞭撻頂き、大変お世話になっております。
しばらくは王都におりますので、妻子共々よろしくお願いします」
「ライリー、アリーシャは王都に来たばかりなんだ。何かあれば、よろしく頼む」
「そうでしたか。私こそ、ご結婚されているとは知らず、申し訳ありません。後ほど、お祝いの品を届けます」
「気にしなくていい。祭りには一人で来ているのか?」
「娘を連れて来ております。元気があり余っているので、外で遊んで疲れさせて来いと妻が」

「隣の出店を見ていて……」と、言いかけたライリーが止まる。
それらしき娘の姿が、なくなっていたのだった。

「あれ? どこに行った?」

ライリーが辺りを探していると、丁度、テーブルを挟んでセシリアの向かい辺りを、六歳くらいの娘が覗き込んでいた。

「おはな、たくさん!」
「ローラ。勝手に触るな!」

テーブルに並べていた植木鉢の花に触れようとする娘を、ライリーが制止する。

「すみません……」
「いえいえ。よければご覧になって下さい」

ローラと呼ばれた娘は、ライリーに抱かれて、テーブルに並べられた花に目を輝かせていた。

「パパ。おはな、ほしい」
「ダメだ。ママは身体を動かすのが辛いと言っていただろう。花を買っても世話が出来ないから、すぐに枯らせてしまう」
「やだあ。おはな、ほしいもん!」

うわぁと泣きだすローラにライリーがあたふたしていると、「よければ」とセシリアがテーブルの一角を勧めた。

「こっちの花は造花やプリザーブドフラワーで作った花束なんです。これなら手入れが要らないので、世話の心配もないかと。
身重とのことでしたので、身体も辛いでしょう。造花やプリザーブドフラワーを見れば、多少は心も安らぐかと思います」
「ありがとうございます。オウェングス夫人。どうする。ローラ?」

セシリアに勧められた一角に行くと、ライリーは娘に尋ねる。

「う~んとね……。これ!」
「バラの一輪挿しか。何色がいい?」
「ピンク!」

ライリーはプリザーブドフラワーで出来たピンクのバラの一輪挿しを指すと、「これをお願いします」とセシリアに声を掛けた。

「ありがとうございます」

セシリアは代金を受け取ると、ローラに一輪挿しを渡したのだった。

「ありがとう」
「はい。ありがとうございます。お礼が言えて、偉いですね」

セシリアに褒められて、ローラは歯を見せて嬉しそうに笑ったのだった。

「良かったな。ローラ」
「うん!」

和やかな空気が流れる中、不意にライリーは真面目な顔になる。

「ラナンキュラス少将。実は噂で聞いたのですが……」

伺うようにアリーシャたちを見ると、気を利かせたセシリアが微笑を浮かべて頷く。

「オーキッド様。ライリー様。ローラちゃんは私とアリーシャさんで見ているので、二人でゆっくり話して下さい」
「いいですか? でも……」
「私は気にしていませんわ。ね、アリーシャさん?」

それまで、何も言わずに黙っていたアリーシャが「そうですね」と頷いたのだった。

「私たちが見ていますので、二人はゆっくりお話し下さい」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて、少しお願いしてもいいですか?」
「セシリア、アリーシャを頼んでもいいか? アリーシャ、お前たちはセシリアのところで待っていてくれるか?」
「分かりました!」

ピンクのバラを持ってご機嫌なローラを二人に任せて、二人は出店から離れた。
人混みを抜けて、休憩スペースの空いているテーブルを見つけると、ライリーに椅子を勧めたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

処理中です...